勝利に至る無限 作:暑干動暑
「うん、話は聞いてる。けど正直、そのぐらいのことならゲヘナでは珍しいことでもないから……」
ヒナが面倒くさそうに言う。小柄な彼女の全身からは日頃の疲れが滲み出ていた。学生同士の諍いが銃撃戦に発展することはまったくもって珍しいことではないし、バスジャックやカージャック、強盗、爆発、そして頭のおかしいテロリストもいる。
キヴォトスの治安は終わっている。中でもゲヘナ自治区の治安は特に終わっている。
「1つ事件を対処したら、2つ事件が起こる。ゲヘナではいつものこと」
「……対処できそう?」
「正直に言うけど、無理」
「そっかぁ」
そっかぁ、じゃないけどね。
「ヒナ最近よく眠れてる? 顔色悪いよ」
「先生の方こそ、疲れが滲み出てる」
「うーん……じゃあお揃いだね」
「うん……お揃い」
現実逃避気味に笑う先生と、少し頬を緩めて呟くヒナ。目の前の仕事はどうにもならないが、苦労を共有することは心にいい。いいかぁ?
「何をしているんですか先生。委員長にまた何か変なことを言ったんじゃないですよね」
「一通り捜査資料を共有しました、先生!」
そっちの方で仕事をしていたキリノとアコがやってきた。アコの方は厳しい視線を先生に送っている。
「アコ、終わったの?」
「はい。公安局からの情報共有を合わせることで、いくつかのグループの拠点が割れそうです。装備を整え次第突入予定です。……ちょうど先生もいることですし、手伝ってください」
乗りかかった船だ。最後まで行こう。
「今回の作戦では兵力を分散させ、ゲヘナ自治区内に潜伏していると思われる複数の詐欺グループを同時に叩きます」
「アコちゃんしつもーん。わざわざ兵力を分散させるのはどうなの?」
風紀委員会の主要メンバーを集めて作戦会議が行われている。進行を務めるのはアコだ。
「それぞれ独立していると考えられていた詐欺グループですが、公安局からの情報提供により、背後で繋がっている可能性が浮上してきました。
「……なるほど。逃げられる前に同時に叩くという訳ですね」
「はい。それと、犯罪者の数が多すぎるので、一つ一つ対処していくには時間が足りない──これが最も大きな理由です。私たちの仕事を減らすためにも、このあたりで見せしめをしておく必要があると」
「……だいたい分かった。
新しく導入されたディスプレイ(ミレニアム製)に映し出されるポイントは4つ。
「これ、行けそうですか? 流石に一度に行う作戦としては多いのでは……」
「少ないくらいです。あと20個くらい残っているんですからね」
「……いや、いくらなんでも多すぎだろ」
「そうです、多すぎるんです! どうなってるんですか一体……。雲隠れでもされたら厄介なんです。理想は1日でカタをつけることですが、そうもいきません」
ため息がシンクロした。
風紀委員の数は有限だ。兵力の分散は戦術的な観点から見るならば愚策の一言に尽きるが、もうそんなことは言っていられないのだ。"個"の力で処理する──今回の作戦はどうしてもそうなる。
「仕方ない。日々頑張っているみんなのために私からお土産があるんだけど、興味はある?」
「えっ、そういうことは早く言ってくださいよ。何です? 早く出してください」
「キリノ、例のもの持ってきてくれる?」
持ってきた。両手で抱えてきたゴツいプラスチックがなんと5箱。1度に持ってくるあたりにキリノの──キヴォトス人の体幹の強さが見て取れる。
「さっきのカーチェイスでオシャカにならなくてよかったよ。ミレニアムの試作品でね、テストを任されてきたんだ」
「これは……」
室内での使用を想定された手榴弾や発煙手榴弾などの
「発表前のミレニアムの技術を外に流すのは良くないんだけど、まあ消耗品ってところで何とか了承をもらってる。後で使い心地とか教えてね」
「……威力はどれぐらいなんだ? これ」
「……すごいよ、本当に」
「……すごいのか」
爆発大好きエンジニア部のお墨付きだ。予算に糸目をつけない作り方で作ったらしく、コトリが目を輝かせて解説していた。
「ミレニアムに借り1つ、ってところね。私は正直必要ないけど、貰えるものはありがたく使わせてもらおう。先生、ありがと」
「うん、作戦が片付いたら一緒にミレニアムに挨拶に行こうか」
それはさておき。
「攻撃目標を
「アコ。私には
「まあ、委員長なら1人でも大丈夫か……というか、なんで食べものばっかりなんだ?」
「なんでもいいでしょう。決して私がお昼を食べ損ねたからではないです。……今回の作戦ではミレニアムからの支援品もあります。各自──ヒナ委員長に頼り切るだけの風紀委員会ではないということを証明してください。以上」
『了解!』
『
『
『
『
片手にリアルタイム表示された現在の状況、
「よし、じゃあ
「榴弾を投げ込んで突入する! 1人も逃すな!」
風紀委員会はワルキューレのようなお行儀のいい組織ではない。令状や事前警告のような甘ったるいことなどやっていられない──ドアを蹴飛ばして投げ込まれた手榴弾が一度地面に跳ねてとんでもない爆発を起こした。
ドガーーーーーーン!!!!
「っ、つー……なんなんだ、この爆音! 鼓膜が破れるかと思った……じゃない、突入する!」
簡素なアパートの一室、いつでも逃げ出せるように物が少ない部屋だが……見る影もない。全て吹き飛んでいる。そして、室内にいた数人の不良たちは全員気絶していた。
「……ヤバすぎるだろ、これ。い、生きてる……?」
『こちら
「負傷者が出たの?」
『こちらに被害はありません。いえ、耳がちぎれるかと思いましたが、とりあえずは無事です。ただ威力が……』
「……」
『
「……ごめん。まさかそんな威力だとは……。ヒナの方は?」
『最後の1人を倒したところ。連行して行きたいから、少し人員と車を回してほしい』
──ということで、あっさりと作戦は終わりを告げた。
「想定よりも早く、こちらに被害も出さすに作戦は完了。喜ばしい成果ではありますが、あれのせいで証拠となるようなパソコンなり帳簿なりは全てガラクタになりました……が、ヒナ委員長が担当していた
「妙なもの?」
「これ。見てください」
"kだjふぁおjtjdさあasdfasdfkkkdjtitjitjitdlakjflkasjdlfkadkkfs:jかjkdajjjjtiaseto4433232"
"kdajksjefkakjtw89834uwae8 nsdkfh 94taiosdjhfkajeoffujasdlkfh783ytsnfjkgnazdajdf"
ディスプレイに表示されるテキストは意味不明。目を瞑って適当にキーボードを叩きまくればこんな感じになるのだろう。
「このような意味不明な文章が10件近くファイルに溜まっていたんです。そしてこのファイルのタイトルは全て……」
"from 7"
「……これは、誰かから送られてきたもの?」
「詳しいことは、気絶している不良たちに直接聞いてみるしかないでしょうが……この意味不明な文字列は暗号化されたメッセージの可能性があります。もしも誰かがこれをメッセージとして犯罪者に送っていたとするなら……」
「……参ったなぁ。気絶している子たちが起きるのを待って、聞いてみるしかなさそうだ」
不透明な部分が多い。この一連の事件は"繋がっている"──まだ奥がありそうなのを感じて、しばらくは休めなさそうだと先生は思った。
「お疲れ様です、先生。今回は随分派手にやったようですね」
「セナ、お疲れ様。起きた子と話がしたいんだけど、どんな感じ?」
ゲヘナ学園救急医療部。爆発が耐えないゲヘナでは怪我人も絶えない。しかしこの救急医療部の部長、氷室セナは仕事態度こそ真面目で、治療もそつなくこなすのだが。
「した……負傷者の傷は見た目ほど深いわけではないようです。衝撃と爆音により気絶したようですが、ほどなく目を覚ますでしょう」
「そっか。じゃあまた後で来た方が良さそうだね。ちょっとやることが残ってるし、また後で……」
「先生。もしお手隙であれば、私との雑談に付き合っていただいても構いませんよ」
「え? あー、えっと……」
とりあえず先生はベッドの並ぶ医療室を眺めてみた。医療部員が忙しなく行き交っていたり、負傷者の看護などをしているが、粗方は落ち着いたようだ。
「えっと、セナ?」
「はい」
じー……という擬音が聞こえてきそうだが、セナの表情は全く変わらない。内心の読めないセナ部長だが、とりあえずは譲る気がなさそうだ。
「最近、先生は特にお忙しそうな様子です。以前のように、当番に呼んでいただけることも少なくなりました。私は先生のお役に立ちたいと常々考えているのですが、先生は私を頼ってくれません。実に遺憾です」
「うん……? うん、ごめんね(?)。ちょっと最近は公安局と動くことが多かったから……」
何が遺憾なのかはいまいち分からない。シャーレの当番は事件がなければ比較的楽な仕事ではあるが、大抵事件は起きるので忙しいのだ。しかし希望は絶えない──が、公安局の生徒たちが当番に来ると色々と楽なので、最近はそうなりがちではあった。
「はい」
「うん……」
「はい」
じー……。
「……分かったよ。でも、私なんかと話して楽しいかな」
「会話はコミュニケーションです。何を話すかは重要ですが、それよりも誰と話すかが重要なのです。それでは、たわいのない雑談の導入をお願いします」
「えっ、この流れで? えっと……セナは最近どう?」
「良好です」
「そっかぁ」
そっかぁじゃないですけどね、普通に。
セナの表情は変わらないが、どことなく楽しそうな気がする。そして視線は先生の両目に合わせたまま逸らす気配がない。
「……楽しいかい? 私の顔見て……」
「はい」
「そっかぁ……セナが楽しいなら、うん……私も嬉しいよ……」
「はい」
そう言うしかなかった先生の顔をセナが満足そうに眺めている。そしてその様子を救急部員たちが羨ましそうに見ながら作業を続けていた。
「先生の方はお変わりなさそうで、安心しました」
「……まあ、体はね。ただちょっと忙しいというか、キヴォトス存続の危機というか……」
「概要程度は私も聞いています。件の"預言者"ですか?」
「あの巨大怪獣、何回倒してもすぐ復活してくるんだよ……しかも倒すたびになんかちょっとずつ強くなったりするし……。まあ、本当に大変なのはアビドスの子たちなんだけどね……」
セナの目から見ても、先生はかなり苦労しているらしい。
「先生。私の力が必要であれば、すぐに言ってください。お力になれるので」
「……本気で呼ぶからね、セナ」
「はい。お待ちしております」
セナは嬉しそう(無表情)だ。先生としては社交辞令的な感じで受け取ったセナの言葉がガチっぽくてビビっていた。セナの動かない表情からそっと目を逸らしていると、不良の1人が目を覚ましたようだ。
「う……こ、ここは……」
「目覚めたようですね」
よくいる不良生徒の1人だ。頭とか包帯グルグル巻きだが、見た目ほど酷くないらしい。本当か?
「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「くそっ! 誰が吐くかよっ! "先生"だかなんだか知らねえけど、アタシは喋らねえぞ!」
「どうせ治療するのです。あなたの傷が多少増えても、私は構いませんよ」
セナがごっついグレネードランチャーを不良生徒の額に突きつけた。恐ろしいほどの至近距離で撃たれたら痛いでは済まないだろう。こわぁ。
聞き出した内容は以下の通り。
・1ヶ月ほど前、スマホに謎のメールが来た。
・メールの中には文書ファイルが添付されていて、その文書の中には詐欺犯罪の手法と計画書が記されていた。
・送り主は分からない。
「……騙す相手も、方法とかも細かく書いてあったんだよ。だから、適当に友達集めて小遣い稼ぎをしてただけだっての。それなのに、あんな威力の爆弾放り込んでくることは無いだろ……」
「その文書、見せてもらってもいいかな」
「これ以上協力してやる理由なんてないに決まってんだろ!」
セナが再び
「……スマホに入ってるよ。アタシの……って、なんだよこれ! ぶっ壊れちまったじゃねぇか!」
液晶はバキバキだ。キヴォトスの携帯端末は多少の強度はあるのだが、あの爆発に巻き込まれて無事ではなかったらしい。
「くそっ、損害賠償だ損害賠償! こん中には思い出の写真とか、色々入ってたんだぞ! 一億円払え、じゃなきゃ絶対許さねぇからなっ!」
まあ多少は同情しないでもないが、元はと言えばこの不良が悪いのでセナは冷ややかに見下していたのだが、先生の方は違うらしい。
「いろんな思い出の詰まった携帯だったんだね」
「え、あ……ああ! そうだよ! どうしてくれるんだよ、これ!」
「少し私に預けてくれないかな。知り合いに詳しい人がいるから、復元できないか試してみてもらうよ」
「は? あ……くそ、どうせ壊れちまってるし……持ってけよ。絶対直せよ!?」
「うん、待っててね。あと、連邦生徒会のホームページにも載ってるけど一応、これ私の連絡先。君のスマホ、壊れちゃったからアレだけど、渡しておくね」
懐から名刺を取り出して渡す。受け取られないかもと思ったが、不良の子は慣れない手つきで、しかししっかりと両手でそれを受け取った。そして視線を落として名刺をぼんやりと眺めている。
「……なあ、なんでこんなことするんだ?」
「こんなことって?」
「こんなことってそりゃ、だってアタシは真面目にガッコーも行ってないし、今回だってサギとかしてたのに……なんでわざわざ、スマホを直すとか……」
「私は大人だからね。それに、"君"も私の大切な生徒だよ」
「……」
言い切るほどのことでもない。勿体ぶった言い方でもない。それは"当然のこと"であるかのように──不良の子は受け取った名刺にもう一度視線を落とした。
「……なぁ、"先生"。スマホ、直らなかったら……新しいの買うの、付き合ってくれよ」
「もちろん。それじゃ、私はそろそろ行くよ。お大事にね」
不良の子のスマホを片手に、手を振って立ち去っていく先生に不良の子は小さく手を振り返していた。
「……先生」
「な、なに? セナ……」
歩きながらじーっと先生を睨むセナに困惑の声。しばらくセナは睨んでから言う。
「ああいったことを誰にでもしているんですね、先生は」
「私は先生だからね。それに……」
液晶バキバキスマホを片手に先生が言う。
「例の"メール"とやらの確認をしなきゃいけないからね。どっちにしろ復元はするつもりだったよ」
「なるほど。小娘1人口説いてスマホを取り上げる程度のことは、先生にとっては朝飯前というわけですね」
「セナ、言い方」
「悪い大人ですね、先生は。このことを言いふらしてみましょうか?」
「……参ったね。セナ、それは2人だけの秘密にしよう」
秘密と言われてセナの表情が変わった(変わってない)。ふっと微笑みを溢して言う。
「冗談ですよ。私には言いふらして回るほどの友好関係はありません──が、2人だけの秘密という響きが魅力的なので、許します」
「許された……」
「そして同時に確信しました。先生は、誰にでも甘い言葉をかけて回っているのですね」
「甘い言葉って……。私としてはそういうつもりじゃないんだけどね」
コツ、コツ、コツと……セナと先生の足音が残響を残して、廊下の向こうへ消えていった。