シャリーア郊外、森と寒村の境目。
頭痛に苛まれながら歩いていた。
視界一面、真っ白の雪。
落ちた枝を踏んだのか、ぱきりと音がした。
声が聞こえる。
『____んで! なんでよ! おかしいよ!』
『こんな所で、死にたくない!!』
『こんなおかしな世界で死にたくない!!!』
シャリーアの冬。
分厚い防寒着で体を包もうとも、隙間隙間から入り込んだ冷気が肌を刺す。
誰もいない。誰もいないはずだ。
頭が痛い。体も少し重いような気がした。立ち止まる。
さく。さくさく、ぱきり。
足音が聞こえた。振り向かず腕だけを背後に向け全力の
金属音。ぐちゃぐちゃ、びちゃびちゃと何かが飛散する音。一瞬の沈黙の後、すたすた、すたすた、足音が続く。複数。
俺は立ち止まっている。
つまり。
「指名手配犯ルーデウス・グレイラットを補足!! 一人やられた、あちらに対話の意思は無い! 総員散開してかかれ!」
敵襲だ。
振り返ると同時に、予見眼を開いた。
悪趣味な金属鎧。見える限りで20余り。5人ほどがブレて見える。手練れ。
右手から魔力を放ち、雪を融かす。
森の木々が急速に傾いでゆくのが見えた。雪が蒸発して出来た白い壁を破って側面から飛来するいくつかの魔術を迎撃する。
それにしても。
対話の意思は無いだと?
「ふざけやがってッ」
お前たちがそれを言うのか。
予見眼に映った鎧に向け、思い切り魔力を注ぎ込んだ
ぼちゅんと音を立てて鎧が内側から弾け飛んだ。降りかかる血を再び『重力』を使い弾く。余波で、近づいてきていた数人が吹き飛んだ。雪に塗れ、空になった兜が転がる。
命を散らした仲間に構わず、残った鎧たちは円形に広がって俺を取り囲む。
「ああ、そうさ。こちらには対話の意思は無い。当然だ、当たり前だ」
なぜなら、
お前らが。お前らが____。
「ははっ」
どうでもいいか。
怒りが沸点に達したのか。いつもこうだ。いつからかは分からないが、こうなってしまう。
自らの顔に凶笑が浮かんだのが、分かった。
「死ね!!」
最高にハイだ。
――――――
死屍累々。
森の入口だった場所には数多の鎧が半ば泥に沈んだ状態で転がっていた。
木々の陰には思っていたよりも多くの鎧が隠れていたらしく、倒しても倒しても湧いてきた。
「ハッハァー! そんなものか?!」
ペルギウスを真似た煽り文句。これはいい。負ける気がしない。詠唱無しで飛んできた岩砲弾の軌道を『重力』で捻じ曲げて避け、お返しとばかりに岩砲弾を生成し放つ。相手は結界魔術と水神流の併用で受け流したが、直後に背後で炸裂した岩砲弾の破片を食らって斃れた。
どのようにしてミリスの連中が習得法を入手したのかは分からないが、奴らは数年前から無詠唱魔術を使うようになった。
だが、弱い。戦っている最中に俺が別のことを考えられる程度には、弱い。ザノバやアイシャがいたころの刺客の方が強かったかもしれない。
心なしか予見眼で見ていてブレる相手が多くなってきたように感じるが、それでも全く俺が不利な形勢に陥るような気配は無い。
「ルーデウス・グレイラット!!」
正面、俺の名前を叫びながら、バケツのような兜を被った男が泥沼を物ともせずに突進してくる。動きと声に覚えがある。クリフが死んだときに、最後まで追い縋って来た奴だ。
「貴様の、貴様のせいで! 神子様が死んだ! 貴様のせいだ! ミリス様は見ておられるぞ!! いつか天罰が下る、いつか__」
剣閃が完璧な軌道を描いて俺へと迫る。しかし俺の手から放たれた魔力によって彼の足は地から離れ、追い打ちで放った岩砲弾が吸い込まれるように胴を捉えた。
そこまで見届けて、急に視界が傾いた。
「まず____ッ?!」
世界が明滅する。手足が麻痺したように動かない。毒か。
鎧たちは油断なく距離を詰めてくる。
............仕方ないか。
本気を出そう。舌はまだなんとか回る。
風魔術で体を打ち上げた。重力魔術で姿勢制御。ぬかるんだ地面から足先が少し浮いたような格好。唇を湿らせて、口を開く。
「
辺りがまばゆい光に包まれる。
召喚光に怯まずに叩き込まれた剣を籠手で受け、鎧を『重力』で潰した。噴き出た血が明滅する召喚光に照らされる。
光が晴れる。治癒魔法陣が発動し、体がだんだんと楽になる。
「あれが............
鎧の内のどれかが呟いた。
彼らの前に現れたのは黒一色の全身鎧。
俺が生成できる最高硬度の土魔術素材にザリフの義手の技術を用いて作った、魔力で動く鎧。
度重なる改良で小器用な機能は増えたが、全て出し尽くさねば負ける相手でもない。
見れば、鎧はあと10人いるかいないかと言った有様だった。
せいぜい楽しませていただくとしよう。
「『
いきなり現れた俺に反応できていない鎧二人をまとめて殴り飛ばす。
他の鎧たちは咄嗟に構えをとり、俺を包囲しようと動き出す。だが、遅い。息を思い切り吸い込む。吐く。魔力を込めて叫ぶ。
「グゥォオオオオオァァアア!!!!」
吠魔術。鎧の効果で威力が減衰されているのか、距離があった者一人には効果が薄いらしいが、付近にいた者は全員ダウンした。膝をついた鎧どもに向け、頭を狙って岩砲弾をばらまく。動いていない的に当てられない道理は無い。全弾命中した。
最後の一人。
勇敢にも俺に向かってくる。
水神流の構えをとっていたが、俺の拳を受け流せず兜を胴に埋めて死んだ。
――――――
死体の処理をしていると街の方から花火が上がった。
急ぐか。
――――――
「それは聖級か王級の解毒魔術でしょうね。興味深い......」
「少し焦りましたよ。まあ何とかなりましたが」
ルーデウス邸と呼ばれている場所。
焼け落ちた部分を改修せず放置しているので立派さとは無縁な建物。
使えるのは研究室と談話室だけの、大きな小屋と言った風情だ。
「それにしてもルーデウスさん、あなたが来てくださらなかったらどうなっていたことか......」
「そう言いながらジーナスさんも『閃光炎』で何人か仕留めてたでしょう」
「老いぼれができることなんて高が知れてますよ。市街地で相手を一網打尽にできる魔術師なんてあなたしかいませんからね、本当に助かりました」
シャリーア郊外、シャリーア市内と連戦だったが難なくこなせた。
「余裕ですよ」と呟くと禿頭の老人が苦笑する。ただ、眼が笑っていない。
皺だらけで、瞳だけがギラついている。
「じゃあそろそろお暇させて頂きますね」
「はい、お気をつけて」
巷では俺とそっくりだとかそうじゃないだとか言われているらしい。
笑えない。本当に笑えない。
あのじいさんも、遠くない内に会えなくなるんだろうなと、そんなことを思った。
ドアが閉まる。
老人の背が見えなくなる。
視界には暗いランプのオレンジ色だけが残った。
声が聞こえた。
『会いたいよ! お父さんに! お母さんに!』
ペルギウスは、ナナホシに関しては何も話してくれない。
ナナホシとは、もう、何年もあっていない。
何があったのか知りたい。知らなければいけない気がする。
何も知らずに後悔するのなら、知って後悔したい。
どうしようか。
疲れて眠いのか、目が熱い。
考えはまとまらないまま、執務机に突っ伏し、そのまま意識が遠退いていく。
少しだけ手直ししましたが、難しいですね。