甲板では既に戦闘が始まっていた。ベグニオンの船と接舷され、彼らの救援に向かっているようだ。
西の空ではカラス兵と天馬騎士団が激闘を繰り広げている。
カラス兵だけではなく人間の兵もいるな。
「ステラお嬢様! このガトリーがいる限り、お嬢様には指一本触れさせません!」
なんであいつはベグニオンの騎士を護ってるんだ。また美人に目がくらんだか。
「こちらが優勢のようだな。だが油断はできん。援護してやるか」
レテが化身状態になり、敵に向かっていく。さて俺は……ん?
「イレース、顔色が悪いぞ。傷を負ったか?」
「……いえ、大丈夫、です。少しおなかが空いただけ、です」
「……そうか。果物ならあるが、食べるか」
「いただきます。もぐもぐ」
こういうのも肝が据わっているというのだろうか。ミストの言っていた通り、団長たちはベグニオン船の援護に向かっていた。
なら俺はこの船の入り口を固めておくか。
「イレース、援護を頼む」
「もぐもぐ……了解です」
「さて……む?」
東の空に数人のカラス兵が見える。戦闘に参加するような位置ではないが……気になるな。
「シノン」
「ミスラさんか、どうした?」
「あいつを狙えるか? あの一団の真ん中。青髪で鋭い目をしているやつだ」
「……あんたよく見えるな。カラス兵は全員黒服で見分けがつきにくいってのに。だがこの弓じゃ無理だ。オレの絶技でも距離の壁は超えられねぇよ」
「そうか。無理を言ったな」
おそらくあいつが指揮官だ。周りのカラス兵とは明らかに
とはいえ、戦況はこちらが優勢のまま変わらず、ベグニオンの聖天馬騎士団が救援に現れたことがとどめとなった。
カラスたちは蜘蛛の子を散らすように退いて行った。
そんな一時の混乱の中で、渡し橋を駆け抜ける小さな影があった。典雅な衣服に身を包んだ濃紺の髪の少女。
運動に慣れていないのか、危なっかしい走り方をしている。例えるなら、タッタッタッ、ではなく、テトテトといったところか。
ベグニオンの貴族の子か? あの子が転んでケガでもしたら、こちらの責任になるのだろうか。こちらの船だし、難癖付けられる可能性はあるな。
万が一、元老院の議員の子や孫だったりしたら面倒……っておい、もう転びそうになってるじゃないか!
「くっ、おわわわ、うぬ?」
「ふぅ、何とか間にあったか。大丈夫ですか、お嬢さん」
転びそうになった小さな身体を、片手で受け止める。というか軽いな。ちゃんと食ってるのか? いや、貴族の子だろうから、美味いモン食ってるんだろうけど。
「おまえは? ラグズではなさそうじゃの。新入りの兵士……にしては年を食っておるのじゃ」
おっさんでごめんなさいね。そもそもここはベグニオンの船ですらないのだが、それすらも分かってないのか。
「私はクリミア王女に雇われている傭兵ですよ」
「クリミア王女の? なるほどのぅ」
知っているのか。ならばただの子供ではなく、ある程度の情報を与えられる立場の子のようだな。
「まずはベグニオンの船へと戻りましょう。失礼」
「お? おお?」
少女を持ち上げ、肩に座らせる。アイクやミストが小さい頃を思い出すな。子供は高いところが好きなんだ。ミストにはよくせがまれたものだ。
「ふむ。これはなかなか良いものじゃ」
どうやらこの子も気に入ったようだ。
そのままベグニオンの船へと移ると、聖天馬騎士団のひとりがこちらに駆けてきて、俺の前で跪いた。
一瞬勘違いしそうになったが、俺じゃなくてこの子だよな。
「申し訳ありません! お守りすべき我々が至らぬばかりに、御身を危険にさらしてしまうとは……」
「遅いぞシグルーン。わたしに何かあったらどうするつもりだったのじゃ」
うわぁ、スゴイ偉そう。まあ実際偉いんだろうけど。下ろすタイミングを逃してしまった。よし、ここは黙して椅子になっておこう。
「平にご容赦くださいませ」
「よい。此度のことは、わたしに責がないでもない。それより、おまえたちもこの者らに助けられたようじゃの。礼をするゆえ、宮廷に招くのじゃ。こやつの主、クリミア王女を名乗る者も近くにいるじゃろうから、そちらも忘れぬようにな。ではゆくぞ。あっちじゃ」
少女が俺のこめかみあたりをグイッと押して、視線を右に向ける。船内への入り口が見えたが、このまま行けということかな?
「何をしておる。早くゆくのじゃ」
「仰せのままに」
◇
あの偉そうな少女は実際偉かった。というかベグニオン帝国で一番偉い人間だった。
つまり皇帝だったのだ。
ベグニオン帝国の頂点に君臨する皇帝は世界を導くために女神からつかわされた使者――【神使】と呼ばれ、神の代理人として、国民からの敬愛と崇拝を一身に受けている、らしい。
が、やはり例外はいるもので、少なくとも元老院の連中はそんなに敬虔な人間ではない。
「でもミスラさんは一緒に行かなくても良かったんですか? ミスラさんは傭兵団の参謀なんですよね?」
マーシャが困惑したように告げてくる。いま王宮ではエリンシア王女と団長が神使に謁見している頃だろう。
ベグニオンに到着してから、謁見まで3日待たされた。これが早いのか遅いのかは微妙なところだな。
もしかしたら、旅の疲れを癒すように気を配ってくれたのかもしれんが。
「呼ばれてないからね。呼ばれたのはエリンシア王女と傭兵団の団長。呼ばれてもないのに押しかけるのは失礼だよ」
「……まあそれもそうですね」
「それよりキミのお兄さんのことだが」
「見つかったんですか?」
マーシャが詰め寄ってくる。その瞳には期待と怒りが浮かんでいた。
「いや、どうやら様々な傭兵団や商隊に入り込んで、借金を作っては逃げているようだ」
「あ、あ、あのバカ兄貴ィーー!!」
マーシャは女の子らしからぬ乱暴な口調で兄を罵った。いわゆるFE名物バカ兄貴枠だと思うのだが、妹に借金なすりつけて逃亡するのは、バカというよりはクズの部類な気がする。
「前にいた傭兵団はベグニオンだったから、案外近場に居るのかもしれないな。引き続き調べておこう」
「ありがとうございます。まったく、絶対見つけてとっちめてやるんだから!」
憤慨を隠そうともせず、マーシャはお礼を言って部屋を出て行った。
マーシャが立ち去ってから数分後、来客があった。ノックもなく、音もなく扉を開けた黒ずくめの男は、同じく音もなく扉を閉めた。
「要件を聞こうか」
ここで、おまえが【火消し】か? などと無駄な問いはしない。繋ぎ役からは1週間以内に現れるとは聞いていたが、3日目に来てくれるとは、嬉しい誤算だな。
「元老院議員を調べてほしい」
「……随分と曖昧だな。それに全員となると、金も時間もかかりすぎる。ターゲットを指定してくれるとありがたい」
「では副議長のガドゥス公爵を」
先の船旅で神使と話した時、元老院の議長であり、帝国宰相でもあるセフェランについては好意的な話し方だった。
だが副議長のガドゥス公ルカンの話題になった時、わずかに不快感がにじみ出ていたのだ。
「大物だな。30000ゴールドだ」
「分かった」
金庫から3つの革袋を取り出し、テーブルに置く。火消しは中身を確認し終えると、それを懐にしまった。
「早速仕事に入る」
そう言って、煙のように消え去った。
◇
「ようアイク、社交会から締め出し喰らったそうじゃないか」
「ミスラか。耳が早いな。やはりああいう場は、俺にはむかん」
社交会に連れ出されたエリンシア王女の護衛として、団長と一緒にアイクもついて行くことになった。団長はアイクに、挨拶以外は喋らなくていいと言ったらしいが、終始仏頂面のアイクは団長から戦力外通告をされた。
「王族や貴族と関わるなんて思わなかったからな。こんなことになるなら、礼儀作法を叩き込んでおくんだったよ」
「……勘弁してくれ。むしろ、親父がそつなくこなしているのが信じられん」
「団長は何でもできる人さ。今まで必要な機会がなかっただけで」
デインに居た頃は王族や貴族とは嫌というほど関わってたからなぁ。
「それで不貞腐れて、独り剣を振っているわけか」
「そういうわけじゃないが、ちょうどいい。相手をしてくれないか? 何をこそこそやっているのかは知らないが、あんたも気分転換が必要だろう」
「こそこそとは人聞きの悪い。だがまあ、おまえの相手をするのも久しぶりだ。ちょっと待ってろ。木剣を取ってくる」
さすがに真剣でやるわけにはいかん。どちらがケガをしてもつまらんからな。
「では、やろうか」
「ああ」
お互いに木剣を構える。先手を取ったのはアイク。俺はその攻撃を横に飛んで躱す。振り下ろされた木剣はそのまま大地をえぐった。
「いい攻撃だ。ほとんど無駄な動きがなかった」
「軽々躱しておいてよく言う」
続く剛腕の一撃を、木剣で受け止める。
「大した力だ。が、力だけで剣を振るっているうちはまだまだだな」
「……ならば!」
アイクは後方に跳躍して距離を取ろうとした。
「――ッ!?」
アイクが後方へと跳ぶと同時に、俺もその方向、つまり前方へと跳んだ。
俺の木剣がアイクのふくらはぎを叩く。その一撃でバランスを崩したアイクが地面へと転がる。咄嗟に受け身を取ったのはさすがだが、転がって距離を取るよりも早く、木剣の切先がアイクの胸に突きつけられた。
「安易に跳ぶのは感心しないな。足を掬われる。文字通りな」
「くっ、もう1本だ」
「いや、ここまでだ。お客さんのようだな」
客は神使親衛隊隊長を務める乙女、聖天馬騎士のシグルーン殿だった。
ベグニオンも面倒なんですよね。表面化するのは暁からですけど。
ベグニオン編はかなり巻きでいきます。まあ大体原作通りなんで。未プレイの方には申し訳ありませんが。