ナドゥス城に向けて出立したラグズの連合軍を見送り、本隊もピネル城に向けて出発した。
ピネル城を守るデインの将は【四駿】の1人、ベウフォレス将軍。
このベウフォレス将軍は謎の多い男だった。
デインの将軍に取り立てられたのは最近のこと。
漆黒の騎士同様、常に鎧兜を身につけ、素顔を見た者はいない。
太古の亡霊であるとか、異界の魔物であるとか、迷信じみた噂話もあった。
ともあれ、前線に出ることが許されていない俺は、後方で見守ることしかできない。
「付き合わせてすまんな」
「いえ、これが我が使命なれば」
俺の護衛を務めるタウロニオ将軍も、当然ながら後方待機だ。前線で槍を振るいたいのだと思うのだが、意外にも不満はなさそうだった。
「敵は、あまり連携が取れていないように思えますな」
「ベウフォレス、将としてはあまり有能ではないのかもしれんな」
力を示せば【四駿】になれるとはいえ、個人の武勇と将としての能力は別物だ。最近取り立てられたということは、兵を率いたことも少ないのだろう。
しばらくして、敵軍に動きがあった。
「崩れましたな」
タウロニオ将軍の言うように、敵兵が逃走を始めた。
おそらく大将が討たれたのだろう。
「勝ったな。アイクたちを迎えに行こうか」
「御意。しかし伏兵にはお気を付けください」
「分かっているさ」
タウロニオ将軍を従えて、前線へと向かう。
しかし前線は戦勝気分ではなく、奇妙な雰囲気が漂っていた。
「オスカー、何かあったのか?」
「あ、ミス……じゃない、ミトラス王子。それが……アイクとベウフォレス将軍が戦った時に、アイクの一撃が敵将の兜を斬り飛ばしたのです。そこでベウフォレス将軍の素顔があらわになったのですが……レニング卿だったのです」
「……はぁ? レニング卿って、王弟のレニング卿か?」
「変わり果てた姿でしたが、エリンシア姫は間違いないと」
どういう……ことだ?
「まさか……」
「タウロニオ将軍、何か知っているのか!?」
「はい。アシュナード王は、ラグズを常時化身状態になる薬を研究していると聞いたことがあります。しかし薬の副作用で精神は崩壊し、寿命も削られる、と」
「……ベグニオンの任務で遭遇した覚えがあります」
そういえば、セネリオの報告書で読んだ気がするな。確か行商隊に化けた一団の積荷を奪還する任務で、明らかに様子がおかしい、狂暴化した獣牙族と戦闘した、と。
その薬をレニング卿は投与されて、変貌したわけか。
「なんと……その薬がベグニオンまで流れていたとは……」
「タウロニオ将軍、おまえの知ることを全てエリンシア王女たちに話してくれ。オスカー、案内を頼む」
「はい。こちらです」
いくら命の軽いFE世界でもこれはダメだろ。人体実験とか勘弁して。やはりアシュナードは討たねばならん。
◇
日暮れ間近、遊撃隊として先発したラグズの混成部隊が帰ってきた。なんとナドゥス城を落としたらしい。
最後は何を思ったのか、城を崩壊させてラグズたちを生き埋めにしようと画策したらしいが、俊敏さに優れる彼らは犠牲なく脱出できたようだ。
これで王都メリオルまで、行軍を遮る城砦はなくなった。
だがその前に行くところができた。王都の偵察に出していたキルヴァス王が、道すがら何かを感じてある場所へと行ったらしい。
そして一度戻り、確認のためリュシオン王子を同行させたところ、リアーネ姫の気配を感じたとのこと。
最初はフェニキス王とキルヴァス王の部隊で別行動を願い出たらしいのだが、アイクもそれに同行することにしたようだ。
そこにはリアーネ姫だけではなく、レニング卿を苦しめた薬を投与されたラグズがいる可能性があるらしい。
つまり、薬の製造工場かもしれないのだ。リアーネ姫の奪還、そしてレニング卿の治療の手がかりを得るため、アイクは別動隊を率いてグリトネア塔に出発しようとしたが、俺が止めた。
時間を考えろ。いま出発したら、現地に着くのは日暮れ前だぞ。鳥翼族は夜目が利かないんだから、明日夜明けとともに出発しろと言った。
こういう忠告はセネリオの役目なんだが、あいつラグズについて知ろうともしないからな。そこまでラグズが嫌いか。
まあアイクの指導で、半獣と呼ばなくなっただけマシだが。
とりあえず、資料の押収と、1人も逃がさないこと、責任者らしきものを捕縛することを命じた。
さすがに昼間なら鳥翼族の監視から逃げられるやつはいないだろう。
別動隊を見送り、本隊の準備を進める。
といっても、俺がやることなんてほとんどないんだけど。
「ミトラス様。少しよろしいですか?」
横手から玉を転がすような声が聞こえてきた。
「エリンシア王女、どうかなさいましたか?」
「少し、お話がしたくて」
彼女の後ろにいたルキノ殿が小さく頭を下げる。
「なるほど。かまいませんよ。こうして話をするのも、随分と久しぶりのような気もしますね」
クリミアからベグニオンまでの航海中は結構話していたが、ベグニオンに着くと彼女は神使に連れまわされ、ベグニオンを出立して以降は怒涛の展開で和むような時間もなかった。
だが王都メリオルを指呼の距離におさめて、彼女も何か思うところがあったのかもしれない。
「ネヴァサでの演説は、素晴らしいものでした」
エリンシア王女はそう言ってくれたが、まあお世辞だろう。自分でも及第点ぎりぎりという評価だからな。俺がデイン国民を味方につけるには、アシュナードとは逆のことをするしかなかったのだ。
つまり平和路線である。だがデインには武人が多い。先王は比較的穏やかな性格だったが、やはり好戦的な人間が多いのだ。
だから賛同者は少ないと思っていたのだが、結果は無血開城と予想以上の成果だった。彼らも戦うことに疲れていたのかもしれない。
「私は、怖いです。私は存在しないはずの王女ですから。みんなが受け入れてくれなかったら……そんなことを考えてしまいます」
決戦を前にナーバスになっているのかもしれない。俺にこんな話をしたのは、境遇が少し似ているからだろう。
死んだはずの王子。それを証明する手段もない。
だがエリンシア王女の場合は、俺よりも随分マシだ。
以前にルキノ殿が言ったように、デインでの活躍はクリミアにも届いており、またデイン兵が血眼になってクリミア王女を探して回ったおかげで、隠されていた王女が民を救うために立ち上がったというのは、クリミア人の希望になっている。
実際、ここまでに出会ったクリミア人は彼女を歓迎してくれた。
しかし王都の民は……というのが彼女の不安なのだろう。
「エリンシア王女、難しく考える必要はありません。心に従えば良いのです」
「心に……ですか?」
「あなたの心は、きっと民に届くはずです」
こういう時は具体的にあーだこーだ言うより、抽象的表現にとどめておいた方が良いのだ。
「……ありがとうございます。何かが分かったような気がします」
「お役に立てたようで良かった」
何が分かったんだ? ちょっと気になる。
エリンシア王女は納得したような表情で去って行った。
彼女を見送り、夕飯を食べ、いつものように訓練を始めようとした時、視界の端にナーシル殿の姿が映った。
アイクについて行ったと思っていたが、残ってたのか。セネリオはナーシル殿を警戒していたようだったが、最近はおとなしくしているので杞憂だと思っていた。しかし決戦を目前にしてこそこそと森へと入って行くのは、さすがに見逃せんか。
ナーシル殿の先にいたのは、桃色の髪をした少女だった。
逢引きか? それなら何の問題もないんだが……見覚えのある少女だな。
俺は必死で記憶の引き出しを探る。そして、思い出した。
ガリアで団長がプラハ将軍を追い詰めた時、撤退の指示を出した少女だ。プラハ将軍が名前を叫んでいたな。そう、イナだ。
イナ……カサタイ将軍の言っていた、ネヴァサを任された将軍か。あの若さでたいしたものだ。しかしデインの将軍と密会とは……。
「ナーシル殿」
「――ッ!? あなたは……」
ナーシル殿が少女を守るように前に出る。これだけを見れば、妹を守る兄の姿のようだ。恋人を守る、と言い換えてもいい。まあどっちでもいいが、あの少女を大切に思っていることは伝わってくる。
「感心しませんな。デインの将軍と密会など」
「…………」
だんまりか。一応、彼には世話になったし、アイクも結構頼っているようだったからな。逃げ道を用意してやるか。
「もしかして、私に賛同してくれる方かな。アシュナードを見限って、私についてくれるというのなら、歓迎しますが?」
さあ、道はできたぞ。裏切り者になるか、デインの将を説得した功労者となるか、頭の良いあんただ。俺の意図は汲み取れただろう。
だが前に出てきたのは、ナーシル殿ではなく、後ろの少女だった。
「あなたは、アシュナード王に勝つつもりなのですか?」
「もちろん。私はアシュナードを討ち、デインを正しい姿に戻すつもりだ」
「ならば……お願いがあります。アシュナード王の騎竜、ラジャイオンはお助け下さい。それさえ聞き届けていただければ、私はあなたに従います」
そう言って、イナ将軍は頭を下げた。
ナーシル殿は黙って見守っている。
「確約はできんが……努力はしよう」
「はい。それで十分です」
その顔は、少し哀しそうでもあった。
◇
女神の剣を手に、瞑想を始める。
あの日、漆黒の騎士より受け取った剣は、正しく女神の祝福を受けた剣だった。刃毀れひとつしない、不壊の剣。
その重さも、もう慣れた。
頭に敵を描く。
想像する敵は、常に同じだ。あの日見た、憧れた、最強の剣士。
もう、実際に戦うことは叶わない、剣の頂、剣の極致。
想像し、創造した敵と剣を交わす。
攻め、受け、流し、打ち合う。
その剣先が、俺の喉を突いた。
全身から汗が噴き出す。
また、勝てなかった。
その背中は大きく、まだ遠い。
?????
夢を見ていた。
遠い、遠い、夢を。
そこではベオクとラグズが、共に笑って暮らしている。
夫婦がいた。夫はベオクで、妻はラグズ。2人の間には小さな子供がいる。右手は父と、左手は母と繋がれ、無邪気な笑顔を浮かべている。
周囲の
はかない夢のはずだった。決して見ることのできない夢の景色。
闇の多い人生を歩んできた。人の目を恐れ、定住できず、自分の人生はこんなものだと、半ば諦めてもいた。世界を呪ったことも、あった。
忘れていた夢を思い出したのは、彼がこの戦争に関わっていると知ってからだ。
世界の命運を女神の判断に委ねると決めた我が主も、彼には一目置いているようだった。
以前に私が語った彼の話に、あのお方は殊の外興味を示しておられた。ベオクもラグズも、印付きですら差別しない、鷹揚な心の持ち主。
この世界では異端ともいえるほどの特異な感覚を持っていた。
どうやらあのお方は、彼とアシュナードをぶつけようと考えているらしい。
対極ともいえる2人だった。例えるならば、混沌と秩序。
アシュナードは力ある者が上に立つべきだという思想を持っていた。それはラグズに近い思想だ。実際、ラグズの国は血や生まれに左右されず、最も強いものが王になると聞く。
またアシュナードは、為政者としても悪くない才覚を有していた。無意味に民を虐げず、民あっての王だということを理解していた。
対して彼は、どうであろうか。
私が知っていることは、剣の腕と心根が善であることくらいだ。王としてどれほど優れているかは分からない。
だが、彼の作る国を見てみたいという思いはあった。
人づてに聞いた話ではあるが、王都ネヴァサで彼が行った演説は多くの人の心に残ったようだ。
彼と決着をつけたいという思いもあった。だが彼と戦えば、間違いなくどちらかが命を落とすことになるだろう。
死は怖くない。戦いの果てに死ぬのであれば、武人としては本望だ。
しかし、彼の作る国を見られなくなるというのは、残念ではある。これを未練というのならば、そうなのだろう。よもや私に、死を恐れる日がこようとは。
我が主の意向により、彼に神剣の1本を託すことになった。王都ネヴァサを離れられない私は、精神だけの状態で彼と剣を交えることになったが……やはり強い。
精神だけの状態では、どうしても反応が遅れる。精緻な操作も難しい。これで勝てるのならば、拍子抜けもいいところだが、やはり彼は強かった。
あの強さは、全盛期のガウェイン将軍にも劣らぬ強さだ。
ガウェイン将軍の模倣ではない、彼だけの、彼の強さだ。
意識が身体に戻ってきた瞬間、全身が震えた。武者震いなどいつ以来であろうか。力、技、速さ、あの時とは比べものにならない。
彼に勝ちたい。
しかし、彼の作る国も見届けたい。
どちらかは叶わぬであろう。
私は……いや、私は主の御心に従う。彼が主の前に立ち塞がるのであれば、私はただ剣を振るうのみ。
それでいい。それでいい……はずだ。
1話分には少ないので後書きに入れてみました。
どっかの誰かの独白です。