戦いは終わった。
クリミア王家最後の一人となったエリンシア王女は、無事女王として即位した。俺もまたデインの王に即位することになった。
デイン王国の至宝であり、デイン王家の人間にしか扱うことのできない大剣、グルグラントが俺の出自を証明してくれたのだ。
そんなわけで、俺は第14代デイン国王として認められた。
アシュナードが悪だったかと問われれば、返答に困るところだ。
やり方が極端だったんだよ。力さえ示せば、身分や出自に関係なく出世できるってところは良いと思う。
だからといって弱者をないがしろにしては国が成り立たないだろう。
アシュナードには民そのものが国の財産であるという考えもあったらしく、クリミア占領期には投降し、服従を誓った者へ対しては過酷な統治政策を敷かなかった。
じゃあなんでネヴァサを見捨てたんだってばよ。
まあアシュナードの中ではあの戦力で守り切れると判断したのかもしれない。
さすがに死んだはずの王子が帰ってくるなんてのは予想もしていなかっただろう。
というかこの忙しさはなんだ。心を亡くすと書いて忙しいとはよく言ったものだ。王になりたいなんて言っているやつは、王になったことがないやつなんだよ。つまり俺だ。
鳥になりたいな。そうだ、ハンググライダーを作ろう。
ブライス将軍、無言で貴族令嬢の肖像画を渡すのはやめてくれ。確かにこの年で独身というのは世間体が悪い。世継ぎを残すのも王の務めというのも分かる。ただ肖像画というのは、写真と違っていくらでも盛れるからな。まあブライス将軍のお勧めというなら、そこまで酷いのはいないのだろうが。
俺が結婚しなかったのは、一応理由がある。それは聖戦の系譜のような、結婚システムが導入されているかもしれないと思ったからだ。
例えば、本来結ばれるはずだった男ではなく、俺と一緒になったことで後に影響がでるかもしれないと考えてしまったのだ。
一度そう考えてしまえば、軽々しく結婚できなくなってしまった。
だがアシュナードが斃れたことで、物語は終わったと言えるだろう。
そうだ、ガリアとの融和のためにレテを王妃にするというのはどうだろうか。
まだ王都にいたはず……え? もう帰った? そう。
ラグズ問題も解決したとは言えない。今まで国是として半獣は敵、半獣は悪としてきたのだから、突然ラグズを受け入れると言っても困惑する国民がほとんどだ。
そういう意味でも、ガリアから王妃を迎え入れるのは妙案な気がする。落ち着いたらガリア王に打診してみよう。
まあいきなり王都にラグズを住まわせるのは混乱の方が大きい。まずは特区を作って、民衆に耐性を付けさせる。トパックとムワリムも乗り気だし、おそらくは上手くいくだろう。
団長、もとい師はデインに残り、ティアマトと一緒になった。まあ長年一緒にいるしな。さすがの師も気づいていたらしい。なんかもう、一緒にならないとティアマトは一生独身かもしれないと思い、覚悟を決めたようだ。
エレナへの想いは忘れられない、それでもいいか? と訊いたところ、二つ返事でOKだったらしい。
アイクが一人前になったことも大きいだろう。
アイクはクリミアの復興のため、エリンシア女王に協力しているが、貴族のしきたりなどに辟易しているようだ。たから、結局は傭兵稼業に戻るかもしれない。望めばクリミアの王にだってなれるだろうに。
俺もデインに誘ったんだ。【四駿】の席が空いてたからな。だけど断られた。欲がない……というか興味がないんだろうな。
グレイル傭兵団改め、アイク傭兵団として再出発することになりそうだ。
傭兵団のメンバーは変わらずアイクについて行くっぽい。意外だったのはシノンだな。あいつは俺の誘いに乗ってデインに来ると思っていた。師を慕ってたし、王宮騎士の席も用意していた。けど断られた。
危なっかしくてほっとけねぇ、と言ってクリミアに残った。男のツンデレは
どうしたブライス将軍? 妃? 妃の件は後でいいだろ……違う? アシュナードの妃!? そんなのいたんだ……。
まあ、本人の望むようにさせればいいよ。王宮に居てもいいし、離宮に居てもいい。ただ不自由はさせるな。面倒な噂が立ってもかなわんからな。実家に帰りたいというならそれでもいいぞ。
そうだ、子供はいるのか? いるけどいない? それ一番面倒なパターンじゃないの? アシュナードに無理矢理取り上げられた、ね。母親も不憫だな。足取りを追うくらいはできるだろ。任せる。
いや、処さないから。普通に保護して。玉座が欲しいなら……能力次第だな。
玉座もな、能力次第で良いと思う。無能な王が国を亡ぼすなんてのはよくある話だし。だが今はまだ早い。
次の王は選挙で決めます、なんて言えば国中が混乱するだろう。民主主義は万能じゃないし、最も優れた統治体制でもない。
今はまだこのままでいい。
仕事は山ほどある。山ほどあるから逆にテンションが上がっているのかもしれない。徹夜明けのテンションに似ている。いや、睡眠時間は最低限確保しているから、微妙に違うかもしれないが。
アシュナードの制定した能力次第で取り立てるという政策はそのままだ。結局これって
地位や家柄、人格や過去の行いなどに一切よらずに、ただ才があれば用いるという国や社会に役立つ有能な人材を登用するための能力主義的、あるいは実力主義的な人材登用のあり方だ。
かといって、弱者をそのままにしていればアシュナードと同じだ。まずは弱者救済の施策をしなければならない。具体的には貧民街をどうにかする。炊き出しと雇用の確保と、あとは割れ窓理論の応用だな。区画整理と、軍の一部を治安維持に回そう。
戦後の混乱で賊なども増えるだろうから、そっちにも気を回さなければ。
無論、賊が発生するということ自体、為政者として恥ずべき事ではあるが、元老院辺りがちょっかいをかけてくる可能性もある。
さすがに穿ち過ぎる考えかもしれないが、腐敗の歴史を積み重ねてきた元老院は油断ならない相手だ。
元老院の議長兼帝国宰相だけは、神使の信任も厚く、信用できそうではあるが。
開墾も進めるか。軍人は減ったとはいえ、軍は金食い虫だからな。収穫量を増やさねばならん。農業改革も進めて……外貨を得るための産業も欲しいな。ベグニオンは金持ってるし、貴族受けするような焼き物でも作るか。
炉が重要なんだったよな。まあ色々と試してみよう。
エリンシア女王からは賠償金はいらないと言われたが、その厚意に甘えるわけにはいかん。それを受け入れてしまえば、クリミアとデインは対等ではなくなるし、下手をすればエリンシア女王は、クリミア貴族たちから突き上げを喰らうだろう。
賠償金はキッチリ支払う。その代わり、クリミア国内にデイン兵が残っていた場合、保護して引き渡してくれるように頼んだ。
敵ではあったが、彼らもまたデインという国のために戦った勇士なのだ。
エリンシア女王は快く受け入れてくれた。
一応、デインとクリミアは友好条約を結ぶに至ったが、国民感情はなかなか難しいところだろう。デイン兵に家族を殺された者、クリミア兵に家族を殺された者。そうした者たちの感情を無視するわけにはいかない。
まあ時間をかけてやっていくしかないだろう。
来客が来たようだ。ようやく休める。書類仕事ばかりで目がシパシパしていたところだ。
執務室から応接室へと移動する。
そこにはあの日に出会った賢者殿がいた。
その正体は、ベグニオン帝国の宰相だった。
「お待たせしました。セフェラン殿」
「いえ、美味しいお茶をいただいておりました」
と、セフェラン殿は柔和な笑みを浮かべた。
「しかし、本当によろしいのですか? ベグニオンの兵を全て引き上げて」
「ええ。神使様やセフェラン殿、ゼルギウス将軍は信頼しておりますが、ベグニオンの兵がいると良からぬ考えを抱く者が現れるやもしれませんので」
「ふむ。ならば仕方ありませんね」
いくらゼルでも末端の一兵卒まで目を届かせることは難しいだろう。
アシュナード支持派の残党がいる可能性もあるし、こいつらがベグニオン兵まで巻き込んで騒動を起こすと面倒なのだ。
またゼルと交代で元老院の息のかかった将軍がやって来るとさらに面倒なことになる。
つまりメリットよりもデメリットの方が大きいんだよ。
神使派のセフェラン殿にしてみても、腹心のゼルを手元に置いておける方が安心だろう。
「ではそのように取り計らいましょう。それにしても、随分とお疲れのようですが、大丈夫ですか?」
「……セフェラン殿には隠し切れませんね。まあ忙しいのは事実ですよ。戦後処理や復興、ラグズについての意識改革。ああ、融和政策の一環で、ガリアから王妃を迎えたいと提案したら、家臣に難しい顔をされましてね」
「ラ、ラグズの王妃ですか。しかしそれは……」
「セフェラン殿の言いたいことは分かります。印付き……ですね」
セフェラン殿の表情が、緊張で硬くなるのを感じた。彼もゼルが印付きであることに気づいているのだろう。
そういえばセフェラン殿の外見も、あの頃とあまり変わってないな。もしかしたら、同じような境遇だから、ゼルは慕っているのかもしれない。
「私は納得できないのです。なぜ印付きが拒絶され、忌み嫌われているのかを。女神の定めし理を犯した不浄の存在、などと言われていることも。それは本当に女神が残した言葉なのか。何者かが都合の良いように編纂したのではないかと疑っているくらいです」
歴史を勝者が書き換えるように、宗教もまた都合良く改竄されたりする。むしろ宗教の方が恐ろしいからな。信徒たちは、女神がおっしゃるなら仕方ないと何も考えずに受け入れているに違いない。
セフェラン殿は複雑な表情をしていた。困惑、というのが近いだろうか。いや待て! ベグニオンは女神の宗教国家だった。
しまった! あの笑顔に騙されて馴れ馴れしく話しすぎた。異教徒とか神敵扱いされたかもしれない。攻め込む口実にされる可能性もある。やはり軽々しく宗教に口を出すんじゃなかった!
どうにかして誤解を解かねば。そう思っていた時、唐突にセフェラン殿の相好が崩れた。
「ふっ、ふふふっ、あ、あなたは本当に、面白い……」
何がツボに入ったのか分からないが、セフェラン殿は微笑を浮かべていた。
「……あなたは、人が不完全だと思いませんか?」
唐突に、セフェラン殿は言った。この問いを投げかけられた時、ああ、この人は本当に真面目なんだなと思った。
「そりゃあ、そうでしょうとも。完全とは、それ以上がないってことです。不完全だからこそ成長できる。進化できる。私はそう信じています。不完全であることこそ、女神が人に与えた愛なのだと、私は思います」
完全なのは神様くらいだろう。いや、神様だって間違えるかもしれない。ゼウスなんて酷いモンだったぞ。主に下半身が。まああれは人の生み出した妄想にすぎんが。
ここの女神だって人々の想像、妄想の
「……女神の……愛。しかし、ベオクとラグズは……本当に分かり合うことなど……」
よく分からない葛藤をしているセフェラン殿の前に、拳を差し出す。そして、その拳をゆっくりと開いた。
「握れば拳、開けば
セフェラン殿の、息を吞む音が聞こえた気がした。
「……もう少し……もう少しだけ……信じてみたいと思います」
なんとか納得してもらえたようだ。よし、乗り切った!
「ええ、デインとベグニオンも、これからは良き関係が築けるように、共にがんばりましょう」
そう言って、俺は改めて右手を差し出した。
セフェラン殿は、迷いなくその手を取ってくれた。
窓から見える王都ネヴァサは、陽の光を浴びて輝いているように見えた。
実はこのセフェランってやつが黒幕だったんだよ!
な、なんだってーーー!!
この世界線では主人公に若干の希望を見い出しています。
というわけで完結です。
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