クリミア王国の南に位置するガリア王国。そこはラグズたちの暮らす国である。クリミアとガリアはお互いの種族の違いを乗り越え、ぎこちないながらも友好的な関係を築いていた。
俺たちは今、ガリア王国へと続く樹海へと足を踏み入れようとしていた。
「ミスラ、どう見る?」
樹海の中頃で、団長が囁きかけてきた。
「クリミアとガリアは友好条約が結ばれています。読まれていると考えるべきでしょうね」
「やはりか。一応聞くが、おまえはアイクをどっちに配置すべきだと思う?」
「若者には試練を与えるべきですが、アイクにはまだ早いですね。むしろ指揮を学ばせるべきでしょう。暴れるのは俺たちでやりましょう」
「……そうだな」
団長は黙したまま思案し始めた。アイクには将として、セネリオには軍師として成長してほしい。若者に成長を促すのも年長者の務めなのだ。
そろそろ樹海の出口が見えてきた。
出口を目前にして、ティアマトがデインの追手は必ずあると警告する。その上で、団長はセネリオに策があるかと問うた。
そしてセネリオは答えた。
――別動隊が敵を撹乱し、その隙に本隊が全速力でガリア王宮へと向かう
団長はその策を受け入れた。
「別動隊は、俺、ミスラ、シノン、ガトリーだ。本隊の指揮はアイク、おまえが執れ。ティアマトは補佐を頼む」
「分かった。そっちも気をつけてくれ」
「ああ。だがアイク、俺たちの心配をするのは3年ほど早いな」
「ははっ、おいおいミスラさんよ。3年ってのはちょっと期待しすぎじゃないのか?」
シノンが茶化したようにツッコミを入れる。アイクは無言で眉間のしわを深くしていた。
「いいや、俺は3年で追いついてくれると期待してるさ。ねぇ団長」
「むっ、そう……だな」
団長は不愛想にそう答えた。相変わらず息子には厳しいな。娘には甘いのに。
「……努力する」
「ああ。いいかみんな、多分これが、俺たち傭兵団にとって、これまでで最大の戦いとなるだろう。命令はひとつだけだ。誰も死ぬな! 血の繋がりがあるとかないとか、そんなことはどうでもいい。俺たちはひとつの家族だと思え。家族を悲しませたくなければ、生き延びろ! では作戦開始! ガリアで会おう!」
◇
「いたぜ団長。デイン兵、大体80人ってところか」
樹上から降りてきたシノンが団長に報告する。
「そうか。では俺とミスラが突撃する。シノンは援護。ガトリーはここで待機して、討ち漏らした敵がシノンに向かってきた場合に対処してくれ」
「えぇ!? 2人で80人に突撃するんすか!?」
ガトリーが素っ頓狂な声を上げる。
「大丈夫だよ。80人といっても、1度に襲い掛かれるのは精々4人だ。それに俺たちはなるべく目立って本隊から目を逸らさせるのが仕事だからな。シノン、援護は任せた」
「あいよ。弓兵や魔導士を優先的に排除すりゃいいんだろ」
シノンが再び樹上へと戻る。
「では行くか」
「了解。団長と肩を並べて戦うのも久々ですね。腕が鳴りますよ」
「最近は留守を任せたり、別任務が多かったからな。では、派手に暴れるか!」
「お供しますよ団長!」
突撃する俺たちに、敵も気づいたようだ。
笛の音が鳴り響いた。デイン兵が一斉にこちらを向く。
団長の速度が増した。最も間近の敵兵が斬り伏せられる。多人数を相手にする時は、動きを止めないことが重要だ。止まれば狙い撃ちされる。
団長は風となって次々と敵兵を斬り伏せていく。
俺も負けてられんな。
剣を握る手に力が入る。俺もまた風になった。俺と団長の速さに反応できる者は、誰もいなかった。
戦闘は20分程度で終わった。
シノンとガトリーがこちらに駆けて来る。
「グレイル団長もそうだが、あんたも底が見えねぇな」
「強いとは思ってたっすけど、ミスラさんってこんなに強かったんすね」
「歯ごたえのあるやつがいなかっただけだよ。何人か逃がしたから、そのうち指揮官がやってくるだろう」
そいつがこっちに釣られてくれれば、別動隊の仕事は完遂したも同然だ。さて、それよりもこっちだ。
「捕虜が囚われている馬車があった。護送の最中だったんだろうな。解放してやろう」
「あっ、じゃあ俺がやりますよ。かわいい子がいるといいなぁ」
と、ガトリーはウキウキしながら馬車へと向かって行った。
捕虜はクリミア軍に雇われた傭兵たちだった。それぞれ俺たちに礼を言って去って行ったが、1人の少女がこの場に残った。
「おふたりの強さ、檻の中から見てました。傭兵団の方ですよね。あたしワユっていいます。剣の腕なら自信があります。あたしを雇ってもらえませんか?」
売り込みか。傭兵なら珍しくもないが……。
「捕まっといて、剣の腕に自信がありますと言われてもな」
「うぐっ、反論できない……」
ワユと名のった少女は分かりやすく項垂れた。しかしデインと敵対してもなお団入りしたいというのは、それなりに覚悟があるのだろう。
戦力の補強も望むところではある。
「どうすんだ、団長?」
「俺は歓迎っすよ!」
シノンは団長の指示に従う。ガトリーは賛成のようだ。
「ワユ、といったな」
「うっす!」
「俺たちはデインと事を構えている。それは理解しているな」
「はい!」
「……なら歓迎しよう。ガリアの王宮に向かってくれ。そこに俺の息子、アイクがいる。そいつの指示に従え」
「了解です!」
こうして、新しい団員が増えた。ガトリーは最初喜んでいたが、別行動と分かって肩を落としていた。
ワユに武器と食料を持たせて見送った後、俺たちも休憩に入った。
「団長、ここで待ち伏せるんすか」
「一刻ほど待つ。それまでに増援の気配がなければ、南に向かう」
果たして増援は、現れた。騎馬の一団だ。先頭にいるのは、深緑色の髪を靡かせた妙齢の女性だった。
「くくく……まったく、派手に殺ってくれたモンだね」
散乱するデイン兵の死体を睥睨しながら、女将軍がつぶやく。シノンとガトリーはすでに後方へと下がらせてある。ここにいるのは俺と団長の2人だけだ。
「だがそれもここまでさ! この【四駿】のプラハ将軍が来たってことは、おまえらはお終いってことなんだよ!」
そう言って、プラハは矛先をこちらに向けた。
「どっちが行きます?」
「俺が行こう。今の【四駿】の強さ……興味がある」
団長がプラハの前に進み出る。
「なんだいおまえ……まさかこのあたしと一騎打ちをやるつもりかい? 無謀だねぇ。王女を差し出すってんなら、命だけは助けてやってもいいんだよ」
「ふっ、怖いのか?」
「……なんだと?」
「怖いのなら、見逃してやってもいいぞ」
「き、貴様ァッ!! 全員手を出すんじゃないよ! こいつはあたしが直々に、殺す!」
プラハの槍が火を噴いた。魔法武器か。だが団長は冷静に射線から身体を逃しながら、銀の剣閃を繰り出した。
発生した衝撃波が炎を切り裂く。プラハのほほから一筋の鮮血が流れ出した。
「血……? 貴様ッ! あたしを本気にさせたようだね!」
「なんだ、まだ本気じゃなかったのか? 随分とぬるい生き方をしてきたようだな」
「……殺す!」
あの怒りは演技か本物か。どちらにせよ、団長の勝利は疑いないところだ。魔法武器というのは便利な反面、そこまで脅威ではない。間合いが取れるという利点はあるが、魔法攻撃は魔力依存なため、戦士が持ってもたいした威力にはならないのだ。
先ほどの攻撃から見ても、プラハの魔力はそこまで高いものではない。
馬上という有利はあるが、その程度で団長との差は埋まるものではない。プラハの攻撃はことごとく捌かれ、団長に傷のひとつも負わせることはできない。
反対に団長の攻撃は確実にプラハを追い詰めている。まあ致命傷を避けているという時点で、実力者なのは疑いようのないところではあるが、相手が悪かったな。
「なんなんだいおまえは!? 一介の傭兵ふぜいが、どうしてここまで戦える!?」
「どうした、もう終わりか?」
「負ける……? このあたしが……そんなバカな……」
プラハの腰が引ける。気持ちで負けたな。勝負はついた。と思った、その時――
「1番から3番隊は前へ! 4番隊はプラハ将軍を援護しつつ後退。撤退します!」
「――ッ!? イナ! おまえ勝手になにを!」
待機していた騎馬が一斉に動き出した。
「プラハ将軍、目的を見失わないでください。我々の任務はクリミア王女の捕縛です。傭兵の相手ではありません。撤退します!」
「くっ、ぐぅぅぅ……」
プラハは渋面を作りながらも、イナという少女の指示に従った。その後頭部目掛けて、一条の光が駆け抜ける。
シノンの放った銀の矢は、しかし側近の盾によって防がれた。
「団長、俺たちも森に退きましょう」
「ああ」
適当な騎手を討ち、馬を奪う。そのまま何人かを斬り伏せ、俺たちは森へと後退した。追って来る者は、いなかった。
ちょっと分かりにくいですが、グレイルは普通に剣を使ってます。