日本VS日本   作:もちうさ

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今回は神聖日本王国の内情と、国防海軍と王国海軍の戦闘〜両乗組員との邂逅がメインです。

2026/03/20 追記:サブタイトルとストーリーの大幅な変更を加えました。






第5話 『The Encounter(憂国の王太子)

 

 

 

 

「どうなってるんだ!!」

 

 

 タイフーン型原潜ベースの重原子力潜水艦「カミタカ・トモチカ」と、重原子力巡洋艦「コウゾウ・スガ」を旗艦とする1個分隊の壊滅から1週間後。

 

 王宮は軍務卿の執務室でその旨の訃報が綴られた報告書を見た軍務卿ハラダは、空虚な天井へ向かってそう叫ぶ。

 

 

「クソが…やってくれたな日本国の蛮族め。自国防衛を名目に我等が海軍を蹂躙しおって……」

 

 

 ハラダは歯軋りをしながら、栄えある海軍が誇る艦艇を海の藻屑へと追いやった日本国の敵艦へ対する殺意をあらわにしていた。

 

 並行世界の日本国へ送り込む前、彼自身は重原子力巡洋艦を旗艦とした重原子力巡洋艦1隻と大型フリゲート2隻の編成には自信を持っており、なんならお払い箱である潜水艦隊司令部からも原潜を送り込むと言う、万全の体勢で差し向けた。

 

 だが、原潜は敵艦と無人機からと思しき飛翔体からの攻撃であえなく撃沈。

 

 旗艦「コウゾウ・スガ」を主とする1個分隊も180mm超電磁レールキャノンや各種重対艦ミサイルでの飽和攻撃を仕掛ける前にECMでレーダーを焼かれ、身動きが取れないまま、巡航ミサイルの餌食となった。

 

 まだ空母「アドミラル・クズネツォフ」ベースの重航空巡洋艦「アドミラル・グロリア」を旗艦とする1個艦隊は生きているので、それで反撃をすればいいものの、1個分隊を失ったダメージは測りなく大きく、王国軍総司令部や海軍総司令部の中には"もう国王直々に第07艦隊を派遣させて敵艦を黙らせた方がいいのでは"とすると意見もチラホラと出始めている。

 

 だがハラダは第07艦隊は王国が持つ伝家の宝刀かつ最終手段と捉えており、軍部や海軍から敵艦は1隻で彷徨いていると聞いて以降、艦隊を出さなくても分隊や艦隊で対処できると頑なに信じ込んでいた。

 

 その上で編成させて送り込んだ分隊がまさかの壊滅。

 

 それも、お払い箱から原潜を出しても敵には一切敵わなかったのだ。

 

 

「潜水艦隊司令部のマヌケめが……何故、敵艦の動きを捉えられなかった…?やはり、我が王国に潜水艦は不要だな。潜水艦なぞ、潜ることしか能がない玩具だ…」

 

 

 元から水上艦至上主義であり、潜水艦の実力を否定していたハラダは今回の分隊壊滅の責任を潜水艦隊司令部へ擦りつけようとしていた。

 

 ──何なら、送り込んだ原潜は1個分隊の弾除けくらいしか考えておらず、分隊を守るためには原潜を犠牲にしてもいいと考え、たとえ濡れ衣を着せたとしても、大した発言力の無い連中には適当と思っていたのだから。

 

 

「今の残存戦力は「アドミラル・グロリア」の1個艦隊とフミタカ大佐の1個分隊のみ…うぅぅむ…奴等は一体どんな方法で味方を屠っているのだ…」

『…それは彼等が戦略海軍だからだ』

「…何?」

 

 

 突如、ハラダの背後から聞こえていた声。

 振り返ると、そこには財務卿が数枚の書類を携えていた。

 

 

「…誰かと思えばお前か。入る前にドアのノックくらいしろ」

『ノックしても声が聞こえなかったから入っただけだ。そしたら何だ、木偶の坊みたく突っ立ってブツブツブツブツ念仏唱えやがって、気味悪いったら無い…』

「ブツブツ言って悪かったな。お前は何のようで来た?』

『今回の日本国に対する軍の派兵の費用報告書の提出に来たんだ。そもそもお前が俺に言ったのを忘れたのか?』

 

 

 財務卿が持っていた書類は軍部がハラダを経由して財務卿に依頼された、今回の派兵に関する費用報告書である。

 

 実は費用報告書は以前、ムネタカ王が並行世界の日本国とその世界を殲滅すると宣言した直後に財務卿がほぼほぼ徹夜で仕上げていたのだが、当初よりも軍の派兵が大規模になることから、改めて費用報告書の提出が必要になったのだ。

 

 ハラダは財務卿から手渡された報告書を読んでいく。

 

 

「ふむ…やはり、派兵にはこれほどカネがかかるのだな。年間の軍事予算75兆円の5%か…フン」

『なんだその顔は。"まだこれほどのカネしか使ってないのか"っていうのが見え見えだぞ。因みに今回の費用計上額にはお前が勝手に差し向けた分隊と艦隊の費用も込みだ。まあ、いずれも日本国軍の艦艇によって撃沈、または損傷したのだが』

「何だその言い草は。俺はあくまでも軍部と海軍からの要請に応えただけなのだ。勝手に人のせいにするな」

 

 

 財務卿からの毒に愚痴りつつも、ハラダは報告書を読み上げていく。

 

 

「ふむ…撃沈したのが重原子力巡洋艦1隻と大型フリゲート2隻…損傷が重原子力巡洋艦と大型フリゲートが2隻ずつか……何?フミタカ大佐の1個分隊も損傷しただと?あのフミタカ大佐が…」

 

 

 洋上プラットフォーム構築の海軍工兵隊の護衛のために、先んじて送り込まれたフミタカ大佐が率いる1個分隊も日本国側による損害が生じていたことに、ハラダは目を丸くする。

 

 そして、これまでの間に死亡したり負傷して後送された士官や兵士の欄を見ると

 

 

「これまでで数十万の士官や下士官らが死亡、若しくは負傷した、か…」

『そうだ。今回の派兵で海軍の負担になっているのは、派遣された士官や海軍兵らの損耗だ。いくら艦があっても、それを動かす人間がいなければ意味がない。ただの物騒な船か、金食い虫かだ』

「ただ、海軍には10万人ほどの人材がある。この中で死んだり負傷したのはたったの数%。この程度では痛くも痒くもない」

 

 

 海軍には人材が履いて捨てるほどいるから、数%くらい死んだり負傷しても痛くも痒くもないというハラダの言葉に財務卿は相変わらずだなとばかりにため息を吐く。

 

 だが、世界に誇る海軍の艦艇がたった1隻の敵艦相手に一矢報いることが出来ていない現状にはハラダも無視は出来なかった。

 

 

「我が海軍がこれほどまでに日本国側による損害を負っていたとはな…連中どももなかなかやるではないか…」

『そうだ。数に勝る王国海軍を彼等はたった1隻で数に圧倒し続けている。とどのつまり、彼等は数に頼る戦術海軍である我が王国海軍の遥か前をゆく先進的な組織、と言うことになる』

 

 

 財務卿は未だに戦術海軍とロシア由来の軍艦に拘るハラダや軍部に対する警告のつもりで言ったのだが、ハラダには全くと言っていいほど効かなかった。

 

 

「…戦略海軍だと?貴様、お前が言ってる意味が分かっているのか?海軍は数を揃えた超重武装艦による圧倒的な投射能力でモノを言わせるものだのだぞ。それを現にしている王国海軍なら、戦略海軍なぞ一捻りにしてくれるわい」

 

 

 そんな根拠なき自信から来るハラダの理論にため息を吐いた財務卿は

 

 

「…まあ、戦争屋のお前が言うのなら、そうであろうな。俺はあくまで算盤をはじく算盤屋だから、この先は戦争屋のお前たちに任せる』

 

 

 と言って、梯子を外すことにした財務卿は『話は変わるが』と話題を変えて、別の報告書をハラダへ手渡す。

 

 

『お前も知っているだろうが、最近PLAN(人民解放軍海軍)の艦艇が我が王国の領海と公海との接続水域と排他的経済水域内をウロチョロしている。海軍はフリゲートを派遣させているのだが、ここ1〜2年でその数は激増しており、その対処にかかる負担額も増えている』

「あぁ、それについては俺も陛下へ上奏しようか考えてたところだ。クソが…あの連中どもめ…面倒事ばかり増やしやがって…」

 

 

 PLAN──中国人民解放軍海軍による王国の領海と公海の接続水域の航行と排他的経済水域内の航行に、ハラダは切歯扼腕の表情を見せる。

 

 

「あの大陸国家め…勝手に我が王国の庭を彷徨きやがって…対処する我等の身にもなれってんだ…」

 

 

 ──それと同じことを並行世界の日本国にもやってるのは何処の国だ?

 

 財務卿は彼の国がやっている行為と同じことを並行世界の日本国にやっていることに気づいていないハラダにまたもや溜息を吐く。

 

 

『長官閣下曰く、陛下も重大事項だとして事態を重く受け止めているらしい。そして、どうやら王太子殿下も中国は今後の世界情勢の懸念になるというお考えとのことだ』

「そうか、陛下が……フン、あんな未熟な蛮族どもは大陸ごと滅んでしまえばいいのだ。第一、俺はあの国が気に食わんのだ。連中どもは我が王国同様に旧ソ連やロシアと国交を持ち、各装備品を貪り食っておる。あの時ムネオ陛下が迅速に動いてくださったから我が王国はロシアにとってのお得意様として鼻高々としてられるのだぞ。それを奴等は……彼奴らは一生犬でも食ってればいいってのに…」

 

 

 王国政府はもちろん、世界的にも有名なハラダの反中国思想。

 昔からそれを知っていた財務卿は顔色を変えることなく、釘をさすことにした。

 

 

『…そうか。お前の心情は理解したが、むやみに波風は立たせるなよ。彼等はプライドと面子が服を着て歩いてるようなものだからな』

「お前に言われなくても分かっておるわい。だがな、奴等が此方へ刃を突きつければ、戦争になるぞ。それだけは肝に銘じとけ」

 

 

 いとも簡単に戦争というワードが出てくるハラダに溜息を吐いた財務卿は、ガチャとドアを開けてハラダの執務室を後にする。

 

 

「…ったく、ハラダの奴め、自分たちがやっていることがまるで理解できていないな。右を向こうが左を向こうが戦争主義者ばかり…仮に戦争状態になったら、国家にのし掛かる負担は計り知れないものになる。…カネもかかるってのに、はぁ……」

 

 

 そうハラダやムネオ派の連中どもに対する愚痴を溢しながら、自室へと戻って行った。

 

 

 

***

 

 

 

 翌日、王宮のラウンジに財務卿はいた。

 彼の目の前にいるのは、故ムネオの"公式の1人息子"で"後継者"の王太子であるセイジだ。

 

 

「…この報告書をもって、私からの報告は以上とさせていただきます」

 

 

 2人が座っているソファの前に置かれたテーブルの上に並べられた数枚の報告書。

 

 セイジはそれを1枚ずつ丁寧に読み、テーブルに置くとはぁ〜と溜息をつき、財務卿へこう質問する。

 

 

『財務卿。お前の視点から見て、今の王国は如何なる状態だと思う?』

「はっ、僭越ながら申し上げて頂きますと、この王国は既に腐敗に蝕まれております。殿下の父であるムネオ陛下が王位に就いて以降、この王国はムネオ派による専断政治により、軍拡ありきの政治が行われてきました。国家予算の30〜50%が軍事予算にあてがわれ、うち15〜25%が海軍に注ぎ込まれ、今の海軍の礎になりましたが、これはハッキリと言って、異常でございます」

 

 

 彼は冷徹な目つきのまま、王国の経済規模や王家の財布ありきでキャパシティを無視した軍拡によって、戦後に整備された各種インフラや防災対策がおそろかになってしまっていること、老朽化が進んだインフラに対して政府は何も対策を取ろうとせずに無視を決め込んでいること、アメリカやNATOとの対決姿勢を取り、アメリカとの関係が薄いヨーロッパ諸国や中東、ロシアのみに偏った偏屈な外交政策を続けていることなどをセイジへ語りかけた。

 

 それを聞いたセイジは、何処か遠くを見つめるような表情で

 

 

『…やはりそうなるか。実は俺も、財務卿と同意見なのだ。…父は、ムネオ陛下はもう、雲の上に行ったっていうのに…彼等は父がまだ生きているかのように思い込んでいる。そして父の名の元にこの王国をいいように動かし、既得権益を貪ってきた。そして、その先にあったのが──』

「今回のムネタカ陛下による、並行世界の日本国に対する派兵、ですね」

 

 

 鋭い視線で言った財務卿の表情を見たセイジは、その通りだとばかりに小さく頷く。

 

 

『陛下は…あの人は一体、どんな心意気で別世界の国家に手をかけようと思ったのだ…俺も止めようとはしたのだが、あの時の陛下の狂気と殺意に満ちた表情には抗えなかった。…それがこの結果だ』

 

 

 セイジはそう言いながら、テーブルの上に並べられた数枚の報告書を指差す。

 

 

「仰る通りです殿下。そこに軍務卿のハラダが同調し、軍部や海軍の強硬派連中により、並行世界の日本国へ対する攻撃が行われました。ですが、奴等の目的は日本国を蒸発させることではありません。──並行世界そのものを殲滅させようとしてるのです」

 

 

 財務卿が鋭い口調で言い放った彼等の真の目的に、セイジは軽く吹き出す。

 

 

『馬鹿馬鹿しい…たった一国で、世界を滅ぼす?冗談もほどほとにして欲しいものだ。その渦中で消えたカネは?失った兵士や装備品は?殉職した兵士の遺族らに対する心理的、経済的補償は?彼等はなにも考えていない』

「ええ、ハラダと軍部によって派兵された2個分隊と1個艦隊、海軍工兵隊は既に巡洋艦「コウゾウ・スガ」を旗艦とする1個分隊が壊滅し、潜水艦隊司令部から派遣させた原潜も撃沈されています。これまでで失った艦と損傷した艦の被害額を集計するも、実に5兆円にものぼります」

『5兆円か……アメリカのアーレイバーク級駆逐艦(フライトiii)だと15隻ほど、フォード級でも2隻買ってもお釣りが来るぞ』

 

 

 1隻約2900億円するフライトiii仕様のアーレイバーク級イージス駆逐艦と、1兆9000億円かけて建造されたジェラルド・R・フォード級原子力航空母艦。

 

 今の王国が執着しているロシア由来の鉄屑よりも遥かに先進的な軍艦が買えてしまうことに気づいたセイジは、並行世界の日本国に執着するムネタカ以下の政府に対する反発心をあらわにする。

 

 

「海軍に対しては新たに建造をするとは思いますが、原潜を失った潜水艦隊司令部に対しては自己責任のつもりでいるのが今の政府と軍部の考えです。ムネオ派にとって潜水艦は、潜ることしか能がない卑怯者が乗る玩具なのですから」

『彼等は一体いつの時代を生きているのだ?今や潜水艦は国の安全保障を決定づける戦略兵器なのだろう?それを差し置いて何がオモチャだ…』

 

 

 かつて、王宮長官の薦めで長年王国との外交関係を保ってきた英国とフランスへ留学し、軍隊を含めた国の安全保障のイロハを学んできた経緯を持つセイジは、前時代じみた思想で軍部を操るムネオ派に対する軽蔑をする。

 

 そして、瞳の中に自信と闘志を漲らせたセイジは財務卿の鋭い瞳に向かって、こう言った。

 

 

『財務卿。俺は……俺は、この王国を変えたいと思っている。父が王位を継ぐ前の、情勢は混沌としつつも、自由な気風と文化を持ち、極東で唯一光り輝いていた、あの頃の王国を。俺は取り戻したいと思っている。財務卿、お前も協力してくれるか?』

「当然です殿下。私もその時代の空気を知っている世代であります故、今の空気しか知らない世代に、自由とは、幸福とは、こういうものだということを、王国の改革をもって伝える次第です」

『ありがとう。では、早速だが…潜水艦隊司令部へ支持をする旨を伝えてくれ』

「はっ」

 

 

 誰にも知られずに王国の改革を志したセイジと財務卿は固く握手し、財務卿は早速、ツテを辿って潜水艦隊司令部へその旨を伝えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その潜水艦隊司令部では──

 

 

「潜水艦カミタカが撃沈して早2〜3日か…」

「ええ…」

 

 

 東京湾基地の端っこにある、こじんまりとしたコンクリート建ての司令部庁舎。

 

 その内部の埃っぽく湿っぽい空気が漂う司令官室では、艦隊司令「コウイチ・オダ」海軍准将と副官の「ヨウイチ・ヤハギ」海軍大佐がまるで通夜のような雰囲気を醸し出しながら、他の幹部らと共に突っ立っていた。

 

 タイフーン型ベースの重原子力潜水艦を失った衝撃は大きく、貴重な戦力と人材を失ったショックから立ち直れない状態でいる。

 

 そんな中、コウイチ准将はヨウイチ大佐へこう語りかける。

 

 

「大佐…大佐は知ってるか?彼は…艦長は出撃前、俺にこう言ったんだ。…"必ず任務を遂行し、潜水艦の実力をムネオ派の連中どもへ分からせてやる"と…」

「司令…」

 

 

 重原子力潜水艦カミタカの艦長だったヒロカズ大佐は叩き上げのサブマリナーとして、潜水艦乗りとして誇りを持っていた。

 

 そして、与えられた任務は必ず遂行し、部下を1人たりとも欠かす事なく生きて返すのが彼の心情だった。

 

 そんな純真なサブマリナーな彼をムネオ派が毒牙をかけた。

 

 普段から潜水艦を冷遇し、レーダーやソナー、各種兵装の改修を怠り、見た目だけの"巨大な棺桶"に艦長らを乗せて並行世界へ向かわせたのだ。

 

 結果は撃沈。

 艦長ら乗組員の全員の死亡も確認され、潜水艦は未だに日本国の排他的経済水域の底で眠っている。

 

 原因は敵艦たるイージス艦と無人機による連携プレー。

 

 軍部や海軍総司令部から敵は1隻で彷徨いていることしか聞いておらず、潜望鏡で覗いていたところを無人機にアッサリと見つかり、イージス艦と無人機からボコボコにされて、海底へと沈んでしまった。

 

 そして、その訃報が届いたのが2〜3日前。

 

 丁度、川瀬らイージス艦「あおば」が巡洋艦「コウゾウ・スガ」を旗艦とする1個分隊を壊滅させ、捕虜を解放した日である。

 

 コウイチ准将は当時、訃報を聞いた瞬間、目の前の世界が真っ白になったのを覚えている。

 

 普段からムネオ派に冷遇され、貴重な戦力と仲間を失った重い空気と──

 コンクリートの冷たい空気が支配する中、1人の幹部がこう吐き捨てた。

 

 

「クソッ…何で俺たちサブマリナーがこんな貧乏くじばかり引かねばならんのだ!」

「そうだそうだ!!いつまでもムネオ派の好きにさせてたまるか!」

「水上戦闘艦だけが海軍じゃないってのを、分からせてやる!!」

 

 

 1人の幹部の声に他の幹部らも次々に抗議の声をあげる。

 

 

「でも、俺たちに大した発言力は無い…それはどうするんだ?」

「それは…」

 

 

 だが、自分たちに大した発言力が無いことに気づき、意気消沈とする。

 

 この空気を変えられないかと副官の大佐が准将に訊く。

 

 

「司令。この状況、なんとかならないですか?」

「大佐…それは俺も同じ気持ちだ。だがな…ムネオ派は潜ることしか能がない卑怯者に用はないと言い張っている。彼等は夢を見てるのだよ…」

「司令……」

 

 

 司令官である准将でさえ、今の状況に抗うことは許さない。

 誰もが諦めかけた刹那──

 

 ジリリリリリリン!!!

 

 司令室の電話のベルがけたたましく鳴った。

 

 司令はガチャと受話器を持ち、電話に出る。

 

 

「こちら潜水艦隊司令部」

 

 

 電話で応対する司令を副官を含めた幹部らか注目するなか、突如、司令の身体が小刻みに震え始め、目頭から涙が溢れてきたのが見てとれた。

 

 

「…司令?」

 

 

 様子が変わった司令に大佐が思わず声をかけた数分後、司令はガチャと受話器を置き、こう言った。

 

 

「諸君…今まで忸怩たる思いをしながらも、必死に泥水を啜ってきた潜水艦隊司令部の皆に朗報だ…」

「…朗報ですか?」

「ああ…驚かないで欲しいのだが、王太子殿下たるセイジ様がなんと、我々潜水艦隊司令部を支持するとのことだ…」

 

 

 司令の口から出た言葉に幹部らは騒めく。

 

 

「お、王太子殿下が?司令、それは本当ですか?」

「ああ…どうやら殿下は今の軍拡に疑問を持っており、水上戦闘艦のみに頼らない戦略海軍…陸軍や空軍との統合運用を加味した海軍組織への改革を目指してるらしい…その一環で、我々潜水艦隊司令部を強化したいとのご意向とのことだ…」

「…えっ!?あ、あの王太子殿下が…まさか、我々へ救いの手を差し伸べてくれる日が来るなんて…」

「セイジ殿下…」

 

 

 これまで仲間の犠牲と湿っぽい空気に苛まれてきた幹部らは、途端に表情を明るくなった。

 

 ムネオ派に冷遇され、誰にも見向きもしなかった潜水艦隊司令部へ差し込んだ余りにも眩し過ぎる救いの光。

 

 そして、セイジとタッグを組んだ人物も彼等の度肝を抜くことになる。

 

 

「そして、殿下と手を組んだのが王国の財務を一手に担う財務卿殿だ…」

「えっ、ざ、ざ、財務卿が?財務卿といえば我々を冷遇してきたムネオ派の中心人物の筈…何故、彼が我々を?」

「実は財務卿閣下はこれまで我々や空軍を強化したい意向を持っており、予算措置を講じるべく努力してきたらしい。だが、その度に軍務卿であるハラダ閣下や軍部の妨害に遭い、実現できなかったらしい…彼自身もムネオ派では珍しい中道右派の改革保守派であることも大きいのだろう…」

 

 

 今まで知らなかった財務卿の努力と彼の内心に幹部らはどよめいた。

 

 

「まさか、ムネオ派にこれほどまでに地に足がついた御仁がおられたとは…この国もまだまだ捨てたものじゃないな…」

「そうだ。殿下に財務卿閣下…お二人の心強いバックがあれば、我々は暗いトンネルから抜け出せる。…いいか。今回のことが明るみにならぬよう、お二人以外のムネオ派の連中の前ではいつも通りの無能を演じろ。何もできないアホを演じて奴等の目を騙すのだ」

「「了解!!」」

 

 

 セイジと財務卿という強力なバックを得た潜水艦隊司令部は、トンネルから抜け出せるその日を目指して一致団結することを決めた。

 

 

 

***

 

 

 

 その頃、並行世界の日本国は排他的経済水域では──

 

 

「川瀬、あの敵艦、回頭が追いついていないぜ!まるで氷山を回してるような鈍さだ。.....よし、操舵員!今だ!面舵一杯!敵の右後方に回り込め!」

「アイ・サー!面舵一杯!」

「よし、そのままミズスマシのように食らいつけ。ECM照射、最大出力。奴の目を完全に漬せ!」

 

 

 ガスタービンエンジンの咆哮が艦体を震わせながら、イージス艦「あおば」は海面を滑っていく。

 

 そして、その前にいたのは──

 

 

『操舵手!早く転舵しろ!敵艦に回り込められるぞ!」

『ダメです!転舵が間に合いません!敵艦の旋回性能が異常です!…なっ、視界から消えた!』

 

 

 スラヴァ級をベースに一回り艦体を大型化させた満載排水量24000トンを誇る神聖日本王国海軍の主力艦、大型フリゲート「マサシゲ・トモチカ」であった。

 

 「あおば」との戦闘でフリゲートの艦橋では警報とエラー表示が渦巻き、艦長は各部署へ矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。

 

 

『艦長より中央指揮所!光学迷彩はどうした!』

『電力不足です!推進機に食われすぎて隠蔽を維持できません!』

『ならば迷彩は捨てろ!全電力を150mm連装レールガンへ回せ!撃ち抜けば終わりだ!』

 

 

 艦長「カツノリ・ササキ」海軍大佐の指示で中央指揮所は光学迷彩を切り、マサシゲの艦首にある巨大な150mm連装レールガンが電力を充填し始める。

 

 如何なる艦艇でさえも一撃で撃沈できる大口径レールガンの砲身が充填で青白くなっていくのを「あおば」の艦橋にいた川瀬は見逃さなかった。

 

 

「.....撃たせるな。Mk45、HVP装填。目標、敵主砲砲身!撃て!」

「主砲、撃ち方始め!」

 

 

ドオォォン!!

 

 

「あおば」の速射砲から放たれたHVPは音速の数倍でマサシゲの砲身を叩く。

 着弾の衝撃でレールガンの砲身にヒット。「あおば」を焼き払うはずだった一撃は明後日の方向へと飛んでいった。

 

 

『…お、おい!砲術/ミサイル長、今のは何だ!?』

『敵にレールガンの砲身をやられました!FCSにエラー!』

『何だと!?レーダーはどうした、なぜ当てられん!』

『ECMで全レーダー使用不能!砂嵐しか映りません!』

『何をやってる!?早くECCMで無効化しろ!』

『ダメです!アルゴリズムの書き換えが早くて無効化できません!』

『こうなれば予備の主砲と対艦ミサイル攻撃に切り替える!150mm連装砲とP-1000発射、150mmも予備系統で狙え!』

 

 

 艦長の指示でマサシゲは死に物狂いで反撃に出た。

 王立海軍兵器廠によりAK-130 130mm連装砲を大口径化させたAK-150 150mm連装砲が火を吹き、同時にロシア製AK-630Mとカシュタンが火を噴き上げ、海上に「火の壁」を形成した。

 

 

「CIC!ハープーン、ESSM、発射!…うわ、敵の弾幕がぶ厚い!カシュタンが狂ったようにバラ撒いてやがる!」

「問題ない、飽和攻撃だ。弾幕の隙間を計算しろ!…今だ、行け!」

 

 

 「あおば」のMk41 VLSのセルと対艦ミサイルランチャーのフタが開き、ロケットブースターで大空へ解き放たれたミサイルが火の壁に突っ込む。数発が撃墜されるも、残りのハープーンがマサシゲの舷側を食い破り、ESSMが天面から甲板を蹂躙した。

 

ドオオオオオン!!

 

 凄まじい爆発と共に、左舷のカシュタンに被弾。粉々に破壊されたガトリング砲の破片は周囲で14.5mm 重機関銃とKord重機関銃を撃っていた防空要員を容赦なく切り刻み、誘爆したミサイルの爆炎は一瞬で左舷側を包み込む。

 

 

「敵艦被弾!よし、スキが空いたぞ!」

「よし、今だ。艦長よりCICへ。主砲撃ち方始め!」

「了解。主砲、撃ち方始め!」

 

 

 ダンッ!ダンッ!ダンッ!

 

 

 それを尻目に「あおば」は5インチ砲による射撃を開始。

 砲身から解き放たれたHVPは3発。最初の1発はAK-150 150mm連装砲を大破させ、2発目は光学照準器にもダメージを負わせた。

 

 最後の3発目は150mm連装レールガンの砲身に着弾。

 鼻高々に聳え立つ砲身を醜く変形させた。

 

 

『150mm連装砲大破!光学照準器も敵艦による至近弾で粉砕されました!」

『…150mm連装レールガンはどうした!』

『砲身が歪んでいます!強引に撃てば艦内で自爆します!艦長……我々にはもう、石を投げる手段すら残っていません!』

 

 

 決戦兵器の主砲を破壊された艦橋では、艦長と副長、砲術/ミサイル長と作戦主任は混乱の渦の中にあった。

 

 だが、イージス艦は敵艦にトドメとばかりにHVPを発砲。

 右舷のカシュタンとAK-630Mを破壊し、確実に敵艦から牙をへし折っていく。

 

 

「HVP、命中!敵カシュタン大破!」

 

 

 直後、マサシゲの右舷側で凄まじい大爆発が起きた。

 カシュタンに装填されていた対空ミサイルが誘爆し、その火柱は艦橋の高さまで達する。

 

 

『ぎゃあぁぁぁ!!右舷監視員、全滅!誘爆の破片でAK-630Mも作動不能!防空網に穴が開きました!』

『消火班、急げ!弾薬庫に引火させるな!衛生兵は至急救護に迎え!』

『艦長、中央指揮所から報告!破壊されたCIWSの給電ラインから過電流が逆流!艦内ネットワークが焼き切られました!操舵不能、全兵装ダウン!』

 

 

 混乱の渦にある大型フリゲートは今、沈没の危機にあった。

 王国軍の艦艇にはレールガンやレールキャノンのために巨大なコンデンサ(蓄電器)や予備のハイドロジェンバッテリーを積んでいる。だが、それは強力なバックであると同時に最大のアキレス腱でもあった。

 

 何故ならCIWSが破壊され、その給電ラインがむき出しになって海水や船体に触れたりショートすると、それは強烈な過電流(サージ)となり、艦内ネットワークを駆け巡るのだ。

 

 現代的な「ダメージコントロール(電気系統の分離)」が不十分な王国艦にとって、一つの兵装の破壊は、システム全体のフリーズを意味し、「マサシゲ・トモチカ」の艤装員長だった経緯を持つカツノリは自艦と王国艦が持つ、これらの共通の弱点が脳裏を過り、同時に自らの死を悟る。

 

 

『(どうする…?戦うか?白旗を掲げるか…?)』

 

 

 戦闘継続か、白旗か。

 カツノリが思慮する艦橋の外では、生き残ったカシュタンやAK-630Mが虚しく空に向けて火を噴き続けているが、「あおば」の猛攻を止める術はない。

 

 カツノリは閉じていた目を開き、共に艦橋にいた副長や航海長、砲術/ミサイル長と作戦主任へ震える声でこう告げた。

 

 

『各員。CIWSだけが生きていても、敵を倒せはせん。このままでは、ただの動く標的だ。これ以上、部下を無駄死にさせるわけにはいかん。…総員退艦。機関停止。内火艇を降ろせ』

『艦長、しかし!これでは栄えある王国海軍が.....!』

『黙れ!誇りで腹は膨れんし、ミサイルも止まらん!…命があれば、いつか再起できる。今は、生きろ』

『………了解しました。総員退艦を発令します』

 

 

 黒煙を吐きながら、マサシゲはその巨大な巨体を横たえるように停船。数隻の内火艇が降ろされ、静かな絶望と共にクルーたちが艦を離れる。

 

 

『副長、味方艦はどこにいる?』

『はっ、味方艦は方位120、距離150kmに重航空巡洋艦の1個艦隊が展開しております』

『分かった。では、味方艦隊へ通信しろ』

 

 

 カツノリの指示で内火艇は1個艦隊へ向かうべく舵を切ろうとした刹那──

 

 

『──なっ!?き、機銃弾だ!!』

『回避、回避しろ!!』

 

 

 内火艇目掛けて12.7mm NATO弾と25mm機関砲弾が襲いかかる。

 

 カツノリが見上げると、そこにはイージス艦「あおば」が自分たちへ銃口を向けて、甲板にいた海軍兵らが重機関銃と機関砲を発砲。鑿岩機を思わせる発砲音がカツノリらの耳を震わせ、死への恐怖を掻き立たせる。

 

 そして、「あおば」の拡声器から若い男の声が聞こえてきた。

 

 

《こちら日本国国防海軍。貴艦はすぐさま武器を投棄し、白旗を掲げて投降せよ。貴君らの身柄はジュネーブ条約に則り、最低限の身辺を保証することを約束しよう》

 

 

 拡声器から聞こえてくる副長の田中の声と共に5インチ砲の砲身がカツノリら向く。

 

 自分たちへ向けられる拡声器の声と5インチ砲の砲身とM2-HBと25mm機関砲の銃口を見て、ゲーム(戦闘)終了を悟ったカツノリは部下へ白旗を掲げさせ、投降の意思をを示した。

 

 

 

 

 

 

 それから数十分後──

 

 

 

 先ほどまで「マサシゲ・トモチカ」の指揮を執っていた幹部たちは厳しい表情で座らされている。彼らの軍服は汚れ、母艦を失った屈辱に震えているが、その態度は依然として高圧的だった。

 

 机を挟んで対峙するのは、艦長と代理で来た霧島二等兵曹。彼は無表情にタブレットを操作し、事務的に取り調べを開始しようとしていたのに副長や作戦専任将校が吠える。

 

 

『おい。さっきから言っているだろう。艦長を出せ!』

「艦長は緒戦の衝撃で負傷し、現在、本土の国防軍病院の医務室で治療を受けている。面会は許可されていない」

『…フン、聞こえないのか?貴様のような未端では話にならんと言っているのだ。さっさと貴殿らの艦長を出せ。我ら王国将校が、このような無礼な扱いを受ける筋合いはない』

「…艦長は負傷したと言っている。何が気に食わないか知らないが、代わりに私が代行者として、貴君らの身元確認と事情聴取を行っている。協力していただきたい」

 

 

 霧島は視線を落としたまま、頑として譲らずに聴取を伝える。

 

 だが、普段からエリート思想に塗れた彼等は高いプライドに傷を付けられたと思い込み、砲術/ミサイル長がダンッ!と机を叩いてバリトンボイスで吼える。

 

 

『さっきから同じことを抜かしおって…貴様!名は何と申した!?階級は!?』

「霧島だ。イージス艦あおば所属の海軍二等軍曹だ」

『二等軍曹だと.....!?貴様ら、正気か!このような下の階級の者に、我々を取り調べさせるというのか!まともに艦長すら出さないとは、貴様らが如何に野蛮で腐った軍隊であるかを如実に表しておるわ!」

 

 

 砲術/ミサイル長はその場で勢いよく立ち上がり、両手で机を思い切り叩いた。

 

 

『さては貴様。この偉大な、栄えある我が『神聖日本王国海軍』を愚弄しているのか!!階級の重みも知らぬ無礼者がッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ〜…まるで立場が逆転してるじゃねぇか。これじゃ、どっちが捕虜なのか分かんないな....。自分たちが負けた現実、どこに置いてきたんだか」

 

 

 その様子はマジックミラーの向こう側、隣の監視室から副長の田中が呆れたように肩を竦めていた。

 

 年齢で言うと、自分たちの倍ほど生きている大の大人が、息子や娘のような世代の下士官の青年に当たり散らしている様は最早ネタ以外の何物でもなく、田中は時折吹き出してしまうのを堪えている。

 

 そこへ、重い防密扉が開く音がした。

 

 

「.....どうだ?」

 

 

 川瀬がモニターに映る王国将校たちの剣幕を見ながら田中の隣に立つ。

 

 

「いや、さっきから変わらずあの態度だ。全く.....負けたのは自分らなのに、負けを認めないどころか、霧島に喰ってかかってきやがる。階級がどうの、聖なる王国がどうのってな」

「…彼らにとって、戦争は『身分』でするものらしいな。.....代わりに俺が聴取に出よう」

 

 

 霧島に変わって聴取をすることにした川瀬は冷徹な目つきでマジックミラーの向こう側へと向かった。

 

 

 

 霧島による聴取を続けていた時、ガチャとドアが開く音がした。

 

 カツノリら将校たちは、次に現れるのは階級章をジャラジャラと下げた威厳ある艦長か提督なのかと身構える。

 

 しかし、入っていたのは彼等の度肝を抜くような人物だった。

 それを見た作戦専任将校は目を見開き、信じられないといった表情で訊く。

 

 

『次は誰だ。……何だ、その格好は。貴様、本当に海軍の土官なのか?」

 

 

 入ってきた川瀬の格好はあまりに軽装だった。

 汗を吸いやすく動きやすい青迷彩のTシャツ。胸ポケットには控えめな日の丸バッジと国防海軍のマークであるコンパスローズと錨を組み合わせたバッジ、機能性に特化した作業ズボンというもので、王国海軍の重厚な詰め襟や金糸の肩章とは、あまりに対極にある「戦うための実用衣料」である。

 

 

「日本国国防海軍の駆逐艦あおば所属、川瀬海軍大尉だ。貴君らが敵艦のクルーか?」

『フン....今度は大尉か。二等軍曹よりはマシだが....その軽率な格好は何だ。貴様らが如何に伝統も矜持も持たぬ野蛮な集団であるか、その布切れ一枚が証明しているな』

 

 

 砲術/ミサイル長からの挑発にも川瀬は乗らず、椅子を引きながら淡々と座る。

 

 

「…霧島から話は聞いた。艦長と副長は負傷し、現在、軍病院で手当てを受けている。代わりに俺が本艦の臨時艦長として、この場を預かっている」

『…何だと?こんな若造に、我らを打ち負かした船の指揮を任せているというのか.....。信じられん、貴様らの国には年功序列という概念がないのか』

「そんなものはない。うちの海軍は実力主義なのでね。あんたらのようにオッサンが犇きあってることはないんだ」

 

 

 川瀬は彼らの驚きを意に介さず、手元のタブレットに目を落とし、聴取を開始した。

 

 

「で、貴君らは何者だ。改めて名乗ってもらおうか」

『フン!…我らこそ、栄えある神聖日本王国海軍、大型フリゲート『マサシゲ・トモチカ』所属の誇り高き士官たちだ。我らは栄えある国王、ムネタカ・トモチカ陛下の御命令を仰ぎ、そのご期待に応えるべく、お前たち蛮族に裁きを受けさせるために来たのだ!』

 

 

 川瀬の問いに作戦専任将校は椅子にふんぞり返り、偉そうな態度で自らの所属国家を名乗る。

 見ると、他の将校も皆、まるで自信を取り戻したかのような態度で川瀬を舐めた視線で眺める。

 

 

「王様のため、か。....裁きと言うが、俺たちには何の落ち度も無い。突然、庭先を荒らしに来たのはどっちだ。一体何をしに来た」

『フン、それは機密事項だ。お前たちのような、不必要な世界に住まうネズミどもに教える義理はない』

「ハッ、国王の期待かなんだか知らないが、わざわざ他人の家を荒らしに来てその態度とはな。少しは礼儀をわきまえたらどうだ。.....まあ、既に御宅らのお仲間の何人かは、海の底で魚の住処になっているがな」

 

 

 そんな川瀬の態度が気に入らなかったのか、砲術/ミサイル長は顔を真っ赤にさせて席から立ち上がり、右手の人差し指で川瀬を指しながら吼える。

 

 

『貴様ぁ!あまり大口を叩くと、我が国海軍の聖なる裁きを受けることになるぞ!今のはまぐれ当たりだ!第07艦隊が動けば、貴様らの船など一瞬で塵になる!』

「重度の正常性バイアスか。.....まるで自分たちが、今どこで、どんな立場に置かれているのかを理解していないな。何なら病院紹介してやろうか?」

 

 

 敵艦や敵国についての情報を引き出したい川瀬は敢えて、彼等のプライドを刺激するようなことを言うことにした。

 

 そんな川瀬の策略に王国将校らは気づかずに激昂し、作戦専任将校が声を張り上げる。

 

 

『病院だと…!?貴様、聖なる王国海軍に対して.....この我々に対して、なんと無礼を!』

「無礼なのは君たちだ。君たちは今、祖国の英雄ではない。.....ただの『救助された捕虜』だ。この船のルールに従わないならば、手厚い治療も、故郷への手紙も、一切保障しない。…自分たちの夢に浸るヒマがあれば、現実を見ろ」

 

 

 その頃、その様子を遠くから見ていた艦長のカツノリは衛生兵や救護班による処置を受けながら心中で嘆いていた。

 

 

『(はぁ……これが、ムネオ派による専断政治によってできたツケか……王国の腐敗は、現場にも蝕んでいたとは…)』

 

 

 カツノリ大佐はこれまで王国とムネオ派が掲げてきた「王国至上主義」という立て看板が既に根元から腐ってきており、それがいかに現場の判断力を狂わせ、傲慢という名の鎧を着せていたかを痛感していた。

 

 目の前の若い大尉は最初から彼らを怒らせ、理性を失わせて情報を引き出そうとしている。その罠に、自分の部下たちは面白いようにハマっていたのだ。

 

 

『(…我が国の国力に、我々は胡座をかきすぎていた。巨艦があれば勝てる、数で押したら負けることはない。…その妄想が、この結果を招いたのだ)』

 

 

 カツノリは部下にこれ以上恥を晒さないで欲しいと願いつつも、この戦いを終わらせる為には目の前の艦長を名乗る青年に頑張って欲しいと言う、なんとも複雑な心情を忍ばせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 聴取が始まってから早30分。

 川瀬は椅子の背もたれにゆったりと身体を預け、手元のタブレットを弄りながら、あえて退屈そうに彼らを見つめた。

 

 

「.....さっきから『栄えある』だの『蛮族』だの、随分と勇ましい言葉が並ぶな。君たちの言うその『神聖日本王国」とやらは、さぞかし教育水準が高く、戦略と策略に長けた人間ばかりなんだろう?」

『フン!当然だ!我が国のエリート教育は、お前たちのような根無し草の教育とは格が違う!我ら土官候補生は、幼少より兵法と神学を叩き込まれた選ばれし頭脳なのだ!』

 

 

 川瀬の問いに作戦専任将校は鼻高々と答えると、川瀬はわざとらしく、ふっと鼻で笑う。

 

 

「へえ、それはすごいな。.....だが、一つ疑問なんだが」

 

 

 と、ここで川瀬は獲物を追い詰めるような鋭い視線で彼らを射抜きながら、絶対零度の如く、ピシャリと一言言い放つ。

 

 

「...それじゃあ、俺たちよりそんなに頭脳明断で、教育水準も高いエリート様が、何で今、この『野蛮な船』の独房に座らされているんだ?」

『……な、な、何だと.....!?』

「頭が良いなら、排水量と武装で勝るバケモノを、たった10,000トン程度の小艦にボロ雑巾にされるなんて計算ミス、しないはずだよな?」

 

 

 川瀬の口から飛び出した冷徹な事実。

 それに砲術/ミサイル長はぐぬぬと表情を怒りで曇らせ、勢いよく席から立ち上がって火山の噴火が如く吠えた。

 

 

『……貴様らが無理やり此処へ連れてきたんだろうが!!このクソボンクラがああああ!!!!』

 

 

 激しい罵声が室内に響き渡る。怒りで理性を失い、言葉遣いまで荒くなった王国将校たちを、川瀬は冷めた目で見つめた。

 

 川瀬は怒鳴り散らす砲術/ミサイル長を無視し、再びタブレットに視線を戻した。

 

 

「感情的になると、ますますIQが下がるぞ。…さて、クソボンクラの俺に、君たちの言う『聖なる作戦計画』とやらを少しは論理的に説明してもらおうか。…それとも、また怒鳴って時間を無駄にするか?」

『くっ…不服ならば殺せ!…我が誇りは、貴様らのような無礼者に屈することはない!」

「殺さないさ。君たちには、自分たちの『神話』が崩れるのを、最後まで特等席で見届けてもらう必要があるからな」

 

 

 川瀬は次はこれまでの間に交戦した重原子力巡洋艦と大型フリゲートについて質問することにした。

 

 

「…では、質問を変える。ま、正確に言えば答え合わせなのだが、貴君らの艦は旧ソ連/ロシアの艦と酷似しているが、これは神聖日本王国がそれらの国と密接な外交/安全保障関係を結んでいるからか?」

『…当たり前だ!我らが王国はムネオ陛下の頃より旧ソ連やロシアとの関係を重視し、スラヴァ級とキーロフ級、ウリヤノフスク級とアドミラル・クズネツォフ級という名鑑を導入し、それらをベースに艦体を一回り以上大型化させた超重武装艦へと切り替えたのだ!』

『我が国は艦体決戦至上主義と大鑑巨砲主義を連綿と受け継いできた由緒ある海軍国家なのだ!貴様らのような小艦なぞ、我らの船に比べたらタダの玩具に過ぎんわい!』

 

 

 川瀬の問いに副長と航海長が自信満々で答える。

 川瀬はAIレコーダーで録音を続けながら、彼等が言ったことを事細かに記録していく。

 

 

「やはりな。どうりでそうだと思ったよ。…しかし、スラヴァ級は満載排水量10,000tオーバー、キーロフ級に至っては24,000tオーバーの実質戦艦クラスの巨艦だ。それを更に大型化させるというのは、現代戦に於いては、単なる大きな的にしかならないと思うんだが?」

『…黙れ!それが我らの思想なのだ!戦いを制するためには大きな艦と圧倒的な投射能力があって初めて成し得るものなのだ!貴様はそんなことも分からんのか!』

「…ああ、分からないね。現代戦に於いて必須なのは量よりも連携だ。水上戦闘艦、空母、潜水艦、戦闘機、無人機、そして陸軍と空軍との密な連携が作戦を成功に導く。言うなれば、我々国防海軍は他軍との連携を取る戦略海軍だ。しかし、貴君らの手持ちの武器はバカでかい軍艦か潜水艦だけ。それで作戦が上手くいくとでも思ってるのか?」

 

 

 川瀬は冷徹な視線で事実を突きつける。

 

 神聖日本王国はとりわけ海軍は他軍との連携を想定していない戦術海軍としては世界トップクラスの強さを持っていたのだが、時代は陸軍や空軍との連携を想定した戦略軍へと進み、世界はこぞってそっちへ流れていった。

 

 だが、神聖日本王国だけはムネオ派による思想と専断政治により、前時代じみた戦術海軍を引き摺り、21世紀の現代までやってこれたのだ。

 

 

『黙れ!貴様の言う戦略軍とやらは聞こえはいいが、結局は支援が無いと何もできない愚か者の思想ではないか!戦術海軍こそが世界の海を支配し得る最強の思想なのだ!』

『陸軍や戦闘機の支援なぞ無くても、貴様らを木っ端微塵にしてくれるわい!』

 

 

 砲術/ミサイル長と航海長は戦略軍を真っ向から全否定した。

 この場にいる将校の全員が戦術海軍こそが至高という教育を受けているため、何処の馬の骨か分からない海兵にそれを否定されると言うのは最大の屈辱なのだ。

 

 

「…分かった。それがあんたらのやり方なら、これ以上は何も言わない。では、質問を変える。貴君らの船には何らかのステルス技術が使われているな。それは何だ?」

『OK-80 Spektr-G1 光学的隠蔽装置だ。王立海軍兵器廠が開発した光学迷彩だ。それで敵艦の懐へ飛び込み、攻撃を浴びせるのだ』

 

 

 次に川瀬が訊いたのは、軍艦が消える謎の現象のことだった。

 それに対して航海長は鼻高々に自慢するように答える。

 

 だが、Spektr-G1は王立海軍兵器廠が開発した国家機密級のシロモノで、他国には他言無用なのだが、少しでも王国海軍の強さをアピールしたい将校らはポロリと自慢してしまった。

 

 本来なら艦長が止めに入るのだが、艦長のカツノリ大佐はどうせこの先も負けるのだからと諦めてしまっている。

 

 

「光学迷彩か。ゲームでしか聞いたことのない代物だな。と言うことは、貴君らの祖国はかなりの技術大国ということになるな」

『その通りだ!我が王国は世界をリードする超技術と錬金術を持ち、世界を回しているのだぞ!』

「…そいつは驚いた。……なら、自国で建造しないのは理由があるのか?」

『…ムネオ陛下の御意向だ。陛下のおかげで今の海軍があると言っても過言ではない』

『ムネオ陛下は現国王陛下に王位を譲られた数年前に崩御なさった。我々はその伝統を守っているだけだ』

 

 

 副長や航海長、砲術/ミサイル長は川瀬の質問に答えると、川瀬はフッと方は勝ち誇ったような表情を向けて一言。

 

 

「分かった。ここまで質問して分かったことがあるのだが。貴君らは未だに自分たちの弱さに気づいていないな」

『……な、な、何っ!?よ、弱さだと!?』

 

 

 川瀬の口から飛び出した言葉に王国将校らは耳を疑い、副長が唾を撒き散らしながら怒鳴り散らかす。

 

 

『…き、貴様!いい加減にしろ!何が弱さに気づいてないだ!せっかく聴取に応えてやってる我らを踏み躙るようなことを言いやがって!この場でぶっ殺してもいいのだぞ!』

「出来るものならやってみろ。そうなれば当然、捕虜としての扱いではなく、タダの敵兵として実力を行使させてもらうがな」

 

 

 川瀬は鋭い視線で彼等を威嚇し、ズボンのホルスターに収めてある国防海軍の制式拳銃であるSIG P320に手を添える。

 

 それに根負けしたのか、副長は力無く椅子に倒れた。

 

 

「大人しくなってくれたのなら俺直々に教えてやろう。まず、旧ソ連とロシア艦の共通の弱点は各部署の独立性が高すぎることだ。通常、レーダーと主砲やミサイルといった火器管制は全てCICで受け持っている。だが、貴君らの船はロシア由来の高すぎる独立性のせいで、突発事態に対応することができない。…違うか?」

『………………』

「あとは武装を載せ過ぎたせいで動きがノロくなり、兵装の一つでも攻撃を喰らえば、それらが誘爆して戦闘不可、或いは撃沈するリスクを背負っている。…違うのなら意見してくれ」

『………………』

 

 

 川瀬の余りにも的確すぎる事実に王国将校らは文句の一言も言えずにいた。

 

 彼等も分かっていた。これまでの戦闘で自分たちは目の前にいる若い男が指揮する敵艦に、一矢報いることが出来ずにいたことを。

 

 ロシア由来の独立性の高い部署と過剰とも言える武装が足を引っ張り、たった10,000tほどの小艦に敵わなかったことを。

 

 だが、士官候補生の頃からそれを当たり前のように教え込まれてきた彼等は、それで思想が硬直してしまい、そこから脱することができなくなっていたのだ。

 

 

『ならば何だ…?貴様らの艦の全ての火器管制は一元管理されているのか?』

「──そうだ。特に、我が国を含む西側海軍の軍艦はそれがスタンダードだ。そして、この本艦……あおば級イージス駆逐艦もな」

 

 

 川瀬の口から飛び出したイージス駆逐艦という言葉に、カツノリは不意に顔を上げた。

 

 

『…この船はイージス駆逐艦なのか?…やっぱり?』

「艦長はご存知のようだな。イージス駆逐艦は我が国の最大の同盟国であるアメリカが1960年代から開発を始め、1980年代に就役したタイコンデロガ級巡洋艦に、1990年代に就役したアーレイバーク級駆逐艦に搭載されたイージスシステムを搭載した水上戦闘艦だ。現在、我が国は20隻以上のイージス駆逐艦を保有しており、その数は年々増加傾向にあり、数年後には30〜40隻体制になる予定だ」

 

 

 川瀬から伝えられた事実に王国将校らは目を見開く。

 

 

『何っ…イージス艦だと…?イージス艦と言うと、我らの世界のアメリカにも同じ艦艇がある……そして、我が王国の敵国たるアメリカが開発した……き、貴様らは世界を牛耳り、世界で不必要に戦争を起こす蛮族国家と手を組んでいるのか!』

「そんなものは関係ない。第一、御宅らの世界のアメリカの都合なぞ知る由も無い。我々は80年前の世界大戦で敗戦した後、アメリカと手を組み、復興しながらも世界を守ってきたんだ』

『そんなのは嘘だ!アメリカは世界の平和を守ると言いながら各所へ介入して平民を殺して回ってるではないか!』

「それは冷戦期の話だ。今は21世紀の現代。混同しないでもらいたい」

『…艦長。何故、艦長は知っていたんですか?』

 

 

 副長に訊かれた艦長はゆっくりとした口調で話し始める。

 

 

『光学迷彩で隠蔽しながらこの船に近づいた瞬間……分かってしまったのだよ。特徴的なレーダーマストを見てね』

 

 

 衛生兵と救護班により処置を終えて落ち着いたカツノリ大佐は、目の前の窓から見える大海原を眺めながら答える。

 

 

「当時はターターシステムを採用していたが、ターターは失敗となり1960年代に開発を開始。1970年代に冷戦時に敵対していた旧東側諸国からの超音速対艦ミサイルによる飽和攻撃の戦術により設計が変更されたが、1980年代に世界初のイージスシステムを搭載したタイコンデロガ級が就役した。現在のシステムは100〜200個の目標を同時探知し、脅威度が高いと判断された10〜20の目標を同時対処できる。…これまで貴君らの仲間が差し向けたヘリコプター部隊も、増援の部隊も、全てイージスシステムと神の盾──AN/SPY-1D(V)レーダーで撃退していると説明すれば、納得できると思うが?」

 

 

 川瀬の説明にカツノリも、副長も、作戦専任将校も、航海長も、砲術/ミサイル長も、目の前で起きている現実に何も言うことができなかった。

 

 まさか、並行世界の日本国が、此方側の世界の敵国たるアメリカと同盟関係を結び、20隻以上のイージス艦を保有していたとは。

 

 作戦に赴く前に軍務卿のハラダや軍部、海軍総司令部からはそのような情報は聞いていなかったことから、一部の将校らは王国政府や軍部に対する不審感さえ募らせる者が出てきたが、川瀬はまだまだとばかりに聴取を続ける。

 

 

「そして、個人的に知りたいのは、我が日本国と神聖日本王国は、別の世界にありつつも同じ国土を持ってるかもしれない。そして、共に似通った過去を持ち、2度の戦争を経験してきた。…違うか?」

『…我が王国が参戦したのは第1次世界大戦のみだ。第2次世界大戦は同時の国王陛下の尽力で中立を保っている。その一環で、2隻の超弩級戦艦と1隻の潜水空母が建造された』

「…超弩級戦艦…潜水空母…なら、これは知ってるか?」

 

 

 艦長からそれを聞いた川瀬は、タブレットに"とある超弩級戦艦"の画像を表示し、王国将校らへ見せる。

 

 

『なっ…!?こ、こ、これはっ!?』

『な、何故…あの戦艦がこの世界にっ!?』

 

 

 副長や航海長ら王国将校らは驚く。

 

 彼等が驚いた"超弩級戦艦"の正体とは──

 

 

 

 









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