ソワレ「彼? ボクの憧れであり、目標、かな。伝承でしか知らなかったけれど、実物は思っていたより何倍も素晴らしい人だよ」
フィル「ああ、あのように勇敢な方はなかなかいません。ストイックに強さを求めるあの姿、『剣聖』への道に通ずるものがあると思います!」
ウェンディ「兄上に優るとも劣らない、騎士の中の騎士ですね。強さはもちろん、あの忠誠心も素晴らしい。騎士でなかったら、オスティア騎士団にスカウトしてるところです」
カザハナ「なんと言っても強いのよ。あのソワレが目標にするだけのことはあるわ。それなのに、傲ったところもないし、負けたら素直に認めるし……悔しいけど、あの人は私より上だと思ってる」
「せっ、はっ、やあっ!」
「ふんっ、まだまだっ、甘いっ!」
ギィン、と耳障りな音をたてて、ソワレの槍は宙を舞った。カインはニヤリと笑って、剣をソワレの首筋に突きつける。ソワレはぎり、と歯噛みしたが、大人しく両手を挙げ、降参の意を示した。
「……悔しいけれど、ボクの敗けだ」
「いや、いい試合だった。次はどうなることか」
「ふふ、伝説にそう言ってもらえるとは光栄だね」
ソワレの台詞にカインは一瞬目を丸くしたあと、照れたように頬を染めてそっぽをむいた。『猛牛』なんて勇ましい二つ名のくせに、可愛いところもあるものだと、エクラはこっそり笑う。
「やめてくれ。少なくとも今の俺は、まだ伝説なんて呼ばれるほど立派じゃない」
「……うん、でも、貴方がボクにとって目標であることは間違いないよ」
「だから、」
カインの顔は自分の鎧と同じくらい真っ赤だ。微笑ましい。
「ソワレ、嬉しそうだ」
一緒に見物していたソールが、持参のサンドイッチを頬張りながら呟いた。もちろん彼のお手製で、この後ソワレたちには差し入れする予定である。
「カインって、ソワレの憧れの人なんだっけ」
「うん。いつも、彼みたいになりたいって言ってるよ」
「へえ」
エクラもサンドイッチに手を伸ばしつつ。
だとしたら、今この時というのは、ソワレにとって夢のような時間なのだろう。憧れの人に教えを請えることほど、嬉しいこともない。
「で、僕には『黒豹』アベルみたいになれって無茶振りをするんだ」
とほほ、なんて擬音が似合いそうな顔でソールは笑う。申し訳ないけど、それもまた微笑ましくて、ちょっと笑えた。
「あ、笑うなんてひどいや」
ソールは膨れっ面でそう言うと、次のサンドイッチに大口開けてかぶりついた。
「次、私と手合わせお願いできますか!」
ソワレとの試合に決着が着いたと見るや、フィルがおまけ付きで飛び込んできた。
「フィルよー! 手合わせならばこの父が相手に!」
「父上はイヤです」
おまけというのは他でもない、父親バアトルだ。彼は冷たい娘の言葉に、がっくりと膝をついた。
「なぜだ、なぜなのだフィルよ!」
言動がいちいちうるさい男である。
「だって父上、馬に乗れないじゃないですか。私は騎兵との戦いかたを学びたいのです」
「ぐぬぬ……ではそこの若僧! ワシを乗せい!」
無茶苦茶なことを言い出したバアトルは、カインの馬によじ登ろうとした。が、そんな話通るわけもなく。
「あ、ちょっと、危ない!」
「ぐげふっ!?」
制裁を下したのは馬だった。思い切り腹に後ろ蹴りを喰らったが……まあ、丈夫さが取り柄の男だから、たぶん大丈夫だろう。通りがかったルセアが慌てて駆け寄っていく。
「相変わらずはた迷惑な性格だな」
ルセアと一緒に来たのだろう、レイヴァンがため息とともに呟いた。
「俺が知っているのは二十年前の奴だが……ほとんど変わらん」
「あー……レイヴァンはバアトルの心の友なんだよね?」
「違う」
即答だった。
「心の友はドルカスだ。俺は一方的に絡まれていただけだ」
ドルカスという人のことは知らないけれど、たぶんその人も違うと言うんじゃないかな、となんとなく思った。
レイヴァンはわちゃわちゃやっているルセアたちを遠い目でながめている。
「カインが指導を始めたと聞いたから来てみたんだが、それどころじゃなさそうだな」
主にバアトルのせいだけれども。
レイヴァンとカインは、同じタイミングで召喚された。そこで顔を合わせて以来、お互いが気になるのかちょくちょく絡んでいるのを見る。クールなレイヴァンと、典型的熱血漢のカイン。正反対のように見えて、けっこう気は合うらしい。
「さっきまではちゃんと指導してたんだけどね」
運ばれてきたバアトルは完全に元気だった。ルセアの治療があったとはいえ、まったく人間とは思えない丈夫さである。
「おお友よ、ワシと勝負しに来てくれたのか! だが、今ワシは見ての通り娘の応援で忙しいのだ。すまんがまた後で相手をしてやろう」
「誰も、何も、言ってない」
ふう、とため息をつきつつレイヴァン。バアトルが聞いていないのは分かっているのか、返事も投げやりである。案の定、バアトルは何も気にした様子を見せず、フィルの応援を始めた。
……が、大人しく応援をしていたのは始めのうちだけだった。
「むおおお! 若僧、フィルに怪我のひとつでもさせたら、このワシが許さんぞ!」
「ちょ、ちょっとバアトルさん、これ練習試合だから」
「フィルー! 今助けに行くぞー!」
「練習にならないから! 落ち着いて!」
娘がピンチになる度に、飛び出していこうとするバアトル。それを止めるのは何故かエクラとソール。ソワレは試合に見入っていて気づいていないみたいだし、レイヴァンは完全無視だ。
ルセアはおろおろしているが、レイヴァンに出るなと厳命されている。……まあ、ルセアの細腕では確かにあんまり戦力にならなさそうだが、それを言ったらエクラだって似たようなものなのに。
試合が終わった頃には、エクラとソールはフィルと同じくらい汗だくだった。
「手に汗握るいい試合だった。ねぇ、キミたちもそうは思わないか……」
ようやくこちらを振り向いたソワレは、やっと惨状に気づいたらしい。小首をかしげて、こう言った。
「キミたちも試合でもしてたのかい?」
「……まあね」
返事が投げやりだったことは、大目に見てほしい。
「無視するなんて酷いやレイヴァン」
「お前たち二人で何とかなってただろう」
バアトルを止めるのを手伝ってくれなかったと文句を言うと、レイヴァンは涼しい顔でそう返した。お前は非力だから鍛えられて丁度いいじゃないか、なんて、そんなことまで言う。
「ルセアは参加させなかったのに」
「こいつは別だ」
「あ、あの、すみませんでした……」
ルセアは謝ってくれるが、そんな彼にもレイヴァンは「お前が謝る必要はない」。まったく、贔屓もいいところである。
「レイヴァンのひいきー」
口を尖らせると、
「……ニノだけいつも八つ刻の菓子がどう見ても多いんだが、あれは贔屓じゃないんだな」
見事なブーメラン。
「で、でもエクラさんのお陰で、ここでのニノさんは年相応の子供らしく笑ってらして。とても良いことだと思いますよ」
ルセアのフォローが身に染みた。
ソールと一仕事の後のお茶でまったりしていると、ガチャガチャと賑やかな足音がして、練兵場の入り口にウェンディが顔を出した。カザハナも一緒だ。
「あー、先を越されたわ! もう、ウェンディが遅いから」
「うう、ごめんカザハナ。だから先に行ってもいいって」
「そうはいかないでしょ!」
二人には、くつろぐエクラたちが目に入っていないらしい。一目散にカインたちの方へ駆けていく。試合後の検討会をしていたカインとソワレ、フィル、そしてバアトル。二人はそこに、当たり前のように合流した。
――ちなみにソワレとフィルは、このアスク王国に来た当初から、暇さえあればここ練兵場に入り浸っている。ウェンディとカザハナも似たようなものだ。エクラはこっそりこの四人を、練兵場の四天王と呼んでいる。
閑話休題。
そんなわけで、四天王(プラスおっさん)に囲まれたカイン。遠目に見れば、それはハーレムと言ってもいいかもしれない、ような気がする。けど。
「モテモテだねぇ」
「羨ましくはないがな」
あそこの空気は間違ってもピンク色ではなさそうだ。なにかと言ったら鋼色、あるいは熱血の赤色だろうか。レイヴァンの言うとおり、あんまり羨ましくはない。
「ねえ、ソワレとフィルはもうカインさんと手合わせした?」
「カインさん、やっぱり強かった?」
「ああ、とても有意義だったよ」
「噂にたがわぬ勇猛な戦いぶり、素晴らしかったです!」
カインを取り巻き、きゃいきゃいとはしゃぐ女子四人。口々に誉められたカインは、また真っ赤になっている。うぶだ。
「いや、俺なんぞまだまだだ。馬とはソワレの方が息が合っていたし、果敢さもフィルには見習うべきところが多い」
「それはそうだろう! なんと言っても、このワシの自慢の娘だからな!」
「父上は黙っていてください」
……まあバアトルは置いといて。
「うー、あたしも手合わせしたかったのに!」
「手合わせならば今からでも」
心底悔しそうなカザハナに、カインがそう提案したが、カザハナはブンブンと首を横に振った。
「だめよ。だって二試合もしたあとじゃ、さすがの『猛牛』さんも疲れてるでしょ?」
へえ、こういうところに気を使える子なんだ、とエクラは感心した。カザハナといえば、フィルと同じかそれ以上の猪突猛進。強そうな相手に片っ端から勝負を挑んでいる印象しかないから、意外だった……のだが。
「万全じゃない相手に勝ったところで、なんの自慢にもならないもの!」
カザハナはやっぱりカザハナだった。しかも、自分が勝つ話をしている辺り、なんとも彼女らしい。
「ううむ、確かに歴戦の強者二人も相手にして、疲れていないとは言えないが……だからといって、それを言い訳に負けるような俺ではないぞ!」
カインの背後に燃え盛る炎が見える。間違いなく見える。そして、その熱気を受けてか、カザハナも炎を背負った。
「言うじゃない! いいわ、そこまで言うなら手合わせしましょう、『猛牛』さん。あたしを侮ったこと、後悔させてあげるんだから!」
暑苦しい。
「うおおお! なんとも胸の熱くなることよ! ワシもなんだか、体が疼く!」
もっと暑苦しいのが吼えた。
「ではバアトルどの、私の相手をしていただけますか!」
「おお、よいとも!」
槍を構えて言うウェンディに、バアトルは喜色満面に応える。
なんだこりゃとエクラが呆れつつ見ていると、隣にいたはずのソールの気配が消えた。はっとして振り向くと、彼は何故か、ソワレに広場の真ん中まで引き出されているところで。その後ろをレイヴァンがついていく。
「え、なに、どうしたのこれ」
「その……ソワレさんが、熱くなってしまったようで」
ルセアに状況を問うと、彼は苦笑を浮かべながら答えてくれた。どうやら、カインの熱気に当てられたソワレが、無理矢理ソールを訓練に参加させようとしているらしい。
「レイヴァンは?」
「たまには相手してやるのもいいだろう、とおっしゃって……ソールさんと試合をすることになりました」
つまり、レイヴァンも熱気に当てられた一人と言うわけだ。カインの熱血には伝染性でもあるのか、と突っ込みたくなったエクラである。
「……ルセア、お茶飲む?」
「あ、はい。いただきます」
結局、どいつもこいつも根は熱いのだろう。非戦闘要員と衛生兵は、熱いお茶を飲みながら、顔を見合わせて笑った。