ロイドが仲間になって、真っ先に会わせてほしいと言ったのは、意外なことにニノではなくエリウッドだった。
かつてのロイドに止めを刺したのがエリウッドだったということを知っていたエクラは、すわ物騒な話かと身構えたのだが、ロイドは笑って否定したものだ。
「あいつとは一度ゆっくり話をしてみたいと思っていたからな。味方にいるというのなら丁度いい」
いざ会わせてみると、エリウッドの方もなんだか泣きそうな顔をする。この二人、ただの敵味方ではなかったらしい。
神器の力で英雄のことが分かるようになったと言っても、それはあくまでも表面上の話。例えるなら歴史書か年表を見ているようなものだ。だから、そこで何があったのかは知っていても、そこにどんな想いがあったのかを、エクラは知らない。
エリウッドとロイドが戦ったのは、黒い牙壊滅のその間際だったらしい。二人はどんな想いを持って、刃を交えたのだろう。今、ここにこうして相対しているのを見ると、二人の間に流れる空気は、とても命を賭して戦ったとは思えないほど穏やかだった。
「エリウッド。まさかまたこうして、お前と相見えることになるとはな」
「それはこちらの台詞だよ。ほんとうに……あなたに会えて、嬉しい」
「……ああ。俺も、お前には礼を言わねばと思っていたんだ」
ここで口を挟むほど、エクラは野暮ではない。けれど、あとでレイヴァンあたりから聞き出してやろうと、こっそり決意する。
「お前のお陰で、俺は……俺たち黒い牙は、全てを終わりにすることができた。誇りを胸に抱いたまま……」
「だけど、あれは僕は納得がいかない。他に手はなかったのかと、今でも悔やむことがあるよ」
ニノも泣かせてしまったし、とエリウッドが付け加えると、ロイドも悲しそうに眉を寄せた。
「ああ、それだけが心残りだった。残していくニノとラガルトのことが」
あとで謝りにいかなくてはな。そう言って、微笑む。
「ニノは元気にしているか」
「ああ。ここではたくさん友達もできたみたいで、エクラにもずいぶん良くしてもらっているようだし」
突然話題に出されて、エクラはずいぶん間抜けな顔をしてしまったらしい。揃って注目した二人が、揃って笑い声をあげた。
「ねえ、これは?」
「ああ、それはだめだべ。その、隣のやつを抜いてくんろ」
ニノの様子を見に行くと、彼女は中庭の畑で何やら作業中だった。側には畑の主――ドニが一緒にいる。どうも、畑作業を習っているところらしい。
「ニノ!」
「あ、エクラさ……」
振り向いたニノは、元気よくエクラに挨拶をしようとして、固まった。もちろん、エクラの傍らにいた人物を見てのことだろう。
「うそ……」
「ニノ。久し振りだな」
挨拶をするロイドに、ニノはどうしたらいいか分からない様子。その戸惑いを怯えと勘違いしたのか、ドニが彼女を背中にかばった。
「エクラさん、その人は誰だべ? ニノの知り合いのお人だべか?」
「うん、ニノのお兄さんの、ロイドっていうんだ」
「ニノの友達か? 随分と頼りになりそうなナイトだな」
ロイドは笑うと、ドニに向かって左手を差し出した。ドニは戸惑いつつ、それに応えて握手をする。
左手――つまり、ニノの友達だというそれだけでは、信用できないということだろうか。そういえば、エリウッドとは右手で握手をしていたっけ。
「兄ちゃん……ロイド兄ちゃん。ほんとに、ほんとに……?」
「ニノ。辛い思いをさせて、済まなかった」
ロイドの言葉に、ニノはふるふると首を振る。目からは透明な雫が、止めどなく流れていた。
「兄ちゃん、兄ちゃん! 会いたかった、会いたかったの!」
ドニが道を開けると、ニノは一目散に兄に向かって駆けていく。ぎゅう、と力一杯にしがみつく、その頭をロイドが優しく撫でた。
「ああ。ごめんな、ニノ。ごめん……」
ロイドの目にも、透明な雫が光ったような気がした。
「父上」
「ああロイ、いたのか」
「いたのか、は酷いです」
少し離れたところで、これもやっぱり畑仕事をしていたロイとルフレが、こちらの様子に気がついてやって来た。
「あの方は?」
「ニノの兄で……僕の友人だよ」
エリウッドの遠い目に何かを感じたのだろう、ロイは物言いたげにエクラに目をやった。けれど、エクラにだってこの二人の関係はよく分からないのだ。むしろこっちが聞きたい。
「随分と腕の立ちそうな方ね。でも、あまりニノには似てないみたい。それに、カタギじゃない感じもするわ」
さすが、観察眼のずば抜けているルフレは、彼の正体をほぼ見抜いている。ニノの義理の兄で、暗殺組織の幹部『白狼』――それが、ロイドの正体。
まあ、アサシンだということはそれほど隠す必要もないだろうと考えているエクラである。だってベルカなんか平然と殺し屋だと名乗っているし。サイゾウとかガイアとか、グレーゾーンな奴らもいるし。
そんなことよりエクラが気になったのは、真面目に語るルフレが手に持ったソレ。
「ルフレ。ところでそれ、何持ってるの?」
「え? ミミズだけど」
それは見ればわかる。聞きたいのはなぜ持って――それも握りしめているのかということであって。そりゃ畑だから、ミミズの一匹くらいいてもそれ自体は不思議でもないのだけど。
「そこにいたのよ。大きいでしょ? ドニに自慢したくって」
ルフレは何故か得意気だが、ロイとエリウッドがこっそり身を引いたのに、エクラは気づいていた。うん、正直に言おう。エクラもちょっと引いた。
この人、最初は天才軍師という評判だけ聞いて、どんなにすごい人だろうと思ったのだけれど。蓋を開けてみたら、ちょっぴり、いや結構変、というか変わっている、というか。天才とナントカは紙一重ってこういうこと、というか。
「なんで自慢?」
「えー、だって」
くすくすと、ルフレは楽しそうに笑う。そんなところはますます天才軍師とは思えない。普通の、面白がりの女性だ。
「エリウッド!」
話が終わったのか、ロイドたちがこっちに駆け寄ってくる。エリウッドもにこやかにそれを迎えた。
「ロイド、紹介するよ。僕の息子、ロイだ」
「息子!?」
さすがに驚いたのか、ロイドが似合わないすっとんきょうな声をあげる。それがおかしかったらしく、ニノが笑った。今まで見たことがないほど、屈託のない笑顔だ。エクラとしては、嬉しさ反面嫉妬反面というところか。
「死者が生きて動いてるかと思えば、今度は未来の息子か。何でもありだな」
「もう一人のあたし、とかね」
横でこっそりとルフレが呟いた。ロイドには意味がわからなかったようで、ちらりと目線をやったきり無視されたが。まあ、普通に考えて意味がわかるはずもない。
「うお、ルフレそのミミズどうしたんだべ?」
同じように注目したドニは、件のミミズに気がついたらしい。なぜかものすごくキラキラした目で、ミミズを見つめている。
「そこにいたの! すごくない?」
「すげーべさ。そんな大きなミミズ様がおったら、この畑も安泰だべ」
「えっへん!」
胸を張るルフレに、しかしドニは余裕の表情。なんだ、とルフレが首をかしげると、彼は腰につけた袋を差し出した――なんだか動いているように見えるのは、気のせいだと思いたいのだが。
「ふふふ、おらだって負けてないんだべ」
「な、なに?」
「じゃーん!」
広げた袋から、顔を出すロープ……のようなもの。蛇、だ。
「きゃー、蛇!」
ルフレのそれは恐怖の悲鳴ではなくて。むしろ歓喜というのか、とにかく黄色い。そりゃまあ、ミミズを素手で捕まえる系女子が、今さら蛇ごときに怯えるはずはないけれど。
「……変わったやつら……だな?」
「賑やかだろう?」
呆れたように呟くロイドに、エリウッドがにこやかに返す。エクラもそれには完全に同意だ。ただ、ひとつだけ付け加えるとすれば。
「キミも今日から、『エクラと愉快な仲間たち』の一員なんだからね」
そう言ってみると、ロイドとエリウッドは揃って心外だと言うように目を丸くした。おい、なんでエリウッドもなんだ。
ロイがクスリと笑みをこぼした。
「お二人は、仲がいいんですね」
父上にヘクトル様以外にも親友がいたなんて知りませんでしたと。ロイの呟きに、エリウッドは嬉しそうに微笑み、ロイドは――