時は夜。
賑やかな彼らもそのほとんどが夢の国へと赴き、城は静寂に包まれていた。いつもなら、エクラももうとっくに寝ているはずなのだが。
「うーん……」
胸がモヤモヤして、眠れない。原因ならわかっている。ロイドだ。
ニノやエリウッドと会えたことを、ロイドは喜んでいた。ニノもエリウッドも、喜んだ。けれど、二人と別れた瞬間……彼の顔から表情が抜け落ちたのを、エクラは見てしまったのだ。それはまるで感情が消えてしまったかのようで。
英雄たちの過去を詮索するつもりはない。興味から訊ねることはあっても、隠していることを暴くことまではしない。アルフォンスにもあまり深入りするなってよく怒られるし、そこだけは気を付けているエクラである。
だけど、気になるものは気になるのだ。あのときの、ロイドの気持ちが。
ぼんやりと廊下を歩いていたら、冷たい夜気が吹き抜けた。ふと見ると、バルコニーの扉が開いている。人影が見えて、足を止めた。
「ロイド?」
名を呼ぶと、彼は驚いたように振り向く。白狼は独り、空を見ていたのだった。
「エクラ……寝なくていいのか」
「寝れないからさ。ロイドこそ」
ロイドは肩をすくめる。
「狼は夜行性なんだ」
ふーん、と言いながら、エクラはロイドと並んで空を見上げた。月はないが、星がよく見えた。
「……聞いてもいいかな」
これはチャンスかもしれない、と思ったエクラは口を開いた。分からないことは、本人に聞くに限ると。ロイドは何も言わず、ただ首をかしげて続きを促した。
「キミは……ニノやエリウッドに会えたこと、嬉しいと思った?」
「? ……ああ、もちろん」
ロイドは薄く笑みさえ浮かべている。大人だなぁ、と染々思う。
「じゃあさ、なんであんな顔したわけ?」
重ねた問いにロイドは笑みを崩し、驚いたようにまじまじとこちらを見つめてきた。負けじとにらみ返すと、彼の顔には苦笑が浮かんだ。
「あんな顔って、どんな顔だ」
「無表情? というか、ええと……」
どんな、と言われても、答えづらい。いや、大事なのはそうではなくて。
「畑でさ、ロイがエリウッドと仲良いねって言ったとき。ボクには、キミから感情が消えたように感じられた」
「……意外と鋭いな」
それは肯定の意を持つ言葉だった。
「意外とって……ひどいな」
「はは、悪い」
ロイドは軽く笑うと、不意に顔を引き締めて、また空を見上げた。
「あれは……確かに嬉しかった。だが……分からなくなってしまったんだ」
「分からない?」
ああ、と応えて、今度は自分の手のひらを見つめるロイド。握ったり開いたり、たぶん見つめているのは己の内側。
「俺は一度死んだ人間だ。何の因果かこうして奴と再会できたが……元の世界に帰れば、また俺は死者となるのだろう。そんな俺が、友人のような顔をして、奴の隣に居てもいいものか、と」
「……」
「ニノもそうだ。あいつは喜んだ。また前のように一緒に過ごせると、そう言ってくれた。……でも、ここを離れるときのことを思うと――」
また、悲しい別れが待っている。ロイドはそう言いたいのだろう。その気持ちは分からなくもないけれど。
「ロイドは、難しく考えすぎじゃない?」
「え?」
話はもっと単純だと、エクラはそう思う。だってさ。
「確かに別れは来るけどさ、それはロイドに限った話じゃない。エリウッドとロイも、ニノとドニも、ここを離れればバラバラだ。でも、だからって彼らは他人行儀でいたりしない。仲良くしなきゃ、今せっかく一緒に居られるこの時間が、勿体ないもの」
ロイドの握った拳に、自分の手を重ねる。
「ボクも、ロイドと仲良くしたいよ。せっかく出会えたこの奇跡を、もし大事にしたい気持ちが少しでもあるなら――」
にっこり。満面の笑顔でロイドを見上げると、ロイドも応えるように微笑んで、エクラの頭に手を置いた。
「お前は……変な奴だな」
「ちょ、子供じゃあるまいし、頭撫でるのはやめてよ」
「ははは」
ロイドはひとしきりエクラの頭をかき回した後、くるりと踵を返した。
「そろそろ寝るか」
「ん、ボクはもうちょっとお喋りしててもいいんだけど」
「俺が眠い」
夜行性じゃなかったのか、と突っ込みを入れると、また笑われた。
「明日は奇跡とやらを堪能してみるよ」
エクラの部屋の前で別れるとき、ロイドはそう言った。
「明日はもっと賑やかな仲間を紹介するよ」
そう応えてみると、ロイドはまたエクラの頭をかき回して、それから「おやすみ」と言った。
浮かべた嬉しそうな微笑みは、今度こそ消えなかった。
―・―・―・―・―
ベルン王国は封印の神殿に、佇むのは二人の男。
暗殺組織『黒い牙』の暗殺者、『白狼』ロイド。
リキア同盟フェレ領の、若き公子エリウッド。
一方は感情の見えない昏い眼差しで。もう一方は哀しみと拒絶と、色々なものがないまぜになった眼差しで。お互いを見つめている。
「……来たか、エリウッド」
「……ロイド。剣を収めてほしい」
「構えろ」
「ロイド! 僕にはあなたと戦う理由がない」
「お前は悪人だ。斬る理由など、それで十分」
「……くっ、」
二人の剣は交差する。キィン、ガッ、ギャリ。甲高い金属音が、耳障りに響く。
「……いや、そんなのは言い訳だな」
「いい……わけ?」
「ライナス……」
言葉を交わす、その間にも、剣戟が止むことはない。ガッ、ガッ、ガギィィン――
「お前の首を手土産にする」
「……!」
「……それで、あいつは許してくれるだろうか」
ギチッ、ギ、ギリギリギリ……鍔迫り合いの中で、エリウッドは見た。ロイドが、微笑みを浮かべているのを。エリウッドは思い出していた。ライナス――ロイドの弟の、最期を。
「それは……それは違う!」
「なに?」
「僕は、ライナスと、話した。ほんの数言、だったけれど……」
ギ、ガッ、ガチッ、ギ、ギリ、ガッ。一言ごとに、白銀のきらめきが舞う。
「彼は、あなたの死を、望まない! 誰も、望んでや、しない!」
「……」
「ニノ、だって……!」
ガ、キィィン……
ひときわ甲高い音が悲鳴のように響き、そして二人は大きく距離をとる。半ば呆然とした様子のロイドは、エリウッドの口にした妹の名に、考えを改めてくれたのだろうか。エリウッドは息を整えながらも、警戒を緩めない。
「ニノ……」
「そう、だ。、はぁ、ニノ、ニノも、あなたのことを、心配、はぁ、心配しているんだ」
「……」
「ニノのために、剣を収めて――」
エリウッドは反応が遅れた。いや、反応しすぎた。鋭く研ぎ澄まされた無意識は、身に迫る危険を察知して、的確に動いた。――それが、エリウッド自身の意に反することだったとしても。
飛び込んできたロイドは、完璧にエリウッドの虚をついていた。だからこそエリウッドの反応は遅れ、そして無意識が働いたのだ。急所に一撃を叩き込むエリウッド。崩れ落ちるロイド。
「――ありがとう」
それは、誰に向けての言葉だったのだろう。誰に向けての笑顔だったのだろう。全てから解き放たれたかのように安らかな笑みを――
――エリウッドはきっと、一生忘れない。