ボクんちの英雄(超低速更新中)   作:haldon

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親子の形――1

 ――感情の見えない瞳は氷のようで。触れれば斬れそうな空気を身に纏い。細身ながらたくましい四肢は黒豹にも似て。長く器用な指先は命を刈り取る鎌。そしてその昏い赤の髪は、彼を象徴する『死』の色なのだろう。

 『生命』の色をしたあの子とは、何もかもが正反対。だけど、だからこそこの二人は惹かれ合うのだろうか――

 

 ――そんなことを思いながら、エクラは目の前の『死神』に、おもいっきり飛び付いていた。

 

「ジャファルー! やっと会えたねー!」

 

 次の瞬間組伏せられ、危うく殺されかかったのは、言うまでもない。

 

 

 

 咄嗟に出したニノの名前のお陰で死亡ENDを辛くも回避したエクラは、言語野が壊れたのかと思うくらい口を開けばニノとしか言わないジャファルを、件の彼女の元まで案内していた。

 そもそも、自他共に認めるニノ贔屓であるエクラが、彼女の一番大切な人であるジャファルの到来を待ち望まないわけがあろうか。それに、エクラ自身も彼に興味を持っていた――だって、ニノから聞いた『ジャファル』の印象と、他から聞いた『死神』の印象が、全くといっていいほど違っていたから――のである。ちょっとくらい会えた嬉しさが爆発したって、仕方ないと思ってほしい。

 

「まだか」

 

「もう少しー。畑は城の一番奥にあるから、悪いね」

 

 大概この時間は、ニノはドニと一緒に畑にいるか、クラリーネたちとおしゃべりに興じている。今日はクラリーネ始め何人かは町に繰り出していたはずだから、着いていかなかったニノはドニと一緒の可能性が高い。

 道すがら何人かの英雄とすれ違った。この複雑な生い立ちを持つ青年の存在は、彼らに複雑な感情を呼び起こさせるらしい。プリシラは少し嬉しそうに微笑んで、早くニノの元へ行ってやれといい。マシューはすれ違うどころか、彼の姿を見るや顔を歪めて踵を返し。ウルスラは何も言わず、すぅと目を細めて例の空っぽの笑みを浮かべ。ベルカは同業の臭いでも嗅ぎ取ったのか、値踏みするようにこちらを見つめた。

 何やら喧嘩をしていたヒナタとカザハナは、新しい仲間を見つけるなり喧嘩を収めて、目を輝かせて駆け寄ってきた。そして開口一番「手合わせお願いします!」である。さすがのジャファルもポカンとせざるを得なかったらしい。そしてその直後、どちらが先に手合わせするかでまた喧嘩を始めた。

 

「……なんだ、こいつら」

 

 思わず、といった様子で呟くジャファルに、エクラは笑みをこぼす――なんだ、意外に感情出るんじゃない。

 

 

 

 そんなこんなで二人が書庫の前を通りかかった時だった。

 

「……ニノ」

 

 ジャファルがほろりと言葉をこぼし、かと思ったらエクラの横から消えていた。ああ、確かにエクラも見た。書庫に入っていく緑の頭と、濃紫のマントを。でも……

 

「ジャファル、それ違う!」

 

 慌てて書庫に駆け込むと、案の定彼はそこにいて、手の中には緑頭がいた。しかし、それは彼の尋ね人ではないのだ――よく似ているのは否定しないけれど。

 

「なんだよ、離せよ!」

 

 暴れているのは、もはや書庫の主と化したレイである。彼は、一日の大半をここで過ごしているのだった。

 

「……ニノじゃ……ない……? 誰だ、お前は」

 

 明らかにニノではなくて、でもニノと瓜二つの少年に、ジャファルは戸惑っているようだった。手は離さないまま、じーっと彼を見つめている。

 

「誰だ、じゃねーよ! これが人にものを聞く態度かってんだ!」

 

「ジャファル、離してあげて」

 

 少年の言葉にはちょっと「お前が言うな」と思わないでもなかったが、さすがにかわいそうになったので、エクラは込み上げる笑いを噛み殺しながらジャファルに声をかけた。するとなぜか、あんなに暴れていたレイが、ギクリとフリーズ。そして、ギギギギギ……とゆっくり、ゆっくり、背後を見上げた。その目は、常にないほど真ん丸に見開かれている。いつも人を小バカにしたような表情を浮かべているこの少年にしては、ほう、珍しい。

 

「ジャファル……なのか?」

 

「俺を、知っているのか」

 

 一方のジャファルはきょとん顔だ。感情のベクトルこそ違うけれど、二人の表情はよく似ていた。

 

「ジャファル、この子はレイ。君たちとは別の異界から来てるんだ」

 

 だからニノとは無関係だよと、言外にそういう意味を込めて。そう言うと、レイも気を取り直したようだった。

 

「そうそう、俺はニノとやらとは無関係なの! 分かったらいい加減手を離せよ!」

 

 そうしてようやく解放された少年は、これ見よがしにパンパンとマントの埃を払ってみせる。もちろん、険のある眼差しをこちらに向けることも忘れない。誰もが恐れる『死神』が相手でも、態度が変わらないのはさすがである。

 

「……ったく。エクラ、ちゃんと言い聞かせておけよ」

 

「うん、ごめん。ボクが何も言う前に飛び出してっちゃったもんだから」

 

 エクラが後ろ頭をポリポリと掻きながら言うと、レイははあぁと大きなため息をひとつ。それから身振りだけでさっさと行けと示した。

 

「ジャファル、行こう。ニノが待ってるよ」

 

 ずっとレイを見ていたジャファルは、ニノ、の言葉に反応してようやく動いた。しかし、それでもまだ少年のことが気になるのか、書庫の出口に向かいながら、ちらりちらりと何度も後ろを振り向く。

 何度目かに振り向いたとき、レイがまた大きなため息をついた。

 

「あんたさ……ニノってやつのこと、大事なんだろ?」

 

「俺の全てだ」

 

 質問の意図が掴めず首をかしげながら、しかし迷わず答えたジャファルに、レイは一瞬怯んだように口をつぐむ。振り払うようにゆっくり首を横に振って、改めて。

 

「……なら、こんなところで俺みたいなやつに構ってないで、早く行ってやれよ。んで……頭でも何でも撫でてやれ」

 

 くるりと。後ろを向いた彼の背中は、それ以上の問答を拒否しているようだった。その一瞬前、彼の顔が泣きそうに歪んでいたのを、エクラは見たような気がした。何と言ったものか立ち尽くすエクラの横で、ジャファルが動く。レイに向かって、歩を進める。

 

「……!?」

 

 レイが目を見張った。驚いたように振り向き、そして自分の傍らに立つ、『死神』を見上げた。

 

「言われるまでもない」

 

 『死神』は、今まで幾多の命を摘み取ってきたはずのその手のひらで、ぎこちなく、レイの頭を撫でていた。慈しむように。あやすように。

 

 

 

「また来る」

 

「も、もう二度と来んじゃねーよ!」

 

 レイが顔を赤くしながら叫ぶ。精一杯の虚勢であることはバレバレである。微笑ましい。

 当のジャファルは気にした様子を見せず、微笑みの気配すら纏ってレイを見ている。まるで、反抗期の子供とその親のような……

 

(まるで、ね……)

 

 何も言うまい、とエクラは首を振った。今はただ、あの二人が楽しそうならそれでいい。

 

(ニノも混ぜてあげて……って言ったら、レイが発狂しちゃうかな)

 

 クスクスと笑うと、二人がこちらを振り向いた。ジャファルは不思議そうに、レイは不機嫌そうに。その顔があんまりに似ていたから、エクラはまた笑った。

 

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