召喚の遺跡に満ちていた緑と赤の光が消え、現れたのは、二人――大きいのと小さいの。
大きいのは、良く言えばワイルドな、悪く言えばまるで野盗かなにかのような、そんな風貌の青年だ。重厚な鎧に、身の丈ほどもある大きな斧。獣のように挑戦的な青い瞳。
小さいのは、大きいのとは似ても似つかない可憐な少女である。海のような深い青の髪に、対比するような赤の法衣。大人しそうな見かけとは裏腹に、強い光を宿す青い瞳。
「二人とも、ようこそアスク王国へ」
エクラの歓迎の言葉に、二人は戸惑ったような反応を返す。まあ無理もない。
「ここは……どこだ? お前、誰?」
「私……ええと、確かさっきまで執務室に……」
もはや召喚された英雄たちのお決まりのやり取りである。エクラは苦笑を浮かべた。
「ボクはエクラ。よろしくね、ええと……ヘクトルと、リリーナ?」
そう言って笑顔満面に握手を求めれば、大概の英雄は二通りの反応を示す。すなわち、戸惑いながらも応じてくれるか、警戒心むき出しに拒否をするか。今も、青年ヘクトルは警戒の表情で、エクラの顔と手を交互に見ていた。のだが……
「ヘク……トル?」
少女はそのどちらでもなかった。強ばった顔で、信じられないとでも言うように、青年をじっと見ていた。気づいた青年が「なんだよ」と手を伸ばせば、少女は顔を赤くして後退る。
「リリーナ、あの、これはね」
とにかくまず説明だ、とエクラが口を開くと、それを契機にしてか、リリーナはばっと駆け出した。そのまま遺跡の外へ出ていってしまう。
「リリーナっ!?」
慌てて後を追うエクラの横に、ヘクトルが並んだ。重そうな鎧を着ているわりにはなかなか身軽だ……とか分析している場合ではない。
「よくわかんねぇけど、あの女捕まえりゃいいんだろ? 手伝ってやるよ」
ああ申し出はありがたい。ありがたいのだけれど……
「たぶん逆効果なので。ここで待っていてください」
「は?」
エクラには、リリーナが逃げ出した理由の見当がついていた。まず間違いなくヘクトルのせいだ。だったら、ヘクトルが探しに行ったところで、出てくるわけがない。
彼の怖い顔に怯みつつも何とかそれだけ伝えると、彼の眉間にはますますシワが寄った。ますます荒くれにしか見えない。
「なんでだよ」
理由か。理由なぁ……。言ってもいいのだけど、詳しく話せば長くなるし、かといって端的に言って伝わるとも思えない。
しばし悩んだあげく、エクラは端的なほうを取ることにした。すなわち。
「あれ、あなたの未来の娘です」
「……は?」
眉間のシワが、どこかに消えた。
「……というわけで、あれは俺の娘らしい」
オスティア候ヘクトルは、途方に暮れたように吐き出した。苦笑を浮かべながら相槌を打つのはエリウッド。
「母親似のかわいい子じゃないか。君に似なくてよかったね」
「おめーなぁ……」
なんとかリリーナを見つけて宥めて説明して。丁度そこを通りかかったエリウッド父子に助けを求め。現在、ヘクトルはエリウッドと、リリーナはロイと、お喋りの最中である。慣れ親しんだ友人の存在に、二人とも、だいぶ落ち着きを取り戻していた。
「ところで、リリーナの側に小さいお前がいるように見えるんだが」
「うん、あれはロイ。僕の息子だってさ」
「やけに馴れ馴れしくねぇ?」
確かに、再会の場面からしてあの二人抱き合っていたし。今もかなり距離が近い。友達以上恋人未満ってとこか。
「幼馴染みだって言うしね。仲が良くてなによりだよ」
「リリーナはやらんぞ」
きょとん、とエクラはエリウッドと二人、目を丸くする。ヘクトルの物言いは、まるで……
「父親みたい」
「いや、みたいじゃなくてその通りなんだけど」
エリウッドと顔を見合わせて笑うと、ヘクトルは顔を真っ赤にした。照れているらしい。そんな顔をすると荒々しい雰囲気も和らいで、なんだか少し、かわいく見えた。
と、そこへロイが近寄ってくる。片方の手はリリーナと繋がれていて、それを見たヘクトルは、不機嫌そうに顔をしかめた。
「ヘクトルさま、初めまして。僕はフェレ候エリウッドの息子、ロイと言います。僕の時代では、大変お世話になっています」
ヘクトルは、顔をしかめたままロイを見、そしたエリウッドを見る。うん、言いたいことはわかるよ。
「ロイって礼儀正しい、いい子だよね」
「エリウッドそっくりで気持ちわりぃ」
ヘクトルにこっそり耳打ちすると、そんな返事。頭を下げていたロイが、顔を上げて不思議そうにヘクトルを見やった。
「あの、それから……」
そう言ってロイは、手の先にいるリリーナを少し引っ張ってヘクトルの前に引き出す。
リリーナは何かに耐えるように顔を赤くして、しかししっかりと、ヘクトルを見つめていた。指が白くなるほどに強く、ロイの手を握っているのは、そうでもしないと逃げ出してしまうから、なのかもしれない。
「この子はリリ……」
「ロイ」
紹介しかけたロイを遮るように、リリーナがその手を引く。彼女の表情になにかを感じたのか、ロイは一つうなずくと、後をその少女に託した。
「おと……ヘクトルさま。私はリリーナと言います。先程は逃げ出してしまって、大変失礼いたしました」
「お、おう」
「私の父の名はヘクトル。未来の……あなたです」
「そ、そうか」
本当のことを言えば、ヘクトルは既に知っていた事実ではあるのだが。リリーナの雰囲気は、そんな突っ込みを入れられるほど柔らかくなかった。
しばしの沈黙。先に動いたのはヘクトルだった。頭をがしがしと掻きながら、話しかけたのは赤髪の少年の方。
「ロイ。リリーナってのは、普段からこんな堅苦しいのか?」
「い、いえ」
ロイが横に首を振ると、ヘクトルは「だろうなぁ」と呟きながらしゃがみ込んだ。リリーナと目線を合わせるように。
「俺の娘なら、もうちょっとお転婆でもおかしくないよな。なぁ、何を遠慮してる? 『俺』とお前は、仲の悪い親子だったのか?」
「そ、そんなこと!」
思わず、といった風に、ぶんぶんと首を横に振るリリーナ。それを見たヘクトルは、にぃと笑った。まるで、いたずらな少年のように。リリーナの動きが、止まる。その隙を逃さず、ヘクトルが動いた。ロイの手から少女をもぎ取り、高く高く抱えあげたのだ。
「きゃ、な、何を!?」
「安心しろ、落としゃしねぇよ! それとも、『俺』はこんなことしなかったか?」
がははははと豪快な笑い声を上げながら、ヘクトルはくるくると回る。手の中のリリーナも、くるくると回る。
始めは驚いたように目を見開いていたリリーナだったが、やがてふにゃりと相好を崩した。笑いながら、しかしその目には透明な雫が光っていた。
そっとリリーナを地面に下ろしたヘクトルは、そこで初めて彼女の涙に気づいたようだった。
「あ、わ、わりぃ。怖かったか?」
ふるふると、首は横に。それは、恐怖から来る涙ではなくて。
ヘクトルを小突こうとしたエリウッドを止めたロイが、そっと少女の傍らに寄り添う。
「おと……ヘクトル、さま」
「いいんだぞ、お父様って呼んでも」
ヘクトルの優しい言葉に、リリーナの頬が赤く染まる。
「おとう……さま」
「なんだ」
少しだけぶっきらぼうな返事は、照れ隠しかもしれない。
「同じ、です。あなたは私のお父様と……同じ、です」
「……どーゆー意味だよ」
ふにゃりと、またリリーナは柔らかく笑う。
「私が小さい頃、お父様はよく、こうやって私をくるくる回して遊んで下さいました。がはははと、豪快に笑いながら」
「……そうか」
「あなたは、私の知っているお父様よりずっとお若いけれど、でも……やっぱりお父様はお父様なんですね」
笑いながら泣くリリーナの肩に、ロイが手を回す――と、ヘクトルがそれを振り払った。そして、奪い取るように自らが、少女の肩を抱く。ぎゅうと、力をこめて。
「……『俺』は、お前にずいぶんと淋しい思いをさせてるみたいだな」
「そんな! ……そんな」
「すまねぇ。俺はお前の本当の父親じゃあないが……せめて、ここにいる間は俺に甘えてこい。『俺』の代わりに、目一杯甘やかしてやるから、さ」
「……お父様」
少女も、応えるように彼の背に手を回す。ぎゅうと、心の隙間を埋めるように。
「今だけ……でも」
二人を見ていたロイが、そっと呟いた。寂しげに、微笑みながら。