「ほんっとーに、行くんですのね?」
「うん。やっぱり飛行ユニットは一人くらいいた方がいいし……」
「でも、アレが役に立つかはわかりませんわよ?」
そう言うクラリーネの顔は、全力で顰められている。ソワレとドニが不思議そうに首を傾げた。
「クラリーネはずいぶん渋るね?」
「三竜将だなんて、強そうな名前だべ」
「ソワレもドニも、アレを知らないからそう言えるんですのよ」
ねえ、とクラリーネは同郷のフィルに同意を求めた。フィルも重々しく頷く。
「確かに、残る三竜将お二方はとても強かったですけど、アレは、ねぇ……」
「フィルちゃんまで、何だかいやそうだね」
「我が軍の誇る花二人をこんなに思い悩ませるとは、罪作りな男もいたものだよ」
仲間のあまり見ない表情に、むしろ心配そうなニノとヴィオール。
しかし、そう言われても、作戦の幅を広げるには飛行ユニットは重要で。それが仲間になるチャンスなら見逃したくない。エクラがそう主張すると、クラリーネは気持ちを切り替えるように大きな息をつき、腰に手を当ててエクラを見やった。
「ま、リーダーはエクラですから、反対はいたしませんわ。でも、忠告はしましたわよ」
「そうですね、私もクラリーネに同意です。それで、誰を出撃させるんですか?」
話が戦闘準備に移ると、途端にヴィオールがにこにこしだした。次の相手はドラゴンナイト、定石通りなら弓が有効だからだろう。
さて、次の行き先は大英雄戦の扉である。英雄戦の英雄たちよりもさらに強い力を持つ、その名も「大英雄」が待つというのだ。そして、今から向かう先にいるのは、彼の地の大英雄「三竜将ナーシェン」。
「ここは弓の出番だろうね? ようやく私の出番というわけだ!」
「うん、アルを筆頭にドニ、ニノ、クラリーネで」
「何で!」
膝から崩れ落ちるヴィオールの姿にこみ上げる笑いをこらえながら、エクラは理由を説明してやる。
「だってヴィオール弱いし。ドラゴンナイトならニノで撃ち落とせるし」
「あの、えと、なんかごめんね?」
「い、いや、ニノくんが謝ることではないよ……」
なぜかまた、ニノが謝るハメになってしまった。
「あの、いったいいつになったら、私は出撃させてもらえるのかね?」
「うーん、星が三つ以上になったら?」
英雄の力の結晶でもある「英雄の羽」を使えば、能力は上がる。しかし、貴重品なので、ヴィオールまで回ってこないのだ。
ちなみにヴィオールはいまだ星二つ、ドニは四つである。げに恐ろしきは贔屓の力。
「あの、えーと、なんか済まねえべさ」
「いや、ドニくんは悪くないから……」
エクラはヴィオールで遊んでいると、乙女たちの間ではもっぱらのウワサ。
「ふん、この私を召喚した手腕は誉めてやるがね、まだお前を主と認めたわけではないのだよ」
「うん、じゃあまずは力試ししようか」
「そもそもなんだいこの軍は。女子供ばかりじゃないか!」
「修練の塔でいいよね」
「こんなガキどもと一緒に戦えとは、ベルン三竜将たるこの私を愚弄すること甚だしい!」
「ニノ、ドニ、クラリーネ、ナーシェンをサポートしてやってね」
「まあいい、この戦いで私の力、見せつけてやろう」
「こんなスッポン、一人で戦わせておけばよろしいのですわ」
「このナーシェン様と共に戦えること、光栄に思うがいいさ!」
「ねえクラリーネちゃん、なんでこの人のことスッポンって呼ぶの?」
「それが一番相応しいからですわ」
「よろしくなスッポンさん! おら、ドニっていうだ!」
「あたしニノだよ。スッポンさん、よろしく」
「小娘! 変な名前を広めるんじゃない! っていうか、私の話を聞け!」
アスクの城に、ナーシェンの叫びが響く。
大英雄戦を経て召喚したはいいが、この竜騎士はやたらとプライドが高く扱いにくい。早々に、その長い話をスルーするという技を身に着けてしまったエクラであった。
「五月蝿いですわね……文句がおありなら、実力を見せればよろしいのに。あ、見せるような実力なんて、ありませんでしたかしら」
「こ、の……!」
特に、元の世界では因縁のあったらしいクラリーネとは仲が悪い。いや、どちらかといえば、彼女に一方的にやり込められているようにしか見えないか。
エクラたちは修練の塔に来ていた。入るたびに形が異なる不思議な塔の中では、やはり入るたびに異なる強さを持つ幻影兵が待ち受ける。腕を磨くのにはもってこいの場所。
「ほらほら、四人とも準備して」
「くそっ!」
口喧嘩はナーシェンの負けらしい。クラリーネに言い返す言葉もなく、飛竜はふわりと舞い上がった。それを見上げて感嘆の声をもらすドニにニノ。
「ふわぁ、やっぱりドラゴンはかっこいいべ」
「ほんとだねぇ……あ、でもあそこ!」
焦ったような声とともにニノが指さした木陰――塔の中に広がる景色は屋外と変わらない。これもまた塔の不思議の一つだ――には、弓を構えた兵士が。
弓兵は、ナーシェンに向けて矢を射掛けた。矢は当たりこそしなかったものの、飛竜がバランスを崩して、騎手は情けない声を上げる。
「う、うわぁ!?」
「なにするだ! おりゃあ!」
「大丈夫、スッポンさん?」
咄嗟に駆けつけ弓兵をいなすドニ。ニノはナーシェンに駆け寄り言葉をかける。しかし、ナーシェンの高すぎるプライドは、素直に礼を言わせてくれないようで。
「だ、誰が助けてほしいなどと言った!」
「ふぇ!?」
礼どころか罵声をもらい、ニノがぎくりと体を強張らせた。
「なんですのその言いぐさ! せっかくニノが心配してくれたというのに!」
「ふんっ!」
「あ、そっちには!」
不機嫌に踵を返すナーシェン。しかしその先には、再び弓兵の姿があって。
「おらに任せろ! でやぁ!」
真っ先に気づいたドニが飛び出していって、一撃のもとにそれを排除する。だがそれすらも、いや、それこそが、ナーシェンには気に入らない。
「く……あんなガキに守られるなんて! 屈辱だよ!」
「ナーシェン! 一人で飛び出すな!」
短気な竜騎士はエクラの静止も聞かず、激情のままに一人飛び出していく。そんな彼に降りかかる無数の矢。飛竜は力強い羽ばたきでそのほとんどを打ち払ったが、難を逃れた数本が体に突き刺さった。
痛みに暴れる飛竜を、騎士は何とか押さえつけようとする。しかし目論見はうまくいかず、そして、そんな隙だらけの一人と一匹を見逃すほど敵は甘くなく――
「やっぱりナーシェンは扱いにくいなぁ」
今回の戦いを省みて。エクラはぼそりとそう呟いた。聞きとがめたナーシェンが、ふんと鼻を鳴らす。
「自分の力量のなさを他人のせいにするとはね」
「その言葉、そっくりそのままあなたに差し上げますわ」
「なんだと!」
もはやいつもの光景と化した、ナーシェンとクラリーネの口喧嘩。既にエクラをはじめ、ニノもドニもスルーするということを覚え始めている。
「今回はスッポンさんが悪いと思うなぁ」
「だべ。エクラさんの指示を聞かなかったべさ」
「おいおい……ドニくんニノくんにまで言われるなんて、いったい何をしでかしたのかね君は」
呆れたようにヴィオール。クラリーネが肩をすくめた。
「弓兵の群れの中に単騎突撃したのですわ」
「それは……バカなのか勇敢なのか……」
「バカの方ですわね」
「小娘!」
クラリーネはとことん冷たい。よほどこの男のことがキライなのだろう。まあ、これまでの彼の言動を見るに、無理もないと思えてしまう。エクラは内心でため息ひとつ。
「スッポンくん、女性に対してその口の聞き方はないんじゃないのかね」
「うるさいうるさ……ひっ」
「ん?」
全方向に向けて癇癪を撒き散らしていたナーシェンが、突然止まった。怯えたような表情で、凝視するのはヴィオールの手元。
「お前! その、それをこっちに向けるんじゃない!」
「それって……弓かね?」
「ひっ」
これか? と弓を掲げると、ナーシェンが一歩下がる。
「ん?」
「ひっ」
一歩下がる。
「ほら」
「ひっ」
「おおこれは面白い」
ひょいひょいと弓を出したり引っ込めたりすれば、合わせてぴょこぴょこ引っ込むナーシェンである。思わず吹き出すエクラ。
いや、今はそんな場合ではない。
「ヴィオール、あまりナーシェンで遊ぶんじゃないよ」
「ああ、いや済まないエクラくん。つい……」
エクラは腰に手を当ててナーシェンを見やる。
「弓がトラウマ、か。まあしょうがないけど……これじゃ一軍にはできないな」
「な、わ、私はベルン三竜将だぞ!」
「三竜将だろうが四天王だろうが関係ないよ」
エクラより背の高いナーシェンなのに、それを見下ろしている気分である。腐っても三竜将、磨けば光るはずなのにもったいないなぁとため息。
「悔しかったら強くなってごらん。ソワレ、後はよろしく」
「任せてくれ、エクラ」
「え? は?」
ソワレは委細承知とばかりに、どんと胸を叩いた。うん、やはりこの手のことは彼女に任せておくに限るね。
「君は今後、ソワレの指導のもと、訓練に励むこと。安心しなよ、仲間はいるから」
「な、何でこの私がそんな……」
「よろしくですスッポンさん! あなたのような強者に教えを請えるなんて光栄です!」
「三竜将の名は伊達じゃないと証明してくださいね」
「さ、行こうか!」
シャロンとフィルが両脇を固め、背中はソワレに押されて。両手に花、だけれどあまり羨ましくはない。どちらかと言えば、両手に槍。
「ちょ、待て! 待てこのアバズレ! おいったら!」
「こら、女性への口の聞き方には気を付けろと言ったろう」
「ひっ!?」
あのプライドの塊が素直に言うことを聞くとも思えないけれど、まあヴィオール(と弓)がいれば、なんとかなるだろう。
というか。
「まさか、ヴィオールがかっこよく見える日が来るとは……」
「というより、アレが情けなさすぎなのですわ……」
スッポン(ナーシェン):尊大な小悪党。クラリーネのせいで、変な名前が定着した。弓がトラウマ。
「ええと、オーブをこうして、こうして……」
「あ、エクラさんまた召喚するの?」
「やあニノ。うん、ナーシェンがとうぶん戦力にならないことがわかったから、他に飛行ユニットがほしくてね」
「そっかぁ。強い人が来てくれるといいね!」
「ありがとう」
ニノはにこにこしながら、エクラの横にしゃがみこんだ。召喚の様子を見学していく構えだ。
「オーブは貴重品だし、今回は二回だけかな」
いつぞやのようにオーブを遺跡に設置すると、その中に光が満ちていく。誰を召喚するのかは選べないから、正直博打の部分はあるが、それでもやらなければ仲間は増えない。
満ちた光に向けて、エクラが神器をかざす。呼応するように光は強さを増し、そしてそれが消えたとき、そこには二つ……いや三つの影が。
「へ? あれ、私はいったい……」
「まあ、ここはどこかしら」
一人は重厚な鎧を着込んだ少女。もう一人は長髪の美しい女騎士。それともう一つの影は――
「ぐぎゅるるる……」
「わぁ、ドラゴンだ! お姉さん、竜騎士の人?」
主を守るかのように、女騎士に寄り添う飛竜。警戒の声を上げ、辺りを睥睨する様子はなんとも頼もしい。
「ええそうよ。私はセルジュ、この子はミネルヴァちゃん。あなたたちは……」
女竜騎士は、自分と飛竜を示してそう名乗った。丁寧な名乗りには丁寧な返事を。エクラも応えて名を告げる。
「ボクはエクラ。あなた方を呼び出した者です。それからこの子は……」
「ルゥ!? ……あれ、なんか違う……女の子?」
声を上げたのは重騎士の少女だ。しかし、呼んだのはここにはいない人の名前。
「あたしニノだよ。ルゥってだあれ?」
呼ばれたニノは首を傾げた。少女は少し顔を赤くして、頭を下げる。うん、彼女も十分礼儀正しいし、戦力的にも補完してくれる良いメンバー。これは博打に勝ったということでいいんじゃなかろうか。
「ごめんなさい、友人によく似ていたものだから。私はウェンディ、オスティアの重騎士です」
「オスティア! ヘクトル様の国だ!」
「あなたヘクトル様を知っているの?」
「うん、あのね……」
知っている地名が出てきて嬉しかったのか、ニノがひときわはしゃいだ声を上げる。うんうん、ニノが笑顔だとエクラも嬉しい――とはいえ、だ。
「はいはいニノ、それからウェンディ。まずはここの説明をするから、積もる話はその後で」
「あう、ごめんなさい」
「ごめんなさいエクラさん。じゃあウェンディさん、また後でね」
「うん、また後で」
手を振り合うニノとウェンディ。さっそく仲良くなれたようで何よりである。
「それで、私たちはなぜ呼ばれたのです?」
「はい、それは――」
さあようやく本題だ、とエクラが口を開いたその時。遠くで人の声が聞こえた。思わず口をつむり耳を澄ませると。
「おーい、ニノー? どこにいるんだべー?」
「エクラくーん。お茶が冷めてしまうよー?」
「あら、あの声……」
ドニとヴィオールらしい。お茶? と首を傾げていると、ちょっぴり焦った様子でニノが訴えかけてきた。
「そうだった! エクラさん、あのね、ヴィオールさんがまたお茶淹れてくれて、それであたしエクラさん探しに来たの」
「ははあ、それで召喚に気をとられて忘れちゃったのか」
「うん。ごめんなさい……」
しょぼくれる緑頭を優しく撫でてあげる。
「大丈夫。丁度いいから、セルジュとウェンディの紹介も兼ねてお茶会にしようか」
「うん!」
と、そこで顔を出す件の二人。ドニはニノを見て一目散に駆け寄ってきたが、そこで存在感を放つ飛竜に気がつくと足を止めた。とはいっても、怖がってとかそういうわけではない。
「あ、ニノ! ……と、あれ?」
「久し振りね、ドニ」
「セルジュさんにミネルヴァでねえか!」
嬉しそうに笑いながら、竜騎士とその騎竜に挨拶をする。セルジュはドニと同じ覚醒の異界からの客人だから、彼にとっては旧知の友人ということになるのだ。
旧知といえば、もう一人も――と思っていたら。
「うわぁ!」
情けない悲鳴にそちらを見れば、ヴィオールはミネルヴァに齧られて――いや、あれは多分愛情表現だ。頭じゃなくて髪をもしゃもしゃとやられている。
「あらあら、再会の第一声が「うわぁ!」だなんて、相変わらずおかしな人ですね、ヴィオールさんは」
「あ、ああ、相変わらず素敵な笑顔だよセルジュくん。だから、その、ミネルヴァくんに私の頭はおもちゃじゃないと言い聞かせてくれないかね」
「まあ、ミネルヴァちゃんも再会が嬉しいのね」
そう言えば、ヴィオールとセルジュは故郷では主従関係にあったらしいし、親しいやり取りも納得だ。……主従らしくないのは、まあ個性ってことにしておこう。
で、それはそれとして。
「……話が進まないんだけど……」
「で、竜騎士と重騎士が仲間になったわけか」
「うん、うちの軍もだいぶバランス良くなったね」
「皆さん素敵な人です!」
アルフォンスとシャロン、そしてアンナとの作戦会議。集まってきた英雄たちについて語れば、アンナが頬に指を当てて、小首をかしげた。
「そうねぇ。でも、男女比はバランス悪くない?」
「あ、それ僕も思ってました」
「別に、意識してるわけじゃないんだけどなぁ……」
確かに、今のところほとんどが女性である。しかしそれは完全に偶然の産物なのだと、声を大にして言いたい。別に、綺麗所が多くて嬉しいなとか、そんなことは微塵も思っていない。いないったら。
「ま、私的には女の子の方が嬉しいんだけど」
アンナはそう続けた。
「なぜです?」
「だって儲けやす――」
言いかけた彼女は、はっと何かに気づいたような顔をした後、ぶんぶんぶんぶんと大げさなくらい首を横に振る。
「ってその、悪いことは考えてないからね? ただちょっと、グッズとか作ったら売れないかしらって思っただけだから」
「アンナ隊長……」
「だ、だってだって、何をするにも軍資金っているじゃない。この制服だって、お金かかってるのよ?」
アルフォンスのジト目に、アンナはなお焦る。金儲けに対する嗅覚の強さは、普段有能な隊長である彼女の欠点で――エクラはアルと目を見合わせると、どちらからともなく苦笑を浮かべた。
「隊長!」
「はいっ!?」
身を乗り出すようにしてシャロン。
「私、感激しました!」
「へ?」
「隊長は、私たちのことをいつも考えていて下さるんですね!」
ガシッとアンナの手を握る、その瞳の中には星をたくさん浮かべて。少し遅れて、アンナの瞳も感激かなにかでうるみだし。
「シャロン……!」
「隊長!」
「シャロン!」
「ああ、うん。そういえばもともとこの組織は、女性の力が強いんだったよ……」
「……今度、男子会でも開こうか」
二人だけの世界に行ってしまった仲間を、遠い目で見つめるしかない、エクラとアルフォンスなのであった。