中庭に、ネルガルがいた。
エクラは思わずギョッとして、立ち止まった。
召喚した英雄たちはめいめい自由に過ごしているから、誰がどこにいようと不思議ではないのだ。だけど、色とりどりの花が咲く中庭と、エレブ大陸に災いをもたらしたという不吉な男は、いかにもそぐわない組み合わせではないか。
件の彼は後ろを向いているから、表情はわからない。ただ、花壇の方を見てじっとしている。視線の先と思われる場所には、白い小さな花が風に揺れるばかりだ。
「なにやってるんだろ……」
少し離れたところを見れば、リムステラもいた。主の思索を邪魔しないためだろうか影のようにひっそりと控え、しかし声がかかればすぐにでも馳せ参じれるように身構えて。
リムステラはエクラの存在に気がつき、目を細めてじっとこちらを見た。彼、あるいは彼女に感情はないはずだが、まるで「主の邪魔をするな」とでも言っているかのようだ。エクラは肩を竦めると、その場を引き返した。
―・―・―・―
「エクラさま……」
不意にかけられた声にびっくりして、エクラは飛び上がった。まったく、今日は驚いてばかりである。
振り返ると、そこにいたのはニニアンだった。
「どしたの?」
「あの……あれ……」
ニニアンが示すのは中庭の方。つまり、今しがた、ネルガルがいた場所だ。
「ネルガルが気になるの?」
問うてみると、彼女は硬い顔でこくりと頷いた。まあ、彼女にとってネルガルは因縁浅からぬ相手。気にするのも無理はない。
「彼は……ネルガルは、あそこで何をしているのでしょう?」
「さあ? 花を見ているみたいだったけど」
「花……ですか」
怪訝な顔をするニニアン。気持ちはわかる。よくわかる。だって似合わないことこの上ない。
そのままニニアンの次の言葉を待っていたが、彼女はもの言いたげに中庭に目をやるばかり。そんな彼女を見ているうちに、エクラは思い出した。
「あそこ、ニニアンのお気に入りの場所だよね?」
そう言ってみると、彼女は顔を赤くしてまた頷いた。そう、あの白い花のそばには、よくニニアンとエリウッドの姿があった。二人のお気に入りデートスポットのはずだ。だから、よけいに心配なのかもしれない。
「あの花は……故郷に咲いていたものとよく似ていて、それで」
「ははあ、なるほど」
想像してみた。ニニアンの故郷、エレブ大陸の雪深いイリア地方――そこに訪れる短い夏に、あの白い花が雪のように山肌を埋め尽くす様子を。ああ、さぞかしきれいなことだろう。
「案外ネルガルも、単純に花がきれいだと思って眺めていただけなんじゃない?」
「そう……でしょうか」
ニニアンには申し訳ないけれど、あの場所は別に彼女のものってわけじゃないし、何もしていない以上、ネルガルを無理やりどかすわけにもいかないし。もし彼がなにか悪さをしたら、召喚士権限でお仕置きするまでである。
エクラは、なおも心配そうな顔をするニニアンを安心させるように、にこりと笑ってみせた。
―・―・―・―
「リムステラ」
「は」
主の呼びかけに、リムステラは短く答え、傍に参じた。主の視線は、花壇の方を向いたままだ。
「あれを、消せ」
主が示したのは、花壇の花だった。白い、なんの変哲もない花だ。わざわざ消さねばならぬ理由などリムステラには分からなかったのだが、主には何らかの思惑があるのだろう。
しかし。
「それは、できかねます」
「何?」
こちらを向いた主の顔は歪んでいた。やむを得まい。リムステラとて、主の命令を違えることなど本意ではないのだが、召喚士から言われているのだ。「なるべく城を荒らさぬように」と。
「召喚士に禁じられております」
「……あの小僧か」
主は苦々しく吐き捨てると、花を睨みつけた。それは『憎しみ』というより『苦しみ』の表情に見え――リムステラは思考を消した。主の考えを推測するなど、烏滸がましいにも程がある。
「あの花に何があるのか、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「何でもない。……見ると頭が痛くなるだけだ」
主は花に背を向けた。
リムステラはもう一度花を見る。リムステラの持つ知識によれば、あの花に人の頭を痛くするような成分などなかったはずだ。では、主にのみ作用する……主の記憶を刺激する、何か……
「行くぞ」
「……は」
リムステラは思考を消して、歩き出した主の後を追う。主はもう何も言わない。主が言わないのなら――リムステラにそこから先を考える意味など、ないに等しいのだった。
おもあつでドーマ様から「力を得たその先」について聞かれたネルガル。かつての記憶を刺激されて、でも思い出せずに、頭痛でもおこしていてほしい。