「エクラ! 召喚なさい、今すぐに!」
突然やって来たクラリーネは、いつもの「レディらしい」振る舞いを忘れてしまったのかという勢いで、エクラの腕を引っ張った。
「え? ちょ、ちょっと待ってなんで?」
「ぐずぐずしてる暇はありませんわー!」
ぐいぐい引っ張られて辿り着いたのは、召喚の遺跡の前である。入り口の看板をクラリーネがうっとりと見上げた。
遺跡の入り口に掛かっているのは、魔法の看板だ。どんな仕組みなのかは誰も知らないが、いつも異界の英雄の姿が映し出されている。そして、どうやら遺跡で呼び出すことができるのは、そこに現れた英雄だけらしい。
エクラも時々チェックはしていたのだが、今日見ると、いつもと違うところがあった。
「あ、なんか増えてる?」
「そうなんですの! あそこ、一際素敵な殿方が見えますかしら」
彼女が指差すのは、看板の端のほう。弓を構える青年の姿があった。確かに、美しい金の髪と整った顔立ちの、女性受けするであろう「素敵な殿方」ではあるが……正直なところ、異界の英雄は軒並み美形なので、「一際」かどうかはよく分からない。
と、いうか。
「あれ、クラリーネのお兄さん?」
「まあ! なんでわかりましたの!?」
なんでもなにも、とエクラは苦笑する。なにしろ二人はそっくりなのだ。美しい金の髪も、人形のように整った顔立ちも、エクラにとってはクラリーネを形容する言葉である。看板の彼は、男性である分少し逞しさが勝るが、それでもパーツだけ見れば瓜二つだった。
「あれはわたくしのお兄様、クレインですわ。世界一強く、世界一優しく、世界一美しい、世界一の殿方なんですのよ」
「へ、へぇー」
エクラの笑みがひきつった。
「もちろん弓の腕前も世界一ですわ。お兄様さえこの軍に入っていただければ、百人力! 怖いものなしですわよ!」
「そ、そうなんだー」
クラリーネがブラコンなのは知っていた。知っていたけれども、ここまでとは思わなかった。今までは、これが発露する機会がなかっただけなのだ。
「だからエクラ! 今すぐ召喚なさい!」
「えー……」
渋々と秘蔵のオーブを取り出すエクラ。まあ弓使いならもう一人くらいいてもいいし、と思い直すことにする。――このクラリーネには逆らえない……逆らっても無駄な気がするから。
「うん、じゃあ!」
神器をかざし、光が満ちて……しかし。
「む? ここはどこだ?」
現れたのはクレインでなく、立派な鎧を身に付けた気品ある女性だった。
「お兄様じゃ……ない……」
「……まあ、誰が来るかは運任せだからなぁ」
「そこの者、事情を知っているなら教えてはくれぬか?」
戸惑った様子の女性に、まずは状況説明をする。グラ王国のシーマ王女。美しくも勇ましい、戦うじょお……
「って、クラリーネ! 何やってるの!」
「召喚の準備ですけれど」
クラリーネはまるでそうするのが当然とでも言うような顔で、ありったけのオーブを並べている。
「さ、次行きますわよ」
「え、えぇー……」
いや逆らえない。逆らえない。
しかし、欲しいものほど手に入らない法則はここでも適用されるようで。
「お兄様……なぜわたくしの元に来てくださいませんの……いいえ、次こそは……」
「……ごめん。オーブもうない」
エクラの言葉に、クラリーネは世界でも終わりそうな絶望に満ちた顔をした。しかし、ないものはないのだ。
「終わり……ですわ……」
「あの……もし?」
どうやってクラリーネをなだめようかと考えていると、召喚した(山ほどいる)英雄のうちの一人が恐る恐る声をかけてくる。これも金の髪の持ち主だが、男性ではなく美少女である。ちょっとクラリーネに似ているかもしれない。
「その……ここには英雄とよばれる方が集っているのですよね?」
「うん、そうだけど」
「ではもしかして、エルトシャンという方はいらっしゃいませんか?」
「……いや、いないよ?」
いちおう、やって来た英雄の名はすべて把握しているはずだ。仲間はかなり増えたけれど、その中にエルトシャンという名はなかったはず。
そう言うと、その少女は明らかな落胆の表情を浮かべて見せた。少女――名はラケシス。
「あの方こそ真の英雄と言うのに相応しいのに。どうしていらっしゃらないのですか?」
「いやどうしてと言われても……」
それは召喚の運が悪かったとしか言いようがない。
「あの方こそ騎士の中の騎士、本物の英雄、世界一強く優しく美しい、世界一の男性です。それがいないと言うのなら、来てくださるまでこの召喚とやらを繰り返すべきです!」
「え、えぇー……」
なんだか知ってるこの感じ。ついさっきまでこれと似たようなやり取りをしていたような気が……
「ちょっと聞き捨てなりませんわね……」
不意に聞こえた声にぎょっとして振り返ると、クラリーネが何やらオーラめいたものを身に纏いつつ立ち上がるところだった。
「エルトシャン? 聞いたこともありませんわ。世界一? あなたが勝手に言っているだけでしょう」
クラリーネが言うにつれて、ラケシスの表情が変わっていく。間違いなく悪い方向に。
「世界一の殿方は、世界一強く優しく美しいのは、クレイン兄様に決まってますわ!」
「なんですって! 黙って聞いていれば勝手なことを! クレインなんて、それこそ聞いたことがありませんわ! エルト兄様のほうが上に決まってます!」
「あなた、目がおかしいのではありませんこと!? クレイン兄様を越える殿方なんて、この世に存在するわけありませんわ!」
「その言葉、あなたにそのままお返しします!」
いや君らどっちもどっちだから、とは、エクラには言えなかった。言ったらたぶん死ぬ。
召喚したきりそこに放置されていた他の英雄たちも、世にも恐ろしいものを見るかのごとき表情で、ブラコン二人の口喧嘩を遠巻きに眺めていた。いや、もう二人ともブラコンなのは確定でいいだろう。
「世界一はクレイン兄様ですわ!」
「世界一はエルト兄様ですわ!」
しばらくどっちもどっちな言い争いを続けた後二人は同時にそう叫び、肩で息をした。どんな激しい戦の後だと言いたくなる様子だが、まああながち間違ってはいないのだろう。二人とも、全身全霊でぶつかったのだから。
やがて二人は、どちらからともなく笑みを浮かべた。
「あなた、なかなかやりますわね」
「あなたこそ、見所がありますね」
そうして、ガッチリと固い握手を交わす。
「わたくし、諦めませんわよ。いつかあなたに、クレイン兄様が一番だと認めさせて見せますわ」
「それはこちらの台詞です。……でも今は、ゆっくりお茶でもしながら、あなたと語り合いたい。――私たち、仲良くなれそうだと思いませんか?」
「……そうですわね。わたくし、クラリーネですわ。よろしくお願いいたしますわ、ラケシス」
「ええ、こちらこそよろしく、クラリーネ」
――それは、永遠の好敵手(とも)が生まれた瞬間だったに違いない。
何やらひどく疲れた頭で、エクラはぼんやりそう思った。