ボクんちの英雄(超低速更新中)   作:haldon

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暗闇と光と女の子(前編)

 英雄戦、と呼ばれる扉がある。

 そこでは英雄の幻影が来訪者に試練を課し、その力を見極める。そして、見事その試練を乗り越えた者には、その英雄を召喚する力が与えられるのだ。エクラも、ドニを始め何人かをここで召喚していた。

 その扉の隣にはひときわ立派な扉があって、エクラたちはそれを大英雄戦と呼んでいる。大英雄戦でも英雄戦と同じく、来訪者には試練が課されるのだが……その難易度は、英雄戦とは比べるべくもないものだった。

 しかし、そこで召喚される英雄は、その難易度に見あった強さを――

 

 

 

「嘘ですわね」

 

 にべもなく言い放ったのはクラリーネ。

 

「だって、あのスッポンも大英雄戦ですわよ?」

 

「あんまり言ったらスッポンさんがかわいそうだよ」

 

 見ていた本から顔を上げ、ニノが応えた。ちなみに本は、ほとんど絵ばかりの子供向けのものだ。

 今彼らがいるのはアスク王城の書庫。していたのは勉強会。書庫に山ほどある本に興味を持ったニノが、それを読みたいと言い出したのだった。

 ニノだけでなくドニも勉強がしたいと言い出して、ついでとばかりにロイやアサマも書庫に興味があると言い出して。結局我も我もと集まった大勢で、書庫に押し掛けたわけである。

 

「ナーシェンは性格悪いし狡猾だけど、弱いわけではないと思うよ」

 

 そう言ったのはロイ。アサマがにやにやと意地の悪い微笑みを浮かべる。

 

「おやおや、ロイ様があの人を庇うとは珍しい。故郷ではいろいろ煮え湯を飲まされたのでしょう?」

 

「まあ、そうだけれど。でも今は仲間なんだから、あまり邪険にしたくないんだ」

 

「大した優等生ですねぇ」

 

 そう? とロイは首をかしげている。アサマの皮肉は彼には通用しないらしい。

 

「エクラくんエクラくん!」

 

 書庫の入り口の方で、エクラを呼ぶ声があった。勉強会には参加していなかったヴィオールだ。

 

「なんだ、ヴィオールか」

 

 ヴィオールがやたらと上機嫌なので、あえてそっけなく応えると、彼はむぅと唸った。

 いや、勘違いしないでほしい。エクラは彼を蔑ろにしているわけでなく、むしろ贔屓しているのだ。ただ、贔屓の方向が少しおかしいのは確かだが。

 

「なんだとはなんだね」

 

「なんだはなんだですよ。それで、用件は?」

 

 再びむぅ。

 

「大英雄戦に新しい英雄が現れていたから、報告と思ってね」

 

「へぇ、どんな人?」

 

 すると、ヴィオールはどこか楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「なんとも麗しい女性だったよ。本を携えていたから、魔道士かな? 馬を連れていたね」

 

「魔法騎兵か。仲間にしたら、戦略の幅も広がりそうだね。いっちょ行ってみるかなー」

 

 よっこらせと立ち上がると、ヴィオールはなおニコニコしだした。たぶん、麗しい女性が仲間になるのが嬉しいのだろう。と、

 

「ぐぎゃう」

 

 飛竜の声がして、彼は宙に浮いた。見れば、廊下の窓からミネルヴァが顔を出して、(器用にも)彼の首根っこを加えてぶら下げているではないか。

 

「あらあら、ミネルヴァちゃんたら」

 

「ぐるるるる」

 

 セルジュが表に出ると、ミネルヴァは嬉しそうに喉を鳴らす。

 

「ヴィオールさんが楽しそうだから、ミネルヴァちゃんも楽しくなってしまったみたいね」

 

「お、おおそれはいいのだがね……」

 

「よかったわねミネルヴァちゃん。ヴィオールさんに遊んでもらえて」

 

「遊ばれているだけのような気がするよ……」

 

 ――時々、この二人は本当に主従なのかと疑いたくなるのは、内緒である。

 

 

 

 エクラが場所を変えると、ぞろぞろと皆ついてきた。新しく仲間になる(かもしれない)人物が気になるのだろう。カルガモか金魚のふんか……とは、言ってはいけない。

 扉を覗くと、件の人物がいた。蒼い髪、整った顔立ちには微笑み。手には蒼い魔導書を携え、傍らの馬を撫でる手つきは優しい。

 

「うわ、美人……」

 

 ラズワルドが呟いて一歩前に出ようとするのを、ルーナがぐいと引っ張って止める。向こうでは、ミネルヴァがヴィオールに同じ事をしていた。

 確かに美人だ。美しさの中に、理性や知性を感じさせる、いわゆる知的美人――そう見える、けれども。

 

「なんだろう、この嫌な感じ」

 

 エクラと同じものを感じたのか、ロイが全く同じ感想を漏らす。

 

「あれは……そうとう罪深いお人のようですね」

 

 アサマもそう言いながら首を振る。と、

 

「ニノ!?」

 

 ドニが突然叫んだ。最後尾にいたはずのニノの方を振り向くと、彼女は真っ白な顔をして、呆然と立ち尽くしているではないか。目には恐怖の色を宿して、よく見ればかたかたと震えてすらいる。

 

「どうしたんだべ、大丈夫か?」

 

「あの人、もしかして知りあいなの?」

 

 ドニやルーナの問いかけにも応える言葉が出ないのか、首をブンブンと振ったり、かと思えばこくこくとうなずいたり、するのが精一杯のようだ。

 ルーナが泣きそうな顔になって、ニノを抱き締めた。

 

「……『蒼鴉』のウルスラ、『黒い牙』の暗殺者」

 

 エクラが女性の素性を諳じると、皆の注目が集まる。その視線の鋭さを感じながら、彼は続けた。

 

「ニノがいたのと同じ組織だ。……しかも、幹部クラス」

 

「『四牙』っていうの」

 

 ぎゅっと抱き締められて、ようやく人心地ついたのか、ニノがぽつりと呟いた。ルーナがますます腕に力を込める。

 

「無理しちゃだめよ。辛いんなら逃げなさい。誰もあんたのこと責めたりしないんだから」

 

「うん、ありがとうルーナちゃん。あたしなら大丈夫だよ」

 

「この……強がり」

 

 ニノと同じくらいの涙目で、ルーナはくしゃりと笑う。隣のラズワルドも同じような顔だ。いるはずのない、死んだはずの知り合いに会う――会ってしまう。そんな経験を、二人ともいやと言うほど繰り返してきたからだろうか。今、ニノの気持ちに一番寄り添えるのが、きっとこの二人。

 もちろん、他の仲間たちもニノを取り囲む。暖かな光景。エクラも優しい気持ちになって、その様子を見守った。

 

「エクラさん……あの人、仲間にするの?」

 

「うん、そのつもりだったけど……ニノが嫌ならやめておくよ」

 

「ううん、あたしなら大丈夫。あの人は怖いけど強いから、きっと頼りになるよ」

 

 強がっているのが丸わかり。それでも、その気持ちが嬉しくて、エクラはニノの頭をくしゃくしゃにかき回した。

 

 

 

―・―・―・―・―

 

 

 

「ふぅ……ん。それで私は貴方に召喚された……」

 

「はい。ボクらに力を貸してください」

 

 エクラがそう言うと、ウルスラは少し考えたあと、うっすらと笑みを浮かべて、答えた。

 

「いいわ、貴方の力になってあげる。……ただし、貴方が優れた人でないと判断したら――殺すから」

 

 誰かがごくりと生唾を飲んだ。エクラは唇を引き結んでうなずく。

 ウルスラは始終穏やかに微笑んでいて。その所作は優雅ですらある。けれど、その瞳の奥は空っぽだ。ただ、氷のような冷たさだけが、そこにある。ニノの言うとおり、彼女は『怖い』人だと思った。

 件のニノは、エクラの後ろに隠れてウルスラをじっと見ている。

 

「ニノ」

 

 ウルスラに名を呼ばれて、ニノの肩がびくんと跳ねた。

 

「強くなったのね。思いもしなかったわ、あの役立たずが、この私を倒すまでになるだなんて」

 

 ――そう、ウルスラに直接止めを刺したのは、ニノだった。エクラの考える限り、ウルスラに対して最も相性がいいのが、ニノだったのだ。

 もちろん、エクラも始めはニノを出すつもりなんてなかった。しかし、自分の魔法の相性がいいと知ったニノは、自分から出撃したいと言い出したのだ。「自分は役立たずではない」と、そう言って。

 

「ニノは役立たずじゃない」

 

「そうね、もう役立たずではないわ。十分役に立つ。役に立つ――貴方のコマ」

 

 くすくすと、ウルスラは嗤う。

 

「あの頃も、今の半分でも強ければ、ソーニャ様に捨てられることなんてなかったのにね。立派に使ってもらえた筈だわ、役に立つコマとして」

 

 ニノがエクラの外套をぎゅっと握り締める。仲間たちがそんなニノを守るように寄り添う。エクラは厳しい瞳でウルスラを見つめる。

 

 

 

 毒のある花を、仲間にしてしまったらしい。

 

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