ウルスラが仲間になってから、ニノの様子がおかしい。ぼんやりしていたり、声をかけると過剰に驚いたり、時には泣き腫らしたような赤い目をしていたり――一種のホームシックだとは思うのだけど。
ニノは、人一倍『家族』に対する思い入れの強い子だ。ニノにとっての家族の象徴であり、また複雑な想いを抱いているはずの『黒い牙』――その幹部だったウルスラの存在が、家族のことを思い出させるのだろう。
「ニノに何かしてやれるといいんだけど……」
そう考えるものの、他人であるエクラにできることはほとんどない。下手なことをしても逆効果になるか、ニノのことだ、変に気を使わせてしまうだけになりかねない。
せめて、同じ異界の出身者がいれば、と思う。仲の良いクラリーネたちは、異界こそ同じだが時代が違っていて、微妙に話が通じないようだし。バアトルは顔見知りらしいが、こちらもニノの時代から二十年も後から来ているそうで、当時のことは曖昧だと言う。唯一マシューは同じ『烈火の異界』から来た人間だが、互いに思う所があるらしく、どうもぎくしゃくしていけない。
「はぁー……」
なかなか、思うようにはいかないものである。
首を振りつつとぼとぼと歩いていると、いつの間にか召喚の遺跡の前に来ていた。いつもの癖で看板をチェックしようとして、その前に立ち尽くしている緑頭が目に入る。ニノだ。
「ニ……」
声をかけようとして気がついた、ニノの横顔。頬がわずかに紅潮している――興奮している?
「ニノ」
改めて声をかけると、ニノははっとしたようにこちらを振り向いた。それから赤くなって、もじもじとうつむく。エクラの気配に全く気がつかなかったことを、恥じているのだろうか。けれどその表情に、最近見られる陰がないことに、エクラはほっとした。
「どうしたの? 誰か知り合いでもいた?」
彼女を安心させるように穏やかな笑みを作って、エクラは問う。と、ニノはぱっと顔を上げた。目が、輝いている。
「うん、そうなの」
看板を見上げると、確かに数人増えていた。――端の方に最近増えた金髪弓使いも一緒に目に入って眩暈がした心地になったのは、はてなんのトラウマだっけ。
「あのね、あのきれいな人はニニアンさん。すっごく素敵な踊りを踊るの。それから、あっちの少し怖い人はカレルさん。怖いけど、妹さんと仲良しなんだよ」
最近ないほど饒舌だ。よほど懐かしい仲間の姿が嬉しいのだろう。それに――
「こっちのはルセアさん! すっごく優しくて、あたしもいっぱい親切にしてもらったよ。あとね、レベッカちゃんとプリシラちゃん。大好きなお友達なの」
それから、とニノは最後の一人を見上げる。その眼差しに込められているのは、きっと特別な感情。
「ジャファル。あたしの、その……親友?」
「恋人、でしょ?」
そう言ってみると、ニノはまるでオリヴィエのように真っ赤になってしまった。けれど否定が出ないということは、そういうことなのだろう、たぶん。
「召喚してみようか」
ニノが目を丸くする。
「でも、あの、」
「大丈夫。ちょうどまた召喚しようかと思ってたところだから。ニノの知り合いが来るなら、丁度いいや」
ニノはまだ何か言いたそうにしていたが、エクラは思いっきりそれを無視して、遺跡へと足を踏み入れた。
ニノにしてやれること? 召喚師の自分にできることなんて、一つしかない。
オーブを並べ、神器を翳す。今回はオーブのストックはそんなにない(誰かさんのせいで)。ニノの知り合いに会えるかどうかは運任せ。
「誰が来ても恨まないでね」
「そんな、そんなことしないよ!」
もちろん狙うのはジャファルである。ジャファルは白属性なので、エクラは白い光のオーブに手を伸ば……そうとして、動きを止めた。
白い光は、どこにも、ない。
「なんと!」
オーブに満ちる光の色は、完全にランダムらしい。確かに狙う色が出てくるとも限らない、のだが……
「よりによって今かー」
がっくりと肩を落として、手近にあった赤いオーブに手を伸ばす。今回は赤と緑しかない、ということは、よくてもカレル。ニノの立場からすれば、おそらく一番の外れだ。
「……ここは?」
しかし、現れた英雄はカレルですらなく。確か、彼の名は聖王クロム――
「異界、だな。お前が召喚したのか?」
「はい、ボクはエクラと言います。この子はニノ。詳しいことは後で説明しますので、少し待っていていただけますか」
「わかった」
クロムは異界に馴れているらしく、かなり物分かりがいい。正直今はありがたい。
「さて、次行くよ、ニノ!」
「う、うん!」
再びオーブに光。今度こそ白い光を狙う。今回は運の良いことに、白いオーブは複数個あった。
「そーれ!」
まとめていっぺんに召喚する――これでオーブも全部だ。ニノの為なら惜しくないけれど、誰も出なかったらどうしよう。今さらちらりとそんなことを思う。
光の中から、三つの人影が現れた。一人がキンキンと甲高い声で喚く。
「え、ちょ、ちょっと何よここ!? わたしどうしちゃったわけ?」
「その……知らない場所ですね」
おっとりと二人目。
「あ、プリシラ! よかったー、わたし一人だったらどうしようかと思っちゃったわ。それで、ここはどこなの?」
「さあ?」
捲し立てる一人目に、のんびり首をかしげる二人目。そして、そんな二人を見て感極まったように瞳を潤ますニノ。
「いいよ、行っておいで」
そっと背中を押すと、ニノは確認するようにこちらを見上げてから、二人のもとへと駆けていった。
「プリシラちゃん! セーラちゃん!」
ニノに気づいた二人は一瞬驚いたように目を見開いて、それから揃って破顔する。暖かな笑顔と抱擁と。
よかった、と思った。狙いのジャファルではなかったものの、ニノにとって大事な人を喚ぶことができて。
「よかったな」
「うん」
事情が分からないなりに良い空気を感じたのだろう、クロムもそう言ってくれた。エクラはうなずき返す。
どんなに仲の良い友達ができても、同じ世界の仲間というのは、それだけで別格の存在なのだ。
「あの、よく分からないけれど、おめでとう、でいいのかな」
すっかり忘れていた三人目が、戸惑ったように言いながらこちらへ歩いてきた。そうだった、彼にも説明をしなくては――そう思ったエクラは、彼の顔を見る。
金の髪、整った顔立ちの、弓つか……
「え、エクラ!? どうした、おい大丈夫か!?」
「な、何で僕を見て倒れるんですか!?」
「あ、いや、ごめん……」
どこぞのわがまま娘と同じ顔に思わず気が遠くなったとは、本人たちには言えない。言えない。
彼――クレインの存在に、ブラコンたちがまた大論争を繰り広げることになるのは……もう少し先の話。