「クレイン兄様のあの立ち姿! まるで絵画のように美しいとは思いませんこと?」
「うーん……悔しいけれど、それは認めます。やはり弓をお使いになるからかしら、背筋がピンとしていて――まあ、エルト兄様には敵わないですけれど」
その一言が余分なんだ、とエクラはこっそり思う。
「またそれ! ここにはいない方と比較されたって、分かりませんわ!」
「そう言われても、エクラ様が召喚してくださらないんですもの。私だって、エルト兄様がここにいればと何度思ったことか……」
恨みがましい目を向けられたって、どうしようもないものはない。エクラも、早くエルトシャンを召喚したいとは思っているのだけれど――だって、こう毎日のようにチクチクされるのも、いい加減嫌になってきたし。
「ああ、エルト兄様……いつになったらお会いできるのでしょう。成長した私の姿を見ていただきたいというのに……」
「……」
ラケシスの視線に耐えられなくなって顔を背けると、何やら考え込んでいるニノが目に入った。どうしたの、と訪ねると、ニノは真剣な眼差しでエクラを見上げる。
「あのね、あの……もしかしてね、その、あたしも兄ちゃんたちに会えるのかなって」
「え?」
「ロイド兄ちゃんとライナス兄ちゃん……二人ともすっごく強くて、かっこよくて、優しいんだ! 二人とも英雄って呼ばれてもいいと思うの……」
その二人はまだ、遺跡の看板に見当たらない。でも、英雄と呼ぶに相応しい人物だから、いつかきっと召喚できるようになるはず――ニノが言いたいのはそういうことだ。
確かに、『白狼』ロイドと『狂犬』ライナスは、ニノの故郷では名の知れた男たちだった。壮絶な最期を遂げたらしいが……死んだはずの人物も喚べるというこの世界の奇跡(ナーシェンやウルスラ、エルトシャンもそうだ)をもってすれば、ニノとの再会も夢ではない。
もちろん、ニノのためならオーブをつぎ込んでも惜しくないエクラである。
「ニノはお兄さんが自慢なんですね」
「うん!」
ニコニコしているニノは、見ているだけでほのぼのしてくる。ラケシスの機嫌も、少しは回復したらし――
「ロイド兄ちゃんはね、スラッと背が高くて、スマートで、すっごくかっこいいの! 剣の達人で、だーれも敵わなかったんだから」
――不穏な空気。
「ライナス兄ちゃんは体が大きくて、ちょっぴり乱暴者で、でもとっても優しいの! 力持ちで、どんな強い敵だってぶっ飛ばしちゃうんだから」
「剣の達人……というのなら、エルト兄様もそうでしたけれど」
ラケシスの声が冷たいのは、気のせいだそうに違いない。エクラは力の限り気づかないふりをする。
「なんと言っても、かの魔剣ミストルティンの継承者ですからね」
「みすとるてぃん? オーディンさんが時々叫んでるやつ?」
「ち・が・い・ま・す!」
そういえば、オーディンはエルトシャンに出会ったらなんと言うだろう。喜ぶかな、悔しがるかな。ちょっと面白そうだから、早く会わせてみたいな。
――現実逃避であることは自覚している。
「彼が言うのはミステルトィン、紛い物です! 兄様のものは本物の神器。騎士の中の騎士、剣士の中の剣士、獅子王エルトシャンにこそ相応しい……」
「あれ、騎士の中の騎士って、エリウッド様の二つ名じゃありませんでしたっけ。あと獅子王ってのもロイ様のことだったような……同じような二つ名ってあるものなんですね」
割り込んできたのはウェンディだった。
「確かロイは、若き獅子なんて呼ばれていましたわね。まあ、あのロイにそんな猛々しい二つ名はあまり似合わないように思いますけれど」
「クラリーネったら、そんなこと言ったらロイ様に失礼ですよ」
「本当のことですわ」
どうやら話が逸れたらしい雰囲気に、エクラはほっと胸を撫で下ろす。まったくこのブラコンどもは、ことあるごとにこうして侃々諤々と始めるのだから、巻き込まれたほうはたまったものではない。
「騎士の中の騎士といえば、私の兄もなかなかのものだと思うんですけどね」
――前言撤回。
ウェンディが新たな火種を投下した。もちろん、真っ先にラケシスが反応する。
「ウェンディのお兄さん? どのような方ですの?」
「勇ましい重騎士なんです! 皆をその鎧で護り抜く、まさに軍の要!」
「ウェンディはボールスに憧れて、重騎士を志したのですわよね」
「はい!」
まさかウェンディもブラコンか。ブラコンなのか。しっかり者に見えたのに……いや、しっかり者とブラコンは両立可能なんだけれども。
内心頭を抱えるエクラの思いなど露知らず、ウェンディはにこにこと兄について語りだした。
「兄はボールスといいます。重騎士で有名なオスティア騎士団のなかでも、五本の指に入る実力者。重騎士団長バースさんの、親友にして片腕なんです。ロイ様に率いられて戦ったときは、あらゆる敵の攻撃をはね除けるまさに堅牢堅固な鉄壁の城塞として、また先陣を任されればどんな敵にも憶さず立ち向かう勇猛果敢な槍として。まさに八面六臂を体現するような活躍ぶりでした」
エクラは祈っていた。議論の矛先がこちらを向かないことを。今までのパターンからすれば、儚い望みではあるけれど……かといって、「誰の兄が一番素敵か」なんて無茶苦茶な質問に、どうやって答えろというのだ。もちろん、「みんな違ってみんないい」的な答えで満足してくれる訳がないのは、自明である。
「ボールスは忠義の篤さも性格も騎士らしいですけれど、ひとつ大きな欠点がございますわね」
「え!? 兄上に欠点ですか!?」
クラリーネの言葉に、ウェンディが目を真ん丸に見開いた。
「それは……」
「それは?」
ごくり。唾を飲む音。
「それは――見た目が! ひじょーに! 地味でいらっしゃることですわ!」
は、とエクラは口を開けたが、後の三人には納得……というか大事な話だったらしく。ラケシスはさも重要事項であるかのようにうなずき、ニノは難しい顔で唸りだし。ウェンディに至っては、悔しさのためか歯噛みしてプルプル震えだした。
「そ、そりゃクレインさんと比べたら兄上は地味ですけど……」
「お兄様でなくとも、大概の殿方とお比べになった上で地味ですわよ」
クラリーネの歯に衣着せぬ物言いに、ウェンディががっくりと肩を落とした。しかし反論できない辺り、自分でもそう思っているのだろう。そして、そう思っている自分に気がついてまた、落ち込んだらしい。めんどくさい……と言ってはアレだが、めんどくさい。
「確かに、見た目の麗しさは騎士の大切な要素の一つですよね」
「そうですわ。確かに見た目がアレでも一流の騎士はおりますけれど、超一流の騎士ともなれば、やはり見た目が伴っていなければ」
「あの、でも、でもね? 性格がかっこよかったら、あたしはそれでいいと思うよ?」
「ううう、ニノー」
やはりニノはいい子だ。姫二人に追い詰められたウェンディは、ニノに抱きついてよよよと泣き崩れた。
ニノはよしよしとウェンディの頭を撫でながら、困ったようにエクラを見上げてくる。いやそんな目で見られても。無視したい。しかし、ニノには弱いエクラである。
「そ、そうだよね。ほら世の中癒し系のほうがもてはやされる時代だし。イケメンは三日で飽きるって言葉もあったようななかったような」
――あ、間違えた。
誰から見てもイケメンの兄を持つ二人が(あとニノもちょっぴり)、なにやらどす黒いオーラを纏いこちらを睨み付けるのを見て、エクラは悟った。
「いや、だからその……」
助けを求めて辺りを見回すと、不思議そうな視線と目が合った。プリシラである。大人しく、心優しく、それでいてしっかり者の彼女なら、助けてくれないだろうか……
エクラの思いに気がついたのか何なのか、プリシラはこちらにやって来る。助かったと思ったところで、一抹の不安が胸をよぎった。――はて?
「楽しそうですね」
プリシラがにっこり笑ってそう言うと、クラリーネもラケシスも毒気を抜かれたようだった。
「何かご用ですの?」
「いえ、先程から興味深いお話をなさっているのが気になって。あの、私も混ぜてはもらえませんか?」
……このカオスに混ざりたいとは、なかなか豪胆である。
「そういえば、プリシラちゃんにもお兄さんがいるんだよね」
「はい。レイモンド……いえ、レイヴァンといいます」
ニノの言葉に、にこやかに応えるプリシラ。……というか、彼女にも兄がいるんだそっか。そっか……
「わけあって長く離れて暮らしていたのですが、先日の戦のときにようやく再会できました」
「まあ、それはようございました」
「プリシラは我慢強いんですのね。わたくしはとても我慢できそうにありませんわ、お兄様と離れて暮らすなんて」
君たちはそうでしょうよと、声には出さずエクラ。
「赤髪のレイヴァン……もしかして、傭兵の?」
何かを思い出したのか、考え込んでいたウェンディが突然声をあげた。
ああそうだ、プリシラはニノと同じ世界から来ていて、ニノはウェンディの過去の世界から来ていて……それなら、ウェンディとプリシラの兄が知り合いでもおかしくはない。
プリシラもそれに気づいたのか、少しだけ目を輝かせてウェンディに詰め寄った。
「そうです! 傭兵のレイヴァン……兄様を、知ってらっしゃるのですか?」
「あ、いや、ちょっと見かけただけなんだけど……」
「ぜひ! 教えて下さい! 未来の兄様は、どんな方になっていました? やはりお歳を召していましたよね? ああでも、きっとそれでも変わらず凛々しくていらっしゃるのでしょうね」
プリシラのキャラが違うような気がする。こんなにぐいぐいくる子だったっけ。
「お怪我などなさっていませんでした? 兄様はすぐに無茶をなさるから私心配で。もちろんお強いので負けることはありませんけれど……ああ、ルセアさんがご一緒してませんでした? 悔しいけれどあの方がいれば、怪我の心配はいりませんね」
「えと、あの、少なくとも私が見たときはお一人でした……」
「まあ! いつもレイヴァン様レイヴァン様とくっついて回っていたのに、どうして兄様をお一人にしたりするのかしら。言ってくだされば、私が代わりについていったのに……」
まごうことなきブラコンである。プリシラよお前もかと、こっそり天を仰ぐ。どうしてこう、ブラコンばっかり集まってくるのだ。
げんなりするエクラとは対称的に、妹たちは生き生きとしていた。たぶん、彼女たちはお互いに、(クラリーネとラケシスがそうであるように)親友にしてライバルにして同志というやつなのだろう。
「やっぱりクレイン兄様が一番ですわね」
「それはエルト兄様を見てから仰ってください」
「ロイド兄ちゃんとライナス兄ちゃんだってかっこいいよ!」
「わ、私の兄だって、顔以外は負けてないんですからね!」
「私はレイモンド兄様がいればそれだけで十分です」
まあ楽しそうだからいいか。エクラはため息をつくと、苦笑を浮かべた。お互いにやりあっているだけなら、可愛いものである。
ただひとつだけ、解せない謎が残ってはいるが。
「ねえエクラさん」
ほら、来た。
「誰のお兄様が一番素敵だと思います?」
どうして必ず、こちらに話を振るのだろうね?
可愛い妹たちの鬼気迫る迫力に圧されながら、その場を取り繕う言い訳を必死に考えつつ、エクラはしみじみと思うのだった。
ラケシス〈重度のブラコン〉>=クラリーネ〈半分は世間知らず〉>プリシラ〈普通のブラコン〉>>ニノ〈兄ちゃん大好き〉=ウェンディ〈憧れの兄〉
の、イメージ。
レイヴァンは、あの後しばらくオスティアかアラフェンの辺りをうろうろしてたんじゃないかなー、と予想。