『半身が深海棲艦となった加賀が、戻ってきた鎮守府で提督とイチャついたり軽巡棲姫をぶん殴る話』泉浜鎮守府航海日誌 帰るべき場所   作:沖野潤一

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帰るべき場所(みなと)

一.

 

「いい狙いをしているわ」

 頬の血を拭うまでもなく、海風と雨粒がさらっていく。

 第一艦隊の進む洋上は荒天。海霧が視界を埋め、降り注ぐ雨が敵の気配を消す。戦闘のやりにくさで言えば、これ以上はなかなか無い。

 『佐田岬(さだみさき)海峡』を敵艦隊が抜けたとの一報を受け、急行した泉浜第一艦隊。旗艦は私、加賀。金剛と霧島が脇を固め、切り込み隊長の天龍の後ろを赤城・隼鷹が護る。

 しかし時刻は既に日没過ぎ。昼戦ならば万全だった布陣は、敵との戦闘が長引くほどに不利となっていく。空母艦載機の着艦が難しくなるからだ。手元の艦載機(矢や式符)を使い切ったら待っているのは棒立ちの空母が三隻。

 まぁ、やりようはある。

「隼鷹、手持ちの二式偵察機は?」

「残り一枚! 今飛ばしてんのも、そろそろヤバそ――」

 言いかけた隼鷹が舌打ちをする。

「――っつーわけで、ラストさね。行っといで!」

 視覚共有を掛けていた偵察機が落とされたらしく、不快そうに首を振る隼鷹。

 私と赤城さんにも偵察機は載っているが、この撃墜は痛い。

「霧島より加賀さんへ。探照灯は準備出来ています。一気に仕掛けてみませんか」

「却下。敵戦力は六隻だけれど、ル級二隻を正面で相手するのは危険よ――大丈夫。私も同じ気持ちよ。霧島」

 霧島が焦るのも無理はない。どうやら敵はこちらを見つけているらしく、海霧に紛れて砲撃を仕掛けてきている。しかもかなり正確だ。直撃こそしていないが、こちらの急所を的確に狙ってくる。本土の近くとはいえ余裕がない。

 そして、遠征戻りの私たちには護衛艦が帯同していない。

 敵勢力下でのレーダー索敵無効化ならともかく、こちらの勢力下においては現代兵器の護衛艦による電子支援は大きな戦力となる。頼りっぱなしはよくないと分かっていても、進んだ技術を一度使うと容易には離れられない。

「テートク、急いでくれてるみたいダケド」

 最初から支援は要請しているが、一番近い護衛艦が母港に停泊中の『よいまちづき』。どう急いでも一時間は掛かる。データリンクも海霧のせいか不調とあっては、頼れるのも自分たちだけ。

「今は、俺たちにできる戦いをするしかねぇだろ。な、加賀さん」

「そうね」

 敵が隠れているならあぶり出すまでだ。

「引き摺り出してやりましょう」

 私は言葉と共に、矢筒から取り出した『零戦』の矢羽根に口づけた。

「赤城さん。飛行パターン『キンポウゲ』、30秒後に機銃斉射。第一次攻撃隊発艦のち、『グラジオラス』を南西に。敵にヲ級がいたはずです。頭上は抑えておきましょう」

「――仕方ありませんね。よろしく頼みます、天龍さん、金剛さん」

「あぁ、任せとけ」

 多少の犠牲はやむを得ない。気持ちのいい話ではないが、敵艦が予想以上にやる以上、私たちも身を切る必要がある。

 天龍が対艦刀を構えた。主砲を指向、発射位置へ。

「金剛、霧島。お望みの近接戦にしてやろうぜ」

「霧島了解。全主砲、発射準備!」

「金剛、徹甲弾装填OKデース。ル級の撃破を最優先。対空は隼鷹お願いしマース!」

「紫電改、発艦準備できてるよ。いつでも来な!」

 打起こし、引分け、会までを終えて、ひとつ、深呼吸。

「攻撃隊、発艦……!」

 離れ。手放した弦が矢を押し出し、私の意志を載せて放たれる。一瞬の後に艦上戦闘機へと転じた攻撃隊が、第一艦隊を中心に、花弁のような放射状の進路を取る。 

 ほぼ同時に矢を放った赤城さんの隊と速度を合わせ、時を待つ。

「艦載機隊、お願いします!」

 間髪入れず、赤城さんの次の矢、攻撃隊が上がった。これで仕込みは問題ない。

 第一次攻撃隊が広がりきるその直前。3、2、1――

「――発砲、今!」

 全周に飛び立った戦闘機が、一斉に機銃を放つ。

 ちり、と火花が視界の隅で瞬いた。

「ヘイ天龍、十時の方向!」

 光の視認と同時。天龍を戦闘に、金剛と霧島が単縦陣から飛び出した。

 弾着の火花を頼りに突っ込む三隻は、既に砲を指向し終わっている。

「ッらぁ!」

 金属音。飛来した主砲弾を斬り落としていく天龍。先頭の彼女が金剛たちの盾だ。

「――これ集中力要るから、あと一発行けるかどうか――あと頼んだぞ、金剛」

 直撃するはずの一発を切り捨て、汗を浮かべる天龍。それもそうだろう。艦娘だからと言って、突っ込んでくる砲弾を刀で落とすなんて真似がそうそう出来るわけもない。

 発砲炎で位置は掴んでいる。金剛と霧島の主砲が最終調整を終えた。天龍の陰から出た金剛姉妹が叫ぶ。

「一番、二番! 撃て(Fire)!」

「こちらも! 主砲よぉーい、撃てッ」

 弾着の炎。どうやら一隻に命中したらしい。遅れて金剛たちを追う空母(私たち)も、周囲警戒を続けている。なにしろ、敵が固まっている保証はない。それに――

「加賀、二式偵察機が敵機を捕捉! 来るよ、後ろだ! たこ焼き(Hellcat)は無し!」

 隼鷹の報告に、私は赤城さんと顔を見合わせて頷いた。

「予想通りね」

 敵艦隊のヲ級が上げた攻撃機だろう。こちらが動けば出てくると踏んではいたが。

「加賀さん。第二次攻撃隊は反転中――まもなく敵機補足できます」

「進路維持。金剛、そちらは?」

『ル級一隻撃破、残り一隻と交戦中デース! 加賀!』

「なに」

『気を付けて! 旗艦らしき深海棲艦の姿がナッシン!』

 金剛の言葉に正面を向いた瞬間、前方の海が割れた。敵駆逐艦がクジラのブリーチングさながら、水中から飛び出して来たのだ。

 こいつは旗艦ではない。大口に向けて躊躇なく矢を放つ。艦載機に転じた爆撃機が懸架した爆弾を切り離す。口内での爆発を閉じ込めるように――ロ級の顎を蹴り上げた。

「隼鷹ッ」

「応さ!」

 式符が転じて流星を描く。蹴り上げた勢いのまま着水したロ級の無防備な腹に、魚雷の(モリ)が突き刺さる。爆発、閃光、衝撃。その体格に不釣り合いな脚部を数度ばたつかせて、ロ級は沈黙した。

 後ろから敵機の気配。すかさず上空に付けていた赤城さんの部隊が横っ腹を食い破る。散り散りになる敵機を追う零戦隊。こちらも機銃で応戦、数を減らしていく。

 視界共有を解き、汗の玉を浮かべた赤城さんが叫ぶ。

「加賀さん、残りは!?」

「報告通りなら、空母が二隻と旗艦――それに、金剛たちの相手しているル級が、まだ」

()()()()()()()()()()

「――了解」

 はるか後方から聞こえる爆音。最初に飛ばした赤城さんの攻撃機が仕留めたらしい。

 この身体で共に戦うようになってからは日が浅いが、正直なところ、彼女の戦闘能力はずば抜けている。一航戦・赤城としての矜持がそれを可能にしているのか、或いはもっと別のなにかがあるのか。私も決して遅れを取るつもりはない――と。

 どうやら、敵は位置がばれた瞬間に散開していたらしい。暗闇に紛れて、濃密な殺気が見つめているのを感じる。

「……ッ!」

 咄嗟に捻った身体の脇を、砲弾が抜けていく気配。矢筒のベルトが千切れ飛び、水面で跳ねる音だけ残していく。敵の狙いは正確だ。間違いない。私たちはもう、敵の手の平に載っている。

 だからどうした――私たちの前に立ち塞がるなら、食い破るまでだ。決意の元、咄嗟に手挟んだ流星改の矢を確かめる。

「金剛、霧島、こっちに来られる? 旗艦がこちらに向かっています」

『ヘイ霧島、ここ(ル級)は私が! すぐ追いつくデース……!』

『っ、分かりました! お気を付けて、姉さま!』

 恐らくは強引な攻撃に転じたのだろう、金剛の通信から鈍い音が響く。

 天龍が対艦刀を構え直した。

「来るぞッ」

 声とほぼ同時、天龍の電探が片方弾け飛ぶ。直後、低く構えた天龍の刀が、真横に振り払われた。

「おぉぉおぉらァッ!」

 金属と金属のぶつかり合い。敵艦の姿は、闇と波で隠れてよく見えない。天龍の一撃をしのいだ敵はすぐに姿を消した。舌打ちをする天龍。

 わずかに見えたのは、(ツノ)と表情のない面。今まで見たことのない型だ。

 反航戦においては、刹那の邂逅は音だけ残して過ぎていく。直後、艦隊反転。同じタイミングで霧島が戦列に加わる。

「霧島戻りました、いつでも来いです!」

 電探の破片が抉った天龍の頬を、雨粒が流していく。

「あァ……次の接近で俺が足を止める。その隙に霧島、一気に畳みかけてくれ」

「ええ、お任せを!」

「来るぞ。天龍、最大戦速行くぜェ!」

 踏み込んだ天龍が加速を掛けた。敵の殺気がより鋭さを増した気がした。

「っお……」

 次の瞬間、先頭にいた天龍が吹っ飛ぶ。背後に付いていた霧島が気が付いた瞬間には、すでに天龍を受け止めるクッションと化していた。

「な、ぐッ」

 金属のぶつかり合う破砕音。ふたりが漏らした呻き。最大戦速で進む私たちの背後へとそれらが流れていく。まるで木の葉のように。

 二隻が瞬時に視界から消えたというのに、私たちは動揺する時間も与えられなかった。

「きゃあッ」

「ちくしょッ、加賀ァ! 避けろォ!」

 複数の雷跡が赤城さん、隼鷹を捉えた。敵は正面。すれ違いざまに殴りつけてやる。

 決意の直後、足元に艦載機――零戦が飛び込んできた。

「ッ!」

 着水。爆発――遅れて、赤城さんが私を魚雷から守ったと知る。しかし――それを振り返る余裕もない。正面、敵旗艦視認。

 あれは、『姫』級だ。

 反射的に、私は飛行甲板を正面に向けた。

「く……!」

 発砲音と同時、飛行甲板が粉々に砕け散った。破片が弓道衣を、袴を突き破り、痛みが鋭く身体中を走っていく。

 その距離、およそ30メートル。

 私は思いきり跳躍し、()()()()()()()()()()を振るった。飛行甲板裏に懸架していた、簡易組み立て式・対艦薙刀。さすがにこれは予想できていなかったらしい。

 波の力を借りた、全力の一撃。

「はァッ!」

「!」

 しかし、浅かった。私の薙刀は横に払われ、敵旗艦がにやりと笑う。構えた主砲を私に向けて――

「舐めないで頂戴……!」

 勢いのまま掴み掛かり、全身のバネを使って投げ飛ばす。薙刀は手放してしまった。

 海面を跳ねた敵旗艦が滑りながら身を起こす。

「ウ……!」

 前を向いた彼女が見たのは、眼前に迫る私。そのまま思い切り顔面に頭突きを入れる。

「くッ……!」

「ウ、グ」

 くぐもった呻きが届くと同時に、服を掴んで膝をねじ込んだ。

 よろめいた相手に回し蹴りを見舞った。仮にも大型艦の出力を舐めてもらっては困る。最大出力で蹴り込んだ相手が吹っ飛び、姿勢を戻した私はあとを追う。

「っ、これでは、金剛のことを笑えないわ」

 思わずこぼした直後、背後から熱を感じるほどの光芒が敵を捉えた。探照灯だ。

「姉さま、今です……!」

 艤装が半壊した霧島が叫ぶ。すると、迫る気配は……!

「全砲門、撃てェ(Fire)!」

 金剛の全門斉射。

 爆音、着弾、閃光――降り注ぐ徹甲弾の雨に、光の中の敵旗艦が歯を食いしばったのを見た。直後、水柱の影で見えなくなる。

「金剛! 撃ち方やめ!」

 私の制止は一瞬遅かった。いつの間にか濃さを増していた海霧。弾着に紛れて霧中へと姿を眩ませる。

 さすがに、これを追う余力は残されていなかった。

「――ヘイ加賀、大丈夫?」

「なんとか……ええ、大丈夫」

 満身創痍の第一艦隊。全員が肩で息をしていたし、荒れる波に揉まれて転覆しそうだ。

 全員傷付いてはいるが、船足には問題がない。

クソッ(Shit)……!」

 金剛の吐き出した言葉は、私たち全員の思いだった。

 不利な戦いだったとはいえ、艦隊決戦で落としきれなかったのは事実。こちらは全員が海に浮いているが、まともに戦えるのはもはや金剛だけ。

 完敗だった。

「陣形変更。金剛と天龍、警戒陣の先頭を。私は後ろにつきます」

「――了解」

 だから私は、努めて冷静に振舞うことにした。そうしていないと、あの時()()から流れ込んで来た激情に押し潰されそうだったから。

 憎しみに起因するすさまじい破壊衝動。そして、それに負けない後悔。

 間違いない。彼女は――。

「摩耶たちが迎えに来ているそうです。速やかに合流し、帰投します」

 ようやく回復した通信からは、支援の艦隊がほどなく着くことが伝わってくる。一体、どれほど急いだのだろう。無茶をする。

 ――さっきの感覚、いえ――あの感情は。

 私は通信を聞き流しながら思い返していた。先ほどの一瞬――()()との邂逅を。

 

二.

 

「軽巡棲姫――確認済みの『姫・鬼』級のなかでも、敵泊地などに見られる個体だな」

 タブレット端末の戦闘記録を眺めながら、真田提督はそう言った。

 雨が窓を叩く音が、わずかに私たちを憂鬱にさせる。

 帰投から間もない泉浜鎮守府の一角、執務室で、帰還報告(デブリーフィング)もそこそこに開始された作戦会議。泉浜鎮守府に課せられた『深海棲艦の侵入阻止』という役割を果たせなかった私たちには、直ちにこの状況を打開する使命があった。

 最も手痛い失敗。それは旗艦――よりによって『姫』級を取り逃がしたことにある。

「真田司令。一刻も早く軽巡棲姫の捜索に出るべきです」

ねぇ(Hey)、霧島? 焦る気持ちは分かるケド、ここは抑えマショ。短気は損気ネ」

「――ええ、すみません……少し冷静にならなくてはいけませんね」

 霧島は渋い顔をしている。油断していたわけではないが、予想外の方法で戦列を離れたことが悔しいらしい。愛用のメガネも何代目かの代替わりをしたようだ。

 龍田に支えられた天龍も左腕の包帯が痛々しい。このあと長い入渠が控えている彼女に比べれば、艤装のみの損傷で済んだ空母三隻は幸運だったと見るべきだろう。

「お茶をどうぞ、なのです」

 電が、ソファに座る赤城さんと隼鷹に湯呑みを差し出した。金剛は自前の紅茶を一口。

「今のところは、偵察や哨戒網にも引っ掛かっていないそうデス。あのあとすぐ警戒線が引かれてるから、この辺りのどこかに潜伏していると見るべきネ」

「すぐに撤退したところを見ると、私たちの攻撃で損傷を与えていた可能性はあります。見る限り、有効打にはなっていなかったけれど」

 ぷつ、とタブレット端末の表示を打ち切った提督――真田幸一少佐は、そんなことよりという顔をして私を視た。

 私の様子が上の空であることに、とっくに気付いていたのだろう。

「話してくれ」

 ここにいるのは、全て承知している者のみ。そういう顔をしていた。別に隠すつもりはなかったのだが、こうも理解されている、と喜んでいいのだろうか。

 私は深く息を吸って、それから目を伏せる。

「彼女は、恐らく、私の()()()()()です」

 全員が息を呑む。無理もない。

 少々言葉が強すぎたと反省して、首を振る。

「直接接触をした瞬間、彼女から流れ込んで来ました。すべてのひとや艦に対する激しい憎しみと、それに抗う――哀しみと、慈しみの思いが」

なんですって(Say what)?」

「彼女の()()()()が私と同じとは言いません。おそらく主人格として上位にいるのは深海棲艦。それでも、艦娘と深海棲艦の両方の意識を有しているのは……多分間違いないわ」

 もはや公然の事実である、艦娘と深海棲艦の同一性。しかし、それを今論じても意味はない――少なくとも、説得できる相手ではないと感じたのは事実だ。

「あまり、記憶は視えなかったけれど――沈んだあとも艦娘の意思が消えずに残っていたように思えるわ。だからこそ、より強力な深海棲艦として行動できている」

 浮かべた式符を空中で手遊びながら、隼鷹が感心したように頷いた。

「なるほどねぇ、一つの体に二つの意識……言っちまえば、『思い』ってのはアタシらがこの世に存在してる原動力だもんなぁ。主機が二つくっついてるようなもんだろ? 強いわけだ」

 天龍が無事な右手で頬の傷跡を撫でる。

「直接殴り合った時は何も感じなかったけどよ、あの殺気と、攻撃のいなし方……相当の使い手だぜ、ありゃあさ」

「ふふ、天龍ちゃんが素直にこう言うんだもの。強いんでしょうね」

 この吊ってる左腕が証拠だわ、とさする龍田、痛がる天龍。

「軽巡洋艦は元々水雷戦隊を率いる隊長の役目を担うことが多いから、とっても厳しかったりするもの。何人かは心当たりがあるけれど、深海棲艦になってまで抵抗してるなんてよほどの頑固さよね」

「んだな。面にツノまで生えてるなんて、まるで鬼だよ、鬼。姫だけどさ」

 私は結局、()()を言うか悩んで――提督の目を見てから、ようやく口にした。

「彼女は、沈めてくれ、と言っていました。いえ……叫んでいました」

 戦いで触れ合ううち、呪われた右半身が伝えてくれた――彼女の悲痛な願いを。

 私の言葉に、執務室を沈黙が満たす。

 その空気を破ったのは、ぱん、という乾いた音。赤城さんが手を打った音だ。

()()()()()()()()()

 その言葉が意味する残酷な現実と、私たちはいつも向き合わなくてはいけない。それが私たちと深海棲艦(かのじよ)たちの、哀しい使命なのだから。

「――よし」

 ずっと黙っていた提督が、大きく息を吐いた。

「金剛、加賀。泉浜第一及び第二艦隊を編成して出撃準備。フタフタサンマルまでに編成表を提出しろ。艦種配分は任せる、お前たちのやりやすいようにしてくれ」

「了解デース」

 ――『沈め、鎮める』。私たちに出来る、彼女のためにできることは、それしかない。

 さっそくタブレット端末を引き寄せて、艦隊編成に入る金剛。私も遅れを取るわけにはいかない。今日明日の艦隊シフトを確かめながら、作戦内容に踏み込む。

「敵の誘引手段は? 単独行動の艦で釣るのは危険が大きいわ」

 一般的に、大人数よりは少数の艦隊が狙われやすい。しかし、相手は『姫』級。一撃をもらっただけで沈みかねない相手に、中途半端な囮はかえって危険を増やすだろう。

()()しかないだろう。作戦には『ふせまちづき』F装備仕様を使う。艦娘二名を乗員として配置し、第一、第二艦隊に先行させる。『よいまちづき』は後方支援」

 我が泉浜鎮守府に配備されている艦船は三隻。その一隻、警備艇『ふせまちづき』は、普段から漁船のように使っている軽快な足回りの小型船だ。操船を艦娘がやるのなら多少荒っぽく扱っても問題ない。

 護衛艦『よいまちづき』がバックアップに付くなら索敵もやりやすくなる。ある意味でひとと艦娘の総力を挙げた作戦が始まろうとしていた。

 その場の全員が目を合わせ、頷き合う。

「電、全隊員に通知してくれ。作戦開始は明朝マルヨンマルマル。泉浜鎮守府はこれより出撃準備に入る」

「了解、なのです! 全館放送の準備を始めるのです」

「オレは『よいまちづき』の出航に向けて、艦長にブリーフィングをしてくる――天龍、立てるか? 会議、付き合わせて悪かったな」

「っ、あぁ、気にすんな。大丈夫だって――ひ、ひとりで立てるって」

「そう言うな。お詫びって訳じゃないが、入渠ドックまで付き合おう。龍田、行くぞ」

「はぁい」

 立ち上がる天龍の背を追う龍田が、意味あり気に私を見た。きっと私の表情が冴えないことを気にしているのだろう。心配するな、と目で返す。

 大きく伸びをした隼鷹が、赤城さんの肩を叩いた。ふたりは最近、晩酌を通じて仲良くなったらしい。例に漏れず酒飲みの隼鷹と、例に漏れず食に拘りのある赤城さんのペアに付き合うと、いろいろな意味で退屈しなくていい。もっとも、付いていくにはそれなりの覚悟が必要になるが。

「そいじゃ赤城、あたしらは出撃に備えて休もうか」

「先に休んでいて下さい。私は少し身体を動かして来ますから」

「ストイックだねぇ。そいじゃ給養員に声掛けて、つまむもの用意してもらっとくよ」

「助かります」

「あ、隼鷹さん。私も食堂へ行きます。姉さまと加賀さんの夜食を確保しないと」

 ふたり執務室に残った私と金剛は、一瞬の静寂に目を合わせた。

 そうして、どちらともなく笑みを漏らす。

 さて、ここからは盤上の戦いだ。私たちの作戦はもう始まっている。

「加賀、戦艦は誰をチョイスするノ?」

「花いちもんめ、でも始める気ですか――できれば榛名と霧島を下さい。摩耶と電も――龍田も入れて、こちらで前衛を張ります」

「了解デース。なら、第二艦隊は制空と牽制に徹するネ。赤城と隼鷹、それに鳥海……」

 生まれも艦種も経験も、そして性格も違う。それでも私と金剛は、いつの間にか互いを理解し合っていた。ただ同じ鎮守府の艦娘というだけだというのに。

 果たしてそれは、いったい何に起因するのだろうか。

「霧島たちには大型艦用の増設バルジを厚めに載せます。足は重くなりますが、軽巡棲姫相手なら誤差の範囲でしょう」

「それもいいケド、霧島は身軽にして龍田と組ませたほうがいいんじゃナイ?」

「――そうします」

 はた、と編成表をいじる手が止まる。

「そう言えば、言っていなかったわ」

「なにをデス?」

「もし――もし私が()()()()()()()()()()()()、躊躇わず沈めて頂戴」

 ずっと考えていたことだった。あくまでこの身体は、半分深海棲艦であること。いつか艦娘としての、加賀としての意識が消え去ってしまう可能性はゼロではない。

 黙ってしまった金剛に、私は口元だけで苦笑する。

「私も、いつああなってもおかしくはないのだから」

 半分は本気で、半分は自分を律するため――。

 私は編成表の確認に『OK』を返し、各艦娘と整備班へのワークフローを承認した。

 金剛もほぼ同時に編成を終えたらしい。

「加賀は問題ナッシン」

 端末の確認に、やはり『OK』を返しながら、金剛は微笑んだ。

「どうしてですか」

 私は素直にそう尋ねた。まさか金剛型は、疑問や質問に対して自信満々で即答するのが()()なのだろうか、と。

 しかし、彼女の返答は優しかった。

「だって、加賀は(LOVE)で護られてるからデス。私や他の艦娘、鎮守府のみんな――」

 断言する金剛。添えられた言葉に嘘も誇張もないことは目を見ればわかる。

「それに一番大事な、テートクの」

「――そう。ありがとう」

 私は素直に、彼女に礼を述べた。

 まだ気持ちは晴れていない。それでも、彼女の言葉に救われる思いをしたのは確かだ。

「リベンジマッチ、必ず勝つデス。私と、加賀と、テートクで」

 拳を握る金剛に、私は知らず、強く頷いていた。

 

    ◇    ◇    ◇

 

「ここにいたのか、加賀」

 背後から近付く気配が誰なのかは、声を聞くまでもなく分かっていた。提督だ。

 海を望む高台から、暗闇に寄せる波を見ていた。確かに海を見張るのにはいい場所で、男女がふたり愛を語らえば、()()()()な雰囲気にもなるだろう。

「ここが、金剛にキスされた場所かしら」

「……ああ、してやられた場所だ」

 別にとげとげしく咎めたわけでもないのに、妙な居心地の悪さがある。失敗した。

 失敗ついでに、少し甘えてみることにする。

「幸一さん。私が悩んでいると言ったら、どうしてくれますか」

 海風に潮の香り。波が寄せる音。空の星月に照らされて、男女が並ぶ。

 そっと、黙って肩を抱かれた。

「――ありがとう」

 共に向き合うという、一番もシンプルな選択。あらゆる意味で異なる存在である彼が、こうして全てを共有してくれる。私たちは、よい指揮官を持った。

 そして、私にとっては、最良のパートナー。

 こつんと肩にもたれかかる。いまこの時間ぐらいは、許されていい。

 髪を撫でられて、少しくすぐったい。

軽巡棲姫(かのじよ)を倒す以外の方法がないか、考えてたのか」

「――ええ」

「お前が一番分かっているだろう」

「ええ……そうね」

 そうだ。分かっていた。あの激しい憎しみを、怒りを、悲しみを湛えた個体を引き戻すことなどできない。『沈め、鎮める』以外の方法などないことに。

 私はただ――。

「じゃあ、この指輪がもうひとつあったとしたら、軽巡棲姫に使ったか?」

 私は首を振る。

 私と彼の指に光る指輪は、沈んだ『戦艦大和』の鋼材から削り出した金属――大和鋼で出来ている。清めの効果があるとも、深海棲艦に対して異常な威力を示すとも。

 それを彼女に使ったらどうなるか。

「きっと――」

 月明かりに照らされて光る指輪を、指で撫でながら。

「――きっとこの指輪を彼女に渡したとしても、意味はないわ」

そっと、私の指に彼の手が添えられた。

「どうしてそう思う」

「――いけずですね。あなたも分かっているでしょう……だってこれは、彼女にとって、ただの鋼鉄ですから」

 坊ノ岬に沈んだ彼女(大和)の無念や絶望を、希望という清めで打ち直した指輪。

 深海に堕ちた愛する(わたし)を救いたい男の想いと、共に戦った仲間(わたし)を救いたい艦娘たちの想いと、愛する人の元に戻りたい(わたし)の想い。

 ただの鋼鉄の切れ端に撫で付けられた、多様で余計で軽率な意味が、この指輪を特別な存在にしてくれている。なんの縁もない軽巡棲姫がこれを手にしたところで、意味を持たない鉄くずにしかならない。 

「だからこそ私は、この指輪が――あなたが愛しいと思います」

「そうか」

 私を艦娘に繋ぎ止めてくれる鍵。私に太陽を与えてくれる証。

 あなたと、私を繋ぐ絆。

 見上げた彼の顔は、泣き笑いのようだった。

「――そうね」

 その顔を見て、少しばかりいたずらしてやろうと思う。

 襟首を掴んで、強引に引く。

 触れた唇は冷たい。夜風に当たりすぎて冷えてしまったかも知れない。

 だけれど、確かに私は受け取った。彼の熱を。

「せっかくの機会なので、()()()しておきました」

「……やっぱ気にしてたんじゃないか」

 さあ、どうでしょう。とぼけて返した私は、満足して海に背を向けた。

「戻って少し休みましょう。必ず、彼女を救うために」

 ようやく雲間から見えた月明かりに照らされて、ひとと艦娘が歩き出した。

 

三.

 

『発・『よいまちづき』真田、宛・泉浜第一艦隊。状況知らせ』

『不知火より真田司令へ。『ふせまちづき』は誘導用照明点灯のうえ、作戦海域の周辺を毎時5ノットで航行中。敵影なし。波高3メートル。荒れています』

『真田より不知火。現在、各種レーダー類に反応なし。よいまちづきは現海域に引き続き待機しつつ、支援を行う』

 泉浜第一・第二艦隊は、まだ夜も明けていない『佐田岬海峡』にいた。

 海峡とは名ばかりの海域で、水深数メートルから十数メートルの浅瀬が続く。海面には突き出した岩場も多く、身を隠したりするのは容易い。

 泉浜鎮守府にとっては庭のような場所だが、身を潜めた敵艦を探すとなると話は別だ。

 迷彩を兼ねたレインコートを、深く被り直した。

『金剛より第一艦隊・加賀へ。第二艦隊は、少し散開して様子を見るデス』

 連合艦隊陣形を解き、各艦隊で陣形を組み直す。ここは輪形陣で様子を見るとしよう。

 『ふせまちづき』を挟んで、二つの艦隊が散開した。

「各艦、連絡を密にして頂戴」

 敵艦をおびき出すべくやってきたものの、ここ一時間はなんの動きもない。止んでいた雨も再び降り出しそうな空模様。霧でも出てきたら最悪だ。

 出てこないのは、単艦で慎重になっているのか。それとも――。

『不知火より加賀さん。敵は既に、豊後水道を抜けてしまった可能性は?』

「その場合、私たちはイカ釣り船を浅瀬で乗り回している、間抜けな集団になるわね」

『近隣漁港のおじさま方から笑われないうちに、手早く切り上げたいところです』

「そうね」

 通信を切って、つかの間、目を閉じる。

ねぇ(Hey)加賀。()()んでショ?』

 割り込んで来た金剛の声は無視することにした。

 彼女は分かっている。軽巡棲姫がいることを示す、濃密な気配――動物的な勘が、私や金剛にそれを教えてくれている。

 動物的な、という言葉が浮かんだ自分に、思わず苦笑した。

 私たちは艦娘。(ふね)であり、ひとである。前者であるが故に海を戦場とし、後者であるが故に()()()ことができる。

 ぴりぴりと肌に刺さるのは殺気。それも――

「金剛」

なに(What's)? 見つけたノ?』

「総員、戦闘準備。不知火、聞こえて?」

『こちら不知――』

「最大戦速で離脱しなさい。北北西、島の影へ。今すぐに」

 不知火が答えるか答えないか、の瞬間。発砲音が響いた。

 『ふせまちづき』の後部に被弾。爆発と閃光。電飾が割れる音が混じる。

『ヘイ、不知火! 大丈夫!?』

 ――感じる殺気は、複数。

「金剛! ()()()()()()()!」

 私の叫びと同時。後方10時で駆逐イ級が跳ねた。

 霧島が主砲を放つ。狙いが甘い。イ級の着水した水柱、吸い込まれる主砲弾に、霧島が舌打ちをした。

 その瞬間、右舷と左舷で同時に海が盛り上がる。榛名と摩耶が発砲、着弾。しかし――

「なんだ、コイツ……! ぜんぜん効いてないぞ!?」

「次発装填、急いで!」

 今までに見たことのない、駆逐艦だった。いくつもの口が()()()になっている。それに魚雷発射管、主砲がむき出し。今までの海洋生物然とした個体とは違う、より攻撃的だ。

 咄嗟に全艦を散開させる。

「総員! 十時方向へ離脱! 再編成します」

 煙を吐いている『ふせまちづき』と距離を取りつつ、回避航行。既に海面へ姿を現した数体がこちらを捉えて砲撃してきている。

 発砲音が聞こえたのだろう。護衛艦から悲鳴のような通信が飛び込む。

『こちら『よいまちづき』! どうした、加賀、状況報告!』

「包囲戦に誘い込まれました。敵・駆逐艦三隻、四隻……増加中。現在、散開して陣形を組み直しているわ。敵旗艦は未だ姿なし」

 次々に海中から飛び出してくる敵駆逐艦。イ・ロ・ハ級が大半だが、二、三隻混じっている正体不明の駆逐級には危険を感じる。重巡、軽巡も混じっているようだ。

 今それを護衛艦にいる提督へ伝えても仕方ない。心配させるだけだ。

「っ……状況報告は可能な限りするけれど、事態が切迫しているわ。あとは……そちらで勝手にお願いします」

『了解した。龍驤の偵察機を回す』

 周囲に現れた敵巡洋艦、駆逐艦は十数隻。これは歴とした聯合艦隊だ。空母は姿が見えないようだが、厄介なことになった。

「――この辺り、そう言えば」

 記憶の隅に、いくつか商船が沈んでいたことを思い出す。深海棲艦の作られ方など知る由もないが、回収や()()が済んでいないものが、()()にされたのかも知れない。

「金剛、こちら加賀。敵の正体不明駆逐艦はいったん駆逐ナ級と呼称。最優先で処理を」

『了解! でも(But)、数が増え続けてるネ! 全部でもう、15隻……いま16に増えたデス!』

「――数的有利が潰されたと言っても」

 陸からもさほど離れておらず、制空権もあり、人類側のレーダー設備も機能している。泉浜は()()()鎮守府だが、揃った艦娘は精鋭だ。落ち着いてやれば、まだ大丈夫。

 なにより、こちらには空母が三隻も――。

 その時、じり、と灼けるような感覚に、私は水面へと身体を倒れ込ませた。

 咄嗟の行動。しかし、後ろに倒れた私の眼前を、主砲弾が風を切っていく感覚。

『加賀ッ、大丈夫(Are U Okay)!?』

 私が倒れ込むのを見ていたらしい金剛。残念ながら格好良くとはいかなかったが、身を捻って立ち上がり、回避航行へ。砲撃を見舞った相手を睨み付けた。

 軽巡棲姫だ。

「ようやくお出ましね」

 第一、第二艦隊が揃いつつある。私は第二の赤城さんたちへ目配せした。

 一斉に、艦載機を放つ。

「全機、発艦ッ」

 流星が、天山が、九七艦攻が。薄明かりの空へと飛び立っていく。

 私たちを中心に、敵艦が再び包囲を進めつつある。まずは敵艦の数を減らして、旗艦の軽巡棲姫に集中する。そのための布陣。

 私たちは、魚雷の投下コースに入った攻撃機たちに合図をしようとした。

 瞬間。()()()()()()()()()()()()

『な、そんな……!?』

『いったい何があった!? 加賀、こっちの攻撃機は全滅しちまった、アンタのは!?』

 信じられないという声を出すふたり。

「――っ!!」

 そして、私は、信じられないものを見ていた。

 軽巡棲姫と共に陣形を組んでいるのは――()()『姫』()()

「――空母、棲姫……?」

 かつて私を昔の泉浜で沈め、そして先日ふたたび戦い、あの海に没した『姫』級。

 どうしてあれがまた、この海に……! 私は、心の奥底に燃える炎の勢いが増すように感じて、手に取った矢を握り直した。

 その時。

『加賀、落ち着いて! きっとアレは別個体デス!』

「――別、そう」

 金剛の呼びかけで、我に返る。

 そうだ……『姫』や『鬼』級は、それ自体が固有の存在ではない。複数の個体が同時に存在するし、私が沈めた彼女が復活したわけでもない。

 金剛の言う通り、アレは別の存在なのだろう。確かに()()はあの海域に沈んだし、もしまた蘇ったのだとしても、私がやるべきことに変わりはない。

 落ち着け。心の乱れは足をすくう。

(――落ち着きたい時は、『人』って字を手のひらに書いて、飲み込む真似をするんだ)

 不意に、昔聞かされた、提督の冗談が思い出される。

(そんなことをしても、緊張が解れるわけではないでしょう)

(駄目なら、『ひっ、ひっ、ふー』と呼吸をするんだ。心拍数を下げる効果がある)

(嘘ね、顔に書いてあるわ)

 ああ、嘘だろう。だけれど。

「ひっ、ひっ、ふー……」

『加賀、妊娠してたノ!?』

「冗談です」

 冗談が言える。海であれを試して、まったく効かなかったと文句を言ってやろう。

 そうだ。私は、まだまだ戦える。そして――

「金剛。少しでも敵機を落として頂戴」

『――でも(But)、このままじゃ』

「陣形を第三警戒陣に。急いで」

了解(OK)ネ! まだまだ、これからデース!』

 対水上戦において、輪形陣は今ひとつ火力を発揮しにくく使いにくい。が、対潜・対空なら悪くはない。つまり、今はこれで凌ぐしかないだろう。

「榛名、霧島の二隻は私をカバー。前方の封鎖をこじ開けて頂戴」

「分かりました、加賀さん!」

「霧島了解。斬り込みます!」

 戦闘機をあまり持ち込まなかった判断が悔やまれる。私たちは正直、軽巡棲姫を侮っていたのかもしれない。まさかここまで戦力を増強してくるとは思っていなかった。

 この教訓を生かすためにも、私たちはここで負けるわけにはいかない。

「加賀より、『よいまちづき』真田提督。作戦変更、プラン『乙』、お願いします」

『……『よいまちづき』真田、了解! 耐えてくれ!』

 さて、耐えるだけでは能がない。私たちに出来る戦いで、敵を減らさなくては。

 じり、と、右目に熱が籠もった気がした。

四.

 

『龍驤より真田提督――こらアカン、乱戦になってしもうてるで』

「加賀、赤城、隼鷹でも制空が取れてないのか」

『全ッ然足りてへん。そもそも、敵空母がおらん想定やったから、戦闘機も最低限やろ』

「その通りだ。軽巡棲姫一隻がターゲットだったからな……完全に裏を行かれたよ」

『まだまだアカンなぁ。気ィ張りや、提督』

 龍驤が飛ばした偵察機からの視覚中継は、皮肉にも泉浜艦隊の苦戦を知らせてくれた。

 『よいまちづき』の戦闘指揮所では、ディスプレイに映し出されたいくつもの光点……敵艦を示す表示の増加が止まったことに冷や汗をかいていた。その数、18隻。

 瀬戸内海側に陣取って、軽巡棲姫の侵入を水際で阻止する――役目とは言え、最前線で戦う艦娘たちと距離があるというのは、何度経験しても慣れない。歯がゆい。

 これだけの距離があると、はっきり言って打てる手は少ない。開発中の装備はいくつもあると聞いているが、いざそれが必要な時に使えなくては何の意味もない。

「軽巡棲姫と空母棲姫の他に、姫・鬼級は見えるか」

『ん……一応、見えとる範囲におるんは、その二隻だけやと思う』

 軽空母である龍驤の航空支援も考えたが、遅きに失した上に『よいまちづき』の直掩がいなくなることは避けたい。かと言って、豊後水道から瀬戸内海は一般船舶も多数いる。ミサイルの類は使用できない。

「龍驤。『よいまちづき』の主砲と連携して、着弾観測射撃できないか」

『アホ言うたらアカン! いくら自分の偵察機や言うても、直接繋がってるわけでもない人間側の火器管制システムで、どうこうなんて出来へん。無茶言いなや』

「以前、金剛と赤城はやっていたが?」

『あのふたりが、特別おかしいんやって! それにあれは、艦娘同士やないか。護衛艦とウチのペアと一緒にすな』

「そいつは残念だ」

『だいいち、主砲の射程内や言うても距離めっちゃあるやん。却下』

「いっそ『よいまちづき』で突っ込むか」

『どアホ。特海が艦娘至上主義やからって無茶言わんとき』

 恐らくは、特海の抱える永遠の課題。艦娘への支援行動が限られること。

 人間側の兵器は、深海棲艦に対してダメージを与えることができない。これは恐らく、攻撃の『概念』が艦娘と一般兵器では異なっているのだろう。

 艦娘が殴れば効く。ミサイルがぶつかっても効かない。

 それでも、物理法則を完全無視できるわけではない。現在、唯一の支援方法がこれだ。艦砲射撃を当てて、物理的に衝撃を与えて足を止める、強度の高いネットなどで一時的に拘束する――或いは、船を突っ込ませて妨害する、など。いちおう、艦船を沈めることに繋がる行為は禁止されているが。

 空母棲姫は、どうやら()()()の個体ではないようだ。顔も見ていないが、そう感じる。

「顔はみんな同じに見えるのに、もし直接見てたら、違うと分かるものかな」

『何言うてんの?』

 今さら、あれと直接『接触』するような事件に巻き込まれていたことに、寒気がした。

 ともあれ、現時点で30キロは離れた泉浜艦隊に、人間が支援する方法は皆無に等しい。

 ――これが外洋なら、だが。

「艦長、偵察機(MQ-11)の現在位置は?」

「松山を離陸して東からの迂回ルート、現在宇和島市上空を飛行中。まもなく作戦海域に到着します。二号機も間もなく離陸しますが、管制の指示待ちです」

 こちらの奥の手は順調。この事態を完璧に想定できていたわけではないが、念のために手配していて助かった。

 無人偵察機の予定航路を示す矢印が、現場海域を指し示した。

 その瞬間――

『提督ぅ! 敵機来襲!』

 龍驤の呼びかけと、艦の観測機器が警報を鳴らすのは同時だった。

「状況報告!」

「レーダーに未確認機を確認。本艦から約20キロ地点、接触まであと5、いや4分!」

『タチ悪いことに、たこ焼き(Hellcat)集団やで! 偵察機落とされてもた!』

 観測員と龍驤の報告に、指揮所内の空気が一気に引き締まる。

 通常、人間の乗った護衛艦が深海棲艦と直接戦闘することはない。何故なら、こちらの武装はまったく通用しない、せいぜい大型海洋生物ぐらいまでのサイズの相手をするには護衛艦含む人間用の艦船はまったく向いていない、など、()()()は多岐に渡る。

 それどころか、このたこ焼き(Hellcat)を含む強化型の敵艦載機は、艦娘でも苦戦を強いられる。普通の護衛艦が接触したら、撃沈まで、もって20分といったところだ。

 実に、まずいことになった。

 現場海域に投入した3隻は戦闘中。しかも相手は『姫』級だ。容易にはこちらの援護を出来る状態にない。

「この艦を狙ってきたのは、おそらく空母棲姫だろう。つまり、加賀たちが沈めるまでは耐えるしかない」

 対策は、艦に乗り込んでいる磯風たち――第十七駆逐隊の対空兵装のみ――()()()

『……ほっほぉ……?』

 ()()()()()

『提督、『よいまちづき』に載せとる艦戦式符、全部(みな)寄越しぃ。()()で』

 同時に、提督専用の管理コンソールに龍驤からの許可申請が届く。『限定解除』だ。

「2分くれ。すぐに届けさせる」

 目線で通信士に艦娘補給部を呼び出させつつ、『承認』ボタンを押す。

『ちょっち無茶するけど、回収頼んだでぇ!』

「提督! 補給部と繋がってます!」

「こちら真田。『烈風』、『紫電改』の式符を、ありったけ磯風に持たせて出撃」

『磯風より司令。艦尾扉の開放待ち時間が惜しい。上甲板から飛び込んでいいか?』

「許可する。1分後より速度を半速にする。左舷側から思い切り行け。着水確認後に最大戦速、巻き込まれるなよ」

 その間も、艦長は戦闘準備に慌ただしい。

 こちらも残った谷風たちを甲板各部に配置するよう手配。直接張り付かれた時は、彼女たちとファランクスで持たせるしかない。

 ディスプレイには迫る敵航空隊の表示。こちらはVLS以外はさしたる武装のない、輸送型護衛艦。味方は来られず、攻撃を貰ったらアウトの人外兵器相手だ。

 ――それでも、オレたちは負けられない。

『ウチら初期組をナメたらアカンで、深海ども』

 特海本部へ飛ばした龍驤の申請が通った。同時に磯風から、式符受け渡し完了の報。

 装備パネルが拡張される。戦闘機、艦攻、偵察機がバランス良く載っていたスロットが倍に増え、直ちに手渡した戦闘機がスロットに登録される。

『さあ、この海域は、ウチが仕切るでェ!』

 龍驤の宣言と同時に、おびただしい数の光点がレーダーに表示された。

 識別――烈風。紫電改。ひとりの艦娘には通常扱えない数の編隊が、次々と味方と識別されていく。

『司令! 龍驤が鼻血を吹いているぞ!』

 艦娘の中には『初期組』と呼ばれる艦娘がいる。深海棲艦との戦いが始まったばかりの頃から人類と共に在り、試行錯誤を繰り返していた時期を過ごした艦娘だ。

 龍驤もそのひとり。彼女は、通常の空母艦娘なら扱い切れない、多数の艦載機を同時に操作できる特殊な能力を発動させることができる。ほとんどの『龍驤』には許可どころか能力の開示すらされていない理由はもちろん――()()()()()だからだ。

「こちら真田。磯風、龍驤への攻撃はお前がすべて防げ。すべてだ」

『――よく分からんが、任務の重要性は理解したぞ。磯風、了解だ』

 磯風は()()を知らない――いや、見たことがない。

「龍驤――頼んだぞ、ぶちかませ」

『任しときぃ……!』

 龍驤がこれを即断したのも、オレが提督としてそれを即許可したのも、すべては経験によるものだ。

 ――艦娘と、ひとの全力でなければ、()()()()

『なんやかんやで、ウチもココ(泉浜)に愛着あるんやで! 沈めさせてたまるかい!』

 龍驤の艦載機発艦方法は、巻物式甲板を通じて式符の艦載機を実体化させる陰陽師式。空母道式の発艦方法と違うのは、時間辺りに発艦出来る数が倍に近いことだ。初速が少し劣っているため、戦闘中の発艦にはやや向いていないのが欠点とも言える。

 ――だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 龍驤の、泉浜の全力がレーダーの光点となって進んでいく。接触まで1分。

「霧島、第三砲塔大破、第四砲塔にて動作不良検知」

「榛名の増設バルジ、残り2枚。電探使用不能」

「加賀、飛行甲板の機銃残弾ゼロ!」

 計器の上で第一・第二艦隊の艦娘たちが傷付いていく様子を、オレたち人間は歯を食いしばって耐える。彼女たちが(ふね)だったなら、もっとできることはあるかも知れない。

 けれど、オレたちは人間で、彼女たちは艦娘だ。共に在ることは出来ても、戦場で並び立つことはできない。それはもう、違う存在(いきもの)としての宿命。

 飛び交う砲弾に、襲い来る魚雷に、放たれる機銃に対して、人間はあまりに無力だ。

 だからこそ、オレたちは鉄の艦に乗って(ここ)にいる。自己満足や言い訳のためじゃない。海を、国を、人を護る存在として、共に在らんとするために。

「直掩部隊が敵攻撃隊と接触します――交戦開始」

 思ったより敵機が抜けてくる。浜風に磯風のサポートへ回るよう指示し、浦風・谷風を前に出してカバー要員を増やす。どうせ、彼女たちが抜かれたら生き残ることは厳しい。

『磯風ェ! 右舷距離700、3機抜けてもた! 頼むでぇ!』

『ッ、了解――しかし、援護が』

『動かれへんわけとちゃうッ……! 魚雷の二、三本どないとでもなるわ! そんなんより提督が乗っとる(ふね)、護るのが先や。浜風も来るんやろ!』

 『よいまちづき』の望遠カメラが捉えた龍驤の背中。周囲には凄まじい数の式符が舞い二枚に増やした巻物甲板から発艦していく。正直に言って、歯がゆい。恐らくは護衛艦(よいまちづき)のクルー含め、全員が同じ気持ちだっただろう。

 艦娘に護られるだけでは、いられない。

「艦長! 第一艦隊への支援はどうなってる!」

偵察機(MQ-11)、現場海域到着! 北上中の第一艦隊から1キロ、まもなく接触できます」

「了解。進路そのまま。敵の位置は分かるか」

「沿岸部のレーダー施設で掴んでます。加賀、赤城、隼鷹のセンサーも順調に稼働中」

 偵察機(MQ-11)は、もともと米海軍で使用されていたUAVを海自仕様にしたもの。翼下にあるハードポイントに対艦ミサイルなどの武装を懸架することができる。

 ただし特海で使っているものは、効果の期待できないミサイルなどぶら下げていない。

――コイツがぶち込もうとしている相手は、深海棲艦じゃなく泉浜第一・第二艦隊。

 そして、ぶち込む――もとい、届けようとしているのは、ウェポンラックだ。

「泉浜第一、第二艦隊を捕捉。ウェポンラック一番から四番、ロック解除を求む」

「ロック解除、投下を許可する」

 空母艦娘の弱みは、出撃時に搭載していた艦載機を出先で載せ換えできないこと。

 だが、まるで空中給油のようにそれらを洋上補給できたら――

 管制官がこちらに目線を送る。

「3人のセンサーロック完了。投下準備完了です」

 空母艦娘の作戦行動時間延長と、戦術の柔軟性が飛躍的に広がる。

 それは言わば、人間と艦娘で成した、可能性の拡張。

「よし……今だ、落とせ!」

 作戦海域に今、その可能性が投下された。

 

    ◇    ◇    ◇

 

「加賀さんッ!」

 ()()を知らせたのは、赤城さんの鋭い声だった。

 上空、後方から近づく気配。来るべきものが、来て欲しい時に来る全能感に震える。

「赤城さん、手を! 来ます!」

「手!?」

 私は左手を高々と掲げた。遅れて同じく手を挙げる赤城さん。

 ドローン(MQ-11)が艤装のセンサーとリンクした。私たち目掛けて投下されたウェポンラックが高度を認識し、自動で中身を放り出した。

 艦載機――艦上戦闘機の矢と式符。私たちへの洋上補給だ。

 束ねられた矢は正確に私たち目掛けて落下し――。

「は、早っ……えいっ」

 赤城さんには紫電改が。

「あわわ……あたしこういうの苦手なんだよぉ……っと!」

 隼鷹には式符の烈風が。

「ふッ……!」

 そして、私には――!

 と、手を取ろうとした瞬間だった。金剛が叫ぶ。

待って(Stop)加賀! 直上ッ」

 真横から飛び込んで来た敵戦闘機が、矢の束を機銃でかっさらっていく。しくじった。

「く……」

 予定ならばもう一機来るはずだが、補給が成功するまで待ってはいられない。気を取り直して回避航行。敵の陣形が整いつつある今、激しくなる一方の攻撃を止めなくては。

 幸いにも、ふたりの補充はできた。よしとしよう。

「――赤城さんと隼鷹は、艦戦をありったけ上げて下さい。空母棲姫(あのオンナ)の艦載機群は強力だけれど、『よいまちづき』にも戦力を割いているから、付け入る隙はあるはずよ」

 摩耶と鳥海にも補佐を指示。このふたりは間もなく第二次改装を迎えるベテラン。

 対空機銃に守られながら、赤城さんと隼鷹が()()()

「お任せ下さい。隼鷹さん、行きますよ」

「おうさ。そいじゃあ、ひと仕事やっちゃいましょうかね」

 翻る巻物。放たれる矢。走る光芒は、空を護る翼たち。私たち空母艦娘の仕事は、敵を沈めるだけではない。仲間たちの空を護る――それこそが本分。

 背中をふたりに任せて、私は旗艦の責務を果たさなくては。

「金剛、艦隊再編成――夕張を貰います。しばらくの間、姫を抑えておいて」

「――了解(OK)。空母棲姫は任せて下サイ」

「ふふ……自信なさげですね」

「そんなことナッシンだけど! ……加賀の信頼は裏切れないネ」

「大丈夫」

 私は短く、金剛にそう伝えた。それで充分だと知っているから。

 ――あなたなら、応えてくれると知っているわ。

 金剛から聞こえた、ため息。かすかなそれは、彼女が苦笑したことを教えていた。

「第一艦隊、両舷一杯。榛名、霧島、先頭へ」

「榛名、了解です! 先陣を切らせて頂きます」

「霧島、第一から第四、主砲発射準備完了! 今度は艤装、壊しません!」

「榛名はそれ、多分……大丈夫じゃないと思います」

 まずは陣形を組みなおす。その間に私も直掩機を発艦。ふらふらと近寄ってくる敵機は第二艦隊が落としてくれる。

「敵機は、電にお任せなのですッ」

 抜けて来たのも電が処理――いや、既に火器管制へ迎撃を任せて、敵駆逐艦のけん制を始めている。相変わらず隙の無い有能さに、思わず舌を巻く。

「加賀ちゃん」

 そして、龍田。

「天龍ちゃんの分、お返ししてもいいかなぁ?」

 いつも通りに聞こえる龍田の声だったが、その瞳は冷たい。彼女は彼女で、それなりに腹を立てているらしい。かえって私が冷静になろうと思えるほどに、対艦薙刀を握る手に力が込められているのが分かった。

「龍田……抑えて頂戴。榛名たちが軽巡棲姫の足を止めている間に、あなたは私と夕張と一緒に、周りの駆逐艦や巡洋艦を殲滅して欲しいんです」

 もちろん、龍田ひとり、軽巡棲姫にぶつけることも考えなかったわけではない。彼女の実力なら単独で敵旗艦を抑えることだって可能かも知れない。

 決して、龍田を信じていないわけではない。だけれど、怒りは不意に足を掛けてくる。たとえ全てが順調であっても、その瞬間になにもかもが裏返る。勝利も、生死も。

 私の瞳に、意見具申は無駄だと悟った龍田。小さくため息を吐いて、薙刀を構えた。

「仕方ないから、そうしてあげる。ごめんね、加賀ちゃん。気を遣わせちゃったわね」

「いえ」

 あなたは大事な仲間ですから。

 背中でそう伝えた私に、龍田が吐息で礼を言う。

 最初に仕掛けてきたのは、敵の新型駆逐艦だった。夕張の声が飛ぶ。

「加賀さん、伏せてッ!」

「ッ」

「お見事です!」

 身を低くした頭上を砲弾が抜けていく。当たっていたら間違いなく致命傷だ。

 同航戦での撃ち合いは互角――いや、敵の数が多い分こちらが不利。加えて戦艦姉妹は旗艦を抑えに回っている。一刻も早く数を減らさなくては。

 私が再び上げた攻撃機は、ほとんどが落とされてしまった。僅かに残った数機でせめて牽制をする――懸架した魚雷が着水した瞬間だった。

 龍田が前に出る。速度を上げながら、魚雷発射管に格納された酸素魚雷――その一本を引き摺り出した。機銃弾を薙刀で払いつつ、徐々に距離を詰めていく。

「夕張ちゃん、いつもの面白弾頭持ってきてる?」

 回避航行の合間に魚雷を手遊びながら、龍田が顔も見ずに言った。

「はぇ!? えっと、面白弾頭って……私のやつだいたいそうだから、どれですか!」

「くっつくやつ」

「りょ、了解っ……てっててー! トリモチ弾!」

 それそれ、と龍田。対艦薙刀の内蔵弾カートリッジを交換。すかさず、目の前に現れた重巡へ投げた魚雷を眼前で撃ち抜く。一瞬で距離を詰め、薙刀の一閃。

「右舷のイロハ3匹、全部に貼り付けられる?」

「おやすい御用――加賀さん、電さん、後ろの5匹、任せていいですか!」

「任せて頂戴」

 後方からは駆逐艦――例のナ級を含む5隻が追いすがる。手持ちの彗星も残り少ない。

 だが、それがどうした。

「電」

「はいなのです」

 目配せ。頷く電。示したサインは三本指。

「16時のナ級ともう一匹は私が。頼みます」

「お任せなのです――お借り、するのです!」

 電が頷くと同時。私は肩部の飛行甲板を後方に向けて構える。電の手には、駆逐艦には不釣り合いな艤装のアンカー。

「電、()()するのですっ」

 瞬間、私の飛行甲板を足場にした電が、後方に跳んだ。全速で追撃していた駆逐艦どもから見れば、電が砲弾のように思えたことだろう。

 低級の深海棲艦どもにとって、それは命取りの一瞬。

「ふッ……!」

 ナ級の一隻、右目から飛び出した主砲にアンカーを絡める電。主砲で牽制しながら前を横切り――左右を挟んだロ級、ハ級が容赦なく放った主砲を難なく躱した。一発がナ級の左目を抉ったのか、怪物じみた叫びが波間に響く。

 ハ級が一瞬水中へと没し、直後勢いよく飛び出して来る。電を食い破るつもりだ。

 海洋哺乳類サイズの質量を押し止める力は、駆逐艦の主砲にはない。

「これでも食らえ、なのですッ」

 手持ちの魚雷に錨鎖を巻き付けて投擲。食い付かれる直前に横っ飛びで回避する電。

 ロ級の砲撃を防楯で受ける。貧弱な()()でも、一発を凌ぐことはできる。折れ曲がり、ひび割れてはいても、その隙間から覗く電の瞳――宿った闘志は折れはしない。

 立ち直ったナ級が電に向き直った時、ぐん、とナ級が傾いだ。ハ級に放り込んだ錨鎖が引かれ、絡まったナ級が海中へと引かれ始める。状況が掴めないのか、知性がないのか。暴れるほどに鎖は更に絡み、互いに引き合う2頭が勝手に混乱していく。

「加賀さんっ」

 電が、ナ級を足蹴にして跳んだ。目標は唯一無事なロ級。

「攻撃隊、行きなさい……!」

 数少ない彗星の爆撃がロ級に降り注ぐ。着弾、爆発。装甲を焼くが、致命傷ではない。

 しかしひるんだロ級の鼻先を、電が蹴り飛ばす。軽いとはいえ艦娘の一撃。バランスを崩した駆逐艦は海面へと横倒しに。

 そのスキを、電は見逃さない。艤装ラックから取り出した爆雷を数個、ロ級の口中へと放り込む。そして離脱。

「狙い、撃つのです……!」

 12.7ミリ砲の一閃――狙い違わず口中へと飛び込んだ主砲弾が、エネルギーを解放する。爆雷の火薬へと伝わったそれは、無遠慮に破壊を撒き散らした。

 私は私で、ナ級とイ級を必死にいなしていた。攻撃は散発的だが、この感覚には覚えがある。避けられる程度の砲撃。避けられる程度の魚雷。

 攻撃により誘導された先に待っているものなど、分かりきっている。

 身体を捻って回し蹴り。蹴り上げるのは、さきほど撃墜されたウェポンラックの破片。狙い違わず、急降下爆撃で投下された爆弾へと直撃する。

 すぐ頭上で爆発。あと一瞬遅れていたら黒焦げだった。

 龍田たちのほうも仕込みが終わったらしい。夕張の放ったトリモチ弾に、大量の爆雷や魚雷が張り付いている――と、龍田がいない。

 私の頭上に機銃を撃ちながら、電が叫んだ。

「加賀さん……! 水中(した)なのです!」

「まったく、無茶をするのね……!」

 電の言う意味を遅れて理解した私は、嘆息した。

 海中から派手に飛び出してきたナ級――先ほど、電が錨鎖を巻き付けた個体が――その背に、龍田がいた。

「……ほぉら、暴れない……のッ」

 振り上げたのは対艦薙刀――ナ級が悲鳴を上げて暴れる様は、まるでロデオだ。割れた装甲の隙間へ刃物を差し込まれる苦痛が、彼らにもあるのだろうか。

 龍田が、妖艶に笑う。

「すぐ楽にしてあげるからね?」

 発砲。ナ級の体内奥に、対艦薙刀に仕込まれた内蔵砲が打ち込まれる。

「……しつこい子は、嫌われるんだから」

 一発、二発。発砲音とともにカートリッジの中身を容赦なくぶちまけた龍田は、難なく引き抜いた薙刀を振り払う。

 興味を無くしたように、カートリッジを交換した龍田は次の獲物へと。

「次」

 龍田は怒っている。先日の出撃は、たまたま龍田の主機が不調で天龍と交代した結果、龍田が鎮守府に残っていたのだ。本来、怪我をするべきだったのは自分だと思っている。

 故に、怒りの矛先は本来、彼女自身。やり場のない怒りを敵にぶつけている。それが、本来は望ましくないことだと知っていても。

「夕張ちゃん、もうやっちゃっていいわよ」

「了解です、発破ッ」

 龍田の張り付けた爆発物の塊に、夕張が主砲を放つ。龍田によって装甲を割られていた敵艦たちは、本来防げるはずの爆発のエネルギーを体内に受けるかたちになった。

 敵艦隊、残り10隻。徐々に数は減らせている。

 敵艦はさほど連携をしてこない。金剛姉妹や赤城さん、隼鷹たちが司令塔である姫級、二隻を抑えているからだ。

 少しずつ数を減らしながら、私たちは姫へと迫っていく。

「お姉さま、危ないッ」

 波に乗って空を舞った比叡が、上空の戦闘機を蹴り落とした。

ねぇ(Hey)加賀! 前から思ってたケド、ここの戦闘(Battle)スタイルが独特なのよネ!?」

「どこの鎮守府もこんなものです。単なる主砲の撃ち合い、航空機の飛ばし合いで終わるような戦闘なら、私たちが人のかたちをしている意味はないわ」

「そーだけどサ!」

 そう言う金剛こそ、近距離の肉弾戦に特化した『金剛流近接格闘術』の使い手。

 霧島たちが開祖の、プロレス技を中心とした何でもあり(バーリトゥード)戦闘術。

「比叡、行くデース!」

「了解です、お姉様!」

 龍田たちに駆逐艦への牽制を指示しつつ、私も最後の流星を飛ばす。

 さあ、そろそろ()()()なくては。

 私は半年前、轟沈した。正確には違うのかも知れないが、少なくとも『艦娘・加賀』としての私は、半年前のあの夜、鎮守府の目の前の海で沈んだ。

 私を沈めたのは、戦艦棲姫と空母棲姫。彼女たちの目的は特殊な出自だった()であり、同時に私たちの提督――真田(さなだ)幸一(こういち)でもあった。

 そして数週間前。私は自分を沈めた彼女たちと再び戦い、辛くも勝利した。

 彼女たちは私を沈めた個体ではない。艦娘と同じように、深海棲艦たちも同じ顔をした()()がいるということだろう。

 ――それでも。

「頭に、来ます……!」

 ()()()()()()()()の顔を何度も見るハメになるなんて、なんという皮肉だろうか。

 それで、はっとした。

 私たちは繰り返している。沈んだ昏い水底から蘇り、新たな命を得てなお、戦いからは逃れられない。それは悲劇だ。()()()()()()()()()()()()()()

 彼女たちの怒りも、私たちの哀しみも、きっと()はひとつ。

 違うのは、ただひとつ――

「もうすぐ、その時間ね……金剛、仕掛けましょう」

「作戦は!?」

「偵察機が波を捉えました。あと120秒で接触――()()()()()()()

 金剛が艤装のアームを畳んだ。比叡の頭上には直掩機。姉妹が無言のカウントダウンを開始する。3、2、1――。

「比叡、吶喊します!」

 主機出力全開。比叡が思い切り踏み込んだ。

 まだ余裕ぶっている空母棲姫は、薄く微笑んだままに攻撃機を寄越す。

「そんな気合いの入っていない敵機に、やらせるものですか……赤城さん!」

 『赤城』『加賀』一航戦・泉浜鎮守府編成――直掩機、一斉展開。空母艦娘の戦場は空。睨み付けた上空の敵機を、必ず墜とす。

「加賀さん。ここは、私が少し引き受けます」

 黒髪を海風になびかせて、赤城さんが一歩前に出た。

「――さあ、来なさい」

 まるで狙っていたかのように、敵機が赤城さんを目掛けて襲いかかる。

 しかし、赤城さんは、まったくそれらを意に介さなかった。

「それで狙っているつもりですか」

 爆弾が投下される。次から次へと上空より降りかかるそれらを、赤城さんは全て難なく回避していく。ほとんど注意も払わず、回避航行と身のこなしだけで。

 爆弾の方が、彼女を避けているのではないか?

 恐らく、私が単純に真似をしても、数十秒持たない。当たりそうな爆弾を蹴り飛ばし、甲板の機銃で撃ち落とし、それでようやく凌げる程度だ。

 まるでダンスのよう。金剛の航行が激しいフラメンコならば、赤城さんは優雅なバレエ――或いは舞踊。内に秘めた情熱の赤が、彼女のパーソナルカラー。

 その間に、彼女が撃ち出した零戦と紫電改の編隊は、空で敵機を追い回す。

 障害物のある地上や山間部でない、洋上のドッグファイトで要求されるのは、失速(ストール)をも使いこなす操縦センス。そして、ものを言うのは戦闘機動。

 私たちの戦闘機にミサイルはない。敵機の後ろを取り、機銃で撃ち落とすだけの()()()()()が、私たちの勝敗を決める。

 烈風も紫電改も、私や赤城さんが鍛えた艦載機妖精たちが駆っている。ターン、ヨー・ヨー、捻り込み。持てる全ての技術を注ぎ込んで、敵を墜とす。

「加賀さん、追い込みますよ」

「了解です」

「あの()()()()()()()()()()()()()を、早く沈めてしまいましょう」

「あなたも、そう感じるのね」

「一航戦ですから」

 ああ、そうだ。あの空母棲姫には、()()()()()

 私と戦った()()にあった、空母としての熱が感じられない。そんな雑魚に構ってなどはいられない。私の目標は彼女ではないからだ。

「赤城さんと私を敵に回した時点で、あなたは必死になるべきだったわ。空母棲姫」

 一航戦の戦闘機部隊が、瞬く間に敵機を墜とす。ようやく気付いたのか。私と彼女――艦娘と、()()()深海棲艦の差に。

 敵編隊を抜けた比叡が叫ぶ。

「主砲、一斉射、撃て()ェーッ!」

 既に指向の終わった砲門が、一斉に火を噴く。音速で飛来する徹甲弾の雨、空母棲姫は辛うじて躱す。着弾した一部が艤装を穿ち、砲弾が内部で破壊を撒き散らした。

 あの空母棲姫は、()()()()()()()

 私たち空母が露払い、比叡の攻撃が、吶喊を含めて空母棲姫の注意を引くためのただの囮であること。比叡の誇るべき姉が、発砲煙に紛れて姿を消していることに。

 太平洋から流れ込んだ大波が、あと5秒でたどり着くことに。

「行けぇ、姉さまぁッ!」

 あの空母棲姫では、艦娘(わたしたち)()()()()

 突如襲いかかる大波。波を越えた金剛。唸る主機。戦闘機動のまま大波を滑り降りて、空母棲姫に肉薄する。お手本のようなチューブ・ライディング。

「この海は、貴女たちだけのものじゃ、ないネ!」

 そして、金剛が跳んだ。

 必死に砲を指向する空母棲姫の艤装を、比叡の主砲が叩き潰す。呆然とする空母棲姫の艤装に、金剛の軸足が着地し、そしてもうワンステップ――。

一昨日来やがれ(FUXX OFF)、ッデェェエス!」

 全力二段跳び膝蹴り(シヤイニング・ウィザード)が、空母棲姫の身体を揺らした。

 あまりの威力に耐えかねたのか、空母棲姫はその場でよろめく。比叡がふらつく彼女の襟首を掴み、思い切り上空へと放り投げた。

 重力が彼女を捉え、水しぶきと共に落ちてくる。

 これが最後だ、とばかりに、金剛が身体を捻った。

「バーニングッ……!」

 軸足に力を込め、飛び上がりつつ半回転――その勢いを、脚に思い切り載せて。

「――ソバーット!」

 金剛の全力が、空母棲姫を蹴り飛ばした。水面で数回バウンドしたのちに、押し寄せた高波にぶつかって止まる。波間に倒れ込む空母棲姫。立ち上がろうとしているが、もはやその余力はないらしい。怒りを込めた瞳だけが、私たちを睨みつけている。

 だが、動きを止めた空母に、もはや未来はない。獲物を狙う鷹が大空を舞う。

「第二次、攻撃隊ッ」

「あんたたちの仕事だよ、やっちまいなァ!」

 二隻の空母を飛び立った翼たちが、哀れな空母棲姫に殺到する。大型艤装を呼び寄せた空母棲姫が、必死の抵抗を見せる。何故だ、という表情を浮かべて。

 しかし、そんな狙いの甘さ、覚悟のなさで撃った砲弾など恐るるに足らず。

「隼鷹さん、艦爆隊を!」

「おうさぁ!」

 僅かに残った空母棲姫の戦闘機部隊。それらに食らい付く烈風・紫電改・零戦隊。空はすっかり私たちのものとなっている。少しばかりの抵抗を薙ぎ払いながら、艦攻・艦爆の部隊が空母棲姫を狙う。

 駆逐艦の一隻が、空母棲姫の盾にされて悲鳴を上げた。

「あなたは、私と戦った()()とは違う」

 自分が好いた存在のために、最後まで沿った彼女とは。自分自身を愚弄された気がして無性に腹が立つ。危険を承知で、私は彼女への接近ルートを取った。

 私の動きに気付いた赤城さんから声が飛ぶ。

「加賀さん、なにを!」

「卒業式のようなものです」

 もはやボロボロの艤装に這い上がった空母棲姫が、なにごとか叫んで私を指さした。

 私は、深海化した右半身――呪われたこの身体と共に歩いていく。あの事件が私と()に残した傷痕はもう消えない。だからこそ、私は使いこなしてみせる。

 じり、と右目が疼いた。

 もはや彼女は、それ以外に手がないのだろう。戦闘機を私に突っ込ませてくる。一気に跳び上がって掴み、そのまま海面に叩き付けてやる。こんなもので私は止まらない。

 私と空母棲姫を阻むものはない。

 呼吸を整え、持てる力を全て推進力へ。後ずさる空母棲姫。私の()()()()が何であるか気付いたのだろう。

 私の体内には『空母棲姫』――オリジナルの『艦娘・加賀』であった存在の欠片が埋め込まれている。私も、目の前の空母棲姫も、ただの紛いもの、コピーでしかない。

 だけれど、私の提督は言ってくれた。

――()を同じくするコピーであっても、辿った道の違う、積み重ねた日々の違う両者が、同じ存在であるはずがない。もうそれは、一個のオリジナルなのだと。

 私は、艦娘・加賀。泉浜鎮守府の十一番艦で、彼の()だ。

 背負う全てを力として、私は突き進む。

 それはそれとして、()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()、二度と見たくはないものね」

 跳躍からの右ストレート。

 思い切り頬を殴りつけ、勢いのまま奔り抜ける。

「――赤城さん!」

 待っていてくれた彼女が手を挙げる。合図と同時に、艦攻たちが最後の魚雷を放した。

 一発、二発、三発……次々と空母棲姫へと突き刺さる魚雷。

「おやすみなさい、空母棲姫」

 食い破られた空母棲姫が海中へ没するのに、さしたる時間は掛からなかった。

 横に付けた赤城さんへ、心配するなと笑ってみせる。

「泉浜第一・第二艦隊、第四警戒序列へ陣形変更――勝負を決めます」

「了解!」

 私の宣言に、仲間たちが集う。

 旗艦たる軽巡棲姫は榛名たちが抑えてくれているが、未だ敵艦たちは残っている。

 それでも、今の私たちが、負ける気はしない。

「加賀ちゃん」

 龍田が前に出た。その背中が、先陣を切らせてくれと語っている。その横には電が。

「私、少ぉしだけ、無茶するわね」

「加賀さん。私がサポートするのです」

「あなたたち……仕方のないひとね」

 勝手なことをするな、と切り捨てることもできる。だけれど、立ち上るこの気迫を前に止めることなど、出来はしない。ならば、彼女の全力を私たちが支えよう。

 あと3分。

「総員、電と龍田を援護します。空母は飛行パターン『キルタンサス』。隼鷹、偵察機と戦闘機を『よいまちづき』へ。まだ攻撃隊が残っているわ」

「あいよぉ、任せとけ」

 周囲の駆逐艦は、質はともかく数が多い。金剛たちが早々に主砲斉射を始めた。

 ――そして、龍田が動き出す。

 目線の先には、霧島たちに追われる軽巡棲姫。榛名の増設バルジが砲撃で吹き飛んだ。眼前に跳ねたバルジの破片を払いのけ、霧島が吠える。

「榛名、腕!」

「はい、霧島ッ」

 クロスした榛名の腕を足場に、霧島が飛んだ。その手には、大破した左舷艤装。

「これでもッ、食らえェエ!」

 空中で身体を捻り、飛翔の勢いをそのままに乗せ、霧島が砲塔を鈍器として振るった。金属がひしゃげる嫌な音が波間に響く。

 軽巡棲姫が右腕で庇う――単装砲のいくつかを犠牲にしたようだ。

 霧島は体制を立て直そうとしている。その背を、立ち直った軽巡棲姫が狙い――。

 それを、榛名は見過ごさない。

「させませんッ……!」

 無事な主砲の連射。弾着の水柱の陰で、軽巡棲姫が舌打ちしたように見えた。

「あれが、霧島のフルスイングね」

 噂に聞いていた乱暴な戦いぶりを再現されて、私はため息を吐いた。面白そうに摩耶が鳥海の肩を叩く。ふたりとも牽制と対空に力を割いていたのか、機銃はボロボロ、主砲も片方がやられている。

「そ。さぁて鳥海! あたしらは10時の巡洋艦沈めっぞ。三隻」

「……も、もう……どうしてそんなにピンピンしてるの、摩耶」

「やせ我慢だよ、やせ我慢。気持ちで負けたら終わりだろ?」

「摩耶のそういうところ、本当羨ましいです」

「鳥海の実は根性あるとこ、負けらんないって思ってるからな」

 無言で取り出した魚雷を、ふたりが放る。それを合図にしたように、敵艦からの砲撃が始まった。回避航行へ移る間に、摩耶たちは吶喊していく。

「さぁて、そろそろかな」

 薙刀のカートリッジを交換する龍田。

 通常弾頭の倍以上、炸薬が詰められている特製。正直に言うなら、夕張製というだけで兵器としての信頼性は落ちるだろう。だけれど、規格品にはないものを期待するのなら、これ以上のものはない。

「電ちゃん。付いてきてね」

「お安いご用、なのです」

 そして龍田が速度を上げた。一速、二速、そして一杯。敵の船足も遅いわけではないがまるで主機がもうひとつ増えたような加速。

 気付いた駆逐艦のけん制射撃。夾叉、至近弾、()()――龍田は避けない。左舷側の魚雷発射管が弾け飛び、主砲に換装していた右舷艤装も根元から千切れて海中へ。

 龍田は止まらない。

 頭部艤装。背面艤装の艦橋部。まるで、前に進む以外の機能は不要とばかりに、龍田は艤装を破壊されながら、波間を駆け抜ける。

 これで多分、最後の視覚共有。偵察機から波を観測――よし。

「龍田。20秒後、お誂え向きの波が来るわ。私の第一次、第二次攻撃隊と、タイミングを合わせて頂戴。パターン『ライラック』」

「はぁい」

 目前に現れた駆逐艦の背を駆け抜けて、私は空中を舞った。着水と同時に発艦。まずは流星改――真横から喰らいつこうとしてくるハ級を躱し、金剛に任せる。

 私に気づいた軽巡棲姫が、主砲を放つ。

 戦闘機動。ロ級二隻からの雷跡は、波で宙返り回避。着水時を狙って来るのは想定内。飛行甲板で防ぐ。衝撃に耐えかねて大破する甲板を置き去りに、私は進む。

 最後の流星改を放ち、私は軽巡棲姫を見据えた。主砲弾が来るが、当たらない。

 あと2分。

 ――さあ、ここからが勝負だ。

 ライラックの花言葉は『謙虚』。ふたつの艦攻部隊が、ほぼ同時に左右から攻める。

 扇状の対艦魚雷、連続投下。

 たとえ軽巡棲姫がどこに行こうと当たる――たったひとつの()を除いて。それが罠だと分かっていても、彼女はそこに行かざるを得ない。

 さあ、龍田が、波を越えた。

「絶対に、逃がさないから……!」

 いま動けば雷撃を食らう。しかし、波に乗った龍田が、切っ先を構えて突っ込んでくる。主砲弾は装填中……いや、構えた。龍田は避けようとしない。何故なら――。

「撃たせないのです……!」

 電の正確無比な狙撃が、軽巡棲姫の主砲――その砲口を貫いた。飛び込んだ主砲弾は、正確に役目を果たして、誘爆。これで左の主砲は潰した。残った砲で抵抗する軽巡棲姫。

 しかし、煙を裂いて現れた龍田に対抗する手段を、彼女は持たなかった。

「その手、もらうわね」

「……!」

 薙刀の一閃。

「ァ、アァアアアッ……キ、サマ……!」

「天龍ちゃんの分、お返しさせて頂くわぁ」 

 軽巡棲姫が苦痛に叫ぶ。無くなった左腕を庇いながら、なおも魚雷を撒いて抵抗する。

 そのうちの一本が、龍田に直撃した。傷付いた彼女を夕張が咄嗟にかっさらい、目標を失った軽巡棲姫がこちらを向いた。

 あと1分。

 私はちらりと空を気にした。そして、予定通りの影を見つけて息を吐く。

「もう()()のね、提督」

『お前のために急いで来たんだ』

 背後から聞こえるのは、ターボプロップエンジンの音。耳慣れないが、信頼できる音。

松山から飛来した二機目の偵察機(MQ-11)が、私目掛けて武装を投下した。

 洋上補給完了。尽きかけていた主砲弾を補充した金剛たちが生き返る。敵駆逐艦、残り3隻。勝負に出る私を邪魔させないよう、全力で抑えてくれている。

 ああ――なんと頼れる仲間たちなのだろう。

 換装用の飛行甲板を拾い上げ、残りの矢は矢筒で残らず受け止める。なるほど、彗星と天山――一番慣れた機を回してくるところが、彼の気の利いているところだ。

 歯噛みする軽巡棲姫。私は、彼女に宣言する。

――引分け、会、離れ。

「攻撃隊、全機発艦……!」

 天山、彗星、流星改の連続発艦。波しぶきを物ともせず、私の翼が空を裂く。

「あなたに見せたいものがあります。いえ――」

 それを、あなたは見られるのか。私はそれを確かめに来たのだ。

 時刻、朝5時01分――()()()()

「世界が光に照らされる時間です。さあ、軽巡棲姫――勝負です」

 朝日が昇る。水平線から光が広がり、世界を満たしていく。

 そして、朝日(はじまり)の光に紛れて――終わりを導く、私の三の矢が空を裂く。

 私のパーソナルカラー、青を翼に纏った流星改が。天山が。荒れる波間をかいくぐり、動揺する姫の機銃をすり抜けて。

 差し込む朝日を抜けて、流星の進む道が分かれた。そして、四方から魚雷が放たれる。軽巡棲姫の進路を塞ぎ、未来を閉ざす魚雷が。

 初撃が軽巡棲姫に吸い込まれると同時。

「私は加賀。泉浜鎮守府の、空を守る者よ」

 遙か上空から彗星が牙を剥く。

「ガ、アァアアア!」

 私たちをあの海に沈めた急降下爆撃が、容赦なく軽巡棲姫を直撃した。

「敵機直上――いいえ、これだけでは」

 まだだ。まだ足りていない。()()()()()()()()()()()

 一気に距離を詰める。大振りな主砲弾をかわし、機銃は飛行甲板で受け、波を踏み場に思い切り飛び上がる。正規空母、最大戦速の跳躍、位置エネルギーを全身に載せ――

()()()()()()()()()()()()

 彼女の被った面は、目を塞いでいる。

 彼女らが()ているのかも知らないし、塞ぐ理由は分からない。深海棲艦にも()があり、彼女もただその鋳型に載せられただけなのかも知れない。

 それでも、私は感じた。()()軽巡棲姫は、()()()、見たくないのだ。見ないふりをしているだけなのだ、と。

 自らを厳しく律するが故に。心を折れないよう、護ろうとするが故に。

 見てしまったら、知ってしまう。自分が深海に堕ちたことを。自分の敗北を。

 そして、きっと、大切なものを失ったことも。

――だから私は、彼女の面を剥ぐ。

 失った現実と向き合わせるために。あなたは、ひとりではないと教えるために。

 もう一度、日の光の下に引き摺り出すために――。

 私の半身から炎が噴き出す。深海の蒼き炎が右手を覆い、弓掛けを漆黒に染めていく。そうして、深海黒鉄の()()()()()()が姿を現す。空母棲姫と同じものが。

「戻って来なさい、()()……!」

 私は黒い右の拳を振るい――そして、渾身の拳を、面の中心に叩き込んだ。

「ア――」

 ぴし、と面にヒビが走る。

「ワ、タシ、は」

 軽巡棲姫の力が抜けた。私は咄嗟に、それを抱き抱える。

 同時に、彼女の記憶が流れ込む。必死にそれを見ないようにするが、私の右半身がそうさせてくれない。愛しく、忌まわしく、哀しい記憶の奔流に、身を灼かれるようだった。

 艦だったころの記憶。再びこの世に生を受け、戦いに身を投じた記憶。

 大切な相手との出会い。喜び。そして、別れと哀しみ。

 喉の奥からこみ上げるものを耐える。だが、瞼から溢れるものは止められなかった。

 帰リタカッタ。モウ一度会イタカッタ。皆ト、アノ人ト――アノ光ヲ見タカッタ。

 繰り返される後悔の言葉に、私は抱いた腕に力を込めるしかできない。

 心の中でだけ謝る。きっと、それだけで伝わるから。

 私の力が足りなかったせいで、辛い思いをさせてしまった。

 軽巡棲姫は首を振る。

「あ、リガ……ト、ゴ……ざ」

 唯一動かせたらしい右手が、震える右手が、そっと空に向かって伸ばされた。

 まるでそこに誰かいるように。差し伸べられた手を掴むように。

「テ……い、トク」

 どれくらい時間が経ったろう。私はそっと、動かなくなった彼女を、水面に横たえた。

「少し休んで下さい。あなたはきっと……頑張り過ぎでした」

 ほどなく、浮力を失った彼女の身体が消えていく。

「加賀……大丈夫(Are you OK)?」

「大丈夫です。ありがとう、金剛」

 還っていく軽巡棲姫の手に、私はそっと、航海用の小さなコンパスを握らせた。

「……次は、あなたもちゃんと帰投して下さい」

――私のすべてが、海に溶けても。

 艦娘という存在の、哀しい運命。いつだって、誰にだって訪れる運命。

 私たちは()()と隣り合わせで生きている。だから、日常は尊いのだと知っている。

「作戦終了です。泉浜第一・第二艦隊、帰投します」

 深海棲艦たちを倒す(救う)ため、私たちは戦い続ける。それが唯一の道だと知っているから。

 日常を護るため、私たちは戦い続ける。それが使命で、存在意義だと信じているから。

 

 そう――いつか、いつの日か――私たちが必要なくなる、その日まで。

 

 

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