『半身が深海棲艦となった加賀が、戻ってきた鎮守府で提督とイチャついたり軽巡棲姫をぶん殴る話』泉浜鎮守府航海日誌 帰るべき場所 作:沖野潤一
「加賀ちゃん、メガネ似合ってる」
「ありがとうございます。カモフラージュとは言いませんが、せっかくなので」
「お部屋の荷物、先に積み込んでおいたのです。足りないものがあったらお送りするので連絡して欲しいのです」
「そうします」
港には、提督と龍田、それに電だけがいた。
泉浜鎮守府と呉とを結ぶ定期便は、夜も明けきらない今は時間外。自前の警備艇の出港準備ができるのを待っている。
まだ慣れない電探メガネを掛けなおして、動作を確かめる。なるほど、悪くない。このメガネは先日、友人と街に出る機会があった際に手に入れたものを加工した艤装だ。同じデザインで普通のメガネも購入したので、プライベートでは付け替えている。
「加賀ちゃん、検査で行った以外で呉は初めて?」
「ええ、ほとんど。
「別にデートの話はしてないんだけどな」
「加賀さん、お顔が赤いのです」
「……意地の悪い言い方をしないで頂戴」
呉だけでなく、各地に点在する鎮守府・自衛隊基地において、不審な動きがある――。
とある情報筋から飛び込んだ話によると、陸海空の自衛隊や特海の一部を巻き込む形で武装蜂起の計画が持ち上がっているらしい。今はまだ具体的な動きを捉えられていないが既に武器・装備の流通にも妙な流れが出来ているとか。
「それにしても、今の時代のこの国でクーデターなんて、なかなか信じられないわねぇ」
「詳細は伏せられていますが、今回も――深海側の関与が疑われるようね」
「こっちは向こうに潜入なんて出来ないのに、あっちはなんだかんだで干渉できるのってずるいと思わない? 守ってばかりは性に合わないんだけどな」
「こればかりは、陸を抱えた私たちに不利というのは仕方のないことです」
呉・本部のとある将官から、泉浜鎮守府へ内密に発令された指令は、ふたつ。
ひとつ。外海からの入り口に存在する立地を生かして、海上護衛を厳とせよ――これは警戒を数段階引き上げるだけでは済まない、特別な対応が必要となる。
そして、ふたつ。
この蜂起計画において、既に
ついては、当面の間、大規模に動かしやすい泉浜鎮守府から目を逸らすため、呉本部の直属となり、敵の目を引き付けながら調査に協力をして欲しい――。
つまりは『目立つお前は泉浜から出て囮になれ』。その分、手駒として泉浜を活用して敵の動きを牽制しやすくなる――言ってしまえばそれだけの話ではある。
この話を聞いた時、私は迷わなかった。
少なくとも私以外には出来ない仕事だろうし、ことの重大さを考えれば全力で取り組む以外の選択肢もまた、存在しなかった。そういう案件だ。
ならば、この身を差し出すのに惜しくはない。
もちろん、後ろ髪を引かれたのは確かだ。ようやく取り戻した
それでも、私は――。
「加賀」
顔を上げると、提督がいた。遅れてやってくるのも、また彼らしい。
「呉ではほどほどに目立ってくるといい。お前なら黙ってても評判になるだろうけど」
「誉め言葉と受け取っておきます」
「手元から大切な戦力を手放したくない、中間管理職の
「それは、誰にとって?」
分かり切った質問をした、と自嘲した私だったが。
「ん、むっ……
まさか、抱き寄せてキスまでされるとは思わなかった。抱かれた腕に籠もる力が、私を離さない――いや、私も離れがたいと思っていた。だけれど――。
「真田クン、長い長い」
「加賀さんが窒息してしまうのです」
まだ目を白黒している私をようやく手放し、彼は背を向けた。
「ふ、ふぅ……こ、幸一さん」
「悪い。少しばかり、意地悪がしたかった」
小さく汽笛の音。
破損した警備艇『ふせまちづき』の僚艦『ゆきまちづき』の準備が出来たらしい。
「泉浜鎮守府11番艦・加賀、これより特別任務に就きます。出航の許可を」
怖くはない。けれど、寂しくないと言えば嘘になる。
それでも私は前を向く――そして、提督も。
「許可する。重要な任務だ……だが、無茶はするな」
「ええ」
ちり、と右目が疼く。どうやら、私の中にいる半身も、彼と離れたくはないらしい。
大丈夫。私も同じ気持ちよ。
艦娘は嘘を吐ける。強がりもできる。それは、
あの日、炎に包まれる鎮守府で彼に吐いた言葉は、嘘で、強がりだった。だけれど。
「大丈夫。心配しないで――
今の言葉は嘘でも、強がりでもなかった。
必ず使命を果たし、そして帰ってくる。この
「ああ、信じてる」
違ういきもの同士でも、言葉を、心を通じ合わせることで、信頼が生まれる。
私は幸せだ。こうして、最良のパートナーと出会えたのだから。
「加賀、出撃します」
「おいおい。これも戦いと言っても、戦場に行くんじゃないからな。ちゃんと溶け込んで捜査を進めてくれ――
そっと薬指の指輪を撫でてから、私はもう一度振り返った。
泣き笑いのような彼の頬にもう一度口付けて、私は精一杯の微笑みで――
「行ってきます」
敬礼と共に見た彼の姿は、わずかに
(続)