お調べします、鎮守府七不思議!? 抜錨!呉鎮守府広報課!   作:沖野潤一

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プロローグ

 

 雨が降っていた。

 

 空は晴れている。けれど、その雨は容赦なく私と、仲間たちの身に打ち付けている。

 機銃の雨。爆弾の雨。いのちを奪う雨だ。

 青葉、お前は戻れ。私を逃がしてくれた艦娘(ひと)は、そう言って笑った。

 どこへ戻ればいいのだろう。

 遠く本土を離れた海。ただ一つの寄る辺だった(ふね)も、文字通り私たちを護って沈んだ。

 どこへ行けばいいのだろう。

 のろのろとした思考に泥が混ざる。声が聞こえる。深みへと誘う声が。歌が。

 ――沈め、沈めと私を呼ぶ。

 誰も悪くはない。ただ課せられた使命を果たそうと海へと出て、ただ運悪くかち合った敵艦隊が強大で、ただ私たちの力が足りなかっただけだ。

 そうさせないための努力が足りていなかった。歴史は繰り返すと言うけど、同じ過ちを繰り返すのが(ヒト)だと言うのならば、これは避けられない運命だったとも言える。

 魚雷が至近で爆ぜ、私の主機を傷つけた。

 つんのめり、派手に海面へと転がる。幸いにも浮力は維持できているが、この損傷ではろくに速力が出せないだろう。

 諦め掛けたその時、不意に、手を引かれた。

 戻れと言ったろう。仕方のないやつだ。そう言って()()は進み出した。降り注ぐ爆弾も水柱を立てる主砲弾も、まるでなにもなかったように。

 立ち上がった私を引いて進む彼女。不思議と不安はなかった。この背に着いていけば、無事に帰れる。根拠もなく、そう確信した。

 進んで、進んで、もう限界だと軋む艤装をなだめながら。

 あれから何時間経ったのか。それとも大して時間は経っていないのか。そんな感覚すら曖昧になりながら、波をかき分け、風に吹かれ、そして、手を引く背中を見つめながら、私は海を進む。

 急に押し寄せた波で、私はバランスを失った。ふらついて上手く立てない。

 すみません、すぐ立ちます。

 私の謝罪を受け止めるはずの背中は、いつの間にか消えていた。

「あ――」

 私は、気付いてしまった。

 あの大艦隊に襲われて、彼女が生きているはずはなかった。

 この戦場で、傷ひとつなく、艤装も背負わずに海に立つ艦娘がいるはずがなかった。

「あ、あ」

 私は生き延びてしまった。

 遠く、私に呼びかける声がする。海からの呼び声なのか、不調だった通信機からなのかもう私には分からなかった。どうでもよかった。

 膝から力が抜け、へたり込む。

 手にした弾切れの主砲が目に入る。出掛ける前、ピカピカに磨いた自分の主砲は戦いで爆ぜて消えた。これは、私にあとを託して沈んだ仲間のものだ。

「う、あ――」

 砲身は曲がり、砲塔もへこみ、機銃の穴だらけの主砲。

 私は主のいない艤装を抱き、空を見上げる。

 

 晴れた空に、たくさんの機影。

 

「また――」

 身体の奥底から染みだしてくる記憶。遙か昔、あの夏の、鋼鉄の記憶。最後の最後まで空を見上げて抗った、あの歯がゆい記憶――。

 震える手を主砲に添える。揺らぐ視界。ぶれる射線。自分が狙っているのは、なんだ?じわりと空が、雲が、黒い機影がにじむ。

 引き金を引こうとして、気付く。

「ゆ、びが」

 力が入らない――いや、()()()()()()()()()()()()()()()

 動け。動け。引き金を引け。でなければ、私は。

 ――私が護ろうとしたものは、なんだ?

 引き金を引こうとして、気付いた。もう、今の私には、護るものがないことに。

 絶望が身体の力を奪う。

 ふらりと波間に倒れこみ、私は、意味もなく空へと手を伸ばした。

 

 ――そうして、私は――()()()()()()()

 

 

 

 机の上、倒れた呉氏のぬいぐるみ。もたれさせればちゃんと座るのだけど、元々身体が四角いのでなんとなく横向きにしている。

 お昼を済ませた私は、なんとなくぬいぐるみの顔?をつついてみた。もふもふと珍妙な感触が心地いい。思い切った造形は最初戸惑ったけど、今はずいぶん愛着が出て来た。

 古くからの軍港であるこの街で、私はまだ生きている。トラウマとやらのせいで、撃てなくなってから数年。最初は克服も目指してみたけど、諦めて久しい。

 元から趣味だったカメラを活かせる広報課の仕事は、たぶん、(あおば)という艦娘(ひと)の性にはあっている。狙い撃てなくとも、カメラのレンズ越しに目標を捉えることはできるのだ。

 でも、(あおば)という艦娘(ふね)にとっては?

 答えはでない。暗く考え込むタチでないのは幸か不幸か、どちらだろう。

 いずれにせよ、今の私にできることは、足を使って歩き回り、たまに海を奔り、()()()()との間を繋ぐ、この仕事だけだ。やれることをやる、ただそれだけ。

 そうは言っても、あの日、彼女たちに託されたものは重い。

 だから、同じような傷を抱えた仲間と共に前を向くしかないのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「――よし、と。それじゃあ青葉、取材行ってきまぁす!」

 バッグにカメラとレンズ、それにバッテリーを詰めれば準備完了。

 午後の予定としては記事のロケハンを頼まれている。商店街で開催されるイベントの、宣伝に使う大事な写真を撮らなくてはいけない。天気は晴れ。アーケードの中なら雨でも構わないけど、晴れるに越したことはない。

「葛城さん、夕方に戻ってきたら第一格納庫行きますんで、SDカードだけ準備しておいてくれます?」

「あ、了解です。持ち出し申請しときますね」

「それじゃ、ゆーさん行きましょうか。準備大丈夫ですか」

「Ja。大丈夫、です」

 いつもと変わらない、陸での日常が始まる。

 

「出発、呉鎮守府広報課ですっ!」

 

 ――この時は、まだ、そう思っていました。

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