お調べします、鎮守府七不思議!? 抜錨!呉鎮守府広報課! 作:沖野潤一
一.
私、青葉はカレーが好きです。
いや、正直に言えば艦娘はみんなだいたいカレーが好きというか、カレーが嫌いな艦娘なんていませんと言うか。だって美味しいじゃないですか、カレー。
野菜と肉が両方とれてバランスがいい。そしてご飯が美味しく食べられる。なにより、色んなバリエーションがあるので食べ飽きない。
完璧じゃないですか?
そんなわけで青葉は今日も食堂までやってきて、さっそくカレーを食べようとしているわけですが。
「ふむふむ、今日はシーフードとポークですかぁ」
食堂で供されるカレーは、日により中身がローテーションされている。毎日カレーでも飽きないのはいいことだ。まぁ、さすがの私もそこまでカレーにはしませんが。
ともあれ、海の幸と陸の幸、いずれにするかで悩んでしまう。変化球のシーフードか。スタンダードなポークか。
「あれ、青葉さん。今からご飯ですか」
「おや葛城さん」
食堂の券売機前で佇む私、青葉に声を掛けてきたのは、同僚の葛城さん。
「葛城さん、今日はトンカツでしたね?」
「え」
「衣がほっぺについてます」
「えっやば」
慌てて払う葛城さん。どうやら彼女は食後らしい。
と、そんな私たち……というか、券売機の前に滑り込む影が一人。
「ふたりとも、これから食事なの」
加賀さんだ。
言いながらも流れるように券売機のボタンを押し、職員向けのカードをタッチ。ここの施設内は電子カード決済でたいていのものは買えるようになっている。
そう言えば、食券とカード決済というのもアナログとデジタルの融合のようで面白い。今度、この視点でも記事を書いてみよう。うん。
「ああいや、青葉はこれからですが」
「私は済んじゃいました。午後は私、ゆーちゃんとお出かけです」
私と加賀さんはお留守番だ。二人は取材。二人組で仕事ができるようになったことで、ちょっぴり仕事の効率も上がってやりやすくなった。加賀さん加入による思わぬ効果だ。
「江田島兵学校と同人即売会会場の取材、よろしくお願いしますねぇ」
「いってきますっ。お土産は期待しないでくださいね」
「イベント当日だったら良かったんですけどねぇ。気を付けて~」
なんでも最近復活した即売会では、会場で海の幸も即売しているらしい。いったい何のイベントなんだろうと思いつつ、地元の魅力を知ってもらいたい会場側と全国から集って名産を味わいたい参加者のWin-Win、意外と好評でうまく行っているらしい。
さて、こっちもお昼を味わおう。カレーの食券を握り締め、加賀さんの後ろに並ぶ。
昨日の夜は豚のしょうが焼きを食べたので、豚被りを避けてシーフードにしようかな。でも、ポークのほくほく感も捨てがたい。うーん、迷う。ピザのようにハーフ&ハーフができたらなぁ。しゃぶしゃぶでも出来るんだからなんとかならないだろうか。
「はい、次の人!」
「あっハイ」
給養員のお姉さんからの声。咄嗟に出たのはなぜか。
「ええと、シーフードで!」
「はーい。ちょっと待っててね」
まぁ、今日はシーフードの日だったということにしよう。そういえばちょっとイカとか食べたい気分だった気もしてきたし。
カレーの出口に並ぼうとすると、当然ながら加賀さんの背中。
「青葉、あなたもカレーなのね」
っと、加賀さんが何を頼んだか聞いていなかった。
シーフードだったらなんだか被せたみたいでちょっと申し訳ない。まぁ、今さらだ。
「はい。青葉、今日はシーフードです」
「そう」
なんだか反応薄い。そういえば、たまに謎な動きをするけども、この加賀さん本人にも謎が多い。夜中に黒猫を可愛がっているし、ちょこちょこ人の思考を先読みしてくるし、何故かメガネを掛けている。どうやら電探式の本格的なものだ。調べた限り、そこいらの鎮守府にあるものではない。
それになにより、我がコラム係は今のところ例外なく『戦えなくなった』艦娘の居場所なのだ。つまり……。
「はい、黒猫のひと! お待たせ」
「ありがとう」
彼女も、力をふるえなくなったのか。それとも場所が無くなったんだろうか。
っていうか黒猫の人って。給養員にもこう呼ばれているあたり、完全に有名人になっている。裏を返せば、広報誌はそれなりに読まれているということだ。
「はい、カメラの子! お待たせ、シーフードよ」
「わぁい! ありがとうございます」
差し出されたトレイを受け取る。ポークカレーなら牛乳をチョイスするのだが、今日はお冷の気分だ。
列を離れて食堂を見回すと、ちょうど加賀さんの隣が空いていた。
「加賀さん、ここいいですか」
「構わないわ」
「ありがとうございますっ」
「いいえ」
座ろうとすると、さっと机の上を拭いてくれる加賀さん。ほんとよく気も回るし、事務仕事もさらりとこなすし、なんでこんな人がってくらい優秀。
そんな私の思惑など知らず、もくもくとカレーを口に運ぶ加賀さん。
「コラム係は慣れましたか、加賀さん」
こちらもさっそく、シーフードカレーを頂くことにする――うん、おいしい。ド安定のポークもいいけども、今日はやっぱりシーフードで正解。
「おかげさまで。一通りの仕事はできるから、あとは細かいことを覚えればもう少し役に立てると思うわ」
「いやいやいや、加賀さんばっちりですよ、ほんとに」
「そう」
この人がそう言うからには、きっと、もっとスペックアップするのだろう。コラム係の仕事は取材や記事作成がメインで大したことはしないとは言え、鎮守府の秘書艦業務とはまるで違う。それを配属数日後には人並み以上にこなしているのだから。
せっかくお近づきになれたのだ。この機会を逃す手はない。
「そいえば、加賀さん――」
「なに」
あなたはどうして広報課コラム係に来たんですか。そのメガネはなんですか。
あなたも、武器が手に取れなくなったんですか。
私の中に渦巻いた沢山の疑問は、しかし。
「そそそそそそのカレーはなんですか!?」
視覚から入ってきたカレーから呼び起こされた、そんな質問に潰された。
ちょっと待て。私は今、彼女についての結構重要な質問をしようとしていたのに。いや、でも、今彼女が食べているカレーは。
「カレーよ」
「いやいや見ればわかりますよ! 青葉が言っているのは、なんのカレーですか、ということです!」
「ああ」
一度私の皿を見て、それから自分の皿に目線を戻した加賀さん。いや、さすがにひとのカレーを奪おうなんて思っていませんって。私の目は、今、怖いのかも知れないけど。
そうして加賀さんは。
「普通のカレーは二種類だけれど、秘密の言葉を食券引き換えの時に言えば出てくるわ」
キリッ、という顔でそんなことを言った。
「ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ」
「えっ」
「フルリーフチャイティーラテオールミルク」
「えっ……?」
「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノ」
「それスタバですよね!? フラペチーノって言いましたよ今!」
「ウソに決まっているわ」
「う……そ、そーですか……じゃなくて!」
「ちっ」
「今舌打ちしました?」
「冗談よ」
こ、この人のキャラが分からない。真面目で寡黙、落ち着いた物腰なのはそうだけど、繰り出されるユーモアが微妙にズレていて掴みどころがない。
これが彼女のキャラなのか、それともわざとそうしているのかもわからない。分かっているのは、私、青葉が完全に面白がられているということだけだ。
「ちなみに、三番目のカレーは知る人ぞ知る裏メニューよ。食堂の前に掛かっている営業中の札に、『C』のマークが書いてあったら提供あり、になるわ」
「なるほどぉ……!」
そういえば聞いたことがある。鎮守府七不思議のひとつ、食堂に存在する謎の三番目のカレー……! まさかこのタイミングで出てくるとは!
正直、どうでもいいことならこんな反応はしていない。私の大好きなカレーで、しかも物凄く美味しそうなカレーだったから。はい。
「それにしても、裏メニューはなんのカレーです?」
かちゃり、と最後のひとさじを口に運ぶ加賀さん。
「裏メニューと言っても、内容はランダムよ。自衛隊に、護衛艦や基地ごとのオリジナルカレーがあるでしょう」
「ありますねぇ。……まさか」
「そのまさかよ」
あらゆる護衛艦や潜水艦、そして基地の航空隊に至るまで、この国の『軍事組織』にはそれぞれオリジナルのカレーレシピがある。それはもう様々な。昨今は色んなイベントで提供されて表に出るようになっており、一種のご当地メニューと言える。
そして、その中でも、今日加賀さんが食べていたのは、かなりランクが高そうだった。見た目、香りは最高。具は恐らく肉だろう。それも、豚ではない。
「それらレシピをアレンジして、ここ呉鎮守府の食堂で提供する。青葉、『
「き、聞いたことがあります……! 突如、謎の企画発表から、彗星のようにカレー屋を出店して伝説となった、あの謎組織……なるほど、看板の『C』は!」
『カレー機関』なる組織は、時期限定と思われたその後もゲリラ的に各所でカレー屋を出店し、都度訪れた客に大変うまいカレーを振舞ったという。
「仕入れの関係――具体的には入港した護衛艦や輸送する物資の関係で数量に限りがある、日替わり『
「ぎゃああああなんでそんな重要なことを青葉は知らなかったんですかぁあああ」
周囲の目も忘れて、私の口から思わず悲鳴のような声が漏れる。
「私も呉鎮管轄に配属されたのは最近で、これを知ったのはついこの前だもの」
「うゆゆゆゆゆ」
完全に想定外だった。まさか、こんな通り一辺倒のメニューを出すだけの食堂にそんなものが存在していたなんて。
というか、食券制の店で裏メニューなんてなかなか思いつかない。
「ちなみに、今日のは」
加賀さんが、牛乳パックのストローから中身を吸い上げる。パックがへこむ。ずぞ、と僅かに吸い切った音と共に、加賀さんがキメ顔で言った。
「広島風牛すじカレーよ」
「うーわ絶対めっっっっっっちゃ美味しいやつじゃないですかぁ!」
いや、正確にはおいしくないカレーなんてないのだけど。私は肉系カレーが大好きで、その中でも牛すじカレーには目がないというだけで。
私は平らげたカレーの量を思い起こす。比較的ヘルシーなシーフードだったとはいえ、いずれにせよカレーなのでまぁそれなり。飲み物は水。これはアドバンテージ。
周囲を見回す。幸い、ピーク時間帯は過ぎているのでさほど混雑はしていない。つまり、まだ居座っていても問題はない。
ひとつの決意を胸に抱き、私は立ち上がった。
「どこへ行くの、青葉」
「止めないで下さい加賀さん。青葉は、青葉は」
二杯目おかわりしてでも、カレーが食べたいです……!
その一念だけを心に込めて、摂取したカロリーの消費算段を整えつつ、私が一歩を踏み出した瞬間。
「もう無いわ」
加賀さんから飛び出した単語に、日本海の荒波のごとく揺さぶられる平常心。
え? なにが?
「なにが無いんですか?」
「カレーよ」
「あっはっは。加賀さん何の冗談です? 食券はまだ売り切れてないじゃないですかホラ。あの隊員さんも買ってますよカレー。やだなぁもう」
「青葉」
振られた加賀さんの首に、私の視界がにじむ。
「今日の分はもうないの、
もうない。裏カレーが。今日の分は。きょうのぶんはもうカレーがうりきれ。
「ヤです」
やだやだ。青葉も食べたい。広島風牛すじカレー。ことこと煮込んだ、牛すじカレー。とろとろほわほわの牛すじとカレールゥとごはんを一緒に味わえるカレー。
青葉のカレーが。ない。
「あなたのカレーではないわ」
「思考読まないでくれます!?」
「ちなみに、ラストの裏カレーは私だったわ」
「売り切れを知ってて青葉をここまで煽ってたんですか!?」
「ええ」
裏カレーはランダム。C機関の活動もランダム。
つまり、この牛すじカレーが次に提供されるのはいつになるかわからない。
「明日か、明後日か、あるいは半年先か」
「思考読まないでくれますぅ!?」
「失敗談としてコラムにも書けて、きっといい記事になるわ」
上品に水を飲み干す加賀さんの、少なくとも私にとっては理不尽な言葉。
思わず私の口からほとばしったのは……
「なんでぇ!?」
そんな、心からの悲鳴だった。
二.
後日。コラムには小さく、「カレーの牛肉豚肉ローテーションについて」という当たり障りない記事が載りました。
記事を見たのだろう、加賀さんがそっと私に囁く。
「青葉、あなたこの記事」
「みなまで言わないで下さい加賀さん。青葉は、青葉だけでも、青葉が、牛すじカレーが食べたいんです。裏メニューの存在はしばらく裏のままでいて貰わないと困るんです」
「そう」
もうしばらく。もうしばらくは。せめて私が味わうまでは。
第三のカレー、そして『C機関』には、謎のままでいてもらおう。
(続)