先生に大人な本気のエスコートをされて脳を焼かれる生徒たちの話 作:アラベスク@arabesuque_38
「う~ん、終わったぁ!」
「お疲れ様、本日の業務も無事終了したわね」
目の前でグーッと背筋を伸ばす先生に労いの声を掛けた。シャーレで先生の補佐をして過ごした期間もそろそろ終わりが近づいてきている。
その事実に幾ばくかの寂寥感を感じるけれど、それを口にしてあげるほど、先生に絆されてなんかいない──少なくとも、今の私はそう思っていた。
「ねぇ、アオイ」
「何かしら」
「アオイにはお世話になってるし、これからご飯にでも行かない?」
そんな私の葛藤なんて毛ほどにも気にしていないかのような態度。この人はいつもそうだ。業務をしていても目の前の仕事よりも私のことばかり気にかけて。何度私が「私のことはいいから仕事に集中してちょうだい」と言ったことか。
私のような可愛げのない女に構うなんて奇特な男性ね──と思っていたけれども、まさか食事に誘ってくるなんて思いもしなかった。
シャーレのオフィスに足を運ぶのもあと少し。たまにはこのひとの誘いに乗るのもいいのかもしれない。
「あら、デートのお誘いかしら」
そう口から零れた言葉はなんとなく湧き出た悪戯心。
「ん。まぁ……そう思ってもらっても構わないよ」
「ふふ、どうせそんなことだろうと思って──……え?」
だから、そんなスマートに返されるなんて思ってもみなかった。
「か、からかわないでちょうだい」
「そういうつもりじゃないんだけどなぁ……」
熱の籠った頬を隠すように背中を見せる。
もっとも、耳まで熱くなっている所為でその行為は無駄だったのかもしれない。
***
「先生、本当にここであっているの……?」
「うん。前に来たんだけど、料理がすごく美味しいんだ」
その後。
先生に連れられてきたのはD.U.地区にある高級ホテルのプライベートダイニング。椅子の上で何度も何度もおしりの位置を調整する。ふかふかしているくせになんだか妙に座り心地が悪かった。
「服装はこれで大丈夫なのかしら……」
「大丈夫大丈夫。そんなに大したところじゃないから」
それは絶対嘘だとわかる。少なくとも学生が気軽に来るようなところではない。
高級感がありながらもそれを嫌味に感じさせない上品な調度品。周りに目を向けても身なりのいい富裕層らしき客が多かった。
「そんなバレバレの嘘、私が信じると思っているのかしら」
「──まぁ、珍しくしおらしいアオイが見られたから、それだけでお釣りがくるよ」
愉快そうに肩を揺らす先生をジトっとした目で睨みつける。文句の一つでも言ってやろうかと思って口を開きかけて、この場の雰囲気にそぐわない言葉を飲み込んだ。
***
「ん~美味しいね。アオイも楽しんでる?」
「ええ……とても美味しいわ」
今まで見たこともないような料理が次々とサーブされてくる。一皿一皿が、丁寧に仕事されていて見た目にも美しかった。
正直緊張で味なんてわからないと思っていたけれど、それを超えてくるくらいには美味しい料理だった。
緊張でおぼつかない手付きの私とは対照的に、普段と変わらない調子で舌鼓を打つ先生。こういうところは、自分と違って彼も大人なのだと感じてしまう。
──こういう場所に来るの、慣れているのかしら。
誰と一緒に来るのだろう、なんて考えるともやもやとした感情が胸の奥で渦巻いてしまう。
「食後はコーヒーと紅茶があるみたいだけど」
「──コーヒーを頂けるかしら」
気が付いた時にはコースも終わっていて、それだけ夢中になっていた自分に羞恥を感じる。仕方ないじゃない、こんな料理初めてだったのだから。
最後に運ばれてきたデザートの上品な甘みを、馥郁とした香りのコーヒーが優しく包む。いつの間にか緩んでいた頬を、目の前の男が嬉しそうに眺めているのを感じて逃げるようにお手洗いへと駆け込んだ。
────何かあるといけないし、お化粧は直しておきましょう。
「ふー、美味しかったぁ」
「ご馳走様でした」
二人揃って席を立つ。お会計は私が席を外している間に済まされてしまっていた。先生のそんなスマートなところに少し胸が高鳴ってしまう。
いつもよりも気合の入ったメイクは私の深層心理の表れなのだろうか。
「先生、今日は楽しかったわ。ありがとう」
「どうしたの? そんなに改まって」
「その……これでも感謝しているのよ?」
満足そうにおなかをさすっている先生に頭を下げる。流石に今回の件は、補佐の礼としてはやりすぎだと感じていた。ここまでされるほど私は先生に貢献していない。
そんな後ろめたさと、少しの気恥ずかしさ。こんな素敵なところでのディナーを、先生と過ごせたのが何よりも嬉しかった。
私の素直な気持ちを告げる。先生は満面の笑みを浮かべると、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「アオイが楽しんでくれたなら、それで十分だよ」
頬を緩ませて優しく目を細める彼に胸の鼓動が早くなる。
──ああ、楽しい時間はどうして早く過ぎてしまうのだろうか。
柄にもなくそんなことを考えてしまった。
「まだ……帰りたくないわ」
ぽつり、と口から零れた私の本心。
もう少しだけ、先生と一緒の時間を過ごしていたかった。
「アオイは散策が好きだったよね? じゃあ少し歩こうか」
差し出された手。それを無視するようにして先生の腕に身体を寄せる。
「──やり残しがないようにしないといけないって、そう思ったのよ」
言い訳をするように早口で言葉を紡いで、返事を待たずにゆっくりと歩きだす。
楽しい時間は、まだまだ続いてくれるようだった。