先生に大人な本気のエスコートをされて脳を焼かれる生徒たちの話   作:アラベスク@arabesuque_38

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清澄アキラは届けたい

「あら……」

 

 トリニティを歩く私の目が日頃恋焦がれる後ろ姿を捉えた。「慈愛の怪盗」として邂逅したあの日から、私の心を捕らえて離さない私の「先生」。

 本当の私を理解を示し、私の在り方を肯定してくれる。物事の上辺だけしか見ずに評価を下す愚者とは違う、ありのままの私を知ろうとしてくれた人。

 

『……うん、もちろん。みんな大切な生徒だよ』

 

 こんな私でも先生の「生徒」であると認めてくれて、手を差し伸べてくれると約束してくれた──怪盗である私の心を奪った大泥棒。

 そんな彼の後ろ姿を横目で眺め、未練を断ち切るように視線を外す。

 

「相変わらず、たくさんの方に愛されているようで」

 

 美術品は真の価値を理解できる者に触れてこそ価値がある。先生の素敵なところは残念だけれども私だけが知っているものではないのだから、私だけが独占することは私の美学に反してしまう。

 あわよくば、彼ともう一度言葉を交わしたかった。「アキラ」と私の名前を呼んでもらえたらどれほど嬉しいことだろう。

 

「──……行きましょう」

 

 自分の今の恰好を見て身を翻す。どうせ気が付かれない。第一、あの時とは服装も違うのだから。

 休日を満喫するために身に着けた薄いグリーンのワンピース。長い耳を隠すためのキャスケット。髪の毛はまとめてその中に収納している。特徴的な赤い瞳にはカラーコンタクトを付けて、変装用の眼鏡をかけていた。

 普段「慈愛の怪盗」として愛用している純白のパンツスーツとドミノマスクを脱ぎ捨てた恰好。ヴァルキューレの追跡から逃れるための普段の装いは、先生にも見せたことがない。

 優しいあの人のことだから、道で私を見つけたら声を掛けてくれるのだろう。でもそれは私に気が付けたらの話。

 最後にもう一度、彼の姿を目に焼き付けようとして──もう先ほどの場所にいない彼に少しの落胆を覚えながら、その場を去ろうと足を踏み出した。

 

「ちょっと待って」

 

 そんな私の足を縫い留めたのはいつも聞いているあの優しい声。そんなはずない、私に気が付くはずがないのに。

 

「アキラ、だよね?」

 

 振り向くと先生がしっかりと私に視線を合わせてくれていた。

 こっそりと、誰にも聞かれないような小声が優しく私の耳朶をくすぐる。

 

「先生? どうして私だと……?」

「私の大切な生徒だから。アキラがどんな恰好をしていてもわかるよ」

 

 ────ずるいひと。

 

 ニコッと微笑む貴方は、私が集めたどんな美術品よりも美しかった。

 

***

 

「この絵は後期印象派の絵画で────」

「綺麗な絵だね」

「ええ、そうでしょう」

 

 先生と並んでトリニティの美術館を歩く。「折角だから一緒に行ってもいい?」と言ってくれた先生と談笑し、求められるままに展示品の解説をする。

 ここトリニティの美術館は美術品の価値を理解したキュレーターが管理している、私にとってもお気に入りの場所のひとつ。

 そんな場所を先生と一緒に巡っている。その事実が私の気分を高揚させていた。

 

「次はフォーヴィスムのコーナーですね」

「ふぉーびすむ?」

「ええ。目に映る色彩ではなく、心が感じる色彩を表現するものです。激しいタッチと原色を多用した強烈な色彩が『まるで野獣の檻の中にいるようだ』と評されたのがこの呼び名の所以です」

 

 私の話を熱心に聞いてくれる先生。私が美しいと感じるものを共有したい、そんな気持ちが逸るあまり普段よりも少し早足になる。

 履いているミュールは長い時間歩くのに適していない所為か、少々疲れが溜まってしまっていた。それでも、この楽しい時間を壊したくなくて……痛む足を我慢して、普段通りに振舞った。

 

「────ふぅ」

 

 無意識のうちにため息が漏れてしまう。先生に聞かれてはいないだろうか。ちらりと視線を向けると、興味深そうに目の前の絵画を眺めていた。

 よかった。気が付かれていない。ほっと胸をなでおろす。「慈愛の怪盗」たる私がこんなところで不甲斐ない姿を見せるわけには────、

 

「ねぇ、アキラ。申し訳ないんだけれど、少しそこで休んでもいい? ちょっと疲れちゃって」

 

 そんな私のちっぽけなプライドは、先生の優しさの前では形無しだった。

 こういうところは慣れてなくってね──そう笑いながら私のことを見透かすような視線を向ける。彼にとっては七囚人だろうが誰であろうが、等しく保護すべき生徒ということなのだろう。

 先生が指の先にある併設のカフェ。トリニティらしく紅茶とスコーンが美味しくて私の何度か足を運んだことがあった。

 

「ええ、そうしましょうか」

「ありがとう。助かるよ」

 

 ──先生のこの優しさが、数多の生徒を狂わせるのでしょうね。

 もっとも、この私もその一人なのですが。

 

「──……きゃっ」

「危ない!」

 

 ボーっと考え事をしていたせいで階段で足を取られてしまう。ゆっくり傾いていく身体を横から伸びてきた先生の腕がしっかり抱き留めた。

 おなかに回されたがっしりとした力強い腕。お互いの顔が触れ合ってしまいそうな距離。ふわりと鼻腔をくすぐる先生の匂い。

 

「大丈夫?」

「え、ええ……ありがとうございます」

 

 身体をゆっくりと抱き起される。顔が熱い。きっと赤く染まっていることだろう。ずれてしまったキャスケットを目深に被り直し、ドキドキと高鳴る胸を抑えた。

 

「お手をどうぞ、お嬢さん」

 

 流れるような動きで先生の手が差し出される。茶目っ気たっぷりに片目を瞑って、恭しく片手を胸に当てる彼の仕草に、乱れた鼓動が収まることはなかった。

 

***

 

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 

 カフェでの休憩を挟んで美術館を巡り終えた頃、外はすっかり日が暮れていた。

 ライトアップされた建物を二人で見ながら並んで歩く。

 

「その……先生、もしよろしければ」

「もちろん! 一緒に撮ろうか」

 

 今日という日を思い出に残したくて、記念に写真を撮っておきたかった。私の意図を汲んでくれた先生がスッと身を寄せてくれる。

 背の高い先生と並んでセルフィ―にしたカメラに写ろうとしても、身長差があって上手く撮ることができずにもどかしさが募る。

 

「アキラ、いいかな」

 

 そう断りを入れた先生がひょいっと身をかがめ、私の代わりに端末を持つ。先生の長い腕、顔を寄せ合うように距離が縮まって胸がきゅーっと締め付けられる。

 パシャリ、と押されたシャッター音。アルバムにひとつ、たからものが増えた。

 

「それでは先生、またどこかで」

「うん、元気でね。アキラもいつでもシャーレに遊びに来ていいんだよ」

 

 ──ええ、先生。いつか必ず……この気持ちを貴方のもとに。

 

 奪いに行くのではなく、届けるために……参上いたします。

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