仮面ライダー龍騎SPRITS   作:bassher

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ここは02年度放映された特撮番組『仮面ライダー龍騎』の二次小説です。『仮面ライダー龍騎』、並びそのスタッフ、また講談社マガジンZ連載『仮面ライダーSPIRIT』著者には、一切関係ありません。
公開は07年11月からとなります。


仮面ライダー龍騎/幻の獣 02-01-19

 03年1月19日

 

 

 

「なんなんだよこれ!!訳分かんねえよぁ!」

 

 青年は世界の終わりに絶叫した。

 倒壊したビル、火を吹き上げて路上に交錯する乗用車とトラック、小煩い自衛隊ヘリの騒音、割れて陥没したアスファルト、切れた電線、路面から突き出て勢いの止まらないガス管、

 その中心で両ひざを着いて仰向けの女性を抱える青年、キドシンジ。

 

「ごめんなさいごめんなさい、オレ、なんもできなかった、何を願ってもぁ!」

 

 泣き縋るシンジ。抱えられた女性、桃井令子は、辛うじて片掌をシンジの頭に乗せるだけの力は残っていた。

 

「キドくん、貴方は、がんばったのよね、そうよね、」

 

 令子の頭は濃い血に塗れていた。シンジを撫でていた掌がスルリと滑って地面に垂れる。その意味を悟ったシンジは、震えながら強く遺体を抱き締めた。

 

「なんでだよぁ!オレ、どうしてこうなんだよ、結局誰も守れないじゃないかぁぁ!」

 

 錯乱するシンジに忍び寄る影が一つ。それは異形。黄金を基調とした羽根を思わせる金属をいくつも体に纏わり重ねた仮面の者が、腕組みしてシンジを見守っている。

 

「どうして、倒したはずだろバカヤロぁ!」

 

 振り返って叫ぶシンジの声は上擦った。

 

「・・・・・・」

 

 あくまで言葉の無い仮面の者はただ両手を広げた。突如現れる錫杖。仮面の者の身長ほどもある杖がその者の右側に出現し地面に突き立っている。上部は不死鳥を思わせる装飾が施されており、その平面的に扇型のラインは、半ばのグリップまで続いている。

 仮面の者が徐にグリップを引くと、扇が上下で分断してスライドし、長方形のスペースが顕になる。

 続いて仮面の者はベルトのバックル部、飾りにしては奇妙に大きく無骨に四角いデザインのバックルに収納されている一枚のカードを取り出す。

 取り出したカードを錫杖の長方形のスペースにはめ込む。はめ込んで杖のグリップを逆にスライドさせた。

 

『タイム・ベント』

 

 そして時がまた戻る。

 

 

 

 

 

 02年1月19日

 

 

「いけね、昨日ゴミ出し忘れたじゃねえか」

 

 シンジは珍しく朝から考え事をしていた。金曜日の燃えるゴミの日を忘れた。それは自己管理の甘さでもあるが、先週までいた同棲者の不在がシンジの生活を自堕落なものにしていたのも確かだ。

 

「イテ、なんだよ、」

 

 肩がぶつかった。アパートの玄関を出て階段で降りようしたところだった。通路幅は一人分だからどちらかが譲らなければならない。だが相手、やや細身ながら背の高い男は無愛想にシンジの事を見ようともしないで通り過ぎ既に背中を見せている。

 

「おい、待てよぁ、謝れよ、口がネえのかこら、」

 

 シンジはこの男がちょくちょく隣の女性の部屋に出入りしているところを目撃している。いつも同じ黒いセーターに黒い皮コートと執拗に黒を纏った特徴的衣装と駐車場一台分占有しているアメリカンバイクに搭乗してやってくる姿からイヤでも覚えた。

 

「・・・・・・!」

 

 その細身の男は、ケンカ腰のシンジに眉をひそめて振り返り、無言のまま、

 

「イテぁ、なにしやがる!」

 

 有無を言わさず殴りつけてきた。どちら共に社会人としてどうしようもないそれが、二人のファーストコンタクトだった。

 

「このぁ!」

 

 殴るだけ殴って立ち去ろうとする細身の男に、シンジは追いすがって反撃しようとする。が、

 

 肘、

 

「ぁ」

 

 シンジが再び意識を取り戻すのはその日の午後を回ってからになる。なぜアパートの一人分しか通れないような通路で失神している彼を近所のものやアパートの住人が起こして助けなかったかというと、シンジが日ごろその程度の事は普通にやる人間だと、誰もが分かっていたからである。

 

「ぶつかってきたのはおまえだ。石頭め。」

 

 肘で額を打ち付けた男、秋山蓮はそう言って肘を擦りながら扉のカギを開けた。

 

 

 

 OREジャーナルは、額の広がりが気になりはじめた大久保大介が、個人で営んでいるSOHOである。大手出版社に務めていたが、大手故政治力で真実をもみ消していく様を見せ付けられ、嫌気が差して依願退職、この地域型ニュース配信サービス(といっても購読料は取るが)を設立した。多摩一帯の範囲で際立ったトピックをネット配信し、広告収入と購読料で運営するたった3人のSOHOはしかし、大久保大介の理想と真実を具現化するには至らなかった。大久保大介の理想など大衆には興味が無かったからであり、広告料を支払うスポンサーは大衆が興味を示す記事をOREジャーナルに課したからである。社会的には当然の顛末であり、結局ゴシップ紙の真似事をしなければ、生き残れなかった

 これがウェブ日記やメーリングリストの域から抜け出すのは、所属記者桃井令子による『凶悪犯浅倉威籠城事件リアルタイム実況』に成功してからである。テレビでは出来ない24時間中、令子の報道が秒単位でデジタルデータに変換されて配信されていく。時に粗野でたどたどしく、放送コードや公序良俗にひっかかるような過激な報道であったが、返ってリアルタイムの生々しさが伝わって良くも悪くも大反響となった。

 3人、即ち編集長大久保大介、敏腕記者桃井令子、そしてシステムエンジニア島田奈々子の3人が、ネットインフラに依存した少人数で稼動する経営組織の先達となる訳だが、もう1人、浅倉威籠城においては特に決定的要因となる者がいた。

 

「つまりっスね、先輩、オレ、どうしても信じられねえんス。」

 

 それが、浅倉威が籠城したファミリーレストランに偶々居合わせ、人質として捉えられ、そしてケータイで中の状況をリアルタイム大久保の元に送信し続けた、この男キドシンジである。ややロン毛、頭頂部に触覚のように伸びた2本の髪の毛、やや美形、やや古着、そして喋らない時でも口が開いているシンジは、大久保にとって同じ高校を出た先輩後輩の間柄である。

 

「おまえ、この餃子どうやったらこんなにおいしく作る事が出来るんだ、」

 

 だが大久保とシンジは知り合って1年も経過していない。大久保36才、シンジ23才ではリアルな学校での接点が無い。ただ学校生活の上での武勇伝は共にかなりのものであったから、互いに名前だけは伝え聞いており、ネットチャットで意気投合し、現在に至る。

 

「いやあ、やっぱり皮がですね・・・、って先輩!オレん話を聞いてくださいよっ、オレ真剣に悩んでんですから!!」

 

 始終口を開けながらノリツッコミをかけるシンジだった。

 

「霧島美穂か。しかしホントにおまえいっしょに暮してて気づかなかったのか。」

 

「気づかなかったっす。絶対誤解だと思うんスよ。あの須藤って刑事、オレの言う事なんか全然聞かないで、ショッピいちまって。」

 

「シンジ、」

 

 大久保は怒声気味に叫んだ。

 

「はい?」

 

「おまえは今なんだ、」

 

「なんだって何でス?」

 

「おまえの職業は今なんだと聞いてるんだシンジ!」

 

「えっ、えっと、記者に、成り立てって言うか、記者に成りかけちゅうか、」

 

「見習いだ!」

 

「はい、見習いっす!」

 

 そう結局大久保にOREジャーナル記者見習いという肩書きを頂いたシンジであった。

 

「記者はな、自分の目と頭と足で、真実を見極めるものだ、」

 

 餃子を口の中に入れていなければ完璧なのだが。

 

「ハンぁ」

 

 大久保の箸先が上手い具合にシンジの鼻の穴に差し込まれる。

 

「いいか、疑問を持ったら突っ走れ、自分の足で考えろ、自分の目で納得しろ!それが記者だ、OREジャーナルの記者だ!」

 

 という自分がカッコイイ、と大久保は悦に浸った。

 

「はぁ・・・・・あ!」

 

 しかしシンジの興味はそのような小難しい事から逃避するように視界に入ったテレビ映像へ移っていく。

 

「聞いてないんか!」

 

「あれ、クラスでいっしょだったスよ!」

 

 OREジャーナル事務所、雑居ビル3階に位置するそこは、煤けた暗いクリームイエローの壁にところどころ罅が入った陰湿な空間であったが、無理矢理コクヨの真新しくも脆いデスクを並べ立て、比較してロースペックながらポップなデザインのおむすびマッキントッシュを上乗せし、そろそろ一般にロープライスで回されているソニー業務用ブラウン管6台を3×2で積み上げている。東京地上波6局をリアルタイムでカバーする為だが、その6台共全てある人物二人を6つのアングルから映していた。即ち6局同時生中継である。

 

『つまり自動的にするメリットがそこまであると言うことなんでしょうか?香川教授、』

 

『当たり前です。人間はリアル世界とネット世界という二つの人生を、もはや、歩んでいます。しかし一つの人生で精一杯の方々が殆どです。よってせめてネット世界でも秘書を設ける、この、クリーチャー、と名付けましたが、クリーチャーは秘書どころか自分の半身としてネット世界の人生を肩代わりしてくれるAIロボットです。』

 

『しかしただ検索エンジンと遊びに使われる擬似AIを組み合わせただけと酷評する専門家もいますが』

 

『頭の固い人間には言わせておけばよろしい。そのうちネット情報の中核と序列は検索エンジンによって為されます。パーソナルデータに共通するワードを絶えず検索分類し、類型のワードデータをネットから探り、ニュースとして掲載する、いえこのクリーチャーの知能によって対話するのです。近い将来、全ての人間はこのクリーチャーを介してネット社会と接する事になります。必ずね。』

 

 香川というスラリとした長身に白衣を羽織った五分刈りの壮年は、眼鏡と口元に厭味を込めて嘲笑した。しかし嘲笑する対象は頭の固い専門家であり、直接向けられた記者はとんだとばっちりである。

 

「あいつ頭よかったもんな、」とシンジは腕を組んで感心する。

 

 しかし感心の対象は香川に対してではない。その隣に並んで記者たちのマイクを向けられるも能面のように微笑んで表情を崩さない一人の青年に対してである。

 

「だからアレがどうしたんだよ」

 

 ちゃんと対話してあげている人のいい大久保であった。

 

「あれね、えっと、そうそう、なんとか悟、悟っスよ。泣き虫悟、そうオレ覚えてる偉い偉い。そうか、あいつ高校で一番の成績だったもんな。やっぱ頭いいヤツはどんなヤツでもテレビ出るくらい偉くなっちゃうもんだな。ふ~ん。」

 

 つまり上の名前は完全に失念していた。なにかツッコミをかけようとする大久保はあまりにバカバカしくなったので止めて違う話題を振った。

 

「シンジ、さっきの話だがな。ここに北岡っていう弁護士の名刺がある。こいつを取材してこい。」

 

「はぁ?あ、取材っスか。」

 

「こいつは今オレ達がメインで引っ張ってる浅倉威の弁護をしている。そして今度記録的結婚詐欺で拘束されている霧島美穂の弁護も買って出たそうだ。あざとい話題性で名前売るヤツだなこいつぁ」

 

「はぁ・・・・」

 

「いいかシンジ、今のタイミングで直接の関係者のおまえは霧島美穂とは面会できないが、弁護人を通じてなら、うまくやりゃ警察もノーチェックで取材する事ができる。令子でもできない事ぁねえだろうが、おまえにしか言えない事ってのもあるだろ。その方がおもしろい記事になるかもしれん。」

 

「なんだ、先輩、結局取材っスか。」

 

 シンジは口をくの字に曲げた。

 

「おまえなぁ、オレは会ってこいって言ってるんだ、いい加減その程度分かるようになれよ!」

 

 途端いつものように口を開けて喜びを顕すシンジ。

 

「はいっ、オレ、オレ、行ってきますです!!」

 

 取る物も取らず風のように駆け抜けていくシンジだった。

 

「身が軽いのはあいつのいいとこなんだが、考えない軽さだからなぁ。ま、あいつが今度どんなイレギュラーをして、どんな+αをしてくれるかで、令子の反対押し切って容れたオレの面目にも関わってくる。」

 

「編集長、・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・かわいい」

 

「いたんかい!」

 

 実は、いままで存在感がずーっと無かったが、事務所にはシンジ、大久保編集長の他もう1人の人間がいた。お気に入りのiマックに隠れなにかのウェブデザインに没頭していた黒縁メガネが印象的なこの女性こそ、OREジャーナルの唯一のシステムエンジニア、島田奈々子である。

 

「シンジくんを愛しているのね。」

 

「チガーーーぅ、誤解されるようなことを言うぁぁぁ!」

 

 今日も平和なOREジャーナルであった。

 

 

 

「イテぁ!」

 

「オレの視界にいたおまえが悪い。」

 

 今日二度目の顔面パンチを食らうシンジ。

 

 そういえば、街で昨日会った占いのアンチャンが、明日は忘れられない日になる、なんて言ってたっけ・・・・・

 

 などと殴られて意識を朦朧とさせるシンジだった。

 その日の午後、飛ぶように北岡秀一弁護士に会ったシンジは、さっそく額面通り浅倉威と面会を申し出、北岡の渋る顔を他所に鉄格子の前まで来て浅倉と対面。浅倉はシンジの顔を視界に入れるなり、いきなり殴りかかってきた。

 

「なにしやがんで!」

 

 だがシンジのその言葉は浅倉によって既に返されている。

 浅倉威はなにより目が印象的だった。人間ではない猛禽の目である。人を殴る時の目が怒気でも哀悼でもなく喜色に満ちている。

 

「イライラする」

 

 さらにシンジの胸倉を掴んで放さず、もう片方の腕のリーチまで引き寄せる浅倉。

 

「まだやんのかよ変態!」

 

 その時のシンジの行動は奇抜だった。浅倉の鉄拳が繰り出されるその瞬間、庇うはずの頭をおもいきり浅倉の拳に突き出したのである。

 

「き・・・さ・・・」

 

 シンジの耳にはあきらかに鈍い音が響いた。

 無言の間合いが流れた。シンジの石頭と自分の腕力の反動から一瞬痛みの苦痛が見えたが見る見るうちに喜色へと顔が変わる浅倉。

 

「放せよこの!」

 

「ま!」

 

 それ以降シンジの記憶は途絶える。イヤ多少脇腹に食らった事と発狂に近い高笑いを上げる浅倉の顔は断片として残っているが、何発、あるいは何十発食らってどう倒れて、どう介抱されたか覚えていない。

 

 

 

 失神したのは数分だけだったらしい。

 

「密着取材ってヤツっスよ!」

 

 いままでシンジの付き添いの役を警官から押付けられ、なおいっしょにいると言い出したシンジに怪訝な顔で応える北岡弁護士。もちろんそんな智恵をシンジが思いつくはずがない。

 

『おまえ、ホントに浅倉の取材行ったのかよ!』

 

 顛末を報告したところ大久保編集長から呆れられたシンジが、携帯越しに智恵を付けられなおかつその携帯を北岡弁護士に手渡して大久保に説得もさせてもらった。北岡弁護士がOREジャーナルの桃井令子の名前を叫んだ途端シンジの同行を承諾したのはシンジも見ていたが、それがどういう意味かは想像できていない。

 

「美穂。ウソだろ。」

 

 浅倉の時は鉄格子越しの対面だったが、今回は刑事同伴の面会室でのガラス越しの対面だった。

 シンジが会いたがった霧島美穂は、華奢であるが骨格がしっかりしたダンサーやバレリーナ系のプロポーションと肉感がある。顔は良く言えばモデル系、悪く言えば整形臭いはっきりしたパーツで構成され、髪は肩までストレートの茶髪で、前髪は横一線で切り揃えている。表層的にはいまどきのアニメ・マンガのような作り物臭い可愛さに満ちている。もちろん笑顔であればの話だが。

 

「はぁ?」

 

 美穂は怪訝な顔で髪を掻き上げイジり出した。必然髪の毛に視線がいく。

 

「弁護士さん、こいつ、無罪ですよね、なんかの誤解ですよね。」

 

 北岡の答えは意味がありそうで無い空疎な言葉の羅列でしかなく、はっきりした意味はなに一つ無かった。

 

「あんたもさ、」美穂は低いトーンでシンジに語りかける。「おんなじ、巻き上げた男達の一人って事。いっしょに暮してたのは、アンタが一番単純で騙しやすい男だったから。」

 

「ウソだっ!」

 

「今更ウソ言っても仕方ないじゃん。アンタから月々6万5千円だまし取ってたんだよ。あそこは家賃もずっと安いし、料理も適当に安上がりにしてたから。」

 

「・・・・オレ、美穂に何年も金騙し取られてたのかよ。」

 

 シンジは頭を抱える。

 ちなみにシンジと美穂が住んでいたアパートの家賃は2DKで8万円、光熱費は合計で3万円弱。携帯代は二人個別で支払っていたのでこの内に入らない。二人が同額で生活費を出していたとして、食費はかなりのやりくりしていた事になる。

 だがシンジはそういう計算が思いつくタイプじゃない。

 

「ねえ、刑事さん、早く部屋に返してくれない。いいかげんメシの時間じゃん。」

 

 そう言われて下の目蓋が疲れで充血した20代後半くらいに見える刑事が、北岡に目で合図した上で美穂に手錠を打ち、その手錠にロープをかけ部屋から出た。

 

「なんでだよ・・・・もう世の中信じられねえ・・・・」

 

 ただ目の前の信じていた現実が砕けたショックで項垂れているしかないシンジだった。

 

 

 

「今日は、ホント最悪だ・・・・・」

 

 夜の繁華街、どこへとも知れずビル群をさ迷うシンジだった。

 

 ・・・・・・・・

 

 それは奇妙な耳鳴りだった。放送終了したテレビ局が試験電波で発するような高音がシンジの耳元に鳴り響いた。

 

「あれ?」

 

 帰りを急ぐ人波の中、一人シンジだけが流れに逆らい立ち止まる。その音に気づいていたのはシンジだけだった。

 

「どっからの音だ。」

 

 4車線道路のその脇、かなり丁寧に煉瓦敷きされた歩道にシンジは立ち尽くしていた。周囲には街路樹、外灯、違法駐車の乗用車、そして既に閉店したカフェのテーブルとイスの羅列が壁一面のガラス越しに見えるだけ。 シンジの耳にはその店内から音が聞こえてくるのだが、室内灯は既に消え、人気はまるで無い。ただガラスにはシンジの像が映るだけだった。

 

「まいっか・・・・」

 

 疑問を解決できない時のシンジの行動原理は単刀直入、無視する、である。昔から考えると眠くなり胃が痛む。脳から払拭し駅へ向かって歩みを向けるしかなかった。

 シンジの視界にはその原因が確かに捉えられていた。しかしシンジがそれを原因だと気づかなかっただけである。だが科学常識を越える現象なだけに、シンジに気づけという方が酷であったが。

 ガラスの中である。室内ではない。ガラスの中である。

 シンジが立ち去ったカフェの室内、いやその壁一面のガラスには、シンジが立ち退いた今もシンジの鏡像が自立して残り、奇妙な笑みを浮かべシンジを目線だけで追っていた。

 今日のシンジは確かにツイていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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