仮面ライダー龍騎SPRITS   作:bassher

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ここは02年度放映された特撮番組『仮面ライダー龍騎』の二次小説です。『仮面ライダー龍騎』、並びそのスタッフ、また講談社マガジンZ連載『仮面ライダーSPIRIT』著者には、一切関係ありません。
公開は07年11月からとなります。



仮面ライダー龍騎/幻の獣 02-09-10 分岐2

 

 

 

 

「蓮!」

 

 優衣と呼ばれた少女が絶叫した。ドラグレッダーの尾が宙を舞うライダーを掬い上げるように弾き、まるで塵が飛ぶように軽々とマンションの屋上へ消えていった。その衝撃は人間の五体をバラバラにしかねない。なまじ表情が見えないマスクの顔が、少女の悲壮感をなお掻き立てた。

 

 ェェェェェェ

 

 再び勢いを盛り返すガゼール軍団。

 

「オレだよな、この場合、オレ、オレがなんとかしなくちゃいけないんだよな・・・・」

 

 シンジの視界には困惑や驚愕、喪失感が入り交じった恐怖の表情に染まった少女と、未だ失神している令子が映っている。シンジはこんな時気丈に周囲を気遣っていられる自分が不思議だった。

 

「は、早く逃げて!」

 

 ガゼールの一体が少女のショートボブの髪を鷲づかみにした。

 

「放せ!」

 

 シンジはそのガセールに向かって飛び蹴りをかます。やや蹌踉けたガゼールはしかしその程度でどうなるものでもない。だがそのやや蹌踉けた足許に空き缶が落ちていた。転ぶガゼール。

 

「私は大丈夫、なんとかできるから!」

 

 優衣と呼ばれた少女はシンジが先程破いてしまったそっくり同じカードを胸元から取り出し、寄せるガゼールの群れに翳す、ガゼールはまるで原始人が火を怖れるように足の動きを止めた。シンジはそれを見て珍しく機転を利かせる。

 

「オレ、警察、いや軍隊呼んでくる!」

 

 ジャーナリストなら日本に軍隊が形式上存在しない事を知っておいて欲しいものだが。 世界の入り口であるドアに再び突入するシンジだった。

 

 

 

 やはり再び映像的な光輝く通路がシンジの視界に開ける。

 

「ムダだ」

 

 闇雲に走るシンジの額に何かが飛んできて当たる、

 

「っィて!」

 

 立ち止まって前方をよく見ると男が立っていた。トレンチコートに身を包んだ、中性的で人形的な面持ちは、それでも辛うじて男性、いや青年だと分かる。シンジはなぜか知っている気がした。

 

「ムダだ。ミラーワールドのクリーチャーは人の手ではどうにもならない。戦えるのは、『マスクド・ライダー』、それだけだ。」

 

 コートの男がシンジの足許を指差す。シンジが視線を落すと、そこには四角い、文庫本くらいの厚みと大きさの黒いケースがあった。

手にとってマジマジいろいろな角度から眺めるシンジ。その感触は不思議と馴染みがある。

 

「ライダー、さっきの女の子も言ってたけど、なんなんだそれ。あのヒーローの事なのか。」

 

「資格を与えよう。」男はシンジの言う事を半ば聞かず視線も合わせていない。「選択しろ。戦うか。この世界を忘れて日常に帰るか。」

 

「これで、あのヒーローになれるのか。」

 

 オレがヒーローになる、

 

「そうだ」

 

「ヒーローになったら、あのモンスターを倒せるか。令子さんたちがそうしないと救えないのか。」

 

 オレがヒーローになれるのか、

 

「そうだ。だが一つだけ忠告しておく。ライダーは自分の願いの為に戦わなければならない。何があってもその願いを叶える為に戦わなければならない。」

 

「自分の?」

 

「願いだ。自分だけの願いだ。」

 

「自分だけの?何を願ってもいいのか」

 

「何を願ってもいい」

 

 その時シンジは、3つめの願いを願い事を増やすにする、くらいオレ冴えいてると思った。

 

 オレはヒーローになるんだ、

 

「じゃあ、あんな女の子達を一人でも助けたい、そう願ってもいいんだな。」

 

 男は目を閉じた。

 

「いいだろう。そのカードデッキを翳すがいい。」

 

 シンジはさきほど手に取った黒いケース、カードデッキを再び見た。そして右手で前に突き出した。なぜかその動作が自然な動作と分かっていた。シンジの前方になにか物体が陽炎のように浮かぶ。それはあの暗いヒーローが腰に備えていたベルトと全く同じもの。その同じものがシンジの腰へ自動的に纏わり付く。

 

「変身!」

 

 ベルトのバックルにカードデッキを横からスライドさせ装填。同時にシンジの体にまでも光が纏わり付いた。

 

 

 

「らい、だー」

 

 優衣と呼ばれた少女はそれを目撃した。シンジが突入したミラーワールドの入り口から再び出でたそれ、グレーのライダーを。光沢のあるスーツに全身を包み、ショルダープレート、ショルダーアーマー、ガントレット、ブーツ、そして頭を覆う仮面は全て硬質な防具に見える。防具の一つ一つが『蓮』の方がやや鋭角で細身に見えるが、その分体を覆う表面積は広い印象を与える。最大の違いは目。『蓮』は中世から近世の西洋騎士風のスリットに覆われていたが、目の前のライダーはそれプラス径が大きく真っ赤な眼がある。径は人体で言えば目の窪みほどもある。もう一つ『蓮』との違いは、腰に付帯していた剣が無く、その代わり、左腕ガントレットが右腕のそれと非対称に大きく又全身とは違った金属質と厚みがある事。そしてなぜか左の拳がちょうど握れるようにグリップが伸びている。マスクド・ライダー、ブランク体。

 

「お、おお・・・・」

 

 初めてライダーになったシンジはまず自分の腕回りを眺めて先の『蓮』と同じ特徴を備えている事を認識し、拳を握ってみせて、スーツの感触を皮膚で確かめる。奇妙に窮屈で拘束されているような抵抗をグイグイとラバーチックな音と共に感じるが、それも一瞬、動かせばまるでなにも着ていないように軽やかだ。さらにあちこち自分の体を触りまくって、その触感が人間の皮膚でなく、硬質な物体である事を、スーツを着ている事を自認した。

 

「大丈夫だろうかこの人で・・・・」

 

 依然SEALのカードでガゼールを寄せ付けない優衣は、その猿のように慌てふためいている新たなライダーに不安を覚えた。

 

「やるぞオレ!っしゃぁ!」

 

 とテレビの芸人みたいに吠え、さっそく先の者と同じようにカードをバックルから一枚取り出す。だが先の者のように剣が無いので、しばらく戸惑い、そして勘で左前腕の厚みのあるガントレットに注目、いろいろ触ってみると上部平板がカバーになっている事を発見、前方にスライドすると、カバーにはカード入れられるらしい孔が見つかる。さっそく差し込んでカバーを元に戻す。それが《ライドバイザー》。

 

『ソードベント』

 

 ミラーワールド全体から機械的な肉声が響く。それと共に天空より降ってくる剣が一本。

 

「おお!」

 

 はじめてのカード召還に酔いしれるシンジ。刃渡り70センチほどのショートソードが回転しながら降ってきて、ガゼールの群れの中心に突き立つ。一斉にそのショートソードから身を引くガゼール軍団。

 ライドセイバー。パーマネントカード。AP0,3。

 

「っしゃぁ!」

 

 一気呵成、その群れを中央突破し、降ってきた剣を手にするシンジ。

 

「うりゃぁぁぁぁ」

 

 両手でライドセイバーを握り闇雲に振り回し、ガゼールを寄せ付けないシンジ。

 

「きかねぁ!なんでオレの場合こうなのよ」

 

 だが一体のガセールのツノと刃を交えると、ライドセイバーの方が折れた。折れた刃は、そのまま回転しながら宙を舞って地面に刺さる。

 

「くそ」

 

 もう一枚カードを引き、持ちながら掌の小指側でバイザーのカバーを叩くように開け、カバーの動きに平行にそのまま掌を動かして器用にカード装填、カバーを持ち折り返して閉じる。シンジの肉体はこの動作を異様に手慣れている。初実戦で。

 

『ストライクベント』

 

 再びミラーワールド全体から声か響き、天空からなにかが降ってくる。今度は上手い具合に降ってきたそれがシンジの腕に装着される。

 

「お・・・・」

 

 それは完全に握り拳の形をしたガントレットだった。マジマジ眺めて感心するシンジ。《ライドクロー》。パーマネントカード。AP0,5。インスタントとして使用すれば、AP0,5+クリティカルとなる。

 

 ェェェェェ

 

 襲い来るガゼール。

 

 一発殴る、

 

 怯むガゼール、

 

「ヤられねえのかよ!」

 

 先の縞のヒーローのそれのようにどうしても決まらないシンジは苛立つ。化け物を倒すどころか、ただ単にボコってるだけに過ぎない。

 

「アナタ、まだクリーチャーと契約してないの?」

 

 いつまでも戦闘をもたつかせる危険なシンジに堪りかねたか少女が叫んだ。

 

「ケイヤク?アンタ知ってんのか、もっと強い武器とかあんのか」

 

「ミラー・クリーチャーと契約すれば蓮のようになると思います。でも・・・・」

 

 あるいはこの優衣という少女もシンジと似たような性格の子かもしれない。だがそう叫んで後悔するのは知っている。

 

「契約ってこの化け物とか?そういやさっきのヤツも操ってたな。そうか、」

 

「やめた方がいい!取り返しのつかない事になります!ずっと戦い続けるしか無くなる!」

 

 そうかもしれない、

 

 ガゼールの群れと格闘しながらも、言い知れぬ不安感を覚えるシンジだった。しかし、

 

「だって、こいつら人食うんだろ、命を食うんだろ、こんなヤツ誰かがどうにかしなきゃいけないじゃないか!」

 

 グォォォォォ

 

 今度は上空から赤い龍、ドラグレッダーが向かってくる。

 

「ええい、くらえ!」

 

 発射、

 

 ガントレットが噴煙を吐いてシンジの左腕から分離し発射、ドラグレッダーの目に直撃した。

 

 グァァァァ

 

 本来パーマネントとして破壊されない限り消失しないライドクローが、インスタントとしての能力を発揮して消滅する。その分威力が上がったもののやはりドラグレッダーの目を痛める程度に止まる。

 

「コントラクトカードを翳すだけよ、でもホントに」

 

 なおガゼールの群れと素手になって格闘するシンジに少女はそう言った。

 

「オレ、オレの気が済まないから、ホントオレの問題だから。」

 

 そう聞いた少女の目が哀しみに潤んだ。

 

 シンジは三度バイザーからカードを取り出す。そのカードにはCONTRACTとロゴがうってある。

 

「これか」

 

 シンジは、そのコントラクトのカードを無為にドラグレッダーの方へと向けた。ドラグレッダーを選んで味方とし、ガゼールを倒す発想を自然に思いついた。

 

 グ・・・・・

 

 光を発するコントラクトカード。その光を浴びて発情したようなドラグレッダーが静まり返り、一直線にシンジに向かって飛んでくる。だがそれはシンジへの攻撃の為ではない。シンジに纏わり付くガゼールを弾き飛ばす為だ。

 

「ドラグレッダー、オレを認めるか。」

 

 コントラクトカードが光を収めると、その図柄にあのドラグレッダーの絵が刻まれていた。

 同時にシンジのグレーの体色がドラグレッダーと同色の赤へ変化していく。仮面とカードデッキにドラグレッダーをモチーフにしたシンボルが刻まれる。ただの手甲のデザインだったバイザーが、ドラグレッダーの顔をモチーフにしたものへと変わる。《ドラグバイザー》。変化はシンジだけではない。ドラグレッダーの体皮も動物的なそれから金属質のそれへと変化していく。マスクド・ライダー龍騎のそれが誕生だった。

 

『アドベント』

 

 さっそく変化したカードをバイザーへ装填するシンジ、否龍騎。

 アドベントドラグレッダー。契約カード。AP5。インスタントとして使用すれば、1尻尾で攻撃、2ドラグブレス、3契約ライダーを渦状に取り巻いての防御。

 

 グァァァァァ

 

 龍騎に纏わり付いて円を描き、口から火焔、即ちドラグブレスを連射、ガゼールを幾体も始末するドラグレッダー。

 

「っしゃぁ、乗ってきたぞ」

 

 カードを再び取り出す龍騎、

 

『ガードベント』

 

 ドラグレッダーの前足周辺部分が抜き取られる形で複製、龍騎の手に収まる。それは一枚の盾、ドラグレッダーの硬い体皮の性質をコピーした盾。

 ドラグシールド。パーマネント。GP2。

 

「ん?これじゃないよ、」

 

 だが龍騎が望む攻撃カードではない。地面にかなぐり捨てて再びカードを引く。

 

『ガードベント』

 

「同じだぁ」

 

 再び数秒前と同じ動作をくり返す龍騎。そして再びデッキの中のカードを引き装填。

 

『ファイナルベント』

 

 声が発せられると同時に両腕を前に突き出す。左腕を上、右腕を下と揃えると、赤いスーツと相まってちょうどドラグレッダーを模して見える。手を開いて大脚で踏ん張る。その内周囲を巡っていたドラグレッダーが吠え、渦を巻ながら上空へ登っていく。

 

「とぁ!」

 

 並行して跳躍する龍騎、渦巻くドラグレッダーが産み出す上昇気流で跳躍力以上の高さに達する。

 

「でぇやぁぁ」

 

 空中で蹴撃の体制を取る龍騎、いつのまにかその龍騎の背後に回り込むドラグレッダー。ドラグブレスが龍騎を推し出す。ドラグレッダーの破壊力と龍騎の五体の力を合力して龍騎の右足裏に集約する。

 

 ェェェェェェ

 

 ガゼールの残り全てが龍騎の蹴撃によって吹き飛ばされ、転がって地面との摩擦で削り込まれていくと同時にドラグブレスの炎によって焼き尽くされ、粉塵となる。

 ドラゴンライダーキック。インスタントカード。AP6。突撃系の龍騎最強技。

 

 浮かぶ光の珠、

 

 それはガゼール達クリーチャーの命輝く珠が肉体を失って、昇天しようとする精神だ。

 追いかけるドラグレッダー。10数個に登るその命の珠を一つ一つに食らいつき、肉体へ吸収していく。それはミラー世界に生まれたものの習性であり、またライダーと契約し協力したクリーチャーの報酬であった。

 

「あれは・・・なに・・・」

 

 それは覚醒しつつある令子だった。

 

「大丈夫、もう大丈夫です。 人を守るのが私の役割ですから。」

 

 決まったオレ、

 

 令子を抱きかかえ、いかにもヒーローじみた気取りの声で語り掛ける仮面のシンジだった。

 

「私を、助けて、くれた」

 

 しかしまたしても失神する令子だった。

 

「こんな事信じてもらえないでしょうね。」

 

 少女と共に歩いてミラーワールドから抜け出し現実世界へと戻ってくる龍騎。現実世界へ出た途端、スーツが光となって砕ける。

 

「そうだよね・・・・」

 

 令子のスマートKまで抱きかかえ、シートに座らせるシンジ。

 

「貴方はこれから大変な目に遭うわ。たぶん貴方自身が想像してるよりもはるかに辛い事が。蓮の・・・・・・」

 

 少女のその説明をシンジは途中から覚えていない。なぜなら、令子を車に乗せた途端、卒倒して気を失ったからだ。

 

 

 

「大丈夫、ここはボクの店だから。」

 

 再び目を醒ましたシンジに拡がる風景は全てがモックに彩られたモダンで暖かみを感じる喫茶店だった。

 厚みがあるものの目が疎らな古い煤けた木材で床から天井までの全てが構築されており、模造した石竃の暖炉がデンと存在感を示して、テーブル、椅子、カウンター、棚の全てが床などと同じ材質で作られている。コップ、タンブラー、スプーン、皿、椀までもが目があえて入った木材で作られている。コーヒーとトースターの香り漂うその風景で、喫茶店である事がシンジであっても分かる。

 

「あの、ここは、」

 

「だからボクの店。花鶏というの。あまり客がこない店なんだけどね。」

 

 中性的な女の子が肉感ある笑顔したときのギャップの激しさたるや、これ以上男子の心を射止めるものはない。

 

「は・・・・・・あい」

 

 萌え・・・・・・・

 

 シンジは割とおたく寄りの知識に塗れているかもしれない。

 

「ここまで運ぶの大変でしたけどね、」

 

「あの・・・・さっきの化け物・・・・、なんなんですか。」

 

 少女の目が少し陰ったが、笑顔を崩さない。

 

「実はボクもよく分からないんだ。」

 

「え、じゃあ、」

 

「でも最近頻繁に現れるようになったの。そして人を狙って、あのミラーワールドに引っ張り込んでるの。」

 

「じゃあまだあんなのがたくさん出てくるのか」

 

「うん、まだまだ続くと思うよ。だから、君が戦ってくれるって言った時、ボク嬉しかった。でも・・・・」

 

「っしゃぁ!」シンジは唐突に調子づいて少女を仰天させた。「オレやるっス、あいつら片っ端からやっつけて、みんなを守る為に戦うよ!」

 

 単純に超人の力を得た事を喜んでいるシンジに、少女は苦笑いするだけでなにも言えなくなった。

 

「ボク、神崎優衣って言います。この喫茶店にいつもいるから、また寄ってくれれば、嬉しい。」

 

「オレ、城戸真司」

 

 などと優衣に握手を求めるシンジだった。

 

 

 

 翌日。OREジャーナルのドア前廊下。

 

「あれ、なんか見覚えのあるもんばかり、」

 

 喫茶花鶏でそのまま泊まったシンジは、翌朝OREジャーナル前がいつもと違ってゴミでごった返している光景に出くわす。

 

「汚ねえ寝袋だなぁ、破けて綿が出てるよしかし、・・・・・オレんじゃねえか!」

 

 そんな一人ボケツッコミをこなしてようやくにしてそのゴミ=自分が半年この事務所で生活する為に揃えた荷物である事に気づくシンジ。

 

「先輩、編集長!」

 

 慌てて事務所のドアをあけ、大久保の姿を捜すシンジ。大久保その人はいた。シンジに対して背中を見せている。しかし入った途端そんなシンジが臆する程の雰囲気を全員、醸し出している。室内にいるのはそれだけではない。大久保と島田のさらに先、シンジに見覚えの無い二人の人物が立っていた。

 一人は初老で、若くても50代というところだろうか。逆デルタの情が強そうなアゴのラインとやや逆立ったグレーの髪と鼻下のヒゲ、これまたキツそうな目で、グレーの背広をノーネクタイで袖口粗く着込んで両手をズボンのポケットに突っ込んでいる。コンコンと絶えず穴の空いた革靴で床を鳴らしいかにも、オレは苛ついている、事をアピールしている。

 もう一人は隣の中年に対して半分以上若く、やや濃いグレーの真新しい背広の前開けで、水色のネクタイが露出している。耳は埋め込みのヘッドフォンを付け、左手iPodまでコードが接続され、グリグリとホイールをイジっている。僅かだがヘッドフォンから洋楽が聞こえてくる。この僅かさが室内ではウザい。

 

「シンジ、丁度いいところへ来た。芝浦さんだ。」

 

 2人を差して大久保は紹介した。

 

「え、ああどうも。お客さんですか。」

 

 若いiPod男がゲラゲラと笑って指差す。シンジがナメられたと反射的に思ってツカミ掛かろうとする。

 

「待て」腕を掴む大久保。未だその顔は沈んでいる。「これ以上なにもするな。こちらはスポンサーと、そのご子息だ。」

 

 態度がすっかり大人しくなるシンジ。考えないだけ権威には弱腰で反応しているシンジだった。

 

「いいかシンジ、よく聞け、今日から新しい編集長がOREジャーナルを仕切る事になった。」

 

「へ?編集長は先輩じゃないっスか。」

 

 大久保個人が設立したOREジャーナルに新しい編集長。この奇怪な意味をすぐには呑み込めないシンジだった。

 

「経営として立て直しを計る必要に迫られたって事よ。」

 

 あらぬ方向から女声を聞いたシンジ。振り返ると、窓際の大久保の席に座る令子がいた。その顔は機械的で、決してシンジや大久保と視線を合わせようとしない。

 

「スポンサーになる際、危なくなったら介入を許すという誓約だったんだ。」

 

「な、なんでっスか!それじゃ先輩は、」

 

「ちょっとこい。」

 

 大久保は勘で状況を察して熱くなり始めたシンジを廊下まで引っ張り出した。

 

「ちょっと待ってください!先輩は!」

 

「オレは解雇だ。」

 

 シンジは口を開けてアグアグとするしかなかった。だがそのシンジに追い撃ちするように衝撃の事実が語られた。

 

「令子がこれから編集長としてOREジャーナルを引っ張っていく。」

 

 シンジは昨日抱き上げた令子の弱々しい顔と、先ほどの機械的な目の両方が頭に浮かんだ。

 

「裏切りじゃないっスか!」

 

 殴られる、

 

 大久保がシンジを廊下で殴りつけた。

 

「落ち着け。相変わらず石頭だな。」酷くその声は感情を抑えている。「あいつはあいつで最善の選択をしたんだ。その程度は分かれ。いままで働いてきた仲だろ。」

 

「ひどいよいきなり、でも先輩、」

 

 殴られる、

 

 だが大久保の目からは涙が出ていた。

 

「あいつは、あいつなりにオレたちのOREジャーナルを残そうとしたんだ。自分が立て直すという条件であの芝浦親子に昨日頼みに行ったそうだ。あいつは言わねえが、土下座くらいじゃ済まねえだろ。オレの無様な失敗のツケをあいつは一人背負ったんだ。てめえのようなガキがギャアギャア騒ぐ事じゃねえんだ!」

 

 シンジは放心した。頭に重石をつけられたような胃に来る頭痛がした。オレって小さい、なにやってんだ、無様だ、様々な想いが巡って頭痛が収まらない。

 

 あっちの世界じゃヒーローなのに・・・・・

 

 美穂と別れてアパートを追い出され、今また事務所に住み込んで辛うじて生活していたシンジ。ことここに至ってシンジは住む家を失う事になる。

 否が応でも喫茶花鶏との縁を強化せざる得ない状況に追い込まれたシンジだった。

 

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