仮面ライダー龍騎SPRITS   作:bassher

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ここは02年度放映された特撮番組『仮面ライダー龍騎』の二次小説です。『仮面ライダー龍騎』、並びそのスタッフ、また講談社マガジンZ連載『仮面ライダーSPIRIT』著者には、一切関係ありません。
公開は07年11月からとなります。



仮面ライダー龍騎/幻の獣 02-11-05

 

 

 

 

 3人のライダーが戦っている。

 

「いやだなぁ、戦う気はサラサラないんだけどなぁ」

 

 胸部の装甲が、大胸筋と腹筋を写実的に象ったロルカのそれに似ている。顎から左右の額に張りつくように歪曲して角が生えている。

 

『スピンベント』

 

 そのライダーの右膝にアンクレットが装着されている。デザインはガゼール系クリーチャーの顔を想起する。膝を曲げると、ガゼールが口を開くようにアンクレットが上下に割れる。下顎部分がカードホルダーであり、カードを装着して膝を戻すとそれがベントインの動作となる。

 マスクド・ライダー9号インペラー。

 

「させない!」

 

 対峙するのは全身に対して上半身が異様に肥大な、大戦中ドイツが開発した戦車が戦車として運用されていた時代の戦車を彷彿させるリベットだらけのライダー。頭と左肩に野太い角があり、目前のライダーよりも、尖鋭で戦闘的だ。

 マスクド・ライダー4号ガイ。一角のサイを思わせる。

 鋼鉄のライダーは角のある左肩前面がスライドしカードホルダーを展開する。投げ入れ閉じる事でカードが発動する。

 

『コンファインベント』

 

 インペラーが発動したパーマネントが具現化する瞬前、透明な光の輪郭だったそれはガラス工芸品が砕けるように消失する。

 特殊カードコンファインベント、インスタント、敵の発動したカード効果を打ち消す。敵のキーカードやファイナルベントを打ち消して敵の攻撃を防ぐ、ガードベントを消失させて自分の攻撃を素通りさせる、戦略次第ではもっとも強力なカードとなりうるパーミッションカード。

 

「だが、そう多くは持てまい。そして必然キーカードへの対応に集中する事になる。」

 

 インペラーは豪語してなお次のカードを手にする。右腕で取り同時に膝を曲げる-カード装填-膝を戻すの3行程。

 

『アドベント』

 

 ギガゼール、契約カード、AP1~4、インスタントとして使用した場合、ガゼール種族の任意の数を同時に使役する事ができ、1突撃、2ジャンプ攻撃、3防御、4自爆のいずれかを選択する事ができる。今回は突撃。十体超のガゼールがいずこからか出現し、棒立ちするインペラーの指差す先、ガイに向かって脚力いっぱいの体当たりをかけてくる。

 

「バカな、こんな数のクリーチャーと契約するなんてありえない!」

 

 仰天しつつもガイは、カードを取り出す。右腕でカードを取ると同時に左腕で肩ホルダーを開け-投げ入れ装填-閉じるの3行程。おそらくカードベント最速の両者である。

 

『ストライクベント』

 

 メタルホーン、パーマネント、AP2、ガイの左前腕を覆う蛇腹の装甲の先にサイのそれのような一角が生える。拳に近い重心で取り回しの利くガイの近接武器。

 

「ぐぉ」

 

 ガイはガゼール軍団の速攻を食らいながらもショルダーチャージで一体を破壊、次いでようやく召還されたメタルホーンでストレートを連発して5体ほどのガゼールを撃破。ガゼールはAPがこれ以上ない程に低い。低いが故に召還カウントがこれ以上ない程に速い。このウィニーデッキの隙の無い速攻は一方的な攻勢になりやすい。ガイがいかに強固な装甲に護られていようとも圧される以外ない。

 

「見ていないで助けろ」

 

 ガイが第三の者に叫んだ。

 

『ショットベント』

 

 ギガキャノン、インスタント、AP1~3。複数の敵に任意のダメージ。砲撃系のカードを持つライダーは後にも先にもただ一人、マスクド・ライダー7号ゾルダだけだ。

 

「ちょっとイタいですよ」

 

 拡散砲がガイに纏わり着くガゼールをガイごと呑み込んで一掃する。ウィニーに対してゾルダの一掃系カードは天敵である。ガゼール軍団が跡形も無く消え去り、残るガイが大の字になって倒れている。

 

「やりすぎた、」

 

 辛うじて生きているガイ、頭を振って起き上がろうとする。

 

「貴方がこんな事で死ぬ訳ないでしょ。効率的でいいじゃないですか。」

 

 嘯くゾルダはその間中マグナバイザーでインペラーを威嚇していた。

 

「ゾルダか。だがオレにはアンタも勝てない。」

 

 カードを取り出すインペラー。

 

「させん」

 

 即座にマグナバイザーを放って妨害にかかるゾルダ。

 

『アドベント』

 

 だがインペラーは左のアンクレットをすり上げ弾丸を弾きカードイン。再び現れるガゼールの大軍。ゾルダとガイにジャンプ攻撃を仕掛ける数十のガゼール。

 

「なぜだ、契約カードを2枚、」

 

 再びもみくちゃに攻撃されるガイ。

 

「いったい何体持っている。食わせていくのが大変だろうに。」

 

 ゾルダの一掃系カードは2枚。およそライダーは対ライダー戦が主体であって、クリーチャー掃討など二次的なものである。ウィニーに特化したデッキに対しては掃討に特化したデッキで当たらなければならない。だがゾルダにしても他のライダーにしても掃討に特化する訳にいかないのである。

 ゾルダはマグナバイザーを乱射して辛うじてガゼールから距離を置く事しかできない。

 

「たまに共食いさせるか、こうやって消耗している。」

 

 ガゼールの群体の中から突如飛び出してくるインペラー。一跳躍でゾルダに接近、ひざ蹴りでマグナバイザーを弾き上げた。

 

「キサマ、」

 

「貰った」

 

 マグナバイザーを掴んでゾルダの肩を踏み台に距離を置くインペラー。地に降り立ち、ゾルダに発砲。

 

「共々死ねよ」

 

 だがその時点で粗方周囲のガゼールをなぎ倒しているガイ。カードを一枚取り出す。

 

「させんよ。」

 

 カードを銃撃で弾くインペラー。交互にガイとゾルダを牽制する。

 

「キサマも手がでないぞ、カードインする隙があれば形勢は逆転できる。第一キサマのガゼールもそろそろ底が尽きる頃だろう。」

 

 ガイが叫ぶ。実はガイはファイナルベントを弾かれてもはや打つ手が無い。

 

「さあな。まだ契約カードはある。第一、減らしても‘コア・ミラー’がある限り、クリーチャーは無限に生産される。おまえ達もそろそろそのくらいの事は察知しているはずだ。」

 

「ほう、それも知っているとなると、本当にただ者ではないな。」

 

 ゾルダはさらに最悪であり、バイザーが敵に奪われ何も始まらない。

 

「会談のテーブルは整ったという事さ。」

 

 さらに交互に銃を向けるインペラー。

 

「目的はなんだ、」

 

 ガイはそれでも徐々に間合いを近づけてくる。

 

「なに、雇ってほしい、それだけですよ。」

 

「雇う?我々は敵同士だぞ。」

 

「なに、ちょっと生活に困ってるんですよ。貴方達は分かっているはずだ。何人かで共闘した方が、楽にライダーバトルを制する事ができる。オレ達で他のライダーを一掃し、その後は、その後という事で。」

 

「話せるヤツだな」

 

「ゾルダ!」

 

「いいじゃないですか。受けましょう。ミラーワールドの構造にもかなり精通しているようだし。」

 

「ゾルダか言うなら、オレも構わんさ、で、条件は。」

 

「フ・・・・・」インペラーは肩を揺すって喜んでいる。「日当で、即日払い。これだけは引けん!」

 

 なにをそこまでリキむんだインペラー。

 

「みみっちいな・・・・」

 

「しょっぱいヤツだ・・・・・」

 

 ライダー二人を手玉にとったインペラーの雄姿は、もはや遠き記憶の彼方へ。

 

 

 

 桃井令子にはアタリがついている。

 

「やっぱり北岡くんが怪しい。」

 

 OREジャーナル編集長となって2ヶ月、令子の心の休まる場所は、自身の部屋と自身のスマートKだけ。ハンドルにもたれ掛って猫背になると落ち着く。

 令子は北岡こそがあの仮面のヒトだと思っている。2ヶ月前、

 

「私はどうした・・・・」

 

「御目覚めですか。病院に送ろうかとも思ったんですがねえ。」

 

 そこはジャガーXJの後部座席。並んで座るのはノートパソコンを膝上で扱う北岡弁護士。

 

「北岡・・・・くん?どうして。」

 

「いやだなぁ令子さん、ボクの右斜め45度そんなに気に入った、あ、そうそう、あまり目を醒まさないもんだから、貴方の車、放置してきましたが勘弁してくださいね。」

 

「そうじゃなくって、北岡くん、さっき変な化け物見なかった?」

 

「フ・・・・忘れなさい。夢ですよ。」

 

 令子は知らない。北岡がクリーチャーの気配を感じてマンションへやってきた時には、既に龍騎が全てを片付け、一人令子がスマートに取り残されていただけだったのを。

 令子は、後になってオカシイと感じた。まず車の中で知人を目撃した時、おそらくは居眠りを考える。体調を気遣うのは、前後の状況を知っているからではないか。もう一つ、化け物の話を訝しむでもなく、ただ、忘れなさい、という反応は知っている者の言い分でないだろうか。

 令子はスマートで猫背になりながらため息を吐く。

 

「アタイ、男に抱かれたいのかな・・・・」

 

 そういう自分にギョッとした令子。原宿を流していた頃の言葉使いまで戻ってしまっている。

 

「アタイ、いや私は、なにを言ってるんでしょうか。」

 

 だが自分一人に敬語を使っても仕方ないのだ。

 

 

 

「うわっ、汚ねえ」

 

 シンジが座席にもたれ掛ってエビのようにのたうった。

 

「いやだなぁ、汚くないですよ、あんなの汚いなんて言ってたら、厨ですよ厨。あんなイージーなテクにひっかかるなんて。せんぱ~い。」

 

 事務所の端と端で騒いでいる23歳と21歳。シンジの相手はこのOREジャーナルのスポンサー、芝浦コーボの御曹司、芝浦淳。父親に言われて記者見習いとして社会人実習をさせられている。そう芝浦の息子は、父親になにもかもさせられている。

 

「だってガンダムだぜ、ビームサーベルだぜ、なんでガンキャノンに負けんだよ。」

 

「あのねえせんぱ~い。」いつも通り下唇を摺り上げた笑顔を作る芝浦。しかし目はいつも笑っていないのだ。「キャノン格闘できないからサーベルで挑もうなんてアマちゃんですよ。屈んでアタリ判定スカしてサブ射撃って、誰でも知ってますって。」

 

「オレ知らねえよ」

 

「調べなさいよその程度。」

 

「どうやって調べるんだよ、」

 

「・・・・・、その程度は自分で考えなさいよ。先輩もゆとりだなぁ。普通そこで避けてガンダム得意の空中とキャノンの迎撃で勝負ってヤツでしょ。その前にヤラれてどうすんですか。」

 

 とやり込まなければ分からないような事を言って適当にからかう芝浦だった。もちろん昨日今日はじめた初心者が分かるはずがない事など重々承知している。

 

「あんた達ねえ!」

 

 と令子編集長の激昂が飛んだ。そういえばここはOREジャーナルの事務所であり、シンジ達は働いているはずである。マッキントッシュにエミュレーターを突っ込んで遊んでいる場合ではない。

 

「令子さ~んいいじゃないですかぁ、じゃあせんぱ~い、負けたんだから、今度のルビーとサファイア、並んでくださいね。約束ですよ。」

 

 芝浦は令子すらも制止できない状態である。

 

「え、ああ、そうだっけ?ああじゃあ仕方ないな。」

 

 シンジは頭を掻いて成り行きを受け入れる。いつもの事だ。

 

「あのね、キドくん、貴方までこんなね・・・いいわ、キドくん、後でいっしょに北岡弁護士に取材するから、私の車に先に行ってて。」

 

「へい」

 

 このメンバーで毎日やっていかなければならないのだから令子はやり切れない。

 

「あの~」

 

「居たの!島田さん」

 

 いつも通り、いつのまにか令子の背後で腰を低くして立っている黒縁メガネの三つ編み女。

 

「あの~、シンジくん止めさせようとしたんですよ。それをあそこの人がゲームで勝てたらって、」

 

 令子はため息をつく。

 

「ああそんなトコでしょうね。キドくんらしい。」

 

 編集長のプレートが乗るデスクからノートパソコンを引っ張り出す。画面を見ると内部LANからメールが着ている。送信者は芝浦。件名は「今晩メシどう」である。再びため息をついてショートカットキーでごみ箱へ直行させ、ノートを閉じてカバンを背負う。

 

「島田さん、私は取材に出るから、連絡があれば私のiブックに。」

 

 敢えて芝浦に目線を合わせず飛び出していく令子だった。

 

 

 

「運転席の方に行って、」

 

「聞いてくださいよ、令子さん、オレ、あの芝浦を止めようとしたんスよ、」

 

 スマートの助手席でショボくれてロングの髪の毛を掻き毟るシンジを見て、令子はやや子宮が疼いた。しかしそれが頭に回って恋愛感情に転じないのは、令子がまだ平成の男に父性や王子様を求めているからである。

 

「止めれば良かったじゃない、」

 

 やや突き放すような放置プレイをどうしても令子はしてしまう。好悪の問題ではない。性分の問題だ。

 

「だって、勝負すれば止めると約束したからつい、」

 

「勝てば良かったじゃない、」

 

「勝てないっスよ、あんな巧いんスから、」

 

「勝てないと最初から分かるでしょ、じゃあなんで勝負に乗っちゃうのよ、」

 

 アタイ、なんでこんなバカっぽい会話につきあってんだろう、令子は自己嫌悪すら覚える。

 

「はあ」

 

 シンジはネコのように丸くなる、令子にはなにもかもが物足りない男である。

 

「最近どうしたの?」令子はそのシンジの額に掌をアテる。「熱はないようね。」

 

「はあ」

 

 口を開けっ放しのシンジ。

 

「弛んでるわよ。この間の記事もそう、アンタ現場行ってないでしょ」

 

「い、い、行ってますよ、行ってます、」

 

「あのね、あのガス爆発は単なる事故なのよ。地下に天然ガスが溜まったもので、決して爆弾なんか使ってないの。」

 

「あの、あの、聞いたっス、だから」

 

「聞いたって誰?近所の人?」

 

「そうっス、それっス、」

 

 他愛ない言い訳と断じて令子はシンジの肩に手を置く。

 

「あのね、実績を作らなきゃいけないの、私があの芝浦親子に文句言わせないほどの実績を作って、編集長を呼び戻す必要があるの。いつまでも島田さんの家に転がり込んでる訳にいかないでしょ、あの編集長も。だから、貴方もやる気を出してくれないと困るのよ。分かる?」

 

「オレ、やる気あるっス!」

 

「ないでしょ!妄想で記事書いてるんじゃないわよ!貴方いつからそんな仕事舐めるようになったの!」

 

「すいません!」

 

「謝ってどうすんの!え!男なら行動で示しなさい」

 

 令子は思う通りにならない部下に唇を噛むしかなかった。

 だがシンジにはシンジの事情がある。

 

 ・・・・・・

 

「あ・・・・、レ、レ、レの、あの、令子さん、オレ、ちょっとケータイが入って、」

 

「ケータイ?鳴ってないじゃない、」

 

「バイブっすよ、今鳴ったス」

 

「そんなの聞こえなかったけど、」

 

 ケータイのバイブというのは、神崎優衣のアイデアだ。

 

「あの、オレ、ちょっと電話してきます、」

 

「ここですればいいじゃない、」

 

「あれ?近い、ものスッごく近いぞ、」

 

 シンジの感じているのは承知の通り、クリーチャーが近くでミラーワールドからリアルへ近づいている時の反応。異様に近い場所でクリーチャーは活動している。いやむしろ近づいている。獲物は、もしかして、

 

「え?なに、なんなの」

 

 刹那、令子の首に絡まるサーモンピンクのヒモ。あっさりと車の窓ガラスから引きずり込まれる令子の肢体。

 

「令子さん!」

 

 まさか令子を目前で掠われる事になるとは。デッキを取り出そうとするシンジ。しかしパニくってスマートの狭い車内で立ち上がろうとして頭をぶつける、ブザーを鳴らす、街歩く周囲の人間に白い目で見られる、とにかく隣の席へ移ろうとしてシフトレバーにポケットを引っ掛け破く。破いたポケットの中からデッキがこぼれ落ち、足許に転がった。スマートの狭すぎる車内でケツや肘をぶつけながらデッキを取り出そうと格闘する。

 

「ぐぁぁぁ、どうすりゃいいんだぁ!」

 

「なにやってんのバカ」

 

 不思議な事に、シンジ以外誰もいないはずの車内に声が響いた。声の方向は今さっき令子が吸い込まれたドアのガラスの方向。シンジは外に人がいると思って顔をあげた。

 

 顎に一撃、

 

 明らかにそれはガラスの中、即ち路上ではなかった。ガラスの中の世界から銀のガントレットを纏った黒い拳がシンジの顎に向かって一撃、脳を揺すられたシンジは問答無用で失神した。

 

「まだ食わせないであげるよ。君にはルビーとサファイア並んでもらう必要があるからね。」

 

 

 

 マスクド・ライダー4号ガイ。

 容積のある無骨な銀のフルプレート。メタルホーンは既に左前腕に装着されており、手足をロープで縛り付けた令子の肢体を脚先から端正な顔、綺麗に整えられた爪の先までをじっくり品定めしている。

 

「これからきっちり攻略してあげるからね。」

 

「貴方もあの化け物と戦ってるんじゃないの!」

 

 令子は助けてくれた龍騎と同じデザインのベルトをガイがしている事に気づいた。

 

「化け物?クリーチャーならクリーチャーってちゃんと言ってよ。僕等ライダーはね、ライダーを攻略して願いを叶える為にライダーになるんだ。クリーチャーを攻略するのは、契約クリーチャーを餓えさせない為さ。そうしないとボクが食われちゃうからねえ。勘違いしないでよ。おかしいよアンタ。ヘヘヘ」

 

「攻略、攻略ってなにあんたゲーム脳なの!」

 

 ちなみにゲーム脳はゲームによって前頭葉等のハードに対しての影響を論じたものであって、倫理観や社会通念がゲーム世界と混同している事を論じたものではない。

 

「古いねアンタも。今はもう世の中がゲームとしてインフラされていっちゃってるんだよ。その最高峰がこのミラーワールドさ。ここでライダーの力を駆使すればなんでもできる。ボクらはついに現実を攻略できるようになったんだ。ライダーの力でね。その流れに古いリアルの考え方だと、もうこれからやっていけないよ。」

 

 メタルホーンの角の先で令子の胸元を捲り取るガイ。勿体ないほどの巨大な乳房が露出する。

 

「なによ!ただの変態じゃない!」

 

 胸を肌蹴て危機感がピークに達するが、それでも性分から思考停止してただ闇雲に抗ってみせる令子。

 

「リアルじゃ、どのカップルも似たような事やってるだろ。」

 

 手慣れているのかガイは令子がもがく姿をじっくり鑑賞するゆとりすらある。

 

 あの人がいてくれたら・・・・

 

 令子の頭が寄り縋るのは、2ヶ月前に奇蹟的にクリーチャーから救出されたあの出来事。もっとも状況が劣悪の時、もっとも運の良かった状況に縋り付く。しかし令子は知らない。龍騎であるシンジが、自分の車の中で気絶させられてしまった事を。

 

「大丈夫大丈夫、ボクも一応社会人として責任は取るさ。部屋を用意するし、生活費も渡してあげるよ。他の子たちと同じようにね。単なる通過儀式さ。みんな大人しくボクをスキになってくれてんだからさ。」

 

 いったいなんなのライダーって、

 

 令子は思考が破綻したのか、肉体にふりかかる危機についてまるで考えなくなり、ただライダー、と言う強烈に個性的な単語について考えめぐらせるようになっていた。ただこのストレスのかかった現実から精神だけでもどこか遠くに飛ばしたかっただけかもしれない。力のある者、化け物を倒しうる者、しかし戦い合う者、戦い合う果てになにがあるというのだろうか、なによりそのような複雑な状況と、この人の誰もいない建物だけの世界がなぜ存在するのだろうか、人為的なモノを感じずにはいられなかった。

 

「パンティー紫なんだね。ストッキングがブラウンだといい感じにそそるよ。実は欲求不満で、ボクを待ってたのかなぁ」

 

 坦坦とどこか天空からでも眺めているかのようなガイの口調であった。

 

「マテよ」

 

 ライドシューター!

 

 涙滴型の銀のバイクが二人めがけて突進、直前でスピンターン、令子の体ギリギリで急制動、

 

「なんだ、」

 

 殴りつける、

 

「お返しだ!」

 

 顔面に食らって体ごと持っていかれるガイ、ライドシューターの衝撃と拳のAPが叩きつけられた。

 

「・・・・ホントに・・・・」

 

 令子は無表情に放心しているが、その目はライドシューターがオープンし立ち上がる搭乗者に向けられている。

 

「悪者め、覚えておけ、いくら気を失っても、あんなガンガンクリーチャーの音が聞こえたら、いやでも目を醒ますんだ!」

 

 紅のボディ、スリットから浮き出た二つの大きな複眼。マスクド・ライダー8号龍騎の雄姿。

 

「なんて事を!」

 

 龍騎-シンジは絶叫した。令子の無惨な姿を見て怒り心頭になる。即ロープを外して服の乱れをなおし、抱えてライドシューターに乗せた。

 

「ア、リ、ガ、ト・・・」

 

 未だ放心しているが、両目からは脱力の涙がこぼれ落ちている。

 

「大丈夫、あんなの、オレ、倒すから」そうしてガイへと向き返る。「おまえ!」

 

『ホールドベント』

 

 バイオワインダー、パーマネント、AP2、600メートルもの糸を伸ばすヨーヨー型の武具。いつのまにかガイは右腕に装着し、その小さく回転する錘を打ってきた。

 

「乱入すんなよ!」

 

 龍騎はガイのベルトが自分と同じものである事、同じシステムでカードを使う事を直覚した。

 

「なにもんだおまえ!」

 

 胸でまともに受ける龍騎。AP2の攻撃にややよろめくも同時にカードを引いている。カードを持った掌の甲でバイザーを打ち気味に開く-装填-装填した掌を返してバイザーを閉じる、実質3行程半とも言うべき速いベントイン。

 

『ガードベント』

 

「遅いよ。」

 

 ガイはガードベントの平均的なカウントから自身の得物の方が先に龍騎に達すると見た。

 

「分かったぞ、キマサ、クリーチャーを影で操る悪いヤツだな、」

 

 だがガイの予想を裏切り即座に召還されるドラグシールド。ほんのギリギリの間合いで龍騎の腕にセットされ、バイオワインダーを相殺、互いに消滅する。

 

「速い、信じられん。」

 

 バイオワインダーAP2、つまり相殺するにはGP2が必要である。がGP2にしては龍騎の召還カウントは速過ぎた。ガイを纏う者は、ゲームのルールを熟知しているからこそ困惑した。

 

「いくぞ中ボス!」

 

『ソードベント』

 

 やはり召還速くドラグセイバーを手に取る龍騎。

 

「誰が中ボスだ、オレはプレイヤーだ!」

 

 今日一番の侮辱を感じたガイ。左腕のメタルホーンを振り回し突進する。

 

「令子さんに謝れ!」

 

 鍔迫り合い、

 

「乱入されて台を取られた事ないんだよボクは!」

 

 一合二合三合、

 

「謝れって言ってんだ!」

 

「なんだこいつバカか」

 

 セイバーとホーンを互いに打ち合いながらしかしジリジリと龍騎が気合で圧倒していく。

 

「消えろよ!」

 

 両手持ちにしての龍騎の横薙ぎ、

 

「大振りだ、」屈むガイ、ガイの視界には捻った龍騎の腰が見える。「貰ったぁ!」

 

 ガイ、屈みながら頭部の角を龍騎の腹めがけて突く、

 

「おわキンタマやべぇ!」

 

 やや跳ねる、高く跳躍するわけではない、軽く跳ねるとガイの頭が龍騎の股間にスッポリ収まり、龍騎はちょうどガイに表裏逆の肩車をする形になる。

 

「どけよぉぉ」

 

 そのまま突進を止めず龍騎を背負ったまま疾走するガイ、

 

「止めろよっ」

 

 このまま振り払われるとガイに仕留められる事が分かっている為、しがみつく事しかできない龍騎。ふんばりが下腹に過剰にリキみを与える、その時、奇蹟が起った!

 

 屁、

 

「ぐぉぉぉぉ、なんだおまぇぇぇ」

 

「おいてぇぇ」

 

 もんどり打ってスっ転ぶガイ、姿勢を崩して投げ出され尻もちをつく龍騎。

 

「お、おまえなに食ってんだよ、目にしみるぞ!」

 

 なんと龍騎はケツから屁をぶっこき、ガイの気管という気管に直撃した。

 

「作り置きの餃子だ!」

 

 あまりの臭みにところ構わずメタルホーンを振り回すガイ。なにより仮面の中に屁が篭って出て行かずインスタントでなくパーマネントとして充満し続けているのが質が悪い。だが臭いをバカにしてはいけない。視覚、聴覚、嗅覚に異常な刺激を与え、人間を一時的に麻痺させる事は、テロ対策など研究が進んでいる。

 

『ファイナルベント』

 

「思い知れ!」

 

 ガイに隙を見出した龍騎、ドラグレッターに纏わり憑かれながら高々度を跳躍、蹴撃のポーズをとって急降下、それと共にドラグブレスが龍騎の肉体を後推しする。

 

「しまっ」

 

 ドラゴンライダーキックっ、

 

 炎を纏って直撃する龍騎、悲鳴をあげながら押込まれ、地面を側転で転がりなお龍騎に引きずられていくガイ。

 

 爆破、

 

 突き抜けて降り立つ龍騎の背後で爆破、ドラグレッダーの炎が爆風で一気にかき消され、そこにはもうガイの肉体が跡形も無かった。

 

「やりぃ!悪党をやっつけた!」

 

 燃える闘魂右手を上げガッツポーズの龍騎。

 

「おっと令子さんだ」

 

 ライドシューターに乗せた令子を思い出し慌てて駆け寄る龍騎。令子は目をトロンとさせて龍騎だけを眺めている。

 

「令子さん」

 

 無言で抱きつく令子、龍騎の鋼鉄の胸に顔をなすりつけてただただ泣き崩れた。

 

「ごめんなさい、このままで、しばらく、」

 

 令子さんこんなに弱いんだ・・・・

 

 龍騎は無言でその弱々しい肩を包んでやる事しかできなかった。それがここ2ヶ月全ての重圧からの発散だとは気づく事ができない龍騎-シンジだった。

 

 

 

 令子はそのまま緊張の糸が切れて都合の良い事に眠りについた。ミラーワールドは入り口からでしか出られない法則がある。同じ入り口から出れば一発で正体がバレてしまう。だが眠っている令子をそのままライドシューターで送る事に決めた。

 

「そうだ、令子さん北岡の取材とか言ってたよな。そうだそうだ、オレが一人でいけばいいんだ。」

 

 龍騎はそんな事を言いながらライドシューターをミラーワールドの外へ向けたのだった。

 ミラーワールドは人がいない、街の無機物が全て左右反転した世界である。音はときおり聞こえるクリーチャーの泣き声くらいだろうか。ライダーが去ると、もはやその一帯に存在するものはいない、はずだった。

 

「危なかった、」

 

 それは小さな、目の錯覚としか思えないほどの小さな光の屈折だった。それが蜃気楼であるかのように人の虚像と化し、ついには実体と化す。

 黒いスーツを身に纏い、ブレストプレート、両肩のラウンドアーマーは緑一色に彩られ、仮面の三分の二が丸い両目で占めている。だがその中で瞳と言える部分は人間のもののように小さく中央にあり、目のほとんどは膜のようなもので覆われている。

 

「もし、ガイがファイナルベントを一度無効にできるボディを持っていなかったら、もしオレかそのボディをコピーしていなかったら。いや違う、こうなる事をボクは直感で分かってたんだ。ボクの頭脳の勝利さ。結局ヤツはボクの命の珠を取れなかったんだからな。」

 

 マスクド・ライダー2号ベルデ。彼こそいままで龍騎と戦っていた本人であった。

 

「しかし、あいつが、龍騎だったとはね。もうこれで命の珠一つゲットしたようなもんさ。そうだ、いい事思いついた、ヤツに手出しさせないように、ヤツが強いって情報流して他のヤツらに手出しさせないようにしよう、」

 

 本人は流暢なつもりでそう言って変身を解こうとする。だが中々ベルトからデッキが取り外せない。デッキが壊れたわけではない。取ろうとする手の方がベルデの意志に逆らってただブルブルと震えているのである。それは死の恐怖をはじめて体感したという事である。

 

「フ・・・・、今度はいただきますよ。せんぱ~い。」

 

 

 

「ですからですね、美穂は絶対無実だと思うんスよ。相手の男達が結託して、罪に陥れたっつうことだと思うんスよぉ」

 

 シンジは眠り続ける令子を置いて、一人ズーマーをとばして外回り中の北岡と合流した。北岡は令子からシンジの事を聞いていたようで、喫茶花鶏でお茶を呑みたいと言い出した。日頃OREジャーナルで宣伝しているシンジは喜んで北岡を案内する。もちろん北岡の目的がゲームマスター神崎士郎の妹にある事をシンジは知らない。

 

「問題は一審をほぼ通ってしまうって事ですね。むしろ保釈を考えなさった方がいいと思うのでずがねえ。」

 

「保釈?釈放できるってことっスか?」

 

「そう、一応保釈金と身元保証人でね。問題はそれからという事で。」

 

「お金・・・・お金・・っすか、はあ・・・・・」

 

 シンジの幸いなところは、ライダーの力と犯罪行為が脳の中で直結しないところである。

 

「ここ良い雰囲気だねえ。なるほど。」

 

「いらっしゃいませ」

 

 優衣は即座に店員として愛想を振る舞い、二人掛けの丸テーブルに誘った。

 

「う~ん、店員もカワイイ子だ。なるほど気に入った。君いい店を知っているね。」

 

「まあそんなホントの事を。」

 

 優衣は裏表がない。マジメにそう言っている。

 

「そうっスか。実は優衣ちゃんの店にいろいろお世話になってて。」

 

「2階であの高鼾だ。世話どころかこっちは迷惑だがな。」

 

 カウンターの奥から無愛想な男がコップを持ってやってきた。執拗に黒を纏う男、秋山蓮が悪趣味な黒いエプロンを纏って現れる。蓮がファッションセンスの奇怪さで言えばどっこいの北岡の前に水を置いた。

 

「お、オレの分は、蓮?」

 

 体中バタつかせて口調がキツいシンジ。シンジにしてみればこの無愛想な同居人とのディスコミュニケーションは、日頃の憂さを増加させている。

 

「客と思っていない」

 

 真司に目線すら合わせない蓮。シンジは自分がなにか悪い事でもしたのかと悩んだ時期すらあったが、どう考えてもないので、逆に蓮への鬱積となってしこりが溜まる一方である。

 

「優衣ちゃん、こいつになんとか言ってよ!」

 

 こういう時は直接絡むとケンカになる事は一応シンジも学習している。ここは優衣を味方にするのが一番だ。

 

「もうこの人はなに言ってもムダだから」

 

 レンとはここ一ヶ月目線を合わせない優衣はおちょぼ口になる。最近シンジの方に味方してくれる事が多くなった。

 仕方なく自分の分のコップをキッチンに取りに行く真司だった。

 

 

 

 流しに向かって洗剤に浸した食器の中から、ガラスコップを取り出し、洗い始めるシンジ。不思議なもので洗い始めると、他の食器も洗わなければ気が済まなくなってくる。食器を洗い始めると給湯器を使わなければ気が済まない。そしてシャワーにする方が絶対に便利だ。今日は偶々スパを炒めた鍋がまだそのまま残っている。チーズのコゲは手強い。ついには鼻歌が入りだした。

 

「あら、シンジくん今日はいいのに。」

 

 冷蔵庫から、おそらく客に出すのだろうレアチーズのケースを取り出し、一切れ皿に乗せる優衣。

 

「優衣ちゃん、オレやったよ!」

 

 唯一話せる相手と二人きりになれて調子に乗るシンジだった。

 

「なにを?」

 

「悪いヤツやっつけたんだよ!」

 

 優衣の顔が青ざめる。それは直覚して事実を把握してしまったという証拠。

 

「悪い・・・・クリーチャー?」

 

 優衣は硬直した首を無理にシンジに向けて、事実と違う事実を無理矢理頭から捻り出した。

 

「違うよ、もっと悪いヤツ、クリーチャー使ってさ、令子さん掠ったんだ。たぶんあいつがこの辺りのクリーチャーのボスだと思うんだよね。」

 

 だがシンジが語る事実は、優衣の脆い事実など簡単に破壊していく。

 

「殺したの・・・・」

 

 シンジは拳を握って力説した。

 

「ちゅうか、跡形も無くってヤツ、爽快だったよ、悪いヤツやっつけてあんなにスカっとすると思わなかったよオレ!」

 

 落す皿、割れる音、へしゃげるレアチーズ、

 

「え、優衣ちゃんどうしたの、お腹でも痛い?」

 

 次いで来るビンタ、

 

「、え、なに!」

 

 一次的な怒りを顕にするシンジ。この時、優衣の方がむしろ冷め切っている。

 

「人を殺したんだよシンジくん」

 

「え?」

 

「同じライダーのベルトしてたんじゃないの?」

 

「え、あ、うん」

 

「シンジくんと同じライダーだったんだよその人、」

 

「え、でも、悪いクリーチャーを使って、」

 

「だから契約してたんだよ、シンジくんも分かるでしょ、」

 

「だって、あいつ悪かったんだ、だから、やっつけても、」

 

「バカぁ!」

 

 シンジはショックで口を噤んでしまう、

 

「いいシンジくん、ライダーはただの力なの、アナタみたいにクリーチャーを倒すだけじゃなくて、いっぱい悪い事もできてしまうの、悪い事をするライダーもいるのよ!」

 

「で、でも、令子さんにヒドイ事したんだ、だからやっつけられても、」

 

「人は誰でも間違うものでしょ、シンジくんは一度も間違いを犯した事がないの、その人よりも全部間違ってないって自分で言い切れるの!」

 

「だって、令子さんが、令子さんが、」

 

 シンジの頭がグルグルとリピートする。

 

「謝れって言ってんだ!」

 

「なんだこいつバカか」

 

「おわキンタマやべぇ!」

 

「なんだ、どけよ、」

 

「止めろよ」

 

「ぐぉぉぉぉ、なんだおまぇぇぇ」

 

「おいてぇぇ」

 

「お、おまえなに食ってんだよ、目にしみるぞ!」

 

「作り置きの餃子だ!」

 

「やりぃ!悪党をやっつけた!」

 

 冷蔵庫にもたれ掛り、そのまま脚を折って床に座り込むシンジ。髪の毛を掻きむしる。

 

「オレ、オレ、なにやってんだオレ、オレ!」

 

「シンジくん・・・・」

 

 罪悪感が一気にシンジを押し潰そうとしていた。優衣はシンジの頭に両腕を回して胸に顔を押付けた。

 

 ぉぉぉぉあああ!

 

 優衣の小さな小さな胸で絶叫するシンジ。

 

「ごめんよ。ボクが言い過ぎたんだよね。ね、ボクがダメだったごめんね。」

 

 そんな慰めの言葉も今のシンジは聞いていない。

 あまりにも、あまりにも愚直な二人の若者の姿だった。

 

 

 

 いい豆が勿体ない、

 

 レアチーズとコーヒーを一人で堪能していた北岡は、腕時計が2時を差したところで、そろそろ出ようか迷っていた。問題は桃井令子である。本人はここに来ると連絡してきたが、同じ会社の若い記者、さっきから厨房に籠ったまま出てこない男は来られなくなったと言っている。

 

「どっちでもいいけどね。ギャランティーは貰うからさ。」

 

 シャア、シャア、シャア、ビームかが~・・・

 

 と携帯の着信音が鳴る。

 

「貴方ですか。お父上はお元気でしょうか。」

 

 芝浦コーポの顧問弁護人にも就いている北岡は、リアルでも息子である淳とも知らない仲ではない。

 

「ごめんなさい、遅れてしまって。」

 

 一旦家に帰って、服を緑の皮コートにチェンジしてきた桃井令子が、花鶏のドアの鐘を鳴らした。

 

「あら、来るとは令子さん、そう、そうなのだ。」

 

 と令子と携帯の交互に相手する北岡。本来なら失礼なところだが、これを難無くこなせる男が北岡であり、これが仕事のできる男というものである。

 

「緑がいいってこの間言ってたじゃない北岡くん。」

 

「令子さん、いい香りがしますねえ。そう、手強いんだ、ふ~ん、」

 

 令子からほのかに石鹸の香りを嗅ぎ取った北岡は、自分の為に準備してくれた事を内心喜んでいる。ダイレクトに石鹸の匂いなどと口走れば、本心を見抜かれた女性は引いてしまってNGになる事ももちろん折り込み済みだ。だがその彼も令子の事情など知るよしも無い訳だが。同時に北岡は携帯越しにこれから命のやり取りに関する情報を聞き取っている。

 

「北岡くん、一応御礼を言わせてもらえる。」

 

 考えてみれば令子も強い。レイプ紛いの災難に合えば2、3日日常生活などできないだろうに、ほんの2時間で頭を切り替え、仕事をしようとしているのだから。やはり令子もできる人である。

 

「ん、まだインタビューには答えていませんよ。・・・・、そうか、たぶん香川に聞けばなにか分かると思うよ。ボクは、デッキよりも龍の方が原因だと思うけどね。ま、速さっていうのは、ライダーバトルの一つの要素ではあるけど、決定的な要素にはならないさ。」

 

 実は北岡は敢えてライダー絡みの単語を令子に聞かせている。ライダーの存在がいずれ世間に知れた時、その情報をどのように有効に使うかを考えての事である。令子という女をモノにする事も無く、数ヶ月食指を動かさないのも、令子がマスコミを背負っているからである。彼女とは公表した後でいくらでも関係を持てる。だがミラーワールド絡みの事を秘匿したまま関係を持てば関係が持続しないかもしれない。そこまで折り込んでいる。問題は時期と段取りである。

 

「浅倉威は上告を拒否したそうですね。裁決を謹んで受けるとはとても思えないのですが。」

 

 令子はそこまではさすがに読めない。ただライダーという単語を耳に入れて目を瞬かせただけで、令子の方も敢えて触れようとしなかった。あるいは、話せない事情があるのなら待っててあげよう、くらいは考えているのかもしれない。

 

「あの男が素直に認めるなんて考えは失望を産むだけですよ。ああ、神崎士郎も粋だよ。中々ハードルを高くしてくれてさ。ま、忠告はありがたく受け取っておく。」

 

 と言って携帯をようやく切った北岡。

 

「どんなクロでもシロにする。貴方だったら、より浅倉の罪を軽減する為に上告を強行すると思ってたけど。貴方、仕事は最高にできるけど、人間は最低だから。」

 

 令子の微笑みが今日は温かい。

 北岡の豊富にも程がある経験の範囲でこの反応はいわゆる‘むこうからカモがネギを背負ってやってきた’状態である。北岡は心臓を擽られているようなこそばゆさを感じた。明確に仕掛けた訳でもないのに向こうが勝手にその気になって盛り上がる。兆候としては、ここで決めるしかない。しかし決める訳にいかない北岡の事情もある。百戦錬磨の北岡は迷わず引き伸ばす手を打つ。

 

「令子さん、ボクは、大事にしていきたいと思う。三匹の子豚の末っ子が煉瓦の家を作ったように。お互いまだ仕事の関係だ。ゆっくりお互いを知っていきませんか。」

 

 ほぼ完璧な対応である。多少チープな比喩であるが仕事ができる男は違う。

 

「私も焦ってないわ。ただ今日は本当に御礼を言いたかっただけ。それにしてもここってメニュー取りが遅いわね。水もまだだし。」

 

 令子は満足な答えを得る。たとえそれが勘違いに彩られた喜劇の末であったとしても。

 

「ああ、人手が少ないみたいですね。おーい、水もくれないのかね、」

 

 この時、シンジと優衣は二人で上の階にいて、蓮は北岡と顔を合わせたくない為に奥に引っ込んでシンジに変わって洗い物をしている。憎々しい北岡の声で関らざる得なくなった蓮は腹を決めてコップに水を注いで、

 

「メニューがお決まりになったら、お呼びください、」

 

 と令子のテーブルにメニューと共に置いて即座に立ち去ろうとする。

 

「無愛想な店員だねえ」と態と聞こえるように言う北岡。「でも令子さん、あまりタイトなスケジュールを組んでは、御身体に触りますよ。」

 

「そっか知り合いなんだ二人。」と勝手に納得する令子は北岡の新しい一面を見られて嬉しそうである。「気遣ってくれてありがとう。でも今日はそんなにタイトじゃないわよ。スケジュールとしては。」

 

「でも今日ここに来られないくらいのスケジュールを組んでいた訳じゃないですか。」

 

「スケジュール?え、ちょっと待って、スケジュールって訳じゃないないじゃない、貴方も分かってるでしょ。」

 

「でもほら、先にボクと合流した、確か、霧島美穂の、そう、キドシンジ、彼がそう言って、」

 

「ちょっと待って、どうしてキド君が私の事を・・・・・」

 

 はじめて化け物に襲われた後、キドくんはどうしていたのか?

 なぜ今キドくんがまるで自分に起きた事を知っていたような行動が取れる?

 令子の中でなにかが繋がりつつあった。記憶の連結が一旦リセットされ再構築されていく。

 

「北岡くん、人を守るのが貴方の役割、だったわよね。」

 

「はあ?令子さん、ボクがそんな男に見えるのですか。貴方も言ったじゃないですか。人間としては最低だって、ボクにとってこれは境地であり誇りですよ。」

 

 この人じゃない、

 

 令子はそう直感した。そして自分の直感を確かめる行動に出る。

 

「キドくんはどこ?」

 

 構わずキツい口調となる令子。

 

「ああ、さっき神崎の妹と2階に上がっていくのを見たけど、」

 

 とやや隙のある答えをしてしまう北岡。

 

「そう、」

 

「令子さん、ちょっと何が、」

 

「煩いわね、嘘つき!」

 

 北岡に理不尽この上ない事を言って振り払う令子、かまわずカウンター裏に回り、階段を上がっていこうとする。

 

「なんでしょうか」

 

 ちょうどそこへ上の階から、上着の襟を正しながら降りてくる優衣と鉢合わせする。

 

「キドくん、ごめん、ちょっと聞きたい事があるんだけど、」

 

 優衣を無視して2階に声をかける令子。できる女は脳内マスタープランができあがると拙速になってしまう。

 

「あの、シンジくんは、いまちょっと体調が悪くて2階で寝てます。」

 

 それは事実である。ただ心労ではあったが。

 

「ごめんなさい、私はキドくんに話があるの。」

 

「もうシンジくんをそっとしてあげてください!」

 

 優衣が奇声を上げた。驚いた令子がはじめて優衣と目と目を合わせる。

 

「貴方キドくんのなに?」

 

「ボクは、たぶんシンジくんは、友達、だと思ってる、」

 

「なにそれ、あのねキドくんは私の部下なの、貴方が割って入ってどうこう言う関係じゃないから、誤解しないで、」

 

「ボクは、ただシンジくんに優しくしてあげてって言ってるんだ、」

 

「あのね、キドくんは甘やかしちゃダメになっちゃう子なの、私は、あの子に一人前になって欲しいだけなんだから、」

 

 私は何を言ってるんだろう、これじゃ小娘と男を取り合ってるみたいじゃない、

 

「シンジくんは貴方の持ち物じゃないもん、貴方シンジくんには負担になる事しかしてないじゃない!」

 

 負担・・・・・

 

 令子は絶句した。思えば助けられてばかりの自分がいた。

 

「分かったわ、ごめんなさい。貴方のお店に無断で入ろうとした私が悪かったわ。」

 

 そんな話ではないのだが、そう言って収めるしかない令子だった。

 

「北岡くん、場所を変えましょう。打ち合わせの続きを、」

 

 振り返ると店内にいるはずの北岡の姿はもはや無かった。その代わりテーブルの上には、食べかけのレアチーズと、呑みかけのコーヒーと、そして一枚の紙幣、そしてメモが置かれていた。メモには、用事ができたので失礼致します、お釣りはチップです、と書かれていた。

 

「逃げやがった・・・あんチクショ、腰抜けが。」

 

 女同士の修羅場なぞ巻き込まれたくない。鮮やかな仕事のできる男の立ち回りであった。

 

「仕方ないわね、今日のところは帰ります。キドくんに、今日はもういいわ、明日話を聞くからって言っておいて。」

 

 そう言って令子はドアの鐘を再び鳴らした。

 以降死ぬ直前まで、令子の人生にキドシンジが関る事はもはや無かった。

 

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