そんな気持ちに、彼女はなれるのでしょうか?
ボーン村にある食堂。
そこは今や、大勢の人で賑わっていた。
翔は人混みの中を進み、聖女と呼ばれる女性にさりげなく接近し、レーダーで識別反応を確認する。
(・・・この聖女って人、ネイトだ)
翔は、コーラップス汚染をどうやって浄化したか気になったものの、ネイトであることである程度警戒していた。
しかし、アデリンや幼体ネイト、異性体の件があるため、通常のネイトとは違う可能性も視野に入れていた。
だが、ここで事件が起こった。
「おい、聖女ってのは誰だ?」
食堂に、4人のARで武装した男性が入ってきた。
その武装した男性達は1人の男性を囲んでいた。
男性は新品のような白いスーツを着ているが、葉巻を吸っているためその臭いがスーツに染み込んでいる。
「なんですかあなた達は!?」
エリヤがその男性達の前に出るが、ARの銃口を向けられる。
「俺達は聖女様ってのに会いに来たんだよ。なんでもコーラップスの汚染を治せるそうじゃねぇか?だからちょっと"手伝ってもらおう"と思ってなぁ」
翔はレーダーを確認すると、敵性と思われる反応が食堂の周りに集まってきていた。
反応はどれも人間であるため、傭兵か私兵であると推測できる。
しかし、ここは食堂でありなおかつ人が大勢いるため銃撃に巻き込まれる危険性が高かった。
どれだけ被害を減らせるか、どうすれば犠牲者を出さずに済むか、翔が思案していると・・・
「お?そこの女!お前が聖女か!?」
他の難民達とは明らかに違う風貌を見て、聖女が見つかってしまった。
「そこを動くなよ!おい、お前らそこを退け!それとも・・・これがあれば退くか?」
身なりの良い男性は懐から札束を取り出し、周囲にばら蒔いた。
札束をそのように扱えるということは、自分が大金持ちであるという事を誇示していた。
身なりの良い男性の隣にいる男性は、天井へ向けて1発発砲した。
「金がいいか鉛玉がいいか、それとも何も取らずに退くか選べ!」
すると、金を拾って逃げる者やすぐに立ち去る者がチラホラと出始めた。
しかし同時に、恐怖で固まって動けない者や泣き出す者もいた。
すると銀治が怯えている聖女へと近づき、耳打ちする。
「逃げよう、こっちだ」
それを見た翔は、そろりと武装した一団の右側面に移動すると、テーブルの上にあったフォークをそっと手に取った。
翔はそのフォークを投げ、フォークは武装した男性の右手の甲に突き刺さった。
「うあっ!」
武装した一団は翔の方を見る。
すると翔は一団に急接近し、ARを向けた男性の両腕を勢いのままにへし折り、手にフォークが刺さった男性の下顎に強烈なビンタを打ち込んだ。
「な、なんだ貴様は!?」
レーダーを見ると、銀治は聖女を連れて食堂から逃げ出すことに成功した様子である。
翔は身なりの良い男性の声に答えず、武装した男性2人のARを掴んで上に向けさせると、そのARの銃身を握り潰した。
そして、素早く2人の鳩尾に抉り込むように拳を叩き込み、そのまま身なりの良い男性に接近すると、下顎を殴って脳震盪を起こさせる。
身なりの良い男性は倒れるが、外からはぞろぞろと武装した一団が近づいているのが分かる。
「皆さん!伏せててください!僕が呼ぶまで動かないで!」
そう言うと、翔はまだ無事な2丁のARを両手に持って外へ出た。
銀治は背後から響く銃声を聞きながら、聖女を連れて走っていた。
武装した一団は追ってきてはいなかった。
しかし代わりに、ストレリツィとロデレロによる部隊が追ってきていた。
そこへ、隠れていたAR小隊が現れる。
「指揮官!こっちです!」
パラデウスが追ってきているということは、聖女はパラデウスにとって、何かしら重要な存在であることを意味していた。
銀治達はなんとかパラデウスから逃げ切ると、銀治は聖女から手を離す。
「ありがとう、ございます・・・」
聖女は頭を下げて礼を言った。
銀治は周囲を見渡し、パラデウスがいないことを確認し、聖女に向き直った。
「君、名前は?」
「私は・・・『マハリアン』です」
聖女と呼ばれていたマハリアンは、AR小隊が人間ではない事に気づくと、再び怯えて後退る。
「あなた達、人間じゃない・・・私に何をするつもりなの!?」
マハリアンは小さなナイフを取り出したが、その手は震えていた。
銀治はなんとか宥めようと落ち着くよう言うが、そこへ翔が走ってきた。
「待って!落ち着いて!」
マハリアンは翔が武装した一団に立ち向かった者だと気づくと、少しだけ表情を和らげた。
「あなたは・・・あの人達に向かって行った・・・」
「僕はヒロって名乗ってましたが、本当は翔・ニールセンって名前です」
「私はマハリアンです・・・」
翔の体にはかすり傷1つ無く、銃声が止んでいることから、翔が武装した一団を制圧してきた事が分かる。
「安心してください。あのお金持ちと、その人が雇った傭兵達は無力化してきました。それと、その人達は敵じゃないです」
しかしマハリアンはナイフを握ったままである。
「この人はG&Kの指揮官。そしてそこの小隊は戦術人形で、人間じゃないけど信頼できる人達だよ・・・まあ、初対面じゃ信頼できないかもだけど」
そう言って翔は、苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「でも今は、僕があの人達を制圧したってことで、話だけでも聞いてくれませんか?」
そう言って、翔は深々と頭を下げた。
そしてようやく、マハリアンは手に持ったナイフを下げた。
まず、翔はプロメテウス計画とパラデウスの調査のために来ており、マハリアンの事を知ったのは偶然であることを説明した。
そして、銀治達はパラデウスに関する調査と共に、コーラップスによる汚染を受けてしまったカリーナを治療するための方法を探していた。
「だから頼む!君の身の安全を保証する代わりに、カリンの汚染を治してくれ!」
銀治が深々と頭を下げると、AR小隊も頭を下げた。
翔はそれを見て、アンチコジマの事が頭をよぎった。
しかし、できれば人々にはアンチコジマにはできるだけ頼ってほしくなかったため、静観することにした。
翔はレーダーを確認するが、敵性反応は消えていた。
この様子を、遠くから見ている者達がいた。
複数のストレリツィと、黒ネイトと白ネイトを連れているナルシスである。
ナルシスは翔がいるのを確認するなり、ため息をついて頭を抱えていた。
「ナルシス様、攻撃しないでよろしいのでしょうか?」
白ネイトが訪ねると、ナルシスは首を横に振る。
「ダメだ。翔がいるなら、近くにアイツの仲間がどこかにいる・・・それに、翔だけでもワタシらじゃ勝てない。できることはせいぜい監視だけ」
ナルシスの普段の態度や行動は、誘拐前よりかなり穏和になっており、ネイト達からの信頼は厚くなっていた。
監視を続けていると、翔達のマハリアンとの話し合いは終わった様子であり、マハリアンは銀治達に着いて行く様子である。
翔は周囲を見渡すと、銀治達とは違う方向へ歩いて行った。
それを確認したナルシスは引き継ぎのために別の上位ネイトに連絡をし、その場から離れた。
翔は1度ホテルへ戻り、他のメンバーも戻ったところで報告し合うことにした。
するとどうやら、アンジェがブレーメンからこちらに来ているとの報告があった。
「アンジェさんもこっちに来てるんだね。それに、ガラテアグループは、やっぱり裏にパラデウスがいるんだね」
しかし、ガラテアグループの一部の人間はパラデウスの事を知らない様子でもあった。
「さて、明日は明日で忙しくなりそうだね。皆、今日もありがとう」
翌日、日の出前に翔はホテルを出た。
読んでくださり、ありがとうございます!
今回は翔の素手での戦闘力が垣間見えましたが、どうだったでしょうか?
感想や高評価、お待ちしています!
●ボーン村
ベルリン郊外にある村。
難民達を受け入れている村ではあるが、パラデウスを信仰している。
エリヤが村を仕切っているが、信仰に反する者に厳しすぎるあまり、村へ訪れる者や滞在する者は減っていっている。
●エリザ(ボーン村)
ブロンドの髪を2つの三つ編みお下げにしている女の子。
真面目で優しい性格で、いつもお気に入りのぬいぐるみを抱えている。
ボーン村に住む難民の1人で、よくエリヤを手伝っている。
ちなみに、鉄血のエリザとは同名なだけで関係性は無い。
●エリヤ
ブロンドの長髪に、黒い帽子を被っている。
パラデウスに心酔しており、信仰する者には優しく、それに反する者にはとことん厳しい。
●マハリアン
モリドーと瓜二つの容姿の女性。
周囲からは聖女と呼ばれており、コーラップス汚染を浄化する事ができる。
基本的に穏やかで慈悲深い性格をしている。
翔のレーダーではネイトの反応があるものの、その正体は不明である。