〘名〙 (形動) 恵まれた状態にあって不平を感じないこと。満足できてたのしいこと。めぐりあわせのよいこと。また、そのさま。さいわい。しあわせ。
ー精選版 日本国語大辞典
「あの夜はひどく静かだった。フィクサーの戦う音、翼の羽が日常を営む音、裏路地の住民が殺される音。何も、何も、聞こえなかった。まるで、何か恐ろしいことが起こる予兆を表すように…」
ー4級フィクサー
悪趣味な月光が都市を照らす最中、返り血を浴びて真っ赤に染まったサオリが人差し指の一人の胸から手を抜いた。
「何故、抵抗しない?」
出会った人差し指の一人一人が抵抗すること無く、殺されていく様は一種の処刑のような有り様で、その審判を下すサオリが一番困惑していたのだ。
「指令…」
人差し指を表す白装束が深紅に染まり、彼岸花のように美しく咲いていようと彼らの口からは指令という言葉しか聞こえてこない。
「また、それか…」
暴虐の限りを尽くしたサオリはどこまでも理性的だった。狂いたいのに、いっそのこと壊れたいのに、頭がしっかりと冷えている。先ほどまで一瞬抱いた怒りという感情すら、期待を裏切り鳴りを潜めた。ミサキを一旦思考の片隅に追いやり、その指令という言葉を考えられるほどの余裕がそれを表す。
「…」
最後に殺したミサキほどの年しかない人差し指の少年に目をやり、そっと空を見上げた。悪趣味とてきらりきらりと白色の道を作る月明かりは綺麗でーーどうにも、サオリという人を笑っているようにしか感じられない。
「ふふ、先生…あぁ!!先生!」
今では朧気にしか思い出せないあの顔と声に必死にすがろうとしても…完全に思い出せなくて、不完全な記憶を手繰り寄せては全て見ることが出来ずに自己嫌悪を覚えていく。
「教えてくれ!!この世界の苦痛は如何にして消え去るのだ!?」
子供の癇癪のように怒る。理不尽から救ってくれと、必死に、必死に、蜘蛛の糸をつかむ。
「苦痛すら感じなくなって来ている私に出来ることを!この狂った世界で、この苦痛彩る悪夢で私が羽ばたける方法を!」
まだ怒れるはずだ。憎悪を、人として正しい感情を。
「…何故だ…」
不条理への憎悪という激情に身を任せても、それはすぐに引っ込もうとしていく。
「やめろ!怒れ!ミサキのために怒るんだ!」
冷水をかけられたように静かに感情が弱まり、それにあわせて焦りが恐怖へと変わる。
「…やはり、殺し足りないか。もっと殺せばきっと、きっと怒れるはずだ。あの白装束を目にして、ミサキを思い起こせば…」
したところで意味がないのはわかりきっている。ただ、現実から目を背けーー自分がまだ正常であることを確認したかった。
「先生…何故、ここに居ないんだ…」
壊れていないのに壊れていて、狂っているのに狂っていない状態は苦痛でしかない。あの先生も都市には居ない。側に居てくれない。
「私は…」
「調律者様」
遂行者の一人が平然とした顔つきで、角から出てきて一礼をする。ここが五臓散らばる真っ赤な地獄なのを除けば、ひどく様になっていた。
「お前ら、まだ飽き足りないか」
再び殺そうと腕を向けるとーーそのにっこりと笑い、静かにサオリが手を下ろすのを待った。
「…では、私の指令を開示します」
「ひどく静かで血まみれになっている裏路地を探し、そこに居る調律者に話しかけ、攻撃されそうになったら笑い攻撃されないようにすること。それが済めば、指令を開示し、次の言葉を伝えること」
「あなたに幸福は訪れず、理不尽のみがドアをノックする。その道にある如何なる障害を無視したところで、最後には全て帰ってきて、あなたを完成させる」
「あなたという存在は常に苦しみ、常に惑い、常に生きていなければならない。人間のひとつの解であるあなたへの試練であり、逃れることが出来ない指令である」
「調律者サオリ…いや…■■■。あなたは…幸福にはなれない」
これで全てですと言いきった遂行者は持っていた刃を首に当て、それをかっ切った。
残された
お久しぶりでございます。本当にお待たせしすぎて申し訳ないです。ぼちぼち再開していければなと思っています。
また、コメント返信は再開していくので感想お待ちしております。