一方その頃、要塞都市エリドゥにて。
科学の発展を示すブルーライトの閃光が溢れる中、無数の入り組んだビル群を過ぎ去った先にある大きなビル。通称、タワーにて意外な二人が出会っていた。
「まさか、呼ばれるとはな」
その真っ黒なコートに刻まれた金色の模様がきらりときらめき、遥か深淵を見通しているような光なきマジックブルーの瞳。些細な動作すら小心者に威圧感を与えるのにふさわしく、黒が青にまぶされた髪も人間かを疑うほどに整っていた。錠前サオリの成り果て、調律者サオリがコーヒーカップを啜りながら軽快に嗤う。
「ええ、そうしないと計算を終了できないもの。調律者という不確定要素、突如と現れた変数、キヴォトスで測れない正体不明」
対するは黒髪の長身の女性。ぴっちりと引き締まった黒スーツが体のラインを露見させ、黒一面に統一されているのに使われている白シャツが視線をその大きな胸に運ばせる。ルビーのように紅い目もその魅力を引き立てながらもじっくりと調律者へ視線を注いでいる。手持ち無沙汰になったカップを撫でつつ、慎重に使う言葉を口へと運んでいく。彼女は星を追う者、ミレニアムサイエンススクールの為政者である調月リオである。
「これをどう放置しろというのかしら」
調律者は嗤う。それは当然だと、ああ自明だと言うように。動作には一切の変わりがないが、リオは彼女の恐ろしさを知っている。無数の兵をいとも簡単に殺傷し、連邦生徒会の捜査網に一切引っ駆らない手腕。危険だが、顔色を変えてはならない。リオはそれが合理的だと自分に言い聞かせる。
「確かに、私にはできないな。私は誰よりも私を理解している故、その危惧がどこまでも正しいことを知っている。それで、何の用だ」
白々しい。リオはそう断ずる。今回の会談だって、調律者がトキに接触したからこそ実現したというのに。
「本当に用があるのはそちらじゃなくて?」
対等であると宣言する。萎縮し、返答に臆する弱者ではなく、キヴォトスの敵に立ち向かえるとミレニアムの看板のためにも強調する。
「くっくっ、ああそうだ。正しい、リオ会長……どこまでも正しいとも。だが、先に君の言う事を聞こう。私の話は最後で良い」
くつくつと喉を鳴らしながら、嗤う。それが正しいと、その正しさの基準を明示することなんてなく、一方的にリオをお眼鏡に適ったかとばかりに褒める。そして、一息置きながらも話を進めろと言う。
「……わかったわ、単刀直入に言うと貴女の力を借りたい。不可解な軍隊が軍事行動を開始し、キヴォトスを崩壊させる手段を揃えつつあるわ。すでに名もなき神々の王女と思わしき機械がミレニアムで行動を起こしていることが確認出来ているの」
興味深そうに手を顎に当てたあとに、やや崩れた笑みで問う。
「……で、その機械を破壊してほしいってことか?」
「いいえ、破壊は私がやるわ。貴女に任せて逃げたい気持ちもあるけど、責任から逃れるわけにはいかないのよ。だって、貴女を呼んでしまったもの……私は」
調律者の目に光が灯る。その一声を待っていたとばかりに唇を動かしながら。
「リオ会長、私は生徒ではない。私は慈善家でも、聖人でも、あまつさえキヴォトスの者でもない。大人なんだ、リオ会長」
「!!」
それはつまりシャーレの先生と同じような立場ということ。まるで光と影が対比するかのごとく、殺戮者たる調律者と教育者である先生の存在が明確に分かれている。それはリオに自分がどのような存在と手を組むかを再度自覚させるのに十分だった。ヒマリにそこまで堕ちたのねと笑われるだろうことは分かっているが───これは自分で選択しなければならないことで、自分はその選択をすでにしたのだ。人の心を動かす先生ではなく、力を振るう調律者を。
「本来こういうことの責任を取るべきなのは私なのだろう。大人としての責を果たし、先生のように導くべきなのであろうが、私はしない。なぜなら、私は悪い都市の大人だ」
少し悲しさを含んだ声色で、告げてくる。『都市』という謎の地名はリオにさっぱりわからないが、その名が出たときだけ憤怒が現れたのを見逃すヘマはしなかった。これが調律者にとって何かしらの意味があり、下手すれば交渉に利用できるとして記憶の重要項目の引き出しに入れる。
「なら……」
なんだと言うのだ。
「だから、契約をしよう。リオ会長。大人として君と私が誓約を結び、互いの目的を達成しよう。ミレニアムを守るために己を犠牲に出来る君は生徒の域には居ないさ。憎まれても、世界から敵と断じられてもその正しさを貫き通せる君は大人だよ。ああ、実に立派な大人だ」
言外にもはや生徒ではないと宣言されているリオは頭がくらくらしてくる。まるで遅延性の毒が体にまわってきたように言葉が染み込んでくる。信頼してはいけない。リオの本能はそう警鐘を鳴らすのに、頭は甘美な褒め言葉に当惑する。ながらく聞かなった心からの称賛、一切偽りのない真心から出た言の葉。
「それは非合理的じゃないかしら、だって年齢が伴ってないもの」
反射的に声を上げる。それは虚偽だと、自分はまだ生徒であり、大人ではないと示すため。やや、滑稽ではないかとリオは思うが、この慣れていない毒に抗うためには仕方がないと切り捨てる。
「それは法的な大人の定義だろう。社会が万人に等しく当てはめた記号で、区別するための便利な道具にすぎない。人間のすべてを決めるのは年齢ではなく、心と経験だ。一見、矛盾しているが、経験の質は時間に勝るんだ。定義とは定義でしかなく、我々を律しようとする社会的慣習に過ぎない故にな」
「……なるほど」
耳を貸してはならないのに。
「それに契約すれば、その責任は君だけのものじゃなくなる。対価を得る私は良き仲間として責を負うとも」
言葉が脳裏にこびりつく。
「一人は辛いだろう……リオ会長?」
席から立って、ゆっくりとこちらに近づいてくる。優雅に歩きながらも、その獰猛さを隠しきれていない。まるでこれから食べられるかと錯覚するが、ゆっくりと頭に手を置かれる。
「だが、私をすぐに信頼できないのは無理もない。だから、私の記憶を隠さずに見せよう。そのすべてを」
一体何をされるのだろう。その疑念をリオが思い浮かべた瞬間。
「ッッッ! 頭が割れる!!」
世界が爆ぜた。感じたことがない酩酊感、激痛、吐き気、焦燥感、嫌悪感、快感が一斉に頭で暴れ、呼吸すら覚束なくなる。頭を抱えたいのに、手は言うことを聞かずにだらんと垂れている。これから死ぬんだと思い、目にやや涙が貯まる。
「安心したまえ、隠れている従者とリオ会長。上達しているから直接記憶を開ける。では……見せよう」
そうすると調律者はゆっくりとリオを抱きしめ、耳元ですぐに和らぐさと告げながら、記憶を差し込んだ。後ろで動こうとしたトキにひと睨みを送り、硬直させて……どんどん見せていく。
カヤと違って追体験させるのではなく、サオリが見てきた都市の光景とサオリが巣に求める理想を見せる。生きたまま掃除屋に食われる人、食べるものに困って裏路地を彷徨うネズミ、権力者がその権力を振るう様、調律者に断罪される人々。等しく、都市の倫理に裁かれる様をサオリの苦悩とともに、一人の少女が打ち捨てられ、壊れ、倫理と呼べない何かに思考を貪られていくのを。
「サオリ……私は! 私は!」
錯乱したリオをさらに強く抱きしめながら、記憶の共有を終える。リオの見てきた世界を容赦なく崩す現実とサオリが描く理想郷が強烈に、軽い頭痛を引き起こしながら脳に染みる。
「落ち着け、私はここに居る。君の唯一の理解者がね。それでだが、契約はどうする?」
背中を軽くトントンと赤子をあやすように叩かれているが、リオは自分の巣における立場に強烈に惹かれる。『合理』が尊いものとされ、その基準を策定する自分が。
「こんなのを見たら結ぶしか無いわ、条件を教えてちょうだい」
リオにはもはやYESという答えしか無い。断るなど言語道断、新たな出発点がそこにあるのだから。ミレニアムにおいては自分は求められるどころか、奇異な目で見られてしまうが……もはや、これならばリオは……調月リオは羽ばたける。それに、仮に断ったとて大事な情報を共有した調律者が簡単に見逃してくれるわけがない。
「私とニヒル協会は今回の名もなき神々の王女が世界の終焉をもたらさないように君の計画を手伝い、それが達成された暁にはリオ会長にはミレニアムを退学し、ニヒル協会の会長に就任してもらう」
ミレニアムへの最後の義理立てだけして、あとは協会の手綱を握って巣の基準を作れと言ってきているのだと言外にわかった。
「私の『合理性』が必要なのね」
「そうだ、近々起きる『墨戦争』と『巣』の設立のためにな。それで、どうだ?」
「契約を結ぶわ。もう、生徒の私と決別して、先に進むために」
調月リオは嗤った。これからどのような空を羽ばたくのかと期待を胸に抱えて。
どうも、イワシコです。バカ忙しい六月でしたが、あと一時間でもっと忙しい七月が到来します。禿げていいですか?あっ駄目?
まぁ、仕切り直しまして七月も月一投稿することになると思いますが、時間があれば二話を目指したいです。
感想返信遅れていますが、すべて目を通しているのでいずれ返信します。気長にお待ちください!
それでは今話のご愛読ありがとうございます!
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