調律者サオリ   作:イワシコ農相

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リンバスが三周年なので初投稿です。


第十四話『鍵盤叩く、空っぽな私』

 突如と現れた柱は、為す術もなく、条約の締結場所に落下した。クロノスがその一部始終を映して、やがて見えたのは荒れ果てた古聖堂。

 

 大きく地面を穿つ穴が、爆心地の広さを知らしめ、その周囲を取り囲むように白と黒の生徒たちが散らばる。平和の祭典、エデン条約の締結場所は跡形もなく、消え去っていた。漂う砂煙が風に乗って、空を覆う無数の冠となって現れる。

 

「トリニティ、ゲヘナの諸君」

 

 破壊の静寂を破るようにして、愉快そうな声が木霊した。落ち着きの払った、この光景がさも当然であるかのような言い草。なんとか目線を上げられた生徒はその目に焼き付けることになる。

 

 揺蕩う黒衣と金色の線を。にやりと上がった口角を。トリニティが最も警戒していた人物、調律者が後ろに二人携えて優雅に瓦礫の上を歩いていく様を。

 

「条約の日に邪魔して済まないが……私としては、この虚偽の条約は存在するだけ無駄だと思ってな。第二の古則は確か、理解できないものを通じて、私たちは理解を得ることができるのか。だったか、正直私から言わせれば、否だろう。理解し合えないトリニティとゲヘナが平和を唱えて、理解を得ること自体が最初から破綻していたとすれば、そもそも理解し得ない」

 

「最初から反故にするつもりだったゲヘナが居る時点でな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 上空を飛ぶパンデモニウムの飛行船が背後を通り過ぎていくのを、振り返って眺めて言った。淡い太陽を手のひらに包み込んでいるのか、まばゆい閃光が徐々に大きくなり、やがてそれを放った。文字通り、その衝撃波は飛行船を吹き飛ばし、大気すらも揺るがした。

 

「嗚呼、心地よいな。正しきものは、正しき形へと代わるだけだという摂理」

 

 墜落していく飛行船を背に大人三人組は臆することなく、続々と現れる正義実現委員会と風紀員会を出迎えた。額から血を流すヒナと切り傷のあるツルギ、二人の最強はこれだけの短時間で残存兵力としてかき集められた生徒たち、それが無数の銃口となって調律者に向けられている。

 

「ふっ、数人は怯えているようだな。ヘイローの無い人間に銃を撃てばどうなるかを理解している。実に、素晴らしい。尤も、相手が普通の大人であれば、だがな」

 

「御託は良い。さっさと投降して」

 

 ヒナはデストロイヤーを少しも震わせることなく、苛立ちの籠もった声で唸った。彼女からすれば負担が減れば良い程度だったエデン条約を、こんな大人によってめちゃくちゃにされることは理不尽極まりなかった。

 

「さて、あの贋作も来ていることだろう。遠くに見えるぞ、あれはシャーレの紋章だ」

 

 先生が走って向かってきていることを確認して、後ろに立っていた二人の大人が横に並んだ。ピンク髪のハナコとコハル、金髪のヒフミと白髪のアズサ。

 

「クックック、ゲストは揃ったみたいですね。では、自己紹介といきましょうか」

 

 二つの木造のマネキンを歪に繋ぎ合わせ、タキシードを着た何かが、先生に向かって大袈裟に一礼する。

 

「お初にお目にかかる。先生、そなたの敵でも味方でもないが今回ばかりは是非、見届けて欲しいがために指揮台に立ったのだ。普段なら共同作業なんて以てのほかだが、今回は素晴らしいものをお見せしよう」

 

「先生、前にホルスのことで私達ゲマトリアが崇高を求めているとお話しましたね。神秘と恐怖、それはコインの表と裏に等しく、生徒なら兼ね備えられるものです。その双方を合わせて見るのが私ならマエストロは複製による再現が重要であると言えるでしょう。ああ、繰り返しますが黒服とお呼びください」

 

「そして、私だな。久しぶり贋作。私は苦痛を通して、人が崇高に到れるというアプローチを取ろう。精神医学で聞いたことは無いか、ロボトミー手術によって感情を奪われた者たちを。その簒奪された自我が、やがて神秘と恐怖を超越するならば、崇高と言えるのではないかと。故に、私たち三人で工夫を凝らしたのだ。私から苦痛の原本を、マエストロが複製を、黒服が契約を」

 

 一人の少女が正義実現委員会の静止を振り切って、調律者へと向かっていく。なんの取り柄もない、トリニティならば見かけたであろうモブ生徒だ。だが、彼女にも人生があり、まして虐められているにも関わらず放置されていたとすれば、それはモブで片付けて良いのだろうか。

 

「わ、わたしに演奏させてくれるって! 本当ですか!」

 

 少女は縋る思いで声を張り上げた。もはや、虚ろな目に籠もっていたのは果てしなき絶望であった。エデン条約編で本来なら、語るまでもない一人の少女が。今や、舞台に昇ってきた。彼女はピアノが下手であった。ただ、そのピアノへの情熱だけは本物であった。必死に練習して、ようやく勝ち取ったコンクール出場権を気に食わないという理由で辞退させられたかわいそうな生徒。

 

「嗚呼、佳いぞ。とびっきりの演奏を、君だけのコンクールを。約束した通りに執り行おう」

 

"ま、待って!"

 

 先生は嫌な予感がした。補習授業部で手一杯で、他の出来事に目を向けられていなかったというのが事実。先生は一人しか居ない。この広い学園都市のいじめ問題など、到底扱いきれない。巧妙に隠されたなら、尚更だろう。だから、悪手を打ってしまった。でも、止めなければ、何かが起こる。

 

「へへ……そうですよね。私の演奏なんて、特別扱いされてようやく聞いてもらえるんですね……」

 

 前に脳を開いたトリニティ生のお陰で調律者はこの少女を認知し、救いを求めている彼女をあとは導くだけだった。目が虚ろになっていく少女に混ぜ込んだ自分の体の一部が、何かに共鳴するように少女を震わせる。

 

「ええ、そうですよね。はい、私も、私も、そう、ええ、そう思います」

 

 一人で喋るように、ぶつぶつと呟く少女はやがて黙り込んで、変わり果てていく。無から現れた鍵盤が円形状に広がり、無数増えたそれぞれの腕の指が鍵盤をなぞる。大きく伸びた羽は本物の天使であるのか、背を全て覆い隠せるほどに成長する。その羽の隙間からは無数の目が赤い目が覗き込み、黒ずんだヘイローはオルガン全てを覆うほどに肥大化した。巨大なパイプオルガンの椅子に座って忠実に指揮者の合図を待ち望んでいる。

 

「「芸術」の持つ性質は決して有限でなく、「苦痛」の有する音色は無限に聞いたもの心を囚える。「契約」は楽譜の如く規則正しく、現実を進め」

 

 調律者は先生を見据えて、睨みつける。

 

「やがて」

 

 黒服は興味深そうにつけ加え。

 

「一つの演奏となる。それでは、先生。お聞きください。一人の少女の哀歌を、初めての公演を!」

 

 マエストロは高らかに叫んだ。

 

「まさしく、ピアニストたる情熱を示した少女への喝采の準備を!!」

 

 合図が為されるな否や、あたり一帯を今まで聞いたことがない悍ましい音が響き渡る。決して、不協和音ではない、美しく練られた旋律の数々は鍵盤を指が押す度に、より強く、より厳かに。聞こえてくる。

 

 音を聞いて倒れていく生徒たちは薄い青色の膜を纏って、ピアニストを守るべく武器を手に取った。儀仗隊のようにゲヘナとトリニティ関係なく、隊列を組んで、先生へ、ヒナたちへ向けて来襲した。

 

「第一楽章『複製(ミメシス)』」

 

 青い生徒たちは皆口を揃えて復唱した。その様子を見るに消耗していればするほど、この音に魅入られるみたいだ。

 

『大人のカードを使う』

 

 先生は迷わずにカードを切った。この少女から話を聞くためにも、調律者を正しい道に戻すためにも。アズサから聞いたアリウスが、何故来ていないのかもすべて大人として聞かないといけない。

 

「うへぇ……おじさん使いが荒いよぉって言いたいところだけど、それどころじゃなそうだね」

 

 呼ばれてすぐに両目が左右を確認。接近してくる青い生徒の一人をショットガン一発で沈め、もう一人をショットガンの銃床で脳天を殴打。すかさず盾で、複数の射撃を反らした。

 

「こっちの問題に巻き込んで申し訳ないけど、手伝ってくれると助かるわ」

 

 デストロイヤーで薙ぎ払いつつも、倒れた青い生徒がしばらくすれば立ち上がってくるのを見て、ため息をつく。

 

「きえぇぇぇぇ!!」

 

 正義実現委員会が支えるのは左翼、風紀委員会が右翼、シャーレが中央だ。ただ、誰かが鳴り響く音を止めない限りは、相手の戦力が増えるばかりだ。

 

「ちょっと、なんて時に呼んでくれてるんですか! 違約金貰いますよ!」

 

 銀色の長髪を靡かせて、灰色の執事服が先生の横を横切って、大きな大剣で密かに近づいていた敵を弾き飛ばす。確か、二級フィクサーのエラちゃんだ。

 

 それぞれが戦う中、ハナコから連絡があった。シスターフッドが援軍として来る。それまで、耐えきるんだ。

 

"さぁ、みんな。行くよ"

 

 返事は様々であったが、少なくともピアニスト。あの子をそのままにしてはいけないことくらい、まともな大人であるならわかる。

 

 サオリにやけに似ているという調律者の正体探しはあの子を助けてからだ。

 

 




リアルが忙しくて、感想返信遅れています!すみません!
すべて目を通しているのでいずれ返信します!
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(ここすきがあると、みんなここが好きなんだなぁと作者がニチャリ出来るので助かります)
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