突出したのはホシノであった。重々しいショットガンの重音が、青い生徒を次々と沈めていく。至高の神秘の詰まった弾丸はいとも容易く、戦線に穴をこじ開ける。だが、気絶させられた生徒たちは受けたダメージを気にしていないのか、次々と立ち上がる。宛ら、質の低いゾンビ映画が、トリニティを襲っているかのように。傷だらけの生徒たちの行進が止むことはない。
「ッ!これはちょっと笑えないかなぁ!」
すかさず、合間を拭うようにしてホシノは調律者めがけて、何発か銃撃。即座にコッキングして、後退。当たる距離までは近づいたのだ。これで、元凶を沈められると。わずかに瞳に期待が宿る。
「フフッ、親切心で言っておくが……これは総力戦だ。私に集中している暇はないはずだ」
横へ反れるように避けきった調律者は、くつくつと喉を鳴らしながら先生を見る。
「なぁ、そうだろう?贋作、これは私の舞台ではない。彼女のための、名もなき少女のための演奏会さ。せっかく、皆を見返すと彼女は願ったんだ。それに答えてやるのが、先生の務めだろう。」
ゲマトリアは鑑賞に徹すると言外に言っているようなものだ。これは総力戦、戦うのは調理者でなく、ピアニスト。その言葉に答えるようにピアニストは鍵盤をさらに激しく、打ち込んだ。浮かび上がり始めた音符は五線譜に沿って、空を覆う。浮かび上がる可視化された音楽は青い生徒へと入り込むと、さらに共振して増えていく。この操られている生徒たちは不死身になっているわけではない。傷が増え、血が垂れ、より近づいていく。ヘイローの割れる、あのパリンという音色へ。音符は攻撃力を強めるだけで、決して耐久性を上げるものではない。
"そんなの、生徒の心じゃない。弱ったところに付け込んで、利用しただけ。だから、先生として言ってあげないといけないんだ。早く助けられなくて、ごめんねって。"
"信じられらないかもしれないけど、ちゃんと向き合うから。大人としてね"
"だから、止めさせてもらうよ"
先生は、ジロリとこちらを睨みつけるピアニストに優しく、微笑んで攻撃命令を下した。アロナの援助の下、厚くなっていく相手の防衛戦を崩すべく火力を一斉集中する。
「バトラー使いが荒いッ!」
先程まで味方であったはずのゲヘナ風紀員が音に呑まれた刹那、大剣で刺突。近づいてきたホシノを見て、地面に剣を支えとして突き立て背を彼女に貸す。強く踏みしめられ、苦悶の声が漏れるも、それでホシノは大きく跳躍。ツルギとヒナが一斉掃射で抑え込んでいる相手方の軍勢の隙を、三次元的に突く。
「服汚してごめんよぉ!」
盾を回転軸としながら、空を何度か舞っていくホシノはやがてピアニストに攻撃を当てることに成功する。羽の最も大きな三つある目の内の一つがこれで閉じていく、よほど痛いのか体は酷く悶えるものの、未だに指は鍵盤の上だ。
第一楽章は、ミメシスと冠するように繰り返しの多い旋律が多用される。楽譜が決して捲られることがないかのように、決まった音色が鼓膜を刺激し続ける。その楽譜は彼女の思いを乗せて、慟哭する。何度も、何度も。ピアニストたる生徒の心の声は正直であった。
この音を聞いている誰であれ、聞き届けられるように。等しく、誰であってもせめて聞いてと苦しむ子供がそこに居た。
「な、なんでコンクールに出られないんですか……」
それは、おまえが力不足だからだよ。そう、答えられた。抱えた小さな演奏会から大きな演奏会への出願用紙を容赦なく捨てられたのは覚えている。
「これでっ!どうですか!魔王も楽譜を見ないで弾けるようになって……なったのに」
それだけで満足しているからだよ。先輩や同級生の者はおまえより先に進んでいる。だから、駄目だ。そう、答えられた。この時には数人の先輩より上手くなっていたはずなのにと唇噛んだことを覚えている。
「先輩……なんで、入って一週間の子が……コンクールに出ているんですか」
それは……才能というものだ。おまえには無い。そう、答えられた。すべて才能という言葉で片付けられるなら、なんで努力なんて言葉があるんですかと言いかけたことを覚えている。
いくら、努力しても認めてもらえない。みんなが更に離れていくだけ、あの子だってご令嬢だったから忖度されただけだった。私はこんなに本気なのに、こんなに聞いてもらいたいだけなのに。私が居る間はピアノを使わせて貰えず、いつも気にしないふりをして楽譜を眺めてる。
誰も居ない大教室の端っこのピアノで、鍵盤を叩く空っぽな私の音は果たして美しいのかな。より、より、美しくあれば……。
輝かしく、華やかに。そうなれば、聞いてもらえるかも。そう、思った。そうすれば、すすり泣く私の声がピアノを汚すことがないだろうから。
「第二楽章『
激しさがなりを潜めて、穏やかな音色が聖歌さながらに響く。赤い雫の垂れる羽の目はまるで泣いている聖書の天使のようだ。この様子は、クロノスのカメラ越しに速報としてキヴォトスへと広がっている。無論、その音色も。
ピアニストを中心に広がっていく、空中に浮かぶ言葉の数々は古代語で記され、金色の装飾となって演奏会を彩る。運動会の万国旗の如く、吊るされるわけでもなく、自由に浮かんでトリニティへと殺到する。
「私に触れるな、か」
そのうちの一つを調律者は読み取って、拒絶の聖句をそっと呟いた。その言葉は果たして先生たちへ向かっているのか、彼女の演奏のオリジナリティを損ねてしまったゲマトリアへの怒りであろうか。マエストロの興奮した軋む音と黒服の愉快そうな笑い声さえ聞けば、気にしているのはおそらく自分だけだなと調律者は思った。昔から、あの時から、子供の苦しみを見ると彼女ら以上に苦しむ自分という、矛盾した、不都合な感情を脳から追い出すという作業は楽ではないからこそ、もうサオリで居るのはやめたのだ。
自分の内から目を背けて、新たに現れた見慣れた存在へと目を移すのだ。人肌とは思えない、青白く光る肌に顔を隠すガスマスク。ユスティナ聖徒会、音に感化された生徒に伴うように出現した。
「あれは……ユスティナ生徒会!」
ようやく駆けつけたシフターフッドが見たのは死屍累々の光景。そして、かつての前身が徐々に先生側の防衛戦を押していく様を。戦い抜いてきた正義実現委員会も風紀員会も、疲労がたまり、倒れて音に呑まれてたまるかと踏みとどまっているだけだ。サクラコは即座に判断した。
「加勢します!」
少女を決して救うことがない聖歌が木霊する。対して、先生は目を攻撃すれば楽章が変わることを踏まえて脳内で素早く作戦を組み立てた。救護騎士団と救急医学部は重傷者の対応で動かせない。襲撃されなかったナギサ率いるティーパーティーはパテル派が宣言した戒厳令を撤回させるための政治交渉中、防衛室による指示を受けて、ヴァルキューレはシャーレが求めた調律者案件への独占捜査権の侵犯に当たるとして、行政的に行動不能。手元に残っている数少ない戦力では、押しきれない。
シスターフッドの埋めた穴は時間が経てば経つほど、再び開いてしまう。ピアニストを元に戻すためには、演奏会に参加するしかない。だからこそ、歌った。
"みんな、歌詞を知ってるならできるだけ歌ってあげて!!"
その一声に、シスターフッドは答えた。いと高き座にまします、我らの主よ。
ピアニストの残っている目が驚愕に染まった。聞いておられますか、我らの声を。
少女の抵抗が徐々に減っていく。どうか、どうか、憐れんでください。
一つの目が喜びに染まって、徐々に閉じる。艱難に見舞われる私達を。
そして、第二楽章は止まった。憐れんで、救ってください。
残りの目は一つのみ。鍵盤を叩くことなく、静止したピアニストに先生が声をかけようとした瞬間に調律者は乾いた拍手を送った。喝采でなく、一度や二度に過ぎない拍手。そして、失望したかのように才能が無いな。楽譜は最後まで進めてこそ、意味があるのにと告げた。
結果、残った目は大きく開いて。ピアニストは、指で鍵盤をなぞる。
「さぁ、演奏も最終楽章。贋作も聞き給えよ。清聴したまえ。」
「第三楽章『
途端、世界のテクスチャは歪んだ。
戦闘描写難しい……多対多ってここまで書くの大変なんだと実感した。それを書ける人は小説が上手い!
さて、いつも通りの乞食をしていきます。
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今回、これだけ早く書けたのも皆様のお陰です。モチベをくれて大感謝です!