調律者サオリ   作:イワシコ農相

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久々過ぎるので初投稿です。


ターニングポイント • シ『芸術』

「違くない……そう、私はそうだったな」

 

 頷く。不思議とあの美しい声が、囁いてきた言葉に誤りはなかった。事実、私はそうだった。表へと現れようとした過去の己は再び、自我の奥底へと引きずり込まれた。たかが、人一人を撃ったからなんだ。調律者としては規則違反だが、ここには凝視者は居ない。

 

 

 そう、不安がる必要はないの。

 

 

「ふふっ」

 

 向けられる憎悪の目はむしろ、心地良いと言っても言い。キヴォトスのピアニストは良い置き土産をしてくれた。都市で散々受けてきた目線の一つ。着火剤に引火したかの如くに燃え盛る憎悪、奪われたもの達の目だ。

 

「嗚呼……都市だ。やはり、普通の生徒では向けられない本物の憎悪だ。それがこんなにも沢山、好いぞ。その目を見たかった」

 

 私が居る以上は下手に動けない。銃を撃つ意味を考えた彼女らならば、下手すれば私を殺してしまうことを恐れる。

 

 憎いだろう、殺したいのだろう。だが、キヴォトスはそれを許容しない。無論、撃たれても問題ないが……苦痛の一片を味わった彼女らの瞳に奥底に隠れる恐れを見逃すことはしない。

 

 そんな中、一人の少女が歩み出てきた。トリニティの制服に身を包んだ白髪、白い羽と黒いドレスが対を描いている。白黒しかつけられない彼女らしいなと改めて、笑みを浮かべてしまう。

 

「……サオリなのか」

 

 真っ直ぐとピンクとも紫とも言いきれない鋭利な瞳で、私を射貫きながら補習授業部を引き連れて覚悟を決めたかのような顔で告げてくる。

 

「違うな、調律者だ」

 

 かつて、裏切り者だと罵った彼女はいつも羽ばたく。先へ、さらにその先へ、私を置いて羽ばたいていく。

 

 アズサ、未だに私からサオリを見つけようと言うのか。鮮血と塵芥にまみれたこの戦場にて、お前の記憶の「私」を探しているのか。

 

「……いや、サオリ……どうして、そうなった」

 

「クハッ、滑稽だな。アズサ、サオリと私を見間違えるのは仕方ない。その親が私だからな」

 

 漏れ出る笑みは人を甚振る時のもので、ひたすら愉快極まりない。

 

「疑問に思っているだろう。アリウスが姿を表さないのを。疑問に思うのは当然だ、何せ貴様はアリウスの腹から生まれ、トリニティで翼を得た異端者だからな。虚無の虚無、全ては虚無なりとする環境で自我を保った一逸者(いっぱんしゃ)なのだから、だから答えてあげよう。アリウスはマダムも含め滅ぼした」

 

 アズサの人差し指に力がこもる。先ほど向いていた瞳も微かに揺れ、覚悟から不信へと変わっていく。それでいいと歓迎するようように両手を広げて、宣言しようじゃないか。

 

「エデン条約は破綻した! トリニティの破壊を目論んだゲヘナの生徒会、トリニティの破壊を目論んだアリウス、アリウスを迫害したトリニティが楽園を冠する条約などどのように結べようか! 既に証拠はクロノスに渡してある、今話している内容もきっとニュースで流れているだろう。キヴォトスよ、諸君らの敵として言おう」

 

 大きく、息を吸い込んで。今まで塞き止めていた言葉につけていた首輪をようやく放してやるように。

 

「本当は人殺しになるのは嫌だった」

 

 キヴォトス人からすれば当たり前のことも、私には赦されなかった。キヴォトス、都市に居ても、人を殺せと命じる誰かが居た。

 

「そんな暗く救いがないお話から私は卒業出来たはずだった」

 

 だから、先生に救われた時はどれ程心が躍り、安心を得たか。遂に私にも己と向き合い幸福について考える選択肢が与えられると思った。

 

「だが絶望が真実だと、この世界の本質だと突きつけられ、私は自分の全て(サオリ)を捨て去ることにした」

 

 都市へ迷い込み、都市の人間として育てられ、都市の人間を育て、それを都市に殺され、やがて己が都市に殺されていくのを眺めていくばかりだった。

 

「そんな私には、苦手なものがある」

 

 憎悪を隠すつもりもない声で、低音がピアニストの作った余韻に強く響く。

 

「平凡で、大した個性もないと錯覚している恵まれた貴様らが……自分の苦痛について語る言葉の数々、私はその言葉達を絶対に譲る気はない」

 

「絶望で痛みで溺れて」

 

「如何なる救いが報われることなく」

 

 本当の大人の現実を知ることがない彼女らへと手向ける。

 

「辛いことは辛いまま、慰めは偽善に過ぎず!」

 

「苦しいことがあっても……誰もが気にかけてくれることはない!」

 

「そんなバッドエンドでしかない世界を調律する」

 

 キヴォトスの敵からの宣戦布告だ。生徒というテクスチャに隠れた残虐性、テロを悪びれずに行える精神性。銃を恐れずに扱える異常性、悪意を抱けばそれを容易に振える無頓着さ。

 

「誰が何と言おうとも、何度だって言い続けよう!」

 

「私の描くお話は、すべて最善な結果のためにある!」

 

「終わることのない苦痛が、まだまだ続くならば」

 

 最悪な形での矯正しか出来ないというのならば、都市のように物事を解決しよう。都市もキヴォトスも、どちらも陰湿で、悪意を孕むのなら、正しものは、正しき形へと変わるように自浄作用を持たせれば良い。

 

「私の物語……」

 

 故に、ここに立つ。名は調律者、キヴォトスの敵、ママン、調律者として多くあれど、行き着く先は一つしかないから。

 

「私の絶望の物語(Blue Archive)が終わることはない!!」

 

 

 アズサが一歩、一歩と踏み出して目の前に来ると静かに。それこそ、啜り泣くかのような声量で、ごめん。とただ、一言。だから、口パクで返してやった。

 

 みんなは無事だ。だから、贋作のもとへ突き進むといい。

 

 酷く驚いた顔に笑みを浮かべて、ハニカム構造の刻印があるコートが揺れて、待っていた黒服とマエストロの方へと行く。

 

 その間に忙しく動く担架や、怒声が聞こえても決して振り返りはしない。先生が重傷なのとピアニストの拘禁、ボロボロになった生徒達の治療に加えてゲヘナとトリニティの対立の激化。全てが良いアクセントになって、美しい絶望の旋律を奏でている。

 

「待たせたか」

 

 ゲマトリアの二人はいつも通り、と言いたかったが内一人のテンションが異常に高かった。

 

「ククッ、いいえ。大変良いものを見ることが出来ました。ホルスはなんとか耐えたようですが、溢れでた神秘の量を見るに惜しかったと言ったところでしょうか」

 

 黒服は端的にそう告げたのに対し、マエストロは口を開くや否や怒涛の早口が飛び出してきた。

 

「独立した三つの楽章を一つに繋げるだけでなく、芸術として沈黙を選択したあのピアニストの考えは是非とも参考にしよう。ゴシックからシュルレアリスムと癖があったが、それもまた芸術理論上説明出来る。素晴らしい! 非常に素晴らしい演奏で、ミメシスをあのように扱う芸術性はなかった。既存の生徒を覆うという発想、これを発展させていけばより良い崇高への足掛かりになるだろう!」

 

「ええ、今回はゲマトリアは多くのものを得ました。改めて感謝を、ママン」

 

「嗚呼、問題ない。今度はそちらが借りを返せば良いだけの話だ」

 

 ククッ、これは手厳しいと笑う黒服の一声を最後にゲマトリアは破壊されたエデン条約会場から去っていった。

 

 止める者も、いや、止められる者は既に消耗した上でトリニティとゲヘナ同士で睨みあっているのだから、そんな余裕はない。

 

 

 

 後日、クロノスによる報道により、エデン条約に関するアリウスとゲヘナの公式文書がリークされ、トリニティの過去の弾圧の記録もリークされた。

 

 連邦生徒会が報道規制を行えるはずもなく、先生の重体と生徒がねじれる様子が写し出され、キヴォトス全域に影響を与えたあの音色によって変わった何かが確かにあった。調律者の連邦生徒会への宣戦布告、悪化していく治安と増えるフィクサーの数。社会的なセーフティーネットのないキヴォトスを見れば必然的にフィクサーへと流れるのは自明だった。

 

 ゲヘナとトリニティの冷戦の開始、仲介に追われる連邦生徒会、先生の不在。さらに動かなかったヴァルキューレへの非難をカヤは「代行から指示が無かった」として責任を押し付け、カヤ個人が依頼したフィクサーによる治安維持は成果を納める形での政治戦。いわゆる、一般生徒のフィクサー需要の向上がニヒル協会の財政を支え、来る戦争の為の準備に当てられる。

 

「遂に来ましたね」

 

 不知火カヤは呟くように目の前の財政帳簿とフィクサー免許発行数を見て、笑みを浮かべた。始まってしまえば、先生とて止められない戦争。その先生がリハビリから復帰する頃には終わらせて、既成事実化する。大体四週間、先生の復帰と連邦生徒会内の政治戦で稼げる時間だ。

 

 墨戦争、カイザー相手にニヒル協会が仕掛ける全面戦争。カイザーのタコの意匠から名前が取られたこの戦争は密かに確実に準備が進んでいた。それが、この帳簿と調律者による世論の攪乱だ。

 

 フェイクニュースを流してカイザーのイメージを下げる認知戦も抜かり無く、不知火カヤは行っていた。表ではカイザーに良い顔をして、裏では彼らを滅ぼす策を巡らす。思い通りにことが進むだけで、砂糖なしのコーヒーが甘く感じられるほど甘美に思えてくる。

 

「ニヒル協会によるブラックマーケット全域の確保と連邦生徒会から独立した巣の設立、既にチェスの駒は動いてるんです。(キング)将軍(クイーン)は既に盤面にあるのですから、あとは歩兵(ポーン)の仕事、さて昇格する者は何人出るでしょうか。ステイルメイトは無しの、騎士(ナイト)(ルーク)……将軍(クイーン)が出てきたら、流石に驚きますが……まずはこちらで先手を打ちます」

 

 手元にある全カイザーグループ系列施設への強制捜査の権限。容疑は「シャーレへの調律者に関する情報の隠蔽疑惑」、捜査権は取り上げられたとは言え、これはあくまでもシャーレを補助する内容であり、同時にシャーレは今は機能不全。行政的になんの矛盾もない行政的文書ほど強いものはなく、疑惑である故に隠蔽事実が仮に無くても良い。どのみち、あのカイザーなら断るだろうことがわかっているからだ。

 

「これは楽しくなりますね。誰もが私の意思を理解する、あの代行ですらこの戦争を黙認し、挙げ句に認可することになるんですから」

 

 政治が動く度に役員は動く。既得権益が脅かされる度に役員は動く。なら、両方を動かせばいいだけのこと。

 

 チェスボードに乗っていることに気付かせずに盤面を進めればいい。不知火カヤはコーヒーを再び口に流し込んで、唇を歪めて、笑って、言った。

 

「今日のコーヒーは甘過ぎますね」

 

 

 

 

 




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今回、急いで書いたから誤字脱字多いと思うので、ドシドシ報告をお願いします!
感想や評価を糧に今話をお届け出来ておりますので、作者を甘やかしてくれると助かります!(二回目)
興味ある人はブルアカ二次オンリーの『紀元前から始める学園経営』もよろしくお願いいたします!
また、内海アオバ×リンバスカンパニーの小説合作本(増補版)が夏コミのLRT Utsumi Authorityのサークルブース(土曜日 東地区 東1ホール サ04b )に出るので、興味ある人は是非!
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