調律者サオリ   作:イワシコ農相

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なんか言っとけと言われたので初投稿です。


第十七話『王冠も、燃え尽きて』

「準備が出来たわ」

 

 古ぼけた地下室のような場所でリオの声が木霊する。無数に重なった紙束や壁に貼り付けられたブラックマーケットの地図。そこに声を発したリオ、地図を睨みつけているカヤ。そして、A社理事長の秤アツコ。

 

「……本当にやるの?」

 

 微かに計画の概略を伝えられたアツコは少し震えた声で聞く。墨戦争、戦争を引き起こす引き金を引くのはアツコ自身だから。

 

「タイミングなら今しかありませんね。ミレニアムによる資金援助、一般収入の黒字、十分なフィクサーの数に加えて、キヴォトスの混乱。突くなら、カイザーが捜査を断った今ですよ」

 

 ヴァルキューレの汚職をあえて見てみぬフリをして腐らせているカヤからすれば、最初から連邦生徒会の直接介入を行うつもりはなかった。そのため、非難決議を連邦生徒会で行い、カイザーグループを名実ともに『悪徳企業』として認定出来る。そんな、悪徳企業が取って変わられたとしても、誰も気にしない。消えるであろう大人の雇用やブラックマーケットの損害くらいは勘定に入れるべきものだろうとカヤは思う。

 

 だから、A社が存在している。ブラックマーケットを支配するカイザーへのアンチテーゼ。ニヒル協会に戦争を依頼し、A社の旧アリウスとしての戦力とニヒル協会の各課。莫大な額が動く、人も数えられないほど動員される。

 

 A社は戦争の旗手として、ニヒル協会は武力として墨戦争を遂行する。この安全な地下室ですら、そのために用意された。

 

「だけど、調律者を使うのはダメね。これはA社とニヒル協会による事業でなければならない」

 

「そっか、なるほど……。だから、私が理事長なんだ。調律者は学んで欲しいんだね」

 

 侵攻の概略、セブン課のフィクサーから居場所が明らかになった敵の首級をシ1課、シ2課で急襲するところから始まる。リウ1課、リウ2課、リウ3課で前線を押し上げ、こちらの首級をツヴァイ課で護衛。敵の特記戦力はセンク課が担当し、ヂェーヴィチ課が戦場に必要な物資を届ける。ディエーチ課は知識を得るために参戦し、ウーフィ課は戦後処理担当、ハナ課は予備戦力兼各フィクサーの功績の確認業務。トレス課は工房をフル稼働させて、武器を提供する。A社の羽の戦えるものはニヒル協会本部フィクサー同様に戦線の穴を塞ぎ、この侵攻を支える物量となる。

 

「……不備は?」

 

「無いわ、A社理事長。防衛室長とも考えたけど、この方法が最も『勝利』に向いていた。少なくとも、勝った後に介入される心配はないわ。合理的な作戦計画ね」

 

「加えて、防衛室によるヴァルキューレへの取り締まり強化もできます。汚職していた生徒を摘発し、健全化を謳って改革派として私は連邦生徒会で派閥を形成します。その一手の為にも、アツコ理事長には代表で居て貰わないと行けないのです。どんな戦争(チェス)にも(キング)は必要ですから」

 

 アツコは静かに頷いて、考えることにした。表沙汰に出来ない二人の身分の為にも、自分が矢面に立ってこの戦争を指導しなければならないこと。アツコには分かっていた。

 

 調律者がサオリであること、初めて見たときから、向けられた視線から一瞬で見分けがついてしまった。虚無になりながらも、アリウスでスクワッドを守ろうとした彼女があそこまで壊れた瞳と笑みを浮かべるようになった。そしてスクワッドが近くに居ると調律者が微かに身構えるのを見て、確信を得た。そんな彼女が必要だと言うのなら、自分たちより更なる痛みを感じ壊れてしまった彼女の為にも望まれた役に徹しよう。

 

「……わかった。その作戦で行こう。でも、理事長じゃなくてアツコでいい」

 

 そう、言いきるとカヤもリオも笑みを浮かべて、この地下室からそれぞれがモモトークで何かメッセージを打った。

 

『公安局への汚職捜査を開始しなさい』

 

 カヤは自分のシンパへいち速く、ヴァルキューレの介入を防ぐように一手を打った。

 

 対して、リオはニヒル協会の裏の最高権限者として次の暗号文をニヒル協会へ発した。

 

タコ(カイザー)、墨多く吐き、空暗く染まり、新たに星が昇る』

 

 ニヒル協会のカイザーへの戦闘行為とA社の依頼を受諾したことを意味する。

 

 かくして、最後のトリガーがアツコによって引かれる。モモトークを開いて、副理事長に『状況開始』と端的にメッセージを送った。

 

 

 このようにして、墨戦争は始まった。

 

 

 

 墨戦争第一戦線にて。

 

 マーケットガードは炎を纏った拳によって無力化された。その焔は大きく燃え上がり、まさしく炎の獅子かの如く、その者を焦がしはしない。リウ3課部長のアクタ(芥田アカリ)は続々と響く銃声と絶叫、振るわれる剣の響き、これら全てがまるで歓迎してくれているマーチのように聞こえて仕方がない。戦争を担当する課であるリウ課は勝てる戦いしかしない。その為、大規模な戦争が無い限りは暇で暇で気が狂いそうだった。

 

「もっと張り合いがないとつまらないな」

 

 撃たれた弾丸を横へ少しズレることで避け、無力化されたマーケットガードを燃やしながら盾にして前進。撃ってきた傭兵にそのまま投げつけて、マーケットガードごと踏みつける。相手の指揮官らしき人物が見えないということはシ課が上手いことやっているのだろう。

 

「うーし、敵の戦線は乱れている!一斉に突っ込め!」

 

 その号令に従ってリウ3課は戦線に大きな穴をあけていく、拳を握りしめ炎の温かさにぎらりと目が冴える。これが戦争だ、今までずっと望んでいた戦争だ。それも勝てる戦争だ。

 

 スケバンの持っていた銃を蹴飛ばし、その顔面をぶん殴る。敵は無数に居るからこそ、戦っているという感覚がどこまでも突き動かしてくれる。

 

「護衛は必要ですか」

 

 大剣を抱えたフィクサーが一人声をかけてくる。ツヴァイ課の連中だ、お気の毒にうちのリウ課と同じく総動員の体制だ。おそらく、首級の護衛とかそんなとこだろう。

 

「いや、いい。こっちで勝手に突っ込むから、取り逃した連中を処理しててくれ」

 

「了解です」

 

 A社とかいう会社がブラックマーケットの旧来の呼称を撤廃するってんだから、全面占領するまで終わんねぇわけだ。自治区が数個分のブラックマーケットをな。

 

「最っ高じゃねぇか!」

 

 高鳴る鼓動の勧めるがままに次の標的へと向かう。あそこで大声で上げているヤツで良いだろう。

 

「な、なんだ貴様ら!カイザーの私有地に勝手に入ってこんな事が許されると思うなよ!全員天文学的な賠償をしてもらう!」

 

「声がでけぇ!少しは黙ってろ」

 

 見るにセブン課が言ってた新型戦闘モデルのオートマタか、特記戦力として報告書に上がっていたな。重装甲、近接戦闘対応、全天候対応型だったっけ。相手に不足はねぇな。

 

「センクに横取りされる前に一発くたばってくれ」

 

「出来るものならな!」

 

 自分の体重を簡単に上回る巨躯から繰り出されるパンチを一歩下がっていなす。ひび割れたコンクリートを気にせず、炎を纏った一撃が敵の胴へと突き刺さる。飛び散る火花が綺麗な円を描いて、周囲の気温を上げていく。

 

 オートマタはそこでコンクリートから拳を引っこ抜いて、すぐさま下蹴りを一つこちら目掛けて攻撃する。先程、殴った部位を見て、無傷だと分かると笑みが溢れてくる。

 

 この間、たったの2秒。重心を後ろに倒して蹴りが眉間をかすめる時に、左手でオートマタの蹴り上げてくる足を左手の前腕で軽く持ち上げて、相手の体勢を崩させて、お返しとばかりにアッパーをお見舞いする。

 

「おいおい、特記戦力なんだろ?もっと頑張ってくれよ」

 

「減らず口を!」

 

 オートマタの足から剣が飛び出て、それを握って武術ではなく、計算され尽くした合理的な動きで振りかぶる。こちらの逃げる場所を削ってくるタイプの剣戟だ。左に避けたら、右からパンチが飛んでくる。頭を下げて、下に避けたら蹴りが飛んでくる。左、右、上、右、下と不規則に襲いかかってくる剣に拳の炎はさらに燃え盛る。

 

 剣が首元をかすめるように誘導して、蹴りを一発。そのまま、膝と肘でオートマタの剣を握る関節を挟んで、左手でオートマタの顔面を強打する。しかし、未だに傷は付いていない。

 

「硬ってぇな、それに剣術か。露骨なフィクサー対策なこった」

 

「貴様らが何故か銃を使わぬのでな。なら、対応するオートマタを建造すれば良いだけのことだ!」

 

 使わない訳じゃないんだが、銃の基準が厳しいから近接が多いだけと言っても意味がない。どうせ、倒すのだから。固定している間にもう二発ほど顔面にパンチをお見舞いしたが、遂に振りほどけたみたいだ。

 

「ひやひやさせんなよ、あのまま倒されるんかと思っちまったじゃねぇか。この気持ちこそ、『賠償』してくれよ、なぁ!」

 

「賠償するのは貴様だぁぁぁ!!!」

 

 怒りに任せた剣が正面の下斜めから切り込んで来る。そろそろ、溜まった頃だろうと剣を掴んで、滴る血がバーベキューの肉のような音を上げながら、炎に捧げられていく。

 

「予想してなかったみたいだな?」

 

「貴様!?自ずから傷を?気でも狂ったか!?」

 

「いーや、こんくらい痛くねぇよ。それにそろそろ、炎も溜まったしな」

 

 オートマタの無傷だった体の所々から火が燃え上がる。互いに殴り合った回数は既に7(ターン)を越えている。オートマタの内部回路へ火傷として蓄積されていったダメージが一気に着火して、豪華なキャンプファイアとなって現れる。

 

「なんだっけ?重装甲、近接戦闘対応、全天候対応型だったっけ、燃えりゃ何でも同じだろ。水でも、この血みたいに燃えんだ!嗚呼、燃えて仕方がねぇ!」

 

 悶絶するオートマタにトドメの一発が手を思い切り突き出して、中国拳法の如く、しっかりとした型にそって放たれた。黒煙を吐いて、倒れるオートマタに満足できない。まだ、足りない。

 

「先行しすぎです。リウ3課部長、それと特記戦力はセンク課と事前に取り決めをしたはずですが」

 

 白いスーツ、ハナ課の奴だな。

 

「いいじゃねぇか、倒せたんだから」

 

「取り決めを守ってください。リウ課の評価を下げる報告書を私は書きたくありませんので」

 

「ちっ、わあーったよ。雑魚狩りすりゃいんだろ、あいあい」

 

 ハナ課のフィクサーはため息をついて、もうそれでいいですと呟いた。

 

「では、この特記戦力はセンクの手柄としておくので、悪しからず。取り決めは取り決めですので」

 

「ウーフィ課みてぇだな」

 

「貴女がそうさせてるんですよ」

 

 そう、皮肉を言ってハナ課の奴は後ろへと下がっていった。まぁ、いいや。戦争できりゃ、何でもいい。雑魚でも、強い奴でも、火傷で燃やし尽くしてしまえばいいんだから。

 

 




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