墨戦争第三戦線にて。
「困りましたわ。これだけ兵器を揃えていたということは悪事を働くつもりだったんでしょう」
青い広いつばの帽子に羽の付いた帽子を被ったフィクサーが襲いかかってくる無数のオートマタを一撃にして薙ぎ払う。物憂げな表情を浮かべる彼女はその金色の長髪を揺らしながら、錆びれた剣を握りしめている。海の底から持ってきたような鞘から刀身すら抜くことが出来ないほどの錆に侵食された剣だ。よって、この剣で敵を切り刻むのではなく、殴打してそのオートマタの装甲すら容易にへし折ることしか出来ない。
「良くない」
「ええ、非常に良くないですわ」
向かい来る無数の特記戦力へその人数分の手袋を投げ、一対多の決闘を為す。一体は大きな風穴を開けられ無惨に倒れ伏し、もう一体は腕を切られ、次の一体は頭を割り、残りの連中には容赦なく真っ二つになるように殴打される。
オートマタの電線から漏れ出るバチバチと鳴り響く、その音は明確な戦線離脱。無力化を示していた。落ちていた手袋を拾い、進みゆく敵の混乱を見てため息をついた。
「……申し訳ないけど、これもまた私に出来る数少い善行の一つだろうから」
錆びれた剣を腰に差し戻して、静かに戦場を練り歩く。リウの炎も、センクの決闘宣言も、A社の羽の的確な射撃も、すべてただの環境音のように通りすぎていくものだから。恐れ慄いて逃亡するカイザーの私兵、雇われ傭兵、スケバンからマーケットガードまで自分を見て逃げていく、後ろで待ち構えているシ課にも気づかずに。
嘆かわしい。私はただ、青い目で眺めてそうため息を溢す。これでは、まだ正義を為せない。敵が逃げるなら、逃がそう。背を刺すのは誉れではない。強くなってまた向かってくるなら決闘にて歓迎しよう。だが、自分と戦った者は今まで誰一人と再戦を申し込むことはなかった。
「……善行が足りないわ。あの子が夢見てた騎士になれるほどの善行がまだ足りない。私の力で成し遂げなければならないの」
騎士道物語には強大な悪との戦いが必要だから。それが戦争であっても、日常であっても、騎士は悪に立ち向かうのが務め。ピアニストみたいな憐れな子が今後も出ないような絶対的な光、それこそ輝く黄金のように弱きものを照らして救ってあげなけれならない。
なんでそうしてるかはもう忘れたけど、名前も覚えてない、誰かに何かを託されたことには間違いはないから。だから、この剣を振るい続ける。一番必要でない時にしか抜けないこの剣を。
突如、四車線に収まりきれないほど巨大なドラゴン型の機械が現れる。周囲のビル郡をその鉤爪で破壊し、ジェットブースターの備え付けられた羽を持ち、その口には鋭利な回転する無数の刃がチェーンソーのように渦巻いている。
「……待っていましたわ。これなら、悪との戦いだと言えますわ」
素早く、手袋をこの機械。カイザーインダストリーの紋章が入った怪物へと投げつける。決闘は成立した。一対一、人と怪物。これも、騎士の本懐じゃないか。
「では、名乗りましょう。トリニティにて生まれ、除籍され、今や背負う家名などあらず。ただ、託された夢をこの剣に誓い、為さんとする一介の騎士。名を
その名乗りに合わせるように、陽炎の如く、彼女の黄金のような髪も青い瞳も錆びれた西欧の騎士甲冑に覆われる。全身を覆い尽くし、もはや見えるのはヘルメットのバイザー越しの瞳しかない。
剣を構え、戦くこと無く一歩を踏みしめ、一気に距離を詰めた。振り下ろされる10mは超える怪物の足をそこに飛び乗ることで、避け。怪物の頭へ向かって、走っていく。
「カイザーがこんな怪物を隠し持っていたとなれば、やはり討ち破ることで善行になるに違いないですわ」
くぐもった声が甲冑から漏れ、怪物は騎士を振り落とそうと体を大きく揺らす。騎士は剣を怪物に突き刺して、振り落とされるのを防ぎ、何度ビルに衝突させられてもその場を離れることはなかった。
痺れを切らしたのか怪物は大きく口を開いて、灼熱の炎を吐き出す。カイザーの決戦兵器が放つのは2000℃を越える、ドラゴンの身すら微かに焦がす火炎放射が騎士を襲う。
それでも騎士は動かない。甲冑が鉄ならば、本来とっくに溶けていたであろう。中に居る人ごと焼き尽くして、勝利していただろう。
「甘い、甘いですわ。その程度の炎では騎士は止まることは無くってよ」
そもそも鉄でも無いこの西洋甲冑が燃えることはない。錆びまみれとて、見た目がみすぼらしくとも、これがE.G.Oであることに変わりは無いのだから。騎士の自我を焼き尽くさぬ限り、その前進が止まることはない。
燃え盛る周囲を鑑みず、直感だけで真っ赤な世界を歩み続ける。試しに剣を抜こうにも、抜けず苦笑する。
大きく剣を振りかぶって、怪物の目へと突き刺した。大きく揺れ動いた体から、そのまま突き落とされるも着地し、鞘に入ったままの剣を怪物へと向ける。
「カイザーの決戦兵器と言えど、目は痛いのですね」
焦げること無く、錆びれたままの甲冑姿の彼女は剣を構え直し、怒り狂った怪物が隙だと見てその歯で甲冑を噛みしめ、激しい金属が擦れる音が鳴り響く。回り続ける刃は徐々に磨耗して、やがてパリンという音が響く。
口の刃が粉々に破れて、使い物にならなかったことを示す音だ。すかさず、剣を怪物の下顎に突き刺して、一旦固定する。
「これで、動けなくなりましたね。では、善行を為しましょう」
飛んできた怪物の両手の鉤爪がたどり着く前に剣を思い切り上へと振り上げる。ただの純粋な物理攻撃、だが怪物の上顎はこれによって見事に破壊された。空へと浮き上がり、その重さに耐えきれずにやがて重力に従って落ちていく。
「噛めなくなりましたね?」
騎士は愉快そうに怪物の鉤爪によって握りしめながら、皮肉を言う。
だが、甲冑は再び騎士を攻撃から守り切る。
「足りない、ええ、足りないですわ。その程度の攻撃では私の守りは貫けませんよ」
悶える怪物が選んだのは投擲。周囲の瓦礫や車、オートマタの残骸を素早く玉にして投げつけてくる。
剣は再び鞘から抜けない。故に、丁寧に飛んでくる玉を一つ一つ真っ二つに壊していく。
「おや、逃げようとしている。それは決闘において礼儀を欠いた行為ですわ」
追わないのは決闘していない敵だけなの。だから、残念だったね。彼女はそう言って、甲冑を着ているのが怪しくなるほどの早さで接近し、怪物の足を切断した。
バランスを崩して倒れる怪物に追撃、同時に怪物も身も守ろうと鉤爪のある右手で攻撃し、騎士はそれを間接から切り落とし、そして怪物へと体当たりをした。
それを受けて、周囲を巻き込みながら倒れる怪物の上に乗って、騎士は残った鉤爪も切り落とす。
「品の無い行為への当然の罰ですわ」
それではトドメと行きましょう。自分の力でこの怪物を仕留めることが出来れば、これも善行になるだろう。
心の形を変えて、あの罪を再び騎士は思い出す。託された夢を、トリニティで果たせなかったこと。金色のエネルギーが錆びれた西洋甲冑をさながら、金色の騎士のように輝かせ始める。協会はこれを『シン』と呼んでいたけれど、未だにこのような大層な力が身についたかは思い出せない。全て、錆びれた記憶の中に閉じ込められているのだろう。
「だから、私の力で……」
カチャリ。鞘の乾いた音が響いた。
「私に善行を積ませてくれないのは意地悪ですわ。アスカロン」
剣を抜く、刀身はどんな白よりも白く、空気に触れるだけでその空気すら切る。防御だけの特色だと『錆色の騎士』を誤解するものは多く居る。鉄壁の守りだけだと、だが特色になるには防御だけでは足りない。アスカロンと呼ばれた剣に二つの輪っかがまとわりつく、そして怪物の首へと振り落とした。
為す術も無く、切り落とされた首を見ると自然と剣は鞘に再び収まっていた。
「はぁ……私もまた善行を積まなければ」
持ち上げたドラゴンの首を敵に見せつけ、投降を呼び掛けると憂鬱そうにそう呟いた。
そんな彼女が絶対的な防御と攻撃力を兼ね備えたからこそ、色を与えられたのだとこの戦場に居たフィクサーも敵も思い出すことになる。
「皆さん、ご覧ください!」
クロノススクールの報道ヘリが戦場の上を飛びながら、リアルタイムで報道を続けていた。
「カイザーが隠し持っていた兵器が一人の黄金のフィクサーによって撃ち破られました!」
興奮気味に話し出す彼女はさながら、騎士道物語を間近に見ているかのように言葉を続けていく。
「悪徳企業カイザーが出したドラゴンを遊びの感覚で倒して見せた黄金の騎士によって戦場が騒然としています! 戦闘を続ける謎多き新興企業A社とニヒル協会の連合軍と悪徳企業カイザーグループ、その間に続いた静寂は長くなかったようです!」
一斉に突撃を始めたニヒル協会のフィクサー達と撤退するカイザー私兵達を見て、エンタメのように解説を続ける。
「ヴァルキューレはカイザーとの汚職の発覚により、現在停職処分者が多数出ている中で起きたこの戦争。前に取材したフィクサーによれば『墨戦争』に対して、連邦生徒会も周囲の学園も有効な介入が出来ていない模様です! ピアニストによるキヴォトス全土への被害、トリニティとゲヘナの関係悪化とミレニアムの中立宣言! まさに狂乱の時代となりつつあります!」
ヘリ目掛けて飛んでいく対空兵器をなんとか避けながら、戦場で戦うフィクサーを鮮明に映し出す。
「調律者の言ったバッドエンドでしかない世界は本当にくるのでしょうか! おっと、今のミサイルは危なかったですね! それでは、撃ち落とされそうなので実況生中継はここまで! クロノススクールからお送りしました!」
ヘリの空を飛ぶ音を書き消すほどの戦闘音が再び第三戦線に満ち始めた。朝も昼も夜も、止むことはない戦いの音色に錆色の騎士はE.G.Oを解いて、再び善行を積むべく指定された特記戦力狩りを始めた。
特色フィクサー『錆色の騎士』
元トリニティ出身の二年生。
ニヒル協会センク課に所属し、ニヒル協会によって最初に色を与えられた一級フィクサーである。
錆色の名が付くように赤い錆色の西洋甲冑と錆びれた剣を持って戦うことからその名を賜った。
開花E.G.O::錆びれた記憶
「騎士に憧れてたと言ったら、その夢を託してくれる人がかつては居たんです」
錆びれた西洋の騎士甲冑の形をした防護型E.G.O。とにかく硬いことで知られ、唯一切られた例は後述する武器によるものである。
オーパーツ::アスカロン
「……ただ、あの日常が続いたらと願うことは罪だったのでしょうか」
開花E.G.O::錆びれた記憶による侵食を受けて、錆びれてしまった剣。鞘からは特定の条件下においてのみ抜くことが出来る。それは「最も本人が必要でない時」である。
だが、剣を抜くことが出来れば、その剣の鋭さは伝説すら切り刻む。