調律者サオリ   作:イワシコ農相

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夏休みがもう終わるので初投稿です。


第三話『約束は計画的に、サインはここに』

キヴォトスは明確に変わった。

 

それも、大人の来訪によって。

 

本来、クロノスの報道をすべて占めるはずだった『先生』の話題に一つの異物が混じっている。誰がそう呼んだかは分からないが、『黒い沈黙事件』として周知されている。

カイザー本社前広場で千人を超えるカイザーの部隊が一分も経たずに、黒い波に飲み込まれ、沈黙しか残らなかった。

 

そう、このキヴォトスで公然と人死が発生したのだ。

都市なら「これくらいで驚くな」と笑われる倫理観だが、ここはキヴォトス。

 

例えそれが自己防衛であっても、

決して、それを許容してはならない。

決して、殺人を受け入れてはならない。

 

だが、悲しきかな。調律者はその都市の体現者。

 

キヴォトスで言う悪い大人の典型例だ。

 

それからのキヴォトスの動きは早く、先生公認のもとで『調律者』をキヴォトスの敵として認定し、特定の自治区が警戒態勢をあらわにした。

 

トリニティは来るエデン条約に備えるために警備を増やし、ミレニアムは不思議と静まり、ゲヘナでは熱狂が風紀委員会の仕事を増やした。

 

一番ひどかったのはゲヘナで、『調律者』はもはや神格化される勢いである。

 

無法を基本的に好むあの学園の生徒達からすれば、圧倒的な力を意のままに用いてキヴォトスの敵に認定された者など憧れの対象でしか無い。

 

不良達は調律者に倣うべく、騒ぎを起こし、破壊がより広がっていった。

 

それに対してトリニティは疑心悪鬼が加速し、内部対立が酷くなっているくらいしかの情報しか出てこない。

 

ミレニアムはなぜか、一切の対応を行っていない。

 

そのようなことが、ブラックマーケットのカフェテリアにあるテレビのニュースで延々と放送されている。

 

「シャーレを襲撃して以降の調律者の行方はいまだ判明しておらず、ヴァルキューレが情報提供者を募っています。続いてのニュースは、アビドスに新たな生徒会が発足したと言うものーーー」

 

「クックック、人気者ですね。まさか、あの先生がキヴォトスの敵として、『調律者』…いや、『錠前サオリ』貴方を認定するとは思いもしませんでしたね」

 

「その名前はもう私のものではない。調律者と呼べ」

 

「これは失礼。しかし、不思議でならないのです。どうやったら、あのベアトリーチェの人形である彼女が、どうすれば貴方になれるかが気になって仕方がない。私も探求者でありましてね」

 

「『神秘』でも『恐怖』ではないその力。その存在。この世界には存在しない絶対的な記号、それも単一ではなく複数で、『根源』...いや『概念』とでも言いましょうか。それを容易く捻じ曲げるそれは、貴方の言う『特異点』の記号に至り、そしてどうやってそれを掌握したのか。それこそ貴方の名が示す通り、調律した結果なのでしょう。」

 

「あなたがここに来るのに使ったと言うA社の特異点(■■■■)

 

「その力は確かにキヴォトスの敵として差し支えないでしょう。しかし、ゲマトリアは貴方をそうは考えていません。少なくとも、私は、ですが。」

 

「我々の知る外側から来ていない大人である貴方は、大歓迎なのですよ」

 

心地いいほどの大人のしぐさに思わず笑ってしまう。こいつなら都市で長生きできるだろう。

 

だが、ゲマトリアが特異点の簡単な説明で、これ程理解を進めていくのはやはりこいつらが研究者だからだろう。

 

「随分高く買ってくれるな『黒服』。だが、あの先生はどこまでも贋作だ。同じ岐路、同じ過程、同じ手段を辿るだろうが…2つの世界を観測した私からすれば、あれは私の先生ではない。テセウスの船のように、あれはそっくりなだけの全くの別の存在だ。先生は生徒を救い、導き、そして…」

 

"調律者は生徒じゃない?"

 

あの言葉が思い返される。

 

「クック、貴方を生徒として認めると」

 

「ああそうだ、そうじゃなくてはいけない。私の知る先生はそうだったから」

 

"私は君の先生ではない。なりたくもない"

 

黙れ。

 

「しかし、それはもはや先生でしょうか?先程から聞いてますが、救世主のようにしか聞こえないのですよ。一つのパンで万人の空腹を満たし、水をワインに変え、原罪を背負って、復活したあのメシアに。」

 

「それを一人の人間に求めるのは酷というものです。確かに、貴方の世界にはその救世主が居たのでしょう。だが、ここはそこじゃない。」

 

「調律者、大人になりましょう。貴方はもう生徒になれない」

 

"子供の殺しを正当化するような人とは、特に"

 

あれほど怒った先生の顔が私を見ている。

 

「代わりに、我々ゲマトリアが貴方の居場所になりますとも」

 

「なら契約を結ぼう『黒服』」

 

「クックック、その意気です。では契約内容は?」

 

「アリウス自治区やエデン条約で私がする如何なる行為に対してゲマトリアは黙殺し、代わりにゲマトリアに敵が生じた場合は手を貸す」

 

「…なるほど、確かにアリウスで事故が起きても私は知ったことではないですね。良いでしょう」

 

「ようこそ、ゲマトリアへ」

 

差し伸べられた手を私は掴んだ。

 

こうして、私は大人になった。

 

見ているか、先生。私は成長したんだ。

 

君なら喜んでくれるだろう?

"そう…調律者は悪い大人だね"

 

私の頭の中から離れろ。

 

あれは先生じゃないんだ。

 

頼む、これ以上私を苦しめないでくれ。

 

 




なんか、話重くない?
あれ、黒服と楽しく談義するはずだったのに…
それはさておき、今回も何とか週一投稿に間に合わせました。
それとコメント返しが楽しいので、もっとドシドシ感想クレメンス。
では、また来週!!
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