【完結】双子座の魔女 ──機動戦士ガンダム 水星の魔女 外伝 作:鉄槻緋色/竜胆藍
世界観に若干のズレがあるほか、原作のメインキャラクターはほとんど出てきませんので御注意下さい。
ドス黒い煙が廃墟の街に立ちこめている。
「あっちだ!女のガキだ!腕ェ撃ってやったぜ!」
廃屋の中を、瓦礫を乗り越えてふたりの少女が走る。
しとどに血をこぼす一方を、もうひとりが支えながら。
「シィル!しっかりして!」
「……わかっ、て」
紅茶色の短髪の少女たち。
浮かべる表情は違えど、その顔立ちはまったくの瓜二つだった。
ふたりは双子だ。
ただし、異なる点がふたつ。
シィルと呼ばれた方は右腕から血を流しており、その傷を庇う左手は義手だった。
「メルデ……まって」
シィルは苦悶に顔を歪ませながら、義手を右腕の脇の下に押し込み、右脇を締め込んだ。
だが、右手はだらりと垂れ下がったままだ。
メルデと呼ばれた少女はシィルのその様子を見て足を止めた。
「深いの⁉︎ 」
「とりあえず、止血……いい、から」
シィルの右腕は、肘と肩の中間あたりからダラダラと血を流していた。
それを、脇の下の血管を義手を挟んで圧迫する事で、簡易的に止血処置したのだ。
苦悶の表情と脂汗。その激痛は想像に難くない。
なのに、気遣うメルデに対してシィルは腰で押して移動を促した。
「いいから、早く!追いつかれる」
「っ、わかった」
姿勢を低く、家屋の壁や置物に身を隠して素早く駆け抜ける。
──どこ行ったコラァ!ハハッ!
遠くから蛮声と銃撃音が聞こえる。
この町にやってきた襲撃者たちは、もともと壊れていた町をさらに破壊し、居残る住人を「粛清」と称して攻撃した。
町には武装した者もいたが、隣人すべてを守れるものでもない。
見上げたアパートメントの向こうから、モビルスーツの肩から上が見えた。それも二機。
とても敵いっこない。
あてにしていた町長の自慢のモビルスーツ──全高18メートルの人型機動兵器は、真っ先に格納庫ごと木っ端微塵にされた。
混乱の中、はぐれた姉妹は、その片方が撃たれてしまったのだ。
敵の目的は略奪ではない。
戯れに"狩り"にやって来たのだ。
(なにが粛清だ!)
メルデは胸中で唾棄した。
まともな中等教育も受けていないメルデとシィルの認識でも、連中は「宇宙に住んでいる金持ちの下っ端」らしいと理解している。
理由のない暴力を振りかざす輩は珍しくない。
だからと言って、理不尽に殺されたくはない。
ふたりが目指していたのは、この町で銃を所持している人物の家だった。
路地を覗き込み、左右を伺って誰もいないのを確認してから、シィルの肩を抱えて駆け抜ける。
その家の裏口から駆け込んだ。
「メルデはそっち探して」
シィルの指示に僅かに逡巡してから黙って身を翻す。
重傷を負っているシィルを放っておけなかったが、立場が逆でも自分もきっとそうしたからだ。
──お互いの事は良く分かっている。
廊下を駆け抜け、部屋を片端から探っていく。
銃が、見つからない。
「あった!」
反対側からシィルの声が上がった。
「ぁあ⁉︎ なんか声がしたぞ!」
同時に外からも男の怒声が聞こえる。
(ヤバ……⁉︎)
メルデは急いでシィルの元に駆けつけた。
身バレのリスクは、銃を見つけた事で相殺できる! その上で大声で呼んだシィルの判断は、メルデが逆の立場でもそうした事だ。
その部屋に駆け込むと、苦痛でうずくまるシィルと、傍の床に倒れている老人の死体があった。
この家の住人だった。割れた窓の下で、額を撃ち抜かれて即死している。
「メルデ、腰のとこ」
「わかった」
シィルがあごを振って示し、メルデがくず折れた老爺の体に飛びつく。
腰のホルスターをまさぐり、ようやく拳銃を引き抜いた。
ふたりとも、この町で暮らすうち、自警団から拳銃や徒手格闘の訓練を受けていた。
──人を撃った事は、まだ無いが。
「スライドを引いて」
シィルに言われ、右手に持ち替えた拳銃のスライドを低く。
イジェクターからチェンバーを覗き込み弾丸が装填されている事を確認した。
「構えて」
シィルが言う通り、スライドを離した両手で銃を構える。
──分かっている。敵は手慣れており、自分たちは素人。シィルは両手が使えず、メルデがなんとかしなければ二人とも死ぬ。
「っ……⁉︎」
間近に迫る"死"に、メルデは怖気を感じて引き攣った。
「しっかりしてメルデ!」
「聞こえたぞ!ここだ!」
シィルの叱咤と同時に敵の声が近寄ってくる。
ふたりで部屋の隅にうずくまり、銃を構えるメルデが背後のシィルを庇う形で身を寄せ合う。
そのメルデの耳元でシィルが鋭く囁いた。
「聞いて、メルデ。あなたは私の命令で撃つの。いい」
頬を押し付ける力が加わる。
「引き金に指をかけて。左手の人差し指を真っ直ぐにして添えて。そう、メルデの指差す方向に弾丸は飛ぶ」
シィルの語りかけに従い体勢を正す。
「ここら辺から……オラァ!」
この家の入り口のドアが蹴破られた。
派手な破砕音を踏み砕いてのしのしと廊下を歩く音が迫る。
「大丈夫。慌てないで。男の頭はだいたいあのドア枠のシミの辺りに来る」
この部屋の入り口の付近の目印に狙いを定める。
メルデの身体が緊張で震える。
シィルがメルデの背中を支えてそれを鎮める。
「さっきジジィはブッ飛ばしたじゃんか──」
「 撃てッ!」
爆音。
見知らぬ男の顔が部屋を覗き込んだ瞬間。
拳銃のターゲットサイトに、その顔面が重なったその時。
シィルの絶叫に圧されて。
反射的に引き金を引いた拳銃の弾丸が過たず男の顔の真ん中を貫いた。
ドサッ、と重いものが落ちる音は二度、した。
撃たれた男が倒れると同時に、シィルが背後からメルデを巻き込むように押し倒したのだ。
「シィル、なに」
「メルデ、見ちゃダメ」
覆い被さるシィルの顔が、間近で囁く。
たった今撃ち倒した惨劇を遮って。
その顔は、──泣いていた。
「いい?メルデ。あなたは私の命令で銃を撃ったの」
シィルは優しい声音で繰り返した。
「ごめんね。私は手が使えないから。あなたが撃つしかなかった。でも」
シィルの涙が、メルデの頬に落ちる。
「銃を持つのはメルデ。敵を狙って引き金を引くのもメルデ。でも、あなたにばかり背負わせない!引き金はあなたが。殺意は私が」
嗚咽を混じらせてシィルは続ける。
「私の殺意で、私の意思で、私の命令であなたは銃を撃った!私が撃たせたの!だから」
メルデは、そこでようやく強張っていた右手から拳銃を振り落とし、両腕でシィルを抱きしめた。
「ありがと。シィル。怖かったけど、わたし撃てた。シィルを守れた。だから、大丈夫だよ」
死体と硝煙と轟音の中で、姉妹は互いを気遣い、泣いていた。