【完結】双子座の魔女 ──機動戦士ガンダム 水星の魔女 外伝   作:鉄槻緋色/竜胆藍

10 / 14
第9話 グレイヴ・グレイヴ

 

「……何、これ……⁉︎ 」

 

 研究室の三面マルチモニターに展開された図面と仕様を見て、ヘレネは呆気に取られた。

 

「なんだ? やっぱり無茶振りだったか?」

 

 後ろに立っていたブランドンが様子を伺う。

 

「いえ……難度が高いとか複雑とかじゃないんだけど……」

 

 片手で口元を押さえ、デバイスを手早く操作してデータの内容を繰り返し確認する。

 

「……ざっくり言えば、()()()G()U()N()D()-()A()R()M()よ。しかもデータストームのフィードバックについてフィルターもアブゾーバーも見当たらないんだけど、ここ」

 

 正直ブランドンは門外漢なので、ヘレネが何を言っているのかさっぱりだが、その指差す箇所を見てみる。

 モビルスーツを示す人型の概略図に重ねて、様々な色のラインが図形を描いているのだが、ヘレネが指差した箇所、胴体の中央部分だけが不自然に空白になっていた。

 いや、淡く「forbidden」の文字と枠線が点滅していた。

 

「本来なら、データストームを軽減する仕組みが入る場所なんだけど、ここだけ干渉できないって言うか、データが無いのよ」

「……それはつまり、そこには触るなと言うか、構わなくていいって事じゃねえのか?」

 

 モニターから離れたブランドンがあっけらかんと言う。

 

「ヤツの依頼はこうだ。「途中までやったけど、難しいから八割ンとこまで仕上げてくれ」って事だ。たぶんデータが無い箇所は、向こうで勝手に作るつもりなんだろ」

「それでいいなら、そうするけど……」

 

 ブランドンは、座っているヘレネの両肩を強めに叩いた。

 

「気にすんな! 完璧な作品じゃねえんだ。博士のこだわりは一旦ワキに置いて、さくっと仕上げてやってくれよ!」

 

 少々、チカラが強めだったか、振り向いたヘレネの顔は若干恨めしそうだった。

 それでも直ぐに居住まいを正して、考え込んだ。

 

「……そうね。もしクレームが来たなら、対応はお願いね?」

「お、おう」

「とは言え」

 

 たじろいだブランドンを無視して、片脚を組んだヘレネが再びモニターに向かい合う。

 

「ここまで用意したのも凄いけど、任された範囲は確かに元オックスアースの研究者じゃないと分からない内容よ。GUND-ARMを所持してしているウチに依頼を投げたのも頷ける」

「何か不思議な点でも?」

 

 片眉をしかめるというレアな表情でヘレネが振り返った。

 

「──設定しているシェルユニットの数が、エオルの十倍あるのよ」

「……なんかマズいのか?」

 

 ブランドンは素直に首を傾げた。

 

「マズくはない。……例えるなら、そうね。二人乗りのスポーツカーにタイヤを二十個追加したいって言われた気持ち」

「そりゃあ……変なオーダーだな」

 

 しばし、静寂が訪れる。

 

「まあ、いざとなったら双子に壊させるから、言われた通りに頼むわ」

「承りました」

 

 言うと、ヘレネの指先が凄まじい速さでコンソールを叩き出した。

 

「あ。そう言えば、双子とシェルユニットで思い出したんだけどよ」

 

 

 一ヶ月前の《カテドラル》の強制執行の時に、パラシュートで降下してきたモビルスーツのうちのいくつかは、()()()()()()()だ。

 ()()()に手間は惜しまない。バナトの街の復興に、市民議会の連中とは手分けして掻き集めた、大事大事な()()()だ。

 地下工場の各懸架台に下がるモビルスーツの腕や脚の骨格、別の場所で加工されている機構などの数々を眺め、ハイルブロンは満足げに頷いた。

 

──そうだ。新しいモビルスーツのプラットフォームだ!

 

 ヒントは、あの「謎の白いモビルスーツ」が初めて姿を現した時からあった。

 回収した擱坐したモビルスーツとそのパイロットを全員監禁して研究した。

 《ドミニコス》の魔女狩りのエースが、例の傭兵の所のGUND-ARMに二度も負けた事も聞いている。その状況の仔細も。

 情報も、材料もそろった。設計データの大枠もじきに届く。

 GUNDフォーマットを利用しつつ、「搭乗者を死なせずに」敵だけを殺す新たなプラットフォームだ。

 これならば、《カテドラル》の禁忌に抵触せず、堂々とモビルスーツ市場に参入できる。

 

「いつだって、新しい商売はウキウキするモンだぜ」

 

 ほくそ笑んだその時、視野の虚空に二重写しにインジケーターが表示された。

 眼球と頭部の一部がGUNDであるハイルブロンは、この街の中であればどこでも自身で通信を受け取る事が出来る。

 

「──なんだ」

 

 着信相手は、外様の傘下組織のリーダーだった。

 正直顔も覚えていない。

 

『ボス。白いGUND-ARMが《ヨトゥンヘイム》に参加させろと言ってきて』

 

 こいつなんですが、と送信されてきた画像のモビルスーツは、()()()()()()()()()だった。

 思わず口笛が漏れた。

 

『あの? ボス、どうしやしょう』

「いいだろう! そいつはお前が受け持て! 次に連絡するまで丁重にもてなせよ!」

 

──ツイてる!

 

 ハイルブロンは笑いが止まらない。その場で小躍りまでする始末だ。

 

「Hooray! っしゃあ!」

 

 喝采と同時に、青白い拳を突き上げた。

 

 

 サイドを刈り込み濡れ髪を前に垂らしたツーブロックヘアが似合う色男がいた。

 それが今は、厳めしい顔つきをどうにか取り繕って、ピシリと「気をつけ」の姿勢で立っていた。

 そこは青白い灯りに包まれた無機質な部屋。

 重厚なデスクの向こうに座る、壮年の男が無表情で口を開いた。

 

「──ケナンジ。その見え透いた反省の態度はやめろ」

「っぷはあ⁉︎ じゃあ、許していただけるんで?」

「馬鹿者。私が何か言うまでもなく、自分の不甲斐無さは貴様自身が分かっているだろう」

「──まあ、そうっスね」

 

 答え、ケナンジから戯れの気配が消え、変わりに底冷えのする冷徹な面差しに変わる。

 

「今作戦で、ノンキネティックポッドの損壊が3。ベギルベウが中破する事2回」

「アンチドートに巻き込まれた兵は?」

「それは私の責任だ。貴様の持ち分ではない」

 

 言って読み上げたタブレットをデスクに放った男、ラジャン・ザヒ艦長がケナンジを見返した。

 

「地上は慣れないか」

「いやちょー余裕っすわ」

「ノンキネティックポッドを破壊されるなど、ヴァナディース事変以来ではないか?」

「自分の代わりに敵弾の盾になりました。ポッドに命を救われたのです」

「貴様のベギルベウはオーバーホール中だ。今回のGUND-ARMはなかなかの強敵のようだな」

「もう動きは見切ったんで、次に会ったら小指でヤってやりますよ!」

「休めと言ってやりたいが、他のベギルベウとパイロットは別方面の作戦中で、今この場には《魔女狩り》は貴様しかいない。悪いが作戦は続行してもらうぞ」

「では、ケナンジ・アベリー、只今より休暇に入ります!」

「地上のバナトに行け。アンチドートを上回る新兵器があると言う。テストをしてこい」

「サー!イエッサー!」

 

 ビシ!と敬礼をして、それきり室内が静かになる。

 ふたりとも、身動きひとつしない。

 ややあって、ラジャンがぽつりと口を開いた。

 

「……今作戦、《魔女狩り》のエースである貴様でなければ、二度は命を落としてるだろうよ。頼りにしているぞ」

「あざっす。行ってきます」

 

 コロっと素直に礼を述べたケナンジは、軽く敬礼すると今度こそ退室していった。

 

 

 ゴーストタウンを疾る一機のモビルスーツがあった。

 そのデザインは、非常に奇抜なものだった。

 ──とは言っても、そこらのチンピラの改造MSのような奇矯で派手なものでは無く、どこのメーカーにも見られない、スマートで先進的で、同時に獰猛さを感じさせる青銅色の装甲デザインが特徴的だった。

 ウロコ状の無数の装甲に覆われたような外装で、まるでセンザンコウを人型に練り上げたかのような体躯。

 その割に腕脚はスマートで、まるで蒼いドレスを纏ったモデルのよう。

 両手は空だが、両の前腕側面に吸血鬼でも這い出てきそうな棺桶型のシールドが装備されていた。──もっとも、棺桶にしては薄く、シールドにしては分厚い。

 他には目立つ装備は持っていない。

 やがて、先の路地から三機のモビルスーツが現れた。

 揃いのデザインの黒い重モビルスーツで、末広がりの太い大出力ホバーレッグに、寸胴鍋のようなボディ。マッシブな腕には大口径の銃器を担ぎ、何より特徴的なのは、カメラアイが顔面を覆う十字型をしていた。

 会敵一番、それら三機が銃器や大砲をこちらに構えるや、センザンコウのようなモビルスーツも変化を始めた。

 全身を覆う無数のウロコのような装甲がスライドし、あるいはヒンジ稼動をしてほぼ全てを展開したのだ。

 その下に現れたのは、漆黒の艶やかで平坦なプレート。

 変形が終わるや否や、真っ赤な幾何学模様の輝きを迸らせたそれは、GUND-ARM特有のシェルユニットだった。

 それも、全身を隈なく覆っている。

 その様たるや、まるで皮膚を剥がされた人体模型のようだ。

 それからのそのモビルスーツの動きは違った。

 敵の重モビルスーツが大砲を()()()()()横にクルクルとターンステップで移動して躱し、そして一直線に疾走を開始する。

 他の二機も発砲するが、それらも軽々と躱してしまった。

 そして半分ほどの距離まで迫ったところで、そのモビルスーツが両手を前に突き出した。

 いや、両の前腕に装備された、棺型の装置を敵機らに向けた。

 棺型のユニットが、中央で分割されて、内部アームと連動して展開した。

 それはまるで蟹の鋏のよう。

 ただし、内部に刃列は無く、それが直接届く距離でもない。

 その開いたユニットの中から、赤光が迸った。

 それもノイズのような軌跡を描く光線だ。

 それら赤い稲妻が敵機を貫く。

 だが、爆発もしなければ、装甲に傷ひとつついていない。

 ──だと言うのに、その敵モビルスーツは糸が切れた人形のように崩折れて動かなくなった。

 

 

 ハイルブロンからの依頼のデータを完成させて、送信提出してから数日後。

 双子の捜索の成果も無く、拠点のラウンジで、情報収集の一環としてメンバー数名でモニターに映る《ヨトゥンヘイム》の模様を観戦していた。

 

「そろそろ博士が絡んだ玩具が出てくるかもな」

 

 そんなブランドンの軽口で観始めたものだが、その内容は衝撃的なものだった。

 カラーギャングと思しき揃いの黒い重モビルスーツ十二機に対して、対戦者は、たった一機。

 その勝負はたった三分足らずで十二機を全滅させて決着した。

 それも、いつか見たあの時の「謎の白いモビルスーツ」の乱入を再現するかのような活躍で。

 

「……あれが、あん時のデータの機体だってのか……?」

「そんな……⁉︎ あんな装備、データには無かった!」

 

 トゲトゲの装甲を閉塞させたそのモビルスーツが、両腕の装置も閉じて立ち去ってゆく。

 

「あれが例のブラックボックスなんだろうよ。博士のせいじゃねえ」

 

 女性スタッフが、ヘレネの肩を抱いて落ち着かせる。

 ブランドンは、遣る方無くテーブルを小突いて舌打ちした。

 

(あんな兵器を出されたら、エオルでも危ういんじゃねえか? )

 

 初めて「謎の白いモビルスーツ」を見た時から懸念していた事を思い出す。

 ベギルベウのアンチドートを乗り越えた、エオルのシェルユニットの青色発光現象とその効果については、ヘレネにも説明済みだ。

 ブランドンのザウォート・フェザーの戦闘ログも見せたが、ヘレネにもまるで見当のつかない仕様だと言う。

 

(エオルが、あいつらがアンチドートを乗り越えたあの機能をきちんと再現できるなら、あるいは……? )

 

 モニターの出来事が本当の事で、もしエオルでも対応できないとしたら、ハイルブロンとの、《バノヴィナ》と《フォスフォロス》のパワーバランスが完全に崩れる。

 今までは、例の「謎の白いモビルスーツ」を共通の敵として、その気紛れに遭わないようにお互いに牽制して過ごしていた。

 だが、ハイルブロンが「謎の白いモビルスーツ」の機能を再現したとなると、《フォスフォロス》が気紛れに一方的に潰されるかも知れないのだ。

 エオル不在はまだ知られていない。

 早急に双子と合流して、ふたりとエオルの新機能と、あの新兵器の対抗策について検討しなくてはならない。

 

(……クソっ! メルデ!シィル!どこにいるんだ!)

 

 

────────◆

 

「こちらが弊社「ダッソ・システムズ」の、全く新しいモビルスーツプラットフォーム「GUND-RESS(ガンドレス)」です!」

 

 痩せぎすのビジネスマンが、細長いメガネを光らせて口早に語り始めた。

 

「「GUND-RESS(ガンドレス)」とは、GUNDフォーマットを使用しつつ、「Renewable Enegy Supply Syetem」すなわち「再生可能エネルギー供給システム」を組み合わせ、GUNDフォーマット使用時に逆流してくるデータストームを、家電のアースの要領で特製バッテリーに逃したものを専用キャノンで放射する事で、敵パイロットにデータストームを転嫁してダメージを与える──」

 

 バナト市街に降り立った、ビジネススーツ姿のケナンジは、現れた高級車の案内で、命令にあった企業の巨大な格納庫にやってきた。

 そこで応接に現れた細長い男に連れられて、何やら魔法の呪文を浴びながら、その「新兵器を持つ新型モビルスーツ」を見上げていた。

 

「つまり「GUND-RESS(ガンドレス)」は、GUNDフォーマットと、新発明のRESSバッテリーと、そして専用装備の「フェーズドアレイキャノン」の三位一体によって構成されるプラットフォーム! データストームは随時RESSバッテリーに蓄積されるため、パイロットの生命に危害は一切与えない、誠に安全安心なモビルスーツプラットフォームで《カテドラル》における兵器の定義にピッタリ沿ったそれはそれは」

 

 その辺りでケナンジの右手が勝手に男の顔面を握り締めた。

 顔は、モビルスーツを見上げたまま。

 

「──あー、悪ぃ。俺ぁ現場で働くパイロットだからよ、今のを三行くらいでまとめてくんねえか」

 

 言って、手を離した。

 だが、鉤爪のように開いた五指は、男の眼前からは外さず微動だにしない。

 傾いた細長いメガネを元に戻した男は、ごくりと唾を飲んで口を開いた。

 

「このガンドレスは、データストームを撃ち出す、パイロットに安全なモビルスーツです」

「おう。だいたい分かった。試運転すっから準備してくれ」

 

 

────────◆

 

──ここまでとは思わなかった──!

 

 アーシアンのMS賭け試合を圧勝で終えたケナンジは、この新兵器《GUND-RESS(ガンドレス)》の性能に戦慄していた。

 GUND-RESS試作モビルスーツ。

 機体名「ロゴリスト」。

 戦闘を終えた今は、再び全てのウロコ状の装甲を閉塞して、元のセンザンコウのような基本形態に戻っていた。

 GUNDフォーマットによるデータストームは本当に一切、ピリとも無く、宇宙で愛機ベギルベウを駆るよりも直感的に意のままに操れるその《GUND》とやらの操作性、追従性の高さは、ベギルベウをして「階梯が異なる」と言っていい程だ。

 

「今までこんなモン相手にしてたのかよ。そりゃ楽には勝てねえわ」

 

 ベギルベウを陸戦仕様に変更して、ホバーレッグで重力下の影響に苦労していたのがバカらしくなる。

 ケナンジのパイロットとしての本来のスタイルは、接近しての肉弾戦、特にクローレッグを活用しての戦法を得意としている。

 このGUND-RESSロゴリストにはクローレッグは着いていないが、跳躍からの強襲などケナンジの好みの機動を重力下で軽々とこなしてくれる。

 

『どうだ、そのモビルスーツは』

 

 インターフェースにウインドウが開き、ラジャン・ザヒ艦長が通信越しに問うてきた。

 

「遺憾ながら素晴らしいものです。これならあのGUND-ARMにも楽勝でしょう。……しかし……」

『しかし?』

 

 艦長の問い返しに、ケナンジは僅かに逡巡して。

 

「GUNDフォーマットを用いてデータストームで敵パイロットを焼く、と言うのは、《カテドラル》としては、ダブルスタンダードに当たりませんか……?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。