【完結】双子座の魔女 ──機動戦士ガンダム 水星の魔女 外伝   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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テーマソングとして
アーティスト:eufonius
タイトル:「はばたく未来」
をイメージしています。



第1話 災禍は舞い降りる

 動き回る戦況に激しく揺れるコクピットシート。

──衝撃吸収機構など、劣化し過ぎてどこもかしこもダルダルだ。

 振り回される心地のメルデは、歯を食いしばってグリップにしがみつき、ペダルを乱暴に踏んでモビルスーツの体勢を立て直す。

 砂利を擦り削る振動が尻まで伝わってくるようだ。

 その頃には敵モビルスーツがこちらの横面に移動しながら、銃器を構え直している。

 

「こ、ッッのボロモビルスーツッ⁉︎ 」

「照準補正、あと3秒!」

 

 メインモニター上で暴れるレティクルを、後部シートのシィルが神経入力で力任せに押さえつける。

 

「メルデ!敵機を正面から外さないで!」

「やってる!」

 

 先ほどから敵機との無様なスピンダンスを繰り広げている。

 野戦ゲリラに所有できるモビルスーツの質なんてたかが知れてるし、敵機も旧式の継ぎ接ぎで、無様なのはお互い様だ。

 被射撃警報(アラート)が鳴るなりメルデはモビルスーツを屈ませて真横へスラスターを噴かす。

 間一髪、敵機のビームライフルの光条を躱したメルデは、機体をスライドさせた勢いのまま、僅かな重心移動で敵機へと正対させた。

 メインモニターの中央に敵機を捉えた。

 レティクルが照準をロックする。

 

「撃て!」

「ッ!」

 

──引き金はあなたが。殺意は私が。

──私の殺意で、私の意思で、私の命令であなたは銃を撃った!私が撃たせたの!

 

 シィルの絶叫に反射的にグリップのトリガーを引いた。

 飛びゆくビームライフルの三点バースト。

 うち二発が敵機胸部の中央と、重要機関を貫いた──

 

────────◆

 

 

 こぼして撒いた宝石のように煌めく無数のネオン。

 乱立する高層ビルのすべてが、星空もかくやと派手に輝いている。

 荒野の彼方から見る者がいたならば、地平線の銀河と見紛うだろう。

 そんな荒野の只中に滲みのように広がる都市「バナト」と言えば、半壊滅した中央ヨーロッパにあって、辛うじて残る他所の都市の住人からも「悪魔の街」と謳われ恐れられている。

  なぜならば、そこは有名なマフィアが支配する街だからだ。

 元は普通の小国だったところが、戦争の疲弊を突かれて国丸ごと乗っ取られたという話だ。

 そのバナトの外れには巨大な半解放型ドームスタジアムがあった。

 下品な色のサーチライトが幾重にも夜空を舐め回す。

 中では、観覧席を埋め尽くす人々の熱狂に溢れている。

 巨大なメインスクリーンには数々のモビルスーツの情報が、大まかに二つの勢力に分けて紹介されている。

 従来ならスポーツ選手が駆け回るグラウンドには光の格子が描かれ、コンピューターグラフィックによる荒野の光景と、向かい合って接近する両陣営のモビルスーツらが人間大サイズで表示されていた。

 

──これぞ、バナト名物のモビルスーツ対戦違法賭博《ヨトゥンヘイム》。

 

 相手のモビルスーツを全て擱座させれば勝利だ。──パイロットの生死は問わず。

 両者の合意があれば参加機体が同数でなくとも対戦は可能。

 その戦闘の模様はスタジアムだけでなく、ネットワークによって世界中に(秘密裏に)配信されている。

 流れ弾も届かないバナトから離れた荒廃地を舞台に、無数のドローンが戦況の全てを捉え中継する。

 戦争の只中にあって疲弊した人々の、貧困層から宇宙の富裕層まで賭けに参加する、裏社会でいま最も盛況なエンターテイメントである。

 

 

 バナト中央にそびえ立つ、ひときわ高いビルがあった。

 その、とある高層フロアは、周囲すべてがガラス張りでありながら、不気味な青と赤の輝きに満たされていた。

 柱までもがガラス張りで、中を無数のケーブルが通り、光が縦横に這い回っている。

 フロアの中央には玉座と言うには無骨で歪な、有り体に言えばモビルスーツのコクピットシートに似た椅子が生えており、そこに男が鎮座していた。

 色とりどりのメッシュを入れて逆立てた金髪や、隈取りのようなメイクに大量のピアスなど、面立ちこそ凶暴で奇矯だが、その男を不気味たらしめているのはそこでは無い。

 投げ出した両脚がGUND義足だ。

 肘掛けに提げた両腕がGUND義肢だ。

 首筋から背中にかけてがGUNDだ。

 代用皮膚である樹脂から透けて見える肩甲骨を、脊椎を、血行チューブを骨格を隠そうともしていない。

 むしろそれらを見せつけるかのように丈の短いパンツとシャツを着崩している。

 手首など造形はシワに至るまで本物のヒトのそれなのに、基礎成形色の青白いままで大量のリングを嵌めていた。

 この男こそが組織犯罪集団(マフィア)《バノヴィナ》のボス、ハイルブロンである。

 ハイルブロンは片手の指先でこめかみを支えたまま、何もない中空を見つめているように見えるが、実際には彼自身の網膜に直接投影された賭博戦場の光景を視ている。

 視聴覚ともにGUNDであり、無線接続で観客の歓声と同時に戦場のドローンからの音声と映像を適宜スイッチしながらチェックしていた。

 スタジアムでは、業界から雇い入れたお気に入りのMCが実況アナウンスを務め観客を盛り上げているが、今は興味がない。

 MS賭博《ヨトゥンヘイム》の管制組織は別の専用施設で稼働中だが、その上の責任者として、ハイルブロンはここでひとり、統括管理をしているのだ。

 全身のGUNDをフル活用して、様々な電子機器にアクセスして。

 

『──Hey! さあ、両者の先行が互いを有視界に捉えたぞ!エンゲェーィジッッ!』

 

 MCの御機嫌なアナウンスに観客が一斉に沸き立った。

 同時に現場では、遮蔽物から現れた対戦相手のモビルスーツに、両者が同時に銃口を持ち上げ──

 

──そこに流星が落ちた。

 

「あぁ⁉︎ 」

 ハイルブロンがシートから身を乗り出した。

 天空からミサイルでも落ちたかのような垂直の光が、対戦相手のモビルスーツのちょうど真ん中に突き刺さったのだ。

 だと言うのに、直近のドローンもセンサーも、なんの警報も予兆も示さなかったのだ。

 それは異様な光景だった。

 対戦モビルスーツ同士の間に、両者を遮るように。

 純白のモビルスーツが立っていたのだ。

 

【挿絵表示】

 

「……なんだぁ、ありゃあ」

 ハイルブロンの思考と同期して、戦場の付近のドローンがカメラを向けてズームする。

 見たことの無い型だ。

 ハイルブロンの知るいずれのメーカーにも合致しない形状、デザイン。

 どこか人間臭い四肢五体のバランスは、最も美しいとされるグラスレー社のものともまた異なり、どこか女性的ですらある。

 何より、性能が充実した今どきに、わざわざ頭部のメインカメラを二つ、人間のように並べてつけているなどナンセンスな設計だ。

──唯一の心当たりを除けば。

 その上さらに異様なのは、全身白色の装甲が、ただの金属板のはずのそれが、ほんのりと輝きを帯びている事だ。

 同時に繋いでいたはずの、スタジアムの観客の喧騒も、呆気に取られたように静まり返っている。

 戦場も、突然の闖入者に戸惑い動きを止めてしまっている。

 

(──ヤバい)

 

 ハイルブロンは瞬時に思考を切り替えると、管制室とMCと、対戦者の各チームのリーダー全員に通信を繋ぎ、怒鳴りつけた。

 

「その白いのをやれ! ブチ壊せ! その白いヤツを殺した奴には賞金ボーナスだ!」

 

『おぉーっとぉ! 酔狂な乱入者のご登場だあ! アレは秘密の新型か、自殺志願者か? 掛け率の変動はただいま計算中! ベットはまだまだ受付中──』

 

 スタジアムの音声をカットして戦場のドローンの情報に集中する。

 その頃には、両陣営の先頭に立っていたそれぞれのモビルスーツが、ビームライフルをその白い乱入者に向けて放ったところだった。

 

──ウィスキーグラスに氷を放り込んだような、澄んだ音が聴こえた気がした。

 

 次の瞬間、まるで透明な風船に水でも撒いたかのように、それぞれのビームライフルから放たれた光条が、無数に分散させられ飛び散っていった。

 中央の、白いモビルスーツを避けるように。

 

「……は?」

 

 ハイルブロンの空いた口が塞がらない。

 対戦モビルスーツは何度もビームライフルを撃つが、やはり悉く弾かれてしまう。

 ハイルブロンの知識を以ってしても有り得ない現象だ。

 

『──守るわ。⬛︎⬛︎⬛︎──』

『── 守るよ。⬛︎⬛︎⬛︎──』

 

 聴こえた。

 少女のような声が、ふたつ。

 すると、白いモビルスーツが己が身を掻き抱くように両腕を交差させると、即座に左右に広げた。

 真っ直ぐと。

 人差し指を突き出して。

 得物も無いモビルスーツのその動作に何の意味があるのか、誰もが訝しんだその瞬間。

 白いモビルスーツの指先から白光のノイズが迸り、左右にいた対戦相手の両陣営のモビルスーツの肩を、脇腹を貫いた。

 

『ぎゃ』

『ぐe』

 

 断末魔は、不自然に途切れた。

 いや、ハイルブロンが視ているインジケーターから、それぞれのチームのモビルスーツの通信が途絶していた。

 映像でも、まるで糸が切れたかのようにそれぞれのモビルスーツが倒れていた。

 

「……な、に……?」

 

 その現場に、両陣営の後続のモビルスーツが続々と雪崩れ込んできた。

 崩折れている仲間のモビルスーツを見た両陣営が、次々とビームライフルを身構える。

 白いモビルスーツは、僅かに身を屈めると、モビルスーツよりも遥かに高くジャンプした。

 ハイルブロンは違和感に気付いた。

 

──あんな派手な着地の、音が無かった!

 

 最初の登場時にも、今のジャンプにも駆動音ひとつしなかったのだ。

 着地した地点には、ただの土なのにクレーターどころかへこみひとつ無い。

 あまりに現実離れした光景に唖然とする。

 その間にも、白いモビルスーツは指先から白い稲妻を発しては跳躍を繰り返し、対戦モビルスーツを次々と行動不能にしてしまう。

 

【挿絵表示】

 

 参加者を示すインジケーターも次々と通信不能(ロスト)に切り替わってゆく。──"撃破"の表示ではない。

 そこでようやく底冷えのする直感が働き、ハイルブロンは手すりを殴りつけて怒鳴った。

 

「緊急時対応マニュアルだッッ! "別勢力の介入"ッ! MC合わせろよ!」

 

 管制室とMCに隠語で指示を飛ばしたハイルブロンは、思考制御で"別勢力の介入"のスイッチを入れた。

──それは棋盤が制御不能になった場合の緊急措置。

 

 

「なんだよ!何が起こってんだよ⁉︎ 」

 

 モビルスーツ対戦賭博に参加していたパイロットが、泡を食って後退る。

 たった一機の白いモビルスーツが、敵味方を問わず、次々と薙ぎ倒してくるのだ。

 

「来るなっ! 来るなあッッ⁉︎ 」

 

 初めて目の当たりにする理不尽──兵士になって久しぶりに感じる恐怖の感情に何を思う間もなく、前にいた僚機が次々と倒れてゆく。

 その時、センサーがアラートを鳴らした。

 

(──目の前のアイツには反応しなかったのに──)

 

 理不尽に胸中で唾棄しながらインターフェースを確認したパイロットは、さらなる恐怖に唖然とした。

 

(み、ミサイルが、十、いや、五十──百⁉︎ )

 

 ──大量の高熱源反応が接近。直ちに回避機動を推奨──

 

「避けられるかこんなもん──」

 

 荒野に、無数のミサイル群が雨霰と降り注いだ。

 

 

 

 そのモビルスーツ対戦賭博の模様は彼らも観ていた。

 殺風景な壁に囲まれた部屋にはキッチンカウンターと挟んで大型冷蔵庫が設置され、粗末な椅子とテーブルが無軌道に並ぶこのフロアは、辛うじて食堂か憩いのスペースに見えた。

 壁に設置された大型モニターを眺めるのは、タクティカルジャケットを羽織る大柄の男と、紅茶色の髪の双子の少女達と、白衣の女性と、揃いの作業服の男女が数名と。

 

「なんだろうねアレ」

「なんだったんでしょうねアレ」

 

 めいめい寛いだ姿勢で見合った双子の少女達は、そろってタクティカルジャケットの男を振り向いた。

 同じセミロングの紅茶色の髪が、全く同じタイミングで揺れ広がる。

 

「──なんだよ」

 

 同じ澄まし顔ふたつに見つめられ、男は少々鼻白む。

 それと同時に、男の懐からバイブレーションの音が聞こえた。

 

「……あー。やっぱこっち来るかよ」

 

 懐から引き抜いた通信端末のディスプレイを、オレンジカラーのサングラスをずらして覗き込み、男が溜め息を吐いた。

 

「なんだ」

『おいコラどういう事だ』

 

 繋いだ通信端末からは、獰猛な男の据えた声が聞こえてきた。

 

「知らん──なんてお為ごかしはやめよう。スペーシアン様じゃなきゃ、あんな発明品は作れねえだろ」

『分かってんだよそンなこたぁ』

 

 通話相手──ハイルブロンの声は、怒りを湛えながらも冷静だった。

 

──さもなきゃマフィアで渡っていけるかよ

 

 胸中で感心し、サングラスの位置を直した男は居住いを正して通信に耳を傾ける。

 

『だがオレの心当たりは今ひとつしかねぇし、全滅した方に賭けてた客はオカンムリだ』

「俺の知った事じゃ無いな」

『お為ごかしはしねぇんだろ? ──オマエんトコのGUND-ARM出しな。勝ち負けは問わねえ。それで手打ちにしてやる』

 

 そして通信は一方的に切られた。

 

「どうしたの? ブランドン隊長」

「隊長はよせ。あくまで戦闘顧問だ」

「どうしたんですか? ヴェニヒさん」

 

 曰く言うところの男──ヴェニヒ・ブランドンが双子の頭をがっしと掴んだ。

 

「誰か俺の適切な肩書を考えてくれ! あと適切な距離感もな! 先生!」

 

 言ってヴェニヒ・ブランドンがそこに立つ白衣の女性に振り向いた。

 

「だから、私の事は"博士"って呼んでくださいって言ったじゃないですか」

「悪かったへレネ博士。"エオル"を出したい。どれくらいかかる?」

「機体の調整は半日。でも」

 

 タブレットから顔を上げたへレネ博士は、艶やかな黒髪を耳にかき上げながらヴェニヒ・ブランドンに言った。

 

「二人の説得にはどれくらい時間がかかるかしら」

 

 タブレットペンで交互に指し示された双子の少女を、ヴェニヒ・ブランドンは見下ろした。

 まだ頭を掴んだままだった。

 

「ヴェ顧問どうしたの?」

「どうしたんですか? 戦闘顧問さん」

(──ゔぇこもん?)

 

 双子の少女たちは、当然ながら、同じ表情でヴェニヒ・ブランドンを見上げ。

 

「どうせあの白いのに賭け試合を壊されてドンがオカンムリなんだよ腹いせなんだよ!」

「それだけじゃないよ。大金を賭けてたお客さんもオカンムリだよ。いくらドンでもカジノを潰されたくないもの。お客さんを宥めなきゃ」

 

 双子の少女たちが向かい合って、両手の人差し指を頭上に立てて囃し立て始めた。

 

「それで"エオル"を引っぱり出して、あの白いヤツの身代わりにするの?わたしたち関係無くない?」

「でも、もしもドンが"エオル"の事を犯人だーって言ったら、きっと大軍がここに押し寄せて来るかも」

「えー? 困るー!」

「困るわね」

「お嬢さまたちににおかれましては、大変聡明でよろしい」

 

 ペラペラとわざとらしく喚いていた少女ふたりの前に、ヴェニヒ・ブランドンが溜め息を吐きながら屈み込んだ。

 

「と、言うわけで、"エオル"に乗ってもらいたい。相手は好きにして構わない」

「いいよ!」

「あくまでも、自衛のためですからね」

 

 ヴェニヒ・ブランドンの問いかけに。

 メルデはあっけらかんと快諾し。

 シィルは澄まし顔で付け足した。

 

 

 格納庫の搭乗デッキに、メルデとシィルが飛び乗った。

 二人ともラベンダーのノーマルスーツを着用している。

 モビルスーツの腹の高さのキャットウォークをメルデが小走りで駆け抜ける。

 シィルは、一段上のキャットウォークへ登り、モビルスーツの胸郭に降り立った。

 そのモビルスーツのコクピットハッチは周辺の装甲と共に展開されており、メルデは腹から、シィルは喉元のハッチから滑り込んだ。

 コクピットのインテリアは、前後の複座式になっており、前席にメルデが、後部席にシィルが滑り降りて着座した。

 メルデがコンソールを手早く操作して、コクピットハッチを閉じる。

 連動して周辺の装甲が次々に閉塞していった。

 

 そのモビルスーツはホワイトをメインに、差し色にラベンダーを配したカラーリングをしていた。

 そのモビルスーツは、"人型機動兵器"と言われる中でもとりわけ人体のバランスに近い体形をしていた。

 そのモビルスーツは、胸郭の天面や、人間で言う鳩尾周辺、肩部装甲の一部に黒色半透明のプレートを装着していた。

 そのモビルスーツには。

 

──顔が無かった。

 

「メルデ・ステッフェン!」

「シィル・ステッフェン」

「ルブリスエオル、出るよ!」

 

【挿絵表示】

 

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