【完結】双子座の魔女 ──機動戦士ガンダム 水星の魔女 外伝 作:鉄槻緋色/竜胆藍
「──なあ先生。いつまでこんな事を続けんだ?」
金髪の壮年の軍人が、疲れた声で問うた。
聞こえていないはずも無いが、この部屋で唯一の話し相手であるはずの白衣の女性は、デスクに突っ伏したままピクリとも動かない。
壁一面のガラスの向こうには、夥しい数の病床と患者が並べられていた。
皆、一様に顔中に、両腕に、見える素肌に擦過傷のようなアザを浮かべて苦悶していた。
「「バイナリー・ディスパージョン」。GUND-ARMのデータストームを、複数人で分散軽減する。叶えばパイロットの寿命が伸びるが、実験には倍の人数が必要」
男は読み上げたタブレットをテーブルに放って病床の方を眺め遣った。
「企業人だもんなあ。分かるよ。辛い立場だよなあ。──なあ、いっそ逃げちまわねえか。退職金貰ってよ」
その後、宇宙でヴァナディース事変が起きた。
────────◆
ルブリスエオルと、相討ちになったボロモビルスーツが、それぞれ地面に崩折れた。
近くの森の中から駆け出してきた大勢の兵士が二手に分かれ、一方が倒れたルブリスエオルに取り付き駆け登った。
外側からの操作で喉元と、腹のコクピットハッチを開くと、中にいたノーマルスーツ姿のパイロットをひっぱり出した。
どちらも、ダラリと脱力して運ばれるがまま。ヘルメットのため表情は伺えないが、二人とも意識が無いようだ。
「──先生、兵が呼んでる。来てくれ」
その様子をコンテナの中のモニターで眺めていた男が、インカムに手を添えて白衣の女性に振り向いた。
小走りでトレーラーから駆け降りる。
「……いや違う。敵機の方だ先生」
共に向かった先は、擱座した敵モビルスーツの足元だった。
そこに、兵士達に囲まれて拘束されている二人の少女がいた。
紅茶色の放埒な短髪。衣服は実用特化のものだが薄汚れている上、オーバーサイズでだぼっとしていた。
驚いた事に、敵機のパイロットは年端も行かない双子の少女たちだったのだ。
唖然としている男と白衣の女性を見上げた双子の少女は、膝をつき両手を後頭部に遣ったまま泰然としていた。
しかも片方は、両腕がGUND義肢だった。
「ねえ。あっちの白いやつ、複座式?」
突然、双子の一方が朗らかに話しかけてきた。
取り囲む銃口も一顧だにしない。
「わたしたちを乗せてよ! 役に立つよ!」
男と白衣の女性が、顔を見合わせた。
────────◆
《ヨトゥンヘイム》曰く「ホワイトウッドステークス」との対戦は、少々膠着していた。
相手は残り六機。
既に小隊行動をやめて全機が散開している。
こちらをセンサーで捕捉しているのだろう。エオルを取り囲むような動きを見せている。
隠れようにも、この周辺の区画は建物が低く、開けた場所が多い。
敵機に囲まれない方向、かつエオルが身を隠せる高層ビルの方角に移動しようとしても、その都度あの長大なスパイクが凄まじいスピードで飛んでくる。
進路を邪魔する牽制射撃。
センサーで射撃のタイミングを捉える事ができない電磁式射出機の攻撃は脅威だ。
だが、エオルの戦闘機動に躊躇いは無い。
──端から潰す。
──スパイクを再装填しているやつは無力。
エオルは左方へと駆け出した。
その際、進路をややカーブさせて、円弧状に展開している敵チームが描く半円形の中にわざと踏み入った。
そして左端のハインドリー「A-7」に向かって瓦礫を蹴散らしながら走ってゆく。
これでは反対端にいる敵機に背中を晒してしまう事になる。
だが、問題ない。
エオルの進路を小刻みに左右に振って、一応の回避運動を試みてはいるが、仮に前後のどちらかが電磁式射出機のスパイクを撃とうものなら、もしエオルが躱したならそれは仲間に刺さるのだ。
──これで前後の手は封じた。
──残る脅威目標への射撃を。
駆けるエオルの両腕が真後ろに振り上がった。
マイナス九十度回転。人間にはあるまじき動作だが、モビルスーツでは何ら問題の無い動作。
その両手に握るビームハンドガンが、それぞれの目標に向けて一発ずつ光条を放った。
充分な威力を持つ単発通常射撃だ。
狙いは、エオルから見て四時、五時方向にいたハインドリー。
どちらも電磁式射出機に装填済みのスパイクの狙いをこちらに定めていた機体だ。
胸の中央を、右肩をそれぞれ爆発する勢いで貫いて擱座した。
《「A-10」、「A-8」ダウン》
インターフェースのマップのアイコンが色を失った。
それ以外のハインドリーは未だモタモタと電磁式射出機にスパイクを差し込む動作をしている。
ビームハンドガンとも合体しているため、この間のあれらの敵機は無力だ。
そして、その頃にはエオルの眼前に目標「A-7」が迫っていた。
電磁式射出機──ビームハンドガンと円形シールドと合体した複合兵装、マニュアルによれば「ランタンシールド」の銃口が、スパイクの切先がエオルを捉える。
──守るよ。
ふたりの最大限の集中力が閃いた。
「A-7」がスパイクを射出した瞬間、その射線上に背後からフレキシブルダガーの刃列が飛び出した。
盛大な火花を上げて激突するスパイクとフレキシブルダガー。
電磁力によって強力な初速とモーメントを得た高質量の物体の直進力を、刃列の円弧が僅かでも本体から逸らそうとせめぎ合う。
まるで鍔迫り合いのような激突も刹那の事。
撃ち出されたスパイクは、フレキシブルダガーの鋭角の刃列を滑るように通過して、エオルの遥か後方にいたハインドリーを吹き飛ばしていった。
「いまっ!」
メルデの声と共に、今の激突で押し遣られた体勢のエオルが、身を鋭く翻す。
尻尾のように僅かに遅れて旋回してきたフレキシブルダガーが「A-7」の胴を横薙ぎにした。
──残り二機!
すぐさま駆け出しながら戦況を確認する。
マップに残るアイコンは「A-6」「A-9」の二つ。
どちらもランタンシールドにスパイクを装填してこちらに向けている。
エオルは進路を敵機らの方角に向けた。
横に長く走っては、進路と速度の予測から狙われ易くなる。
AIは、画像に映る敵機のスパイクの角度から、未だこちらには当たらないと判断している。
その上で、身を左右に振って駆けながら、両手のビームハンドガンでそれぞれの敵機に狙いを定めた。
敵機も慌てて回避行動に移る。一撃で仲間を撃ち抜いた威力は知っているだろう。
だが、いま虚空を抉った射撃は威力を分散した三点射。相手の狙いの集中を削ぐ牽制が目的だ。
そして走りながらエオルはバックパックのアンカーブレードを射出した。
ようやく肉迫した「A-6」の、右手のランタンシールド目がけて蹴り上げる。
膝部スラスターノズルから形成されるビームトーチつきの蹴りだ。
だがそれは、敵機が即座に後退して避けられた。
そして、その背後にいた「A-9」からの射線が開かれる。
画像解析からの被射撃警報。「A-9」は既に、ランタンシールドのスパイクの狙いを定めて──
その「A-9」の胸郭を、アンカーブレードが深々と貫いた。下から抉るような襲撃。モビルスーツの巨体が浮くほどの勢いだ。
先ほどバックパックから射出したアンカーブレードは、尻尾のように僅かな長さを保ったまま維持していた。
エオルのアンカーワイヤーは、内部に編み込まれた擬似筋繊維素材によって、蛇の体のように自由自在に動かす事ができる。
そのワイヤーをGUNDで擬似的に、自分の体のように扱う事ができるのだ。
先の「A-6」に接近した際、既にアンカーブレードは地面すれすれを這って「A-9」に襲いかかっていたのだ。
そして蹴りを躱して後退した「A-6」にも。
蹴り上げた脚の下を、鋭く伸びたフレキシブルダガーが、モビルスーツの腹から後頭部へ突き抜けていった。
《脅威目標、すべて沈黙》
それぞれを貫いた刃を引き抜かれたモビルスーツが、同時に崩折れた。
────────◆
『パーメットリンクボルテージ、微速上昇開始』
『位相値間近。次のフェーズへ移行』
『カウントダウン開始。パイロットはパーメットスコア・ツーに移行してください』
こちらのオペレーター達が実験の工程を進行してゆく。
モニターには、隣の格納庫でドックに各部を拘束されているルブリスエオルが。また別のモニターにはコクピットで複座型シートにつく双子少女の様子が映し出されている。
その様子を、このモニター室の後方で、白衣の女性とタクティカルジャケットを纏った男が見つめていた。
『りょうかーい! せーの』
『『パーメットスコア、ツー!』』
前席に座る少女の合図で、双子が同時にコールした。
ルブリスエオルのシェルユニットが、さらに強い赤い光条の輝きを放つ。
『ルブリスエオル、パーメットスコア、レベル2の回路を開放』
『パイロットのデータストームを計測』
『顔貌確認。画像データを照合』
『パイロット、操縦桿を離して、エオルの首を回して、指を開いて、閉じて』
『こう?』
モニターのルブリスエオルが、拘束されていない部位で動作確認を行う。
首を振り、マッサージのようにぐるりと巡らせ、手首の五指を順番に開いては曲げ。
それは、AIによる機械的な動作ではなく、どこか不規則性な人間の動作の延長だった。
そして、双子の顔には何の変化も起きてなかった。
モニター室がにわかにざわついた。
「ふたりとも、身体に異常は? 痛みは?」
慌てて白衣の女性が通話ボタンを押して問うが、モニターの双子は、そろって首を傾げた。
『なんとも無いよー! シィルは』
『別になにも』
お互いの顔を見合った双子だが、本当に何の痛痒も無いようだ。
「そんな……」
呆然と呻く。
図らずも、ヘレネ博士の研究テーマが実証されてしまったのだった。
だが、まさか無症状で済む者が現れるとは思っていなかった。
その原因も、理由も見当がつかない。
「本社に連絡するのか?」
「するわけ無いでしょ」
白衣の女性──ヘレネ博士は力無く首を振った。
「ヴァナディース事変の混乱に乗じて逃げ出した身よ? そんな義理も無いし、犠牲も増やしたくない」
──なぜ「バイナリー・ディスパージョン」が「無症状で」成功したのかが分かっていない。
もしも「双子である事」が何らかの条件だったとしても、これから別の双子を探して実験に加わってもらうつもりも無い。
もちろんこの双子の身体の深部での影響など、今後に支障が出ないよう長期の検査は必要だが。
犠牲は、もうこれ以上必要ない。
ポケットからカプセルを取り出して、それの中身を眺めながら。
「姉さんの理論が実証できればそれでいい。あとは、残ったみんなで、生き残る道を探しましょう」
そのカプセルの中には、青白い輝きを放つ鉱物結晶が封入されていた。
────────◆
バナトのセンタービル高層階の自室で。
マフィア《バノヴィナ》のボス、ハイルブロンが怒りを湛え、リクライニングチェアで頬杖をついていた。
(こないだの白いヤツじゃなかった!)
GUND-ARMを保有している心当たりの傭兵を炙ってみたが、結局空振りに終わった。
噂に違わぬ高性能・高機動力だったが、先日現れた白い悪魔には遠く及ばない。
(……まぁ、客は納得してくれたが……)
勝ちを取られたのは気に食わないが、これはこれであの白い悪魔を彷彿とさせる活躍で、一部の客の目は誤魔化せるだろう。何ならもうすぐ忘れ去られる。
だが、
ハイルブロンも専門家では無いが、あの時の白い悪魔が、現行のモビルスーツ技術を遥かに上回るテクノロジーによる産物であろう事は見当がつく。階梯が異なると言っていい。
それほどのブレイクスルーがあれば、ハイルブロンの耳に入らないはずがない。
であれば、《バノヴィナ》のネットワークとパイプを持つ中で「兵器売買に興味のある連中」が知っているワケも無い。
(……気に食わねえ)
突如降って湧いた謎の勢力に、《ヨトゥンヘイム》をデモンストレーションに使われた事になる。
これは《バノヴィナ》のメンツに関わる由々しき事態だ。
「どうしてくれようか……」
犬歯を剥き出し、ハイルブロンが獰猛に呻いた。
拠点に戻ってきたメルデとシィルは、エオルを降りるなりヘレネ博士に呼ばれて精密検査を受けさせられた。
ベッドに横たわるシィルが、リング状の検査機器に通されていくのを、先に終わったメルデが眺めている。
「まさか相手が十機もいると思わなかったから、戦闘時間が長くて心配したわ」
ヘレネ博士が、ディスプレイの検査結果を眺めながら溜め息を吐いた。
やがて、シィルのスキャンも終了して、ベッドを降りたシィルがメルデの隣の椅子に腰掛けた。
「神経系にも異常無し。──本当に身体に異常は無い? 戦闘中に、実は痛いけど我慢してるとか、無い?」
「ないよー」
「ありません」
心底心配げに覗き込むヘレネ博士に、メルデもシィルもあっけらかんと答えた。
「最初に、エオルにひとりずつで乗せられた時の、あれでしょ? 全身焼けるみたいに痛くて気持ち悪くて」
「データストーム。本来ならGUND-ARMに乗った者が受ける呪い」
メルデが身を掻き抱くようにして嘔吐く真似をする横で、シィルが静かに誦じた。
「でも、コクピットに二人以上いれば、呪いを分散できるかもしれない。──博士の理論が成功した、という事では?」
「私のじゃなくて、姉の、だけれどね」
モニターを見たまま、ヘレネ博士が応えた。
「へー。博士お姉さんいたんだ」
「それも、あなたたちが偶々、本当にたまたま成功しただけなのよ。まさか無反応になるとまでは思ってなかった」
「それって……」
聞き咎めたシィルに、ヘレネ博士は手のひらを振って見せ。
「あのとき説明したでしょ。「最初に体験してもらったデータストームの、半分くらいの痛みになるはずだ」って」
水平に動かした手のひらをデスクに置く。
「あなたたちの奇跡の理由は何なのか。その奇跡はいつまでも有効なのか。今際のきわで、やっぱりデータストームが起きたりしないか」
ヘレネ博士が指折りながら数え上げる。
「今は、あなたたちにエオルに乗ってもらうしか無い私たちに、そこを追求している余裕は無いから、異常が起きたら迷わず退避マニュアルを実行して」
「ほかに、双子のひとを探したりはしないの?」
メルデの、なんでもなさそうな問いに、ヘレネ博士が一瞬息を飲んだ。
「……もう、誰かを犠牲にするのは嫌なのよ。あの時、あなたたちが乗りたいって言わなければ、エオルの稼働を諦めるところだった」
「でもさ、もし他の双子のひとでも上手くいったら、交代でむぎゅ」
まるで毒蛇のように翻ったシィルの右手がメルデの顔面を急襲し、頬を鷲掴みにした。
「わざわざ私たちの仕事を譲ること無いんだよ?メルデ」
こういう時のシィルの笑顔はメルデにそっくりなのだが、行動がちぐはぐで若干引くところでもある。
メルデが必死にシィルの腕を掴み返すが、シィルの腕はGUNDだ。普通のじゃれ合いとは訳が違う。
それでも、ヘレネ博士は小さく吹き出した。
「っふふ。もし万が一、ほかに代役を発見できたとしても、いきなりあなたたちを放り出したりはしないわ。……いろいろあったけど、ふたりももうこの《フォスフォロス》の仲間なんだから」
「そう思ってないひとも少なくないと思うけど」
「そろそろメルデを離してあげて」
シィルの疑問ももっともだが、まずはメルデの救護が先だ。
メルデの頬が面白いほど潰されている。
「獄卒! 悪魔! シィル!」
「なんで優しい私がそんなのと同列なの⁉︎ 」
解放されるや否や、姉妹喧嘩に突入するふたりに、ヘレネは先のシィル心配についてはひとまず置く事にした。
──双子と出会った時、相討ちに見えたのは、あの時エオルに搭乗していた兵士がデータストームの限界を迎えたからで、その兵士も雇われ者で共に過ごした期間は長くなく。
その前に、双子が所属していたMS野戦ゲリラを壊滅させていたからだ。
(今の《フォスフォロス》に、後ろ指を突き合わない人間なんて、いない)
今さら双子が増えたくらいで、実に今さらの事。
──呪いの連鎖は、もうここら辺でいいんじゃないだろうか。
と、ヘレネは考えていた。