【完結】双子座の魔女 ──機動戦士ガンダム 水星の魔女 外伝   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第4話 泥濘に耽る

 

「お断りだ」

 

 ハイルブロンがつまらなそうに吐き捨てた。

 宙に投影されたモニターには、通話相手である初老の男性が映っている。

 額が秀でており一見温和に見えるが、若年とは言え《バノヴィナ(マフィア)》のボスの眼光にも小揺るぎもしない剛胆さを持っている。

 誰あろう、兵器産業界に知らぬ者はいない、グラスレー・ディフェンス・システムズCEO、サリウス・ゼネリその人である。

 

『ほう』

 

 サリウスも、何の感情もまじえずに応答した。

 疑問も、諦念も見せないただの相槌である。

 ──つまり、言外に「訳を話せ」と当たり前のように示しているのだ。

 

(これだからCEOサマって人種はよ!)

 

 ハイルブロンは胸中で唾棄した。もちろんおくびにも一切出さないが。

 

「──ウチはショーをやってんだ。オタクの出場機体に伝家の宝刀ブッパされるとウチの中継ドローンがオシャカになって商売にならねえんだよ」

 

 そんな事は、サリウスもとっくに承知しているはずである。

 

『ふむ。しかし、我々の商品を、ああも撃破されてしまっては、会社の威信にも関わる。ぜひ逆転劇を喧伝して貰いたいのだが』

「マッチのスケジュールも詰まってんだ。そう言うのは他所でやってくれ」

『そうか』

 

 サリウス・ゼネリCEOは、我が意を得たりとばかりに鷹揚に頷いた。

 

『では、他所でやるとしよう』

 

 通話終了。

 モニターが消失した。

 

「──くそじじいが」

 

 まったく白々しい。

 ハイルブロンは、出場希望の機体として届け出されたモビルスーツのデータを目前に展開して眺め遣る。

 それは、ドローン戦争からヴァナディース事変を経て現在に至るまで世界で暗躍する、グラスレー社謹製の、()()()()()()()()()()()()

 ご丁寧にデータの脇に「部外秘」のサインまで入っている。

 こんなものを持ち出されて、是と答えるわけが無い。

 つまりは。

 

「──運が無かったなブランドン」

 

 サリウスはただ、断りを入れに来ただけだ。

 ハイルブロンはそのデータを指先のモーションでダストボックスに投げ込んだ。

 

 

 《フォスフォロス》とは、モビルスーツ製造企業オックス・アース・コーポレーションの地球支社のひとつ、という皮を被ったGUND-ARMモビルスーツ研究所のひとつ、第十五研究所のコードネームであった。

 ──五年前までは。

 第十五研究所は主に、モビルスーツ研究者、メカニック、GUND技術者と、それらを守る警備部門という名の武装集団で構成されていた。

 それが五年前の一斉襲撃の際に、這々の態でどうにか逃げ延びた一団が、戦禍の世界で生き延びるために寄り集まった。

 それが、自分たちの集団を《フォスフォロス》と名付けた。

 あるか無しやの行政、と言うよりは、行政を傀儡にする巨大複合企業に追われる身の上では、法人の手続きもへったくれも無いが、逃げ延びた以上は、半壊した世界でも生きていかねばならないため、どうにか持ち出したリソースと各員の能力を活かして糊口を凌いでいくしか無い。

 つまりは、「モビルスーツも使う武装便利屋」と言うのが、ブランドンとヘレネがいるこの《フォスフォロス》の対外的な体面──商売(ビジネス)である。

 

 巨大な岩盤に挟まれた空間に、数台の巨大なトレーラーが停車している。モビルスーツも積める大きなものだ。

 岩盤奥には埋め込まれるようにコンクリートフロアがあり、そこには様々な物資を積んだコンテナが大量に並べられていた。

 そのフロアとトレーラーを、《フォスフォロス》のメンバーたちが荷物を抱えて行き来していた。

 中央のスペースには、広い簡易デッキが敷設され、パソコンを始めとした様々な電子機器が置かれている。

 全体的に、まるでベースキャンプの装いだった。

 そのデッキで、大男と双子の少女が言い合っていた。

 

「だから、俺を隊長と呼ぶな」

「そうは言ってもヴェこもん」

 

 やれやれと肩をすくめてメルデが首を振る。

 

「会社なら社長、フットボールチームなら監督って言うように、リーダーには肩書きがあるもんだよ?」

「企業の認可も、戸籍も無い武装集団の事を、「隊」以外の何て呼ぶの?」

「わたし知ってるよ! 戦場で上官が死んだら、次の階級の人がいちばん偉くなるって!」

 

 ブランドンの周りを双子が歩き回りながら口々に言う。

 

「それを言ったら、GUND-ARM研究開発部門長がいちばん偉かっただろうがよ」

「私、知ってる。会社には、「基幹職」と「技術職」というのがあるって」

「ヴェこもーん。GUNDは胃袋は作れるけど、食べ物は作れないんだよ?」

「だからどうした。俺は特務職だし、鉛玉だって食えねえよ」

 

 廻っていた双子が、ささっとブランドンの前に並んだ。

 両手を組んで見上げる。

 

「サバイバビリティに溢れる隊長って素敵だと思うの」

「こういう生活は、ご飯のある所に連れてってくれる人がいちばん偉いんだよ!」

「おいヘレネ博士! そんな所で死んだフリなんかしてないで、なんとか言ってやってくれ!」

 

 なぜかテーブルの下でうつ伏せで倒れているヘレネは、返事も反応もしない。

 

 この一団が今なにをしているかと言うと。

 引っ越しと、物資の補給である。

 《フォスフォロス》は定期的に拠点を移動しながら「仕事」をして生活していた。

 それも大型トレーラー数台での移動だ。

 人間だけなら、もっと身軽に潜伏生活ができたが、《フォスフォロス》はルブリスエオルを始め数機のモビルスーツを擁している。

 特に、切り札にして厄物でもあるルブリスエオルが荷物にしては重過ぎた。

 そこで、ヴェニヒ・ブランドン個人の傭兵としてのセーフハウスであったり、伝手との共有物などを貯蔵している隠し拠点を、《フォスフォロス》の基地として解放した。

 今どきGUND-ARMなどという厄物を一箇所だけで管理していては、場所が割れれば不意の襲撃を受ける。

 第十五研究所は広大な敷地があったから、どうにか持ち出す事ができたが、事変以降は頻繁に移動を繰り返して捕捉を逃れるしか無い。

 そうして、先日の《ヨトゥンヘイム》からの帰還の後、追跡を撒くために拠点を移動してきたのだった。

 

「──わかった! わかった! 俺が隊長だ!」

「了解!隊長!」

「サバイバビリティに溢れる隊長って素敵」

 

 能天気なメルデにも、澄まし顔で宣うシィルにも言いたい事は山ほどあったが、ブランドンは結局ぜんぶ飲み込んだ。

 デッキの近くを行き来するメンバーのうち、何人かが今の遣り取りを聞いて喝采を上げたり、「隊長ー」などと囃したりしていった。

 当の双子はさっさと振り返ると、きゃいきゃい言いながら糧食庫の方へ歩いていった。

 

──まあ、分かってはいたけどよ。

 

 あの時、双子が《フォスフォロス》に加わってから、この怨嗟に塗れた集団が、僅かばかりでも明るさを取り戻しつつある。

 

(今のこれだって、力業による仮初めの平穏かもしれねえが)

 

 多くを生かすために、部下や傭兵にルブリスエオルに乗ってもらうしかなかった事もあった。

 研究に進展があれば、救えるかもしれない命があった。

 兵たちが血路を拓かなければ、全滅の局面もあった。

 非戦闘員がパニックを起こさなければ、死なずに済んだはずの者もいた。

 皆が誰かを恨み続けても、生きていれば腹が減る。

 そうして悪罵を吐きながら分け合うレーションはクソ不味かった。

 ブランドンとて、双子の奇跡が無ければ、馴染みの部下だけを連れて見捨てるつもりだったのだ。

 だから、道中の指揮は取っても、リーダーなど名乗らなかった。

 

 どの口がと言われるだろうから。

 

 だが、実際のところ、双子が来てから《フォスフォロス》に死者は出ていない。

 皆の連携はスムーズになったし、それで「仕事」の収入も安定してきているし、つい最近賭博試合に勝ったから大きな臨時収入もある。

 リーダー云々は置いておいても、《フォスフォロス》に明るい兆しが見えた現状は、ブランドンにとっても非常に喜ばしい事だ。

 ──ただ、今の茶番が通じたのは、「唯一エオルという強力なモビルスーツに乗れる」双子の立場の強さに寄る。

 今度は、双子に悪感情が向かねば良いが……。

 

「それをなんとかするのが、大人の仕事、ってか」

 

 ブランドンは片手を当てた首をぐるりと回して次の仕事場に歩いていった。

 

「ああそれからヘレネ博士。そんな双子のメンテナンスをしてくれるあんたが居てこそだって、分かってるからよ」

 

 そこで死んだフリをしていたヘレネ博士はうつ伏せのまま頷いた。

 

 

「《ヨトゥンヘイム》から、出場のオファーが来た」

 

 岩窟内の簡易デッキで、ブランドンが言った。

 今ここにいるのは、いつもの面子。

 モビルスーツが絡む場合の作戦の主要メンバーで、ブランドンを始めとした傭兵が数名、双子、ヘレネ博士、エオル担当のメカニック数名だ。

 

「今度は脅しじゃない正式なオファーだ」

「脅しって言っちゃったよ」

「あー、正しくは相互協力な」

 

 混ぜっ返すメルデに向かってシッシと手を振り。

 

「唯一、前回と違うのは、断る事ができるって事だ。だからみんなの意見が聞きたい」

「私は、断った方がいいと思う」

 

 ヘレネ博士が小さく手を上げて言った。

 

「無用な戦闘は避けるべきよ」

「賞金は魅力的だけど、わざわざ二人の命を賭けるもんじゃないな」

 

 傭兵のひとりが続いて言った。

 そして他のメンバーもめいめい発言するが、全員一貫して「参加する理由無し」として断る方針だった。

 

「お前たちはどうだ?」

 

 珍しく大人しくしていた双子に水を向ける。

 

「面白そうだけどねー」

「論外。わざわざ危ないことする必要ない」

「んじゃオファーは断るぜ。それとメルデは後で説教な」

「なんでえ⁉︎ 」

 

 即座にシィルにヘッドロックをかけられたメルデを尻目に、ブランドンは解散の旨を告げた。

 

 

「もしも鼻をGUNDにしたらどうなるのかな」

「人体の部位の代替だもの。元と同じように匂いを感じるはず」

「犬みたいに嗅覚強くできるかな!」

「できるはずだよ。触覚の代替神経も作れるもの」

 

 岩窟内の中央デッキで、コンソールを指先でせかせか叩いているブランドンの、向かいにあるテーブルで、双子が与太話に興じていた。

 そこに、ヘレネ博士が通りがかった。

 

「嗅覚神経の感度レベルもいじれるけど……欲しい? におい」

 

 言われた双子は、すん、と押し黙り、そろってブランドンを振り向いた。

 

「……おいコラ。俺が臭いとでも言いたいのか」

「私は隊長のにおい、嫌いじゃないけど」

「わたしもなんか好きー」

「ノーコメント」

 

 ねー。と双子は向かい合って小首を傾げ、ヘレネ博士はそそくさと通過していった。

 

「……好き勝手言いやがって──んん?」

 

 それでも一応、臭いを確認しようとシャツの襟を引っ張ったところで、ブランドンは懐の通信端末の着信に気がついた。

 

「なんだあ?」

 

 取り出した通信端末のディスプレイには、「発信者不明」の表示と、独自の符丁が点いていた。

 ハイルブロンからの着信を示す秘匿通信のサインだ。

 ブランドンが怪訝な顔をしたのは、マフィアのボスのホットラインと言えど、そんなたかだか数日間隔で通話する間柄ではないからだ。

 通話ボタンをタップする。

 

「おいおい。デートの約束なんかしてねえz」

『てめえ今どこにいやがる』

 

 どういうつもりだ、と問う前に獰猛な声が耳朶を叩いた。

 

『てめえンとこのGUND-ARMはどうしてる』

「ウチのGUND-ARMなら、俺の隣で寝ているぜ」

 

 小粋なジョークにも、舌打ちが返ってくる始末である。

 

『ならオレは夢を見てるワケじゃなさそうだな……』

 

 話が見えない。

 

『そもそもてめえ、正式なオファー受けといてドタキャンカチ喰らわすとかクソ度胸か』

「……お断りのメールならとっくに出したぞ?……おいまさか西欧いちのアンタッチャブルに砂蹴りかける阿呆が出てきたか?」

 

 お互いに、専用の秘匿回線で通信をしているのだ。音声だろうがメールだろうが、ログを漁れば簡単に証明できる事だ。

 ハイルブロンも承知しているのだろう。その声は、激しい怒りを湛えつつも冷静だった。

 

『……とんだ災難だぜ。借り1だ。ウチのショーを観な』

「は? なんだ借りって」

『返すのはこれからだ』

 

 訝しみながら、ブランドンは部下に手振りでモニターを点けさせる。

 

『グラスレーが嗅ぎつけたぜ。せいぜい気を付けな』

 

 そしてまた一方的に通話が切れた。

 だが、モニターに映る光景に、ブランドンは通信端末を下ろす事を忘れた。

 

「わぁ……!」

 

 メルデの歓声も、どこか遠い。

 《ヨトゥンヘイム》の中継を映すモニターには、あの時の「謎の白い悪魔」が対戦相手として登場していたのだった。

 

 

『対戦相手は!「謎の白い悪魔」再び! またあのニンジャのようなアクションを見せてくれるのか! 挑戦者「アンタレス」よ! 健闘を見せてくれ!』

 

 MCは何も知らぬまま前説をぶち上げている。

 セントラルタワーのハイルブロンは怒りのあまりシートの肘掛けを握り潰した。

 

「クソが……! 一体どういう事だ⁉︎ 」

 

 ハイルブロンは《ヨトゥンヘイム》を統括管理しているが、マッチの編成やオファーや挑戦希望の処理まで直接手掛けているわけではない。

 さすがにそんな些事は部下の運営組織の仕事であり、よほど特別な事情でない限りハイルブロンはいちいち出場者に関知しない。

 たまたま、挑戦者の持ち込んだ機体が、あのグラスレー社に続くモビルスーツ大手「ペイル・テクノロジーズ」の新型だと聞いて、その様子を見ようとして今、一連の事件を知ったのだ。

 

(メールの出所も間違い無くアイツから。内容は、オファーを受諾するハナシだった! ウチの秘匿通信にクラックできるヤツが敵にいるってのか⁉︎ )

 

 こういう稼業だ。敵も多いが、ブランドンについてはそれなりに信頼を置いている。

 ブランドンがこんなアホみたいな下手を打っても、何の特にもならない。

 つまり、ブランドンは嘘を吐いていない。

 ブランドンを騙る何者かがいて、メールを欺瞞して、それがあの「謎の白い悪魔」と通じてる、といった所だろう。

 

「ぜっっってえにタダじゃおかねえぞ……!」

 

 最早「謎の白い悪魔」の跳梁を黙って見ているしかない現状に、ハイルブロンは激しい怒りを滾らせていた。

 

 

 挑戦者チーム名「アンタレス」は、ペイル社の新型モビルスーツ「ザウォート」二機のコンビであった。

 武装は背部ハードポイントに満載したミサイルポッドと、奇妙な銃器を両手に装備している。

 それはビームハンドガンの先端に、球状のユニットを取り付けた、どうにも奇矯なものだった。

 戦闘開始の合図と共に、両陣営が同時に直進した。

 どちらも特に身を潜めるなどせず、程なく会敵して動きが変わる。

 「謎の白い悪魔」を挟むように、ザウォート二機が左右に展開した。

 そして、球状のユニットがついた銃器を敵機に向けた。

 赤い光線が、「謎の白い悪魔」を貫いた。

 それも、二本。

 だが、爆発もしなければ、傷ひとつ付いていない。

 赤い光線は、「謎の白い悪魔」の胴体を透過して、相棒の銃器の先端と繋がっていたのだ。

 用途はいまいち分からない。破壊のためのビームでは無く、受信機と向かい合わせでないと結束を維持できないほど弱い波長の光線で、いったいどうしようと言うのか。

 そこで、銃器の先端の球状のユニットの意味が分かった。

 球状ユニットは、その先端から光線を発射しつつ、相棒との銃口と向きを合わせるために、多軸回転するジャイロ機構を内蔵しているのだ。

 「アンタレス」の二機がどう動いても、赤い光線は両端を繋いだまま、「謎の白い悪魔」を透過している。

 

 ──透過しているだけだった。

 

 「謎の白い悪魔」も何か怪訝そうな様子を見せるが、結局、左右に振り切った指先から白いノイズのような光条を放ち、「アンタレス」の二機をダウンさせてしまった。

 

 

 やがて、「謎の白い悪魔」は現場を離れ、彼方へと疾走していった。

 

 ──その上空、遥か高空に、飛翔するフライトシステムに膝立ちで乗るモビルスーツの姿があった。

 

「さあ。キミの寝ぐらに案内してくれよ?」

 

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