【完結】双子座の魔女 ──機動戦士ガンダム 水星の魔女 外伝 作:鉄槻緋色/竜胆藍
《フォスフォロス》の拠点はにわかに慌ただしさを増していた。
「引っ越し⁉︎ 今からですか⁉︎ 」
「そうだ。残りの物資はここに捨てていく。全員最低限の物を持ってトレーラーに乗ってくれ」
岩窟内の中央デッキに集められたのは、研究所時代の各部署長を、そのまま班長に指名したメンバーたち。
それと、双子と傭兵たちだった。
「《ヨトゥンヘイム》に現れた「白い悪魔」が、試合後にどういうワケか、ここに向かって移動している」
「本当ですか⁉︎ 」
「たまたま近くを通り過ぎてくれるならいいが、それでも不意にここを見つけられたら困る。それでなくても、あの「白い悪魔」に注目してる企業は多いだろう。万が一追跡しているやつがいたら、余計な敵が増えるばかりだ」
ブランドンは、なるべく簡潔にゆっくりと説明した。
非戦闘員だったメンバーたちも、かつての道中で危機意識はだいぶ育ったが、突発のイベントにはまだ弱い。
「俺と双子のモビルスーツで、こっちに来る奴をぜんぶ明後日の方向に誘導する。アルファチームは俺たちの随伴、ブラボーチームはトレーラーの警備、チャーリーチームはここで居残り警備だ。急いでくれよ」
「待ってください! メルデとシィルは」
慌てて身を乗り出したヘレネ博士の、両腕にメルデとシィルが抱きついて押さえた。
双子が同時にブランドンに目配せする。
頷いたブランドンは部下たちを集めて詳しい打ち合わせを始めた。
「はかせー。研究チームの班長でしょ? 急いで」
「でも」
「約束だよ。私たちは「自分たちの身を守るために戦う」」
しがみついた両腕を引っぱりながら、双子が左右から語りかける。
ヘレネ博士は心配げな、あるいは遣る瀬無い面持ちで二人を見返した。
「そんな顔しないで。ちょっとからかって逃げてくるだけだから」
「むしろ、みんながとっとと逃げてくんないと、私たちの手間が増える」
「……っ」
ヘレネ博士は、それでも俯いて煩悶とするが、やがて小さく頷いた。
「……気をつけてね」
「もちろん!」
「あとで会いましょう」
腕を離すと、双子はブランドンの元へ駆けて行った。
地上を走る「白い悪魔」を、フライトシステムに乗ったモビルスーツは変わらず高度と速度を維持して追跡を続けていた。
「地球ってのは狭くていいよなあ。作戦時間が短くて手間が無い」
パイロットが嘯きながら、目標の移動を示すセンサーを見つめる。
ところが、「白い悪魔」を指定していたアイコンが、突如消失してしまった。
「はぁ?」
パイロットは何度かコンソールを叩くも、追跡システムは目標が消失したとしている。
「おいおい、嫌な予感がするぜ。──DO-1! 目標をロストした!」
『BB-01、引き続き探査せよ』
「BB-01了解! ……おっ?」
いま一度、レーダーによる探査を行うと、驚くべき事に、再捕捉に成功したのだ。
「DO-1! 目標を再捕捉! 引き続き追跡する──んん?」
『BB-01、何があった』
「いや──」
センサーに表示された「白い悪魔」のアイコンが、見るみるこちらに接近してくる。
いや、停止しているのだ。こちらが飛行しているため、相対的に接近してくるように誤読した。
「DO-1! 目標が足を止めた!」
『BB-01、周辺を哨戒ののち、目標を破壊せよ』
「BB-01了解!」
まさかこちらに気付かれたかと、諸々を想定しつつ、パイロットはグリップレバーを操作して、フライトシステムの航路を傾け、「白い悪魔」の周囲を旋回した。
センサーで地上の他のモビルスーツの熱源を探査する。
「他には反応無し。そんじゃあ始めようか」
言って、パイロットは地上の「白い悪魔」めがけフライトシステムを急降下させた。
上空に捉えていた「拠点に接近してくる反応」が、しばし周囲を一周すると、明らかにこちらの方角へと急降下してきた。
「降りてきたよ」
「おっけー! 走るよ!」
「第一目標は、東へ十キロ」
インターフェースにマップと目標地点が表示される。
エオルが丘の陰から走り始めた。
「上のやつは?」
「ついて来てる」
全天周囲モニターの一部にウインドウが開き、上空から下降してくるモビルスーツが映し出された。
それは、乗ってきていたフライトシステムから飛び降り、スラスターを都度噴かしながら、明らかにこちらを追ってきていた。
画像によれば、白を基調に、パープルを差し色にしたカラーリングの、兵器らしからぬ彫像のような美しい形状のモビルスーツだった。
両手に、ゴツいユニットを手甲に据え付けた実体剣を装備している。
「あの「謎の白い悪魔」どこ行っちゃったんだろうね」
「さあ。少なくとも、上のアイツが見失ってるんだもの。どこか見当違いの方向に行ったんじゃないかな。拠点に現れたら、連絡が来るはず」
シィルが画像照合するが、該当するモビルスーツのデータは無かった。
「隊長が言ってた通り、「謎の新型」かも」
「うーん何て役に立たないアドバイス!」
「うわ、もう撃ってくんじゃん!」
「そのまま走って」
エオルは、腰裏のフレキシブルダガーを展開すると、尻尾のように中空をひと薙ぎしてビームを弾き飛ばした。
二発、三発と、次々と射撃を打ち払ってゆく。
「ちょ、殺意高くない⁉︎ 」
「全弾、こっちのド真ん中狙ってた──ゆるさない」
シィルの据えた声音の温度が下がった。
追ってくる敵機の姿は、未だ中空にあり、腰からスカートのように展開したスラスターで、滑空するようにして追跡してくる。
再び被射撃警報が鳴るが、そのビームは明後日の方角に放たれた。
「え? なに」
進行方向にあった岩山の、中腹を撃ち抜いて木っ端微塵にした。
「落石で進路を塞ぐつもりだよ!」
打ち砕かれた岩肌が、無数の岩礫となって降り注ぐ。
規模の大きな崩落だ。真下にいたなら、モビルスーツとて丸ごと埋まってしまうだろう。
「ところがぎっちょん! 押し通るよ!」
駆けるエオルは勢いを緩めぬまま、腰の左右のマウントからビームハンドガンを引き抜き、上空へ向かって拡散ビームを乱射した。
さらに打ち砕かれ、砂埃へと変化して舞い落ちる岩礫。
その砂埃の直中へ、エオルが飛び込んでいった。
「なっ──」
パイロットは驚愕した。
足を止めるつもりの落石に、目標が自ら飛び込んでいったのだ。
「「白い悪魔」ってな、そんなに優秀なMSなのかい⁉︎ 」
宙を舞う砂礫によって電波が乱れ、センサーにもノイズが走る。
だが、ロストまではしていない。アイコンが激しくブレているが、まだ付近にいるはずだ。
パイロットは反撃を警戒し、滑空をやめて地上に着地した。
ホバーレッグによって、積み上がる落石の山を迂回する。
「陸戦仕様にゃどうにも慣れねえな」
ぼやいたその時、ビームのエネルギーの集束を感知する
「この状況じゃあ当たんねえだろ!」
パイロットは素早くホバーレッグで回避行動を取りながら、飛来するビームの射線を観察した。
砂埃を突き抜け、一条のビームがそこの地面を貫いた。
「そこにいるな!」
射線を遡った位置に
轟音が鈍く響く。
──いや、この音……?
やがて周囲を覆っていた砂埃が全て舞い落ち、視界が晴れてゆく。
「なっ⁉︎ 」
そこに見たのは、無数の穴だらけになった岩壁。
その遥か上に、敵機の姿があった。
エオルは、舞い散る砂塵に飛び込むや否や、身を翻してバックパックからアンカーブレードを射出した。
目標は、岩山の頂上付近。
ワイヤーを巻き取ってエオルの身体を高く引き上げると、その途中で当てずっぽうにビームハンドガンを一発撃った。
──恐らく、敵は今のビームの出所を狙って反撃してくるだろう。
思惑通り、砂埃の中から大量のビームが撃ち込まれてきた。
エオルの遥か下方に。
ワイヤーをなおも巻き取って、エオルの身体はより高い位置にあった。
「せっ!」
エオルがアンカーを引き抜き、スラスターを噴射して跳躍する。
薄まる砂塵を越え、未だ先ほどの照準の向きで武器を構えている敵機の直上を強襲する。
エオルが身伸二回宙返りをして、振り回したフレキシブルダガーを叩きつける。
「おおおお⁉︎ 」
パイロットの、驚嘆の叫びと共に、どうにか近接防御の操作が間に合った。
交差した実体剣が、敵機のチェーンのような刃を受け止める。
だが、それは無数の刃列を繋いだ武器のようで、まるでチェーンソーでも受け止めているかのようにこちらの実体剣をガリガリと乱打する。
初めてお目にかかる攻撃と、激しい激突音に、さしものパイロットもひさしぶりに動悸と冷や汗を感じた。
《ベイオネット01、サーベル、破損》
「チィッ!」
鈍い音を立てて実体剣が一本千切れ飛んだのを見て、慌ててホバーレッグで後退する。
敵機も離れる方向に跳躍して着地、ようやくお互いに対峙した──
だが。
「「白い悪魔」じゃ、ない?」
パイロットは、動画で見たそれと、目の前の敵機が別物である事に、初めて気がついた。
「足が止まった!」
エオルのビームハンドガンを、拡散モードで乱射する。
狙いは、敵機の東側の地面。
同時に身を翻してエオルは再び予定の方角へと駆け出した。
だが、敵機も即座に対応してきた。
牽制射撃を見切って、地面の着弾を跳ねて飛び越え、追跡してきたのだ。
「追ってきてるね」
「追ってきてる」
スラスターを全開にして駆けるも、敵機のホバーレッグとスラスターもこちらに迫る勢いだ。
マップによれば、第一目標地点まではもう少し。
「敵機に動き! ユニットを発射!」
シィルの警告に、メルデもモニターのウインドウの敵機の様子をチラと見る。
何やら背後から球形のユニットを発射して、それが独自のスラスターで飛翔してくるのだ。
本体からワイヤーを引きずりながら。
エオルは片腕を後方に九十度回転。ビームハンドガンで即座にその球形ユニットを撃ち抜いた。
呆気なく爆散するユニット。
だが、今の一瞬の交錯の間に、敵機の背後から無骨なアームが幾重もの関節を展開してこちらに伸びてきた。
アームの先端に、先ほどのものと同じ球形のユニットを設置して。
「──は?」
こちらから見えない角度であらかじめ展開していたのか、そのアームの接近は異常に速かった。
そもそも用途が読めないあの球形のユニットはいったい──
その時、双子の視野が真っ暗になり、全身を打つ激しい衝撃と回転に見舞われた。
「……手こずらせやがって」
走ってきた勢いで長い距離を派手に転がり回り、めちゃくちゃな大勢で転倒している敵機。
それでも念入りに様子を伺いながら、やがてホバーレッグで回り込んで停止する。
背中から伸びるサブアームは既に折りたたみ、例の球形のユニット──ノンキネティックポッドを頭上に掲げている。
ノンキネティックポッド。非運動エフェクターを搭載し、効果範囲のGUND-ARMのパーメットの情報伝達を遮断、機能を停止させる装置。
かつてのドローン戦争からヴァナディース事変を経て現在に至るまで、すべてのGUND-ARMを狩ってきた、このモビルスーツ「ベギルベウ」専用装備である。
「さて、これで終いだ」
言って、パイロットは実体剣の照準をロックした。
「〜ったたた……」
メルデが呻いた。
ハーネスで胴体が固定されているため、手足と首を派手に振り回された感じだが、ハーネスが食い込んでいる部分の激痛もある。
どうにか目を開けようとするが、何かおかしい。
いや、目は開いている。コクピットが暗闇になっているのだ。
「──なにこれ」
エオルの、全てのシステムがダウンしていた。
非常灯すら点いていない。
暗闇ゆえ、自分の体勢の把握も覚束ない。
コンソールかレバーを探す。──あった。
角度からして、どうもエオルはほぼ逆さまになっているようだった。
その時になって、背後からすすり泣くシィルの声に気がついた。
「シィルッ!」
メルデは慌ててハーネスの解除ボタンを押した。
完全に気が動転していて考えが及ばなかった。
当然、メルデは「コクピットの前方向」に落下した。
「あだぁーっ⁉︎ 」
インテリアの形状を思い出しながら、どうにかもがいて体勢を取り戻す。
「シィル! シィルっ!」
ヘルメットのライトのスイッチを入れるが、なぜかこれも点灯しない。
手探りで立ち上がり、……これはアームレストか? ならこの辺にコンソールのアームが、などとコクピットの中をよじ登り、後部座席のシィルの身体を探り当てる。
肩を、掴んだ。
「シィルっ!」
「……メルデ……」
すすり泣くその声は、酷く憔悴していた。
ここまで弱った声を聞いたのは……小さい頃、左腕を失った時以来だ。
「シィル⁉︎ どうしたの⁉︎ どこか痛いの⁉︎ 」
「……腕が……」
シィルの声音は弱く、途切れとぎれに言葉を紡ぐ。
「腕が、動か……ない……」
「えぁ⁉︎ 」
思わず素っ頓狂な喫驚の声を上げる。
「腕が……動かない……よぉ……」
すすり泣くシィル。
メルデは、だが逆に頭が冴えてきた。
──GUND義肢は、バッテリー切れ? いや、片腕でも自分でフォローできるように、バッテリー消費の周期は半分ずらしている。原因不明。
──シィルのハーネスは、まだつけておくべき。暗闇では補助ができない。
──後部シートの緊急用のハッチ解放レバーは……まだ外の状況が分からないため、場所だけ確認……
その時、外側からくぐもった爆発音が響き、暗闇を震わせた。
一瞬、反射的に身を竦めるが、メルデの開いた瞳は決然と輝いていた。
──わたしが、シィルを守るから!
「さて、これで終いだ」
言って、パイロットは実体剣のトリガーを引いた。
その途端、真横からの凄まじい衝撃に機体が吹き飛ばされ転倒した。
何者かに体当たりされたかのような威力だ。
《右腕、破損》
「〜ッッ⁉︎ なんだよオイ何のアラートも鳴ってねえぞ!」
シートの中で振り回され、文句を言う間に激しいアラートが鳴り響く。
《高熱源反応が接近中。回避行動を推奨──》
「クソったれ!」
AI推奨・回避──グリップのキーの幾つかを高速でクリックし、ペダルを強く踏み込んだ。
次々と飛来する小型ミサイルを蛇行して後退しながら躱してゆく。
それでも何発かが被弾して激しい衝撃に揺れた。
《NKポッド02、ロスト。及び、サブアーム、中破》
「何だ、なにが起こった⁉︎ 」
『さしものアンチドートも慣性までは消せないようだな』
何者かが通信を繋いできた。
『中距離ミサイルでブン殴られたお味はどうだい?』
最初の横からの一撃は、どうやらミサイルが激突したものらしい。
そこにひしゃげたミサイルがころがっている。
アンチドート範囲内では、ミサイルとて推進機が停止し、起爆装置も作動しない。
敵は、それを逆手に取って、質量兵器としてぶつけてきたのだ。
「GUND-ARMのパイロットじゃねえな。何者だ」
言いながら、パイロットはセンサーのレンジを拡大する。
──いた。遠距離高空を飛行するモビルスーツが。
画像検索データによれば、それは「ザウォート・フェザー」というザウォートの派生機体だ。
巨大な主翼を持ち、胴体から二つ折りに飛行形態に変形して、大量の武装を懸架可能と言う。
それが、こちらを遠巻きに旋回している。
──自分の迂闊さに歯噛みする。地上ばかり警戒して、自分より上への警戒を怠った!
『信じなくてもいいが、MS賭博の「白い悪魔」とウチとは関係ない』
「だからどうした。アンチドートを知ってるなら、そこのGUND-ARMも放っとく理由が無いのも分かるだろ」
『そのアンチドートがもうブッ壊れてんじゃねえか。じきにそこのGUND-ARMも目を覚ます。二対一で生きて帰れるか?』
会話に応じながら、自身の機体と武装の状態をチェックする。
右のベイオネットは実体剣だけが折れてビームガンは生きているが、右腕が折れていて実質使用不能。
スラスターもいくつかが小型ミサイルで破損している。
生きている武装は左腕だけ。
そしてザウォート・フェザーはこちらの武装の射程外。
その上、寝転がっていたGUND-ARMが、もたもたと体勢を取り戻し、起き上がろうとていた。
──ムリダナ。
考えている内に、小型ミサイルの一群が再び迫ってきた。
「クソっ!」
パイロットは慌てて回避行動をしながら後退してゆく。
ミサイルの狙いが的確過ぎて、GUND-ARMに追撃する余裕も無い。
『あー退いてくれるのかーありがたいなぁー』
「ンな殺意マシマシでナニ言ってんだてめえええ!」
その上、ビームまでもがこちらの足跡を縫うように次々と飛来して大地を撃ち砕いてくる。
通信越しの男の声は、白々しく棒読みを続ける。
『見逃してあげる代わりに、もうここには来ないだなんてー』
「クソがああああッッ!」
ダメ押しの中距離ミサイルの接近に、パイロットはとうとうベギルベウを転身させて、間近での大爆発を背に、全速力で離脱していった。
──よくも! よくもこの《魔女狩り》のエース、ケナンジ・アベリーに恥かかせてくれやがって!