【完結】双子座の魔女 ──機動戦士ガンダム 水星の魔女 外伝 作:鉄槻緋色/竜胆藍
ショッピングモールをふたりして走り回った。
カラフルでピカピカなサインボードに囲まれた窓ガラスには、綺麗なものがいっぱい並んでいた。
可愛い服に、キラキラの宝石とアクセサリー。
テラスから身を乗り出せば、上階にも下階にも、楽しそうなショップが合わせ鏡のように無限に並んでいる。
──きっと何日かかっても遊びきれない!
花畑で追いかけっこをした。
花弁が舞い踊り、陽光が燦々と輝く。
青くて広い空と、見回しても途切れることのない遠い山嶺。
花かんむりをいっぱい作った。
草の香りに包まれて寝転んだ大地の感触は、とても心地良くて、視界いっぱいの蒼に吸い込まれて落ちてしまいそう!
ああ──なんて楽しい……!
「そんなところに行けたらいいね! シィル」
「そんなところに行けたらいいね メルデ」
「メルデは、データストームのヒートショック深度1。シィルはPTSDによる心理的ショック」
ベッドに横たわるのは、頬に擦過傷のような赤く仄明るい痣を浮かべて眠るメルデと、その腕を抱きしめるようにして眠るシィル。
ここにメルデを運び込んだ時にも、意識はあっても情緒不安定だったシィルは、ヘレネの手を振り切ってメルデの毛布に潜り込んだのだ。
「……生きて戻ってきてくれて良かった──と言いたいところだけど、いったい何があったの」
治療室の端でテーブルに突っ伏して頭を抱えているブランドンに、ややきつく問うた。
「俺のミスだ……アンチドートなんて時代錯誤なモンを見落としていた」
「それは……貴方らしからぬミスね」
ヘレネはテーブルにタブレットを杖のようにして立てて、腰に手を当て嘆息した。
《フォスフォロス》一同は、次の拠点への移動を完了していた。
そこへ遅れること半日、エオルを乗せたコンテナトラックが到着するなり、隊員たちによる双子の運び出しと検査が行われた。
全身を真っ赤にして息も絶えだえのメルデによれば、シィルが心理的ショックで前後不覚に陥り、単独でエオルを再起動するしか無かったこと、あの時の現場にコンテナトラックが到着するまで、一時パーメットリンクをカットしていたが、コンテナのドックにエオルを載せるのに再びパーメットリンクを行い、手間取ったのだと言う。
「……それに、私のミスでもあるわ。せめて単独でのパーメットリンクの操縦に慣れておいて貰えれば」
「そいつぁ博士の倫理で却下したハナシだろ!」
思いのほか据えた声が出て二人ともが驚いた顔を見合わせた。
「ああ、悪ィ。気が立ってたんだ」
「……気にしないで」
それは、ヘレネがずっと抱えていた後ろめたさだ。
双子が来るまでは、
自分でも、自分で口にするなど烏滸がましい話だった。
やがてブランドンが立ち上がって出入り口に歩いていく。
「ふたりのこと、頼むわ博士」
「任せて」
やや萎んだような大きな背中が、ドアの向こうに消えた。
「顔のあざ、ほとんど無くなったね」
「シィルの両手が絶好調で何よりっていうか離して」
左右に引っぱられていた頬からシィルの手を引き剥がす。
「もうちょっとよく見せて」
「なんでよー⁉︎ じゃあシィルのツラの皮の厚さはどんなのさ!」
「メルデと同じよ。双子だもの」
言い合いながら、顔の引っぱり合いだのじゃれあいだのに興じている。
そんな双子の騒ぎを背に、ブランドンはディスプレイのニュースネットワークを流し見していた。
──あれから、さらに数日。
この間に、メルデもシィルも状態を回復し、《魔女狩り》部隊などのさらなる追跡も無かった。
前の拠点にも何者も近付く気配も無かったため、監視は全員こちらに合流させた。
この拠点での腰を落ち着けて、各員の「仕事」も再び回り始めたところである。
「──あぁ?」
ディスプレイに見つけた内容に片眉を上げたブランドンは、そこの通信機のマイクを取り口元でスイッチを入れた。
「警備部と班長全員、来てくれ」
簡潔に告げてマイクを元の位置に戻した。
やがてこの部屋に、構内通信で呼び出されたメンバーが集まってくる。
部屋こそ違えど、皆いつものような配置でめいめい腰掛けた。
「ベネリットが企業行政法に則り「ダチア・インダストリー」への強制執行を決定したそうだ」
「大人はすぐそーやって難しい言葉使うー」
シィルが蛇のような俊敏さでメルデに関節技をかけたのを見てブランドンは話を続けた。
「ちなみに、ダチア・インダストリーはバナトに本社があってな」
「それって⁉︎ 」
メルデを締め上げているシィルが喫驚の声をあげた。
同時に、カエルを締めたような唸り声が聞こえた。
「シィル。チカラ加減してやれ。──そうだ。《カテドラル》が《バノヴィナ》にケンカを売りやがった」
慌ててチアノーゼを起こしかけたメルデを介抱するシィルを尻目に、ブランドンの手元の端末の操作で大型モニターの内容が変わる。
「当然《カテドラル》の目的は、地方の木っ端マフィアの取り締まり──なんかじゃなく、例の「謎の白い悪魔」とエオルを狩りに来たんだろう。時間からして、もう《ドミニコス》──魔女狩り部隊がバナトに降りてくる頃だ。
これは俺の勘だが──じきにバナト周辺の地方一帯と、近隣国が戦争になるぞ」
ブランドンの言葉に、一同が息を呑んだ。
「で。わたしたちはどうすんの?」
「そこは死んどけよ人として」
「ひどーい」
ベッドから手を上げてあっけらかんと宣うメルデに、呆れ混じりに突っ込む。
「まあこの拠点はバナトからだいぶ遠いし、先の一戦やらかした場所からも無関係に遠い。その上、元は前世紀に遺棄された地下基地だ。まず見つからねえから、当分は問題ない」
ヘラヘラと笑うブランドンの言葉に、非戦闘員が安堵の表情を浮かべる。
「──当分はな。もし《ドミニコス》が全戦力を投入して、ここら地方一帯をしらみ潰しにしようってんなら、ハナシは変わってくる。いずれにしても、今後の《フォスフォロス》は、拠点を小まめに切り替える生活にシフトしていく事になる」
つまりは「引っ越しが増える」と聞いて、非戦闘員たちの表情が元に戻った。
「俺が敵だったらこうするな──自治都市の幾つか、あるいは全部に間者を送って不安を煽る。「隣の自治体都市が狙ってる」だの「マフィアが〜」だの吹いて回ってな」
「隊長、速報だ!「シムチエールで死者多数!」って」
「バカ野郎そこは墓地だから当たり前ェじゃねえか!」
傭兵たちだけがドッと笑った。
「……とまあ、こんなバカみたいな風聞ひとつで不安と不審を煽るわけだ。こんなふうにな」
今の笑い所が分からなかった一同に手のひらを振って示す。
「そして武装した素人ほど良く暴発する。《ドミニコス》の到着を待たずに疲弊してる自治都市がいくつか出来上がってるかもしれん」
ハエでも払うように手を振り。
「──ハナシを戻そう。いま俺たちができる事は、「いつでも動けるように準備をしておく」って事だ。各班、あまり荷物を広げ過ぎないよう通達してくれ。警備部はローテーションで警戒にあたれ!以上だ」
バナトの上空は、おびただしい数のフライトシステムやパラシュートに吊り下がったモビルスーツで埋め尽くされていた。
そのさらに高空には、豆粒ほどの大きさにしか見えないが、彼らを積載してきた艦艇までいる。
『──時に、こちらではモビルスーツの対戦興行をしているそうだな。どうだろう、ぜひ我々にも参加させてもらえないか』
次々とバナト市街に着地する黒いモビルスーツたちが、パラシュートを切り離しては携行武器を構えてゆく。
そのバナト各所の光景を映すいくつもの映像を見上げ、ハイルブロンは不敵に口の端を釣り上げた。
「飛び入り参加ならいつでも大歓迎だ。ルールは知ってんのか」
『「敵機を擱坐させれば勝ち」、「パイロットの生死は問わず」──』
音声通信が誦んじる途中で、未だ空中にあったパラシュート降下中のモビルスーツが爆発した。
地上からのビーム射撃に貫かれたのだ。
「あとは「俺に逆らうな」だ、覚えとけクソが!」
セントラルタワーのコントロールルームに立つハイルブロンの、背中に大量に接続されたコードが赤い輝きを放つ。
バナト市街のあちこちのビルの高階から、一斉にビーム射撃が放たれた。
それらは降下してきたモビルスーツを次々と撃ち抜いてゆく。
「行け! お前らも出ろ!」
ハイルブロンの合図と共に、街中の巨大なビルを模した格納庫から、地下のハッチから、どこか歪で、しかし獰猛な意匠の改造モビルスーツが続々と現れて敵機に襲いかかった。
たちまちバナト市街はモビルスーツ同士の戦場と化してしまった。
上空に大量に控えていたフライトシステムに乗ったモビルスーツたちは、四〜五機ほどにまとまっては、四方八方へと飛び去ってしまう。
だがハイルブロンは一顧だにしなかった。
──奴らの狙いは「謎の白い悪魔」! あれが現れる時は、「戦闘中」か、何らかの戦闘前。二件しか例が無いが、戦闘状態のどこかに現れる公算が高い。
ハイルブロンもそこまでは見当はつけていた。だが、実行はしなかった。
戦闘など普段からやっている事だ。
《ヨトゥンヘイム》の邪魔でしか無いが、積極的に追うのは割に合わないからだ。
(だが、カテドラルは実行しやがった! 奴らイカレてるぜ! )
ハイルブロンをしてそう言わしめる蛮行だ。
「魔女狩り」の事は知ってるし、GUND-ARMと言えどモビルスーツの一種だ。居場所が分かれば、そこに狩りに行けばいいハナシだ。
だが「謎の白い悪魔」は神出鬼没だ。
数で押して草の根まで探すか、出現する可能性を再現するか。
そんな手間とカネばかりかけてまでして、いったいどんなリターンがあると言うのか。
(俺の知った事じゃねえけどよ)
だが奴ら《ドミニコス》があの「謎の白い悪魔」を見つけ出して破壊してくれるなら、憂慮のタネがひとつ消える。
──とは言え、《ドミニコス》及び《カテドラル》、ひいては《ベネリット》は事をついでに地球の戦場を消耗させるつもりだ。兵器を欲しがる客がいなければ彼らの商売が成り立たない。
そして《バノヴィナ》の商売の中には兵器ブローカーも入っている。
既に帳簿の顧客全てに通信を送りつけてある。
『《バノヴィナ》を敵に回したくなければ、戦え』と。
──とある地方上空を飛翔する《ドミニコス》の小隊が、突如地上からの攻撃を受けてフライトシステムの体勢を崩した。
見れば、丘陵の陰からこちらを狙う数機のモビルスーツの姿があった。
それらの機種は、有名ではないが比較的普及しているタイプだった。
この辺のゲリラか、自治都市のものか。
小隊は、回避運動を取りながら急降下。彼らに襲いかかっていった。
そして、バナトとてただのマフィアの住処では無い。
配下と傭兵のモビルスーツ部隊の他に、街中の偽装ビルの高階に、ビームライフルやミサイルポッドを仕込んである。
それらの武装は、GUND-ARMを通じてコントロールルームのハイルブロンが全て直轄管理している。
データストームの心配は無い。やってる事は、「指定の武器のトリガーを入力する」それだけだ。
「撃て! オマエラ、撃ちまくれ!」
バナトのあちこちで、光条が、爆発が交錯した。
「──なあ、ヘレネ博士」
「、なに?」
デスクを指先でつつきながらモニターを見ていたブランドンに、通りすがりのヘレネが応えた。
「俺も寡聞にして知らないんだが、もしかしてGUND-ARMってものは、エンジン点いてなくても何か電波とか発信しちゃうサムシングか?」
ヘレネが数度まばたきしてから居住まいを正した。
「そんなの、そこらの機械と一緒よ。スイッチを切ってあれば何も発したりしない」
「じゃあコイツらは勘か偶然か──」
ブランドンが眺めているモニターの内容を覗き込んだヘレネも、身を硬くした。
そこに表示されているのは、マップだった。
バナトを中心にしたこの地方一帯のマップに、無数の赤いドットが蠢いている。
それらはバナトから四方八方に広がっているが、あるひと塊り──五個ほどのドットが、一直線にこの拠点の方角に移動しているのだ。
言うまでもなく、これらは稼働中のモビルスーツを探知するモニターだ。
「たぶんこの辺りで「白い悪魔」が先導してるな」
ヘレネが何か言うよりも先にブランドンがモニターのドットの僅か先を指で囲って言った。
「誓って俺じゃねえし、博士でもねえ。となると、前の遭遇の時と同じように、「白い悪魔」は偶然じゃ無くエオルを探知する術を持ってる」
「……そんな……」
ブランドンは構わず構内放送のマイクを取った。
「緊急出撃だ! エオル、ザウォートフェザー、スタンバイ!」
叫んだブランドンはマイクを叩きつけ、ジャケットを掴み上げて立ち上がった。
「急ぎだ! 博士も来てくれ!」
バレーボールのコートほどの巨大な昇降デッキからエオルが地面へと降りると、デッキが地下に下降し始め、連動して左右から地表と同じ偽装を施されたプレートがスライドして塞いだ。
ブランドンが駆るザウォート・フェザーは既に先の拓けた場所に立っていた。
かつてこの場所にどんな施設があったのかは分からないが、それほど広大で、偏平で、何もない場所だった。
『メルデ、シィル、時間がないから吊り下げでいくぞ』
「りょっかー!」
ザウォート・フェザーが全身のスラスターを噴かして僅かに浮上すると、滑るように直進し、加速するとやがて脚部の主翼を展開しながら下半身を水平に変形、飛行形態となってあっという間に急上昇した。
そして旋回して一周してくる。
『軸合わせ!』
「速度合わせー」
続いてエオルも走り出すと、スラスターと合わせて加速して跳躍した。
下げたザウォート・フェザーの両手を掴んでぶら下がると、予定の方角へ飛翔してゆく。
『マップを送った。接近してくる五機の先に、白いのがいるはずだ。センサーにはかからないから目視で確認してくれ』
転送されてきたマップを開き、エオルのメインカメラをその方角に向けてズームする。
メインモニターの一部にウインドウが開き、遠景で飛行する、五機のフライトシステムに乗った揃いの黒いモビルスーツが見えた。
さすがに遠過ぎて細部がぼやけているが。
続いて視点を地表に下ろし、彼らより先にいるであろう「謎の白い悪魔」を探す。
「──いた」
双子が同時に呟いた。
如何なる原理か自ら発光しているようで、さらに細部が分かりにくいが、間違い無く前に映像で見た「謎の白い悪魔」だ。
それが、スラスターによるホバー移動で疾走している。
『これから奴らに接近して、牽制射撃したのち予定の方角に誘導する。カメラとセンサーから目を離すなよ』
その集団の進路に斜めに交差するように接近し、ザウォート・フェザーは両脇下のハッチを開いてマシンキャノンを展開した。
回転を始めた多連銃身から光弾が無数に連射される。
それらはフライトシステムの小隊をかすめ、地表をもいくらか抉った。
先頭の敵機が、こちらに銃器を向けた。
『よし! 急旋回して加速するぞ』
敵の牽制射撃を無視して回頭し、ザウォート・フェザーが加速をかける。
『──どうだ?』
「隊長、だめ」
シィルが応答した。
「飛んでる敵が二機しか来ない。白いのも残りの奴も直進してる」
『なんだとお⁉︎ 』
ブランドンが仰天の声をあげた。
『クソが! なんで白いのは着いてこねえ⁉︎ 』
「逆に、隊長はどうして「白い悪魔」が着いてきてくれると思ったの?」
『……なに?』
メルデの問いに、ブランドンが怪訝な声をあげた。
『そりゃおめえ、GUND-ARM同士なんだから、なんか引かれるものがあるんじゃねえのか?』
「誰もそんなこと言ってないよ? 博士も」
ブランドンが絶句する。
──バカな! こないだの《魔女狩り》は、偶然か勘違いでエオルを襲ったってのか⁉︎
「たいちょー、それより基地のほう行っちゃったあいつら何とかしないと拙くない?」
「もう直接あの「白い悪魔」を止めるべき」
『〜〜ッ⁉︎ クソっ! おい本部! 全力で逃げろ! 移動だ!』
双子の提言に、悪罵を吐いたブランドンが、拠点に通信をかけながらザウォート・フェザーを鋭く旋回させた。
向かうは、拠点の方角に疾駆する「謎の白い悪魔」。