【完結】双子座の魔女 ──機動戦士ガンダム 水星の魔女 外伝   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第7話 バーバヤーガの胎動

 

 苦しんでいる妹を助けたかった。

 前後のパイロットシートで一緒にデータストームに見舞われている中で、妹の苦悶の声を聞いて、なんとかしなきゃと思った。

 ──思ったら、「それが可能だ」と不意に気づいた。

 自分も同様にデータストームに神経を焼かれている最中だと言うのに、意識だけが状況を俯瞰してる──感じがした。

 "今は"GUND-ARMデータリンクの試験中。この光景を見ている者たちに、悟られてはいけない。

 ──面倒な事になると思う──分かる──知っているから──

 この思考をしている時間感覚が曖昧だ。未知を思った時には既に知っており、それを改竄する事もできると分かっている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

──そうしたら、自分自身が曖昧になって、希薄になって、眠くなって──

 

 

────────◆

 

──辻褄が合わねえ……⁉︎

 

 ブランドンは敵機の射線にかからぬよう自機を操りながら考えていた。

 

──エオルを持ち出したのに、なぜ全機が追ってこねえ?

 

 フライトシステムに乗った《ドミニコス》のモビルスーツ五機のうち、わざわざ目の前を横切ってやったのに、着いてきたのが僅か二機。

 ()()()()()()も放っておけないため、ブランドンは自機を傾け急旋回した。

 

 

────────◆

 

──そう。改竄の事実は、誰にも知覚できない。

 

 

────────◆

 

 着いてきた二機とすれ違う。

 追跡していた二機も慌てて回頭するが、空力で機動しているザウォート・フェザーとは違い、フライトシステムはその機動制御全てをスラスターで行っているため旋回が遅い。

 

 大気圏重力下では、スラスター機動のみよりも、空力制御の機動の方が圧倒的に速い。

 「ザウォート・フェザー」は、かつての戦争において、アーシアンの航空戦闘機に対抗するためだけに少数生産されたモビルスーツだ。

 通常のザウォートでも空力機動の差で手を焼いていたからだ。

 やがてアーシアンの航空戦闘機を駆逐した事で、ザウォート・フェザーはその役割を終えた。

 ならば何故、フライトシステムを別途に開発してまで空力制御を持たないモビルスーツが主流になったのか。

 モビルスーツには、腕があるからだ。

 

 被射撃警報(アラート)と同時にブランドンの操縦で、二機からのすれ違いざまの射撃を躱した。

 ──そう。フライトシステムに乗ったモビルスーツは、左右など腕が向く限り全方位に攻撃できる──

 続いて回頭中にもその二機から執拗にビームが飛来するが、ザウォート・フェザーはそれらを躱し、またはぶら下がるエオルがフレキシブルダガーで打ち払った。

 

「さーっすが隊長! 歴戦の猛者!」

『よせよ。むかし取った杵柄だ』

 

 メルデにカラカラと笑い返す。

 

「それより隊長、手分けしましょう。こっちの二機は私たちが」

『そうだな。頼まぁ』

 

 シィルの提案を了承し、エオルとザウォート・フェザーが繋いでいた両手を離した。

 ここはまだ高空。スラスターを以てしてもモビルスーツが着地するには危険な高さのはず。

 ──追跡する敵機のパイロットは、その意味不明な自殺行為に、一瞬意識に空隙ができた。

 それを狙ったつもりでも無いが、追跡する二機のうち、後ろにいたモビルスーツが、乗っていたフライトシステムごと真下から脳天までアンカーブレードに貫かれた。

 

──敵のフライトシステムを奪う!

 

 射出したアンカーブレードのワイヤーを巻き取りながらエオル本体が上昇していく。

 その過程で、ワイヤー越しにフライトシステムのデータリンクを乗っ取り、操縦権を奪った。

 近づいたところでフライトシステムをロールさせ、アンカーブレードを引き抜くと、乗っていた敵機が地上へと落ちてゆく。

 入れ替わるようにしてエオルがフライトシステムに飛び乗り姿勢を安定させた。

 

──いくよ!

──まずは目の前の一機。

 

 エオルに片膝の姿勢を取らせてフライトベースのグリップを握らせ、背後から射出したアンカーブレードとフレキシブルダガーを、蛇のようにのたくらせた。

 

『あとお前ら! 敵の艦艇の方角にも注意しろ! エオルの事は伝わっているはずだ! 何か飛んでくるかもしれねえ!』

「了解」

「バナトなんて山の向こうだよ? 大丈夫くない?」

 

 ブランドンの指示にシィル応えるが、メルデが混ぜっ返しを入れた。

 

「メルデ。宇宙の戦闘距離の単位は地上の数倍。ここでも戦艦の主砲は届くよ」

『その通りだ! 気を抜くなよ!』

 

 シィルの解説にブランドンの檄が飛ぶ。

 素早く会話を交わしながらも、ザウォート・フェザーは先行する三機を翻弄し、エオルも追いついた敵機にアンカーブレードを射出して横腹から串刺しにした。

 半身をエオルに向けて構えたビームライフルは、あらぬ方を撃ち抜き、制御を失った機体はフライトシステムもろとも墜落していった。

 

「こっちは片づいたから、そっちに行くよ」

『おう、頼もしいな!』

 

 シィルが報告するや否や、アラートが鳴った。

 

「高熱源反応が接近! バナト方面から! 早い⁉︎ 」

『射線に対して真横に避けろ! 急降下だ!』

「アイアイサー!」

 

 ほぼ反射的にフライトシステムをロールさせ、急接近する熱源の進行方向に対する直角方向に急降下した。

 ──突如、エオルのコクピットが暗闇に包まれた。

 

 

 《ドミニコス》の強襲揚陸艦から緊急発進した高速艇の凄まじい加速の重圧に耐えながら、パイロットであるケナンジは必死にレバーを握り機体の姿勢制御に努めていた。

 

(コイツぁキツい……だが)

 

 それはまるでロケットのような、緊急展開ブースターと合体したベギルベウ・陸戦仕様機であった。

 今作戦は──ハイルブロンが想像した通り──強制執行に見せかけたアーシアンの兵器の消耗──と同時に、「謎の白い悪魔」を呼び寄せる実験だった。

 読み通り、遠方索敵していたとある小隊がGUND-ARMを発見。その報告を受けて、待機していたベギルベウが弾丸直行したのだ。

 インターフェースのマップでは、予定地点がみるみる接近してくる。

 センサーも、稼働中のGUND-ARMのパーメット識別信号を捉えた。

 

(距離1000、500……いま!)

「アンチドート、オン!」

 

 蚊柱のように飛び交うフライトシステムの集団の中に飛び込み様に、ケナンジは左右のノンキネティックポッドを射出してアンチドートのトリガーを引いた。

 パーメットリンク妨害フィールドが展開された。

 

──僚機を巻き込んでも、やむを得ないものとする。

 

 上官の命令を反芻しながら、ケナンジは緊急展開ブースターのエンジンをカット。

 同時に逆噴射を噴かして急制動をかけた。

 

「ぐっ⁉︎ 」

 

 首を前にもがれるような衝撃にも耐え、ブースターの速度が落ちたところで爆破ボルトを起爆。次々と脱落する機体固定ボルトを振り払って、ベギルベウは失速するブースターを蹴り飛び上がった。

 

「GUND-ARMはどうなった……!」

 

 落下中の空中で、スラスターで降下速度を落としながら、素早く周囲を見回す。

 ──敵味方問わずアンチドートをぶっ放したのだ。動いているモビルスーツなどいるはずが無い。

 

 

「……南無三(グッネス)!」

 

 ブランドンは、バナト方面からの高熱源体反応警報(アラート)を聞くや否や、鋭く旋回し、その場から離れる方向へ全てのスラスターを全開にした。

 もし万が一、艦艇の主砲だとしたら、その熱波の範囲はかなり広大だ。

 だが、予想した衝撃は無く、むしろ周囲は静かになっていた。

 

「なんだ⁉︎ 何がどうなってる」

 

 それでも高度を落として大きく旋回しながら、先ほどの戦場付近をセンサーで探査する。

 そこでブランドンが見たものは、次々と脱力したように落ちていくフライトシステムと、それに乗っていた敵モビルスーツたちと。

 空中に浮揚するベギルベウの、ノンキネティックポッド一基をアンカーブレードで串刺しにしたエオルの姿だった。

 ──そのエオルは、普段は赤光を放つ胸の、肩の、顔面のシェルユニットを、青く輝かせていた。

 

 

────────◆

 

「腕が……動かない……よぉ……」

 

 暗闇のコクピットですすり泣くシィル。

 

 ──初めてこの敵機と交戦した時の事だ──

 

 メルデは、だが逆に頭が冴えてきた。

 メルデの開いた瞳は決然と輝いていた。

 

──わたしが、シィルを守るから!

 

 その時突然、エオルが再起動し出した。

 次々と光を灯すインテリアとインターフェース。

 

「……え……?」

 

 そして、すぐそばの眩い輝きに、泣き顔のシィルは呆然とそれを見返した。

 ──笑顔のメルデの両の頬に、擦過傷のように浮かぶ仄明るいアザが、白色の輝きを放っていたから。

 

「……いや……⁉︎ 」

 

 見たことの無いメルデの変貌に、シィルは自身の両腕の事を忘れてメルデの身を案じた。

 

──こんな、GUND-ARMなんて訳の分からないモノに、メルデが飲まれてしまうのでは……?

(そんな事、させられない──!)

 

 そう意識した途端、シィルの両頬にも擦過傷のようなアザが白く輝き出した。

 

「シィル! その顔」

「メルデだって……!」

 

 言いながら、お互いの変化に驚いて、お互いの頬に手を伸ばす。

 

──シィルのGUND義肢の腕が動いた!

 

「シィル! 腕が!」

「ええ! 動いた! 動く……!」

 

──この状態が何かは分からない。

──そしてこの事は、今はなるべく知られたくない。

 

 この時のふたりの思考に、時間の感覚は曖昧だった。

 エオルのセンサーによれば、すぐそばに立つ白地にパープルの敵機が、今まさにこちらに実体剣を突き立てようとして、エオルの変化に戸惑っているようだった。

 

──そんな事実は無くていい──

 

 だからふたりは事実を改竄した。

 

 

────────◆

 

「オーバーライドだと⁉︎ 」

 

 アンチドートは発動中だと言うのに、そのGUND-ARMはシェルユニットを青く光らせて襲いかかってきた。

 意味が分からない。

 

《NKポッド01、大破》

「クソがッ!」

 

 敵GUND-ARMのワイヤー武器にノンキネティックポッドをひとつ破壊され、我に帰ったケナンジは機体を後退させた。

 残る一基でアンチドートは発動したまま、ベイオネットを前に構え様子を伺う。

 敵GUND-ARMも単独飛行する機能は無いのか、この高所からスラスターで緩やかに下降しながら、こちらの様子を伺っているようだった。

 二機が向かい合って旋回しながら、ゆっくりと降下してゆく。

 唐突に敵GUND-ARMがスラスターを噴かして接近してきた。

 

「仕掛けてくるかよ!」

 

 ベイオネットの一方を盾に、もう片方を敵機に向けビームを発射する。

 だがそれは、敵機の下を通過していった。

 敵GUND-ARMがスラスターを噴かして上昇したのだ。

 

「……狙いは⁉︎ 」

 

 ケナンジおよびベギルベウの、地上でのモビルスーツの戦闘経験は、それほど長く無い。故に、ケナンジは宙間戦闘の癖が抜けていなかった。

 敵機の狙いは、こちらでは無く、降下するベギルベウに引っぱられながら滞空を続けようとするもう一基のノンキネティックポッドだった。

 

「やらせるかよ!」

 

 ケナンジは慌ててノンキネティックポッドを繋ぐワイヤーの巻き取り操作をした。

 いや。それでは間に合わない。

 瞬時に思考を切り替えたケナンジは、スラスターを交差させ、ベギルベウをその場で横に回転させた。

 高速で機体をスピンする事で、ノンキネティックポッドに繋がるワイヤーを身体で巻き取ったのだ。

 危うく、ポッドが浮いていた場所を、敵機のワイヤー武器が通過していった。

 

「バカスカ壊すなよ! 高価ェんだぞこれ!」

 

 おかげで上腕を自分でぐるぐる巻きにした状態だが、肘は動く。

 ベイオネットのビームガンを乱射しながら後退を続ける。

 

《アンチドート、ダウン。タイムアウト》

 

 一度の効果発動時間を終了したノンキネティックポッドを、バックパックから伸ばしたサブアームに接続し直して、絡みつくワイヤーを切断する。

 これで自由に動けるし、エネルギーが充填されれば再びアンチドートを発動できる。

 やがてベギルベウと、敵GUND-ARMが荒野に着地した。

 

(先ほどアンチドートを掻い潜ったのが、マグレかどうかもういっぺん試して──)

 

《高熱源反応、多数接近中。回避行動を推奨》

『だからアウトレンジを忘れ過ぎだろ』

 

 アラートと同時に飛んできた、聞き覚えのある通信の音声にぎょっとする。

 

(アンチドートが効いてたのになんでアイツまで──)

 

『思っクソ遠くに逃げてたんだよ。味方の巻き添えも厭わないとか見境ナシかオマエ』

「うおおお⁉︎ 」

 

 もう一人の敵の話を聞いている暇もない。

 ケナンジは慌てて回避運動を交えながらホバー移動で高速で後退し、ベイオネットのビームガンで小型ミサイルを迎撃していく。

 だが、そこに別方向から敵GUND-ARMが接近してきた。

 滑るようなホバー移動で、両手にはビームハンドガン、その背後からワイヤー武器が二種、鎌首をもたげている。

 

「クソがあああ⁉︎ 」

 

 アンチドートのエネルギーチャージは、まだ完了しない。

 

 

──今度は逃がさない!

──敵の逃げ道を狭める!

 

 飛来する小型ミサイルの群れとは逆方向の足元にビームハンドガンを乱射する。

 敵機は後退しながらも、足元への着弾を避けて見せるが、迂回すればそれだけミサイルの接近を許す。

 敵機もビームガンを連射してミサイルを迎撃しようとするが、なかなか当たるものでは無い。

 とうとう一発の小型ミサイルが敵機の左肩のアーマーを吹き飛ばした。

 それは敵機の体勢を揺るがしたが、転倒、停止にまでは至らない。

 飛翔する小型ミサイル群はまだある。エオルの追走も、僅かずつ距離を詰めつつある。

 敵機のビームを躱しながら、エオルもビームハンドガンを連射する。

 射程を越えて失速し脱落してゆく小型ミサイルを追い越して、エオルは執拗に敵機に喰らいついていく。

 その時、目の前の敵機とは別方面からの被射撃警報(アラート)が鳴った。

 

『お前ら戻れ! 《ドミニコス》本隊がこっちに来てる!』

「え?」

 

 ブランドンからの通信に、インターフェースのマップに目を遣る。

 数多くのモビルスーツ反応が、こちら方面へと移動してきていた。

 既に、五機編成小隊の反応がふたつ、二方向から接近しており、射程距離に迫りつつあった。

 

「いつの間に⁉︎ 」

『アンチドートもじきにリチャージが完了する! 戻れ!』

「あーんもう! あと少しなのに!」

「次は逃がさないから」

 

 シィルの怨嗟を合図に、ビームハンドガンを乱射しながら急停止し、膝のスラスターを噴かして全速で後退を開始した。

 目の前だった敵機が、そのままずっと後退して遠ざかってゆく。

 被射撃警報(アラート)が鳴る。

 入れ替わりに遠くに迫る、フライトシステムに乗った敵集団から牽制のビームが飛んでくる。

 身を翻したエオルはスラスターを全開に噴かして加速し出した。

 

『いいかお前ら!』

 

 ブランドンが通信越しに怒鳴る。

 

『拠点にアイツらを引き連れていく訳にはいかねえ! できるだけ遠くに引き付けて、撒いてこい! 着いてくるやつがいなくなったら、()()()()潜伏しろ! 折を見て合流する! わかったな!』

「了解!」

「隊長も気をつけて」

 

 通信が終わると、ホバー移動するエオルがさらに加速した。

 マップに映る敵機を示すアイコンが、どんどんと引き離されてゆく。

 

 ブランドンも自身の撤退に専念しているため、誰もこの異常を知る事も無かったが。

 その青い光芒を引いて疾るエオルの加速度は、通常のスペックの()()()()()()()()()()()()()

 

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