【完結】双子座の魔女 ──機動戦士ガンダム 水星の魔女 外伝 作:鉄槻緋色/竜胆藍
ふたりで平穏に生きていければいい。ずっとそう思ってた。
《フォスフォロス》での暮らしも、食事も寝床も充実していて、概ね良好な生活であり、できるだけ継続していきたい。
シィルの両腕のGUND義肢医療と引き換えに傭兵稼業に身をやつした事も、後悔していない。飢餓を乗り越えるために誰かの生命を犠牲にする事は、今の地球の情勢では避けて通ることは難しい。
むしろモビルスーツの操縦経験に触れられた事は幸運だった。
だって『エオル』に出会えたから。
──いや、今となってはそれが「運命」なのか、「予定通り」なのかも曖昧だ。
《カテドラル》の強制執行の名を借りた地上消耗作戦は、一ヶ月足らずでバナトを中心に周辺国境を跨ぐ大規模な戦争に発展していた。
国境と言っても前世紀の地図上の線引きに過ぎない。
生き残った小規模な自治区が寄り集まってどうにか生活して、自衛の為にモビルスーツを装備している状態だ。
同じ大地に武装暴力集団も闊歩している。
通商の手続きを取らずに農牧地などの資源を狙う輩は多い。
互いに疑心暗鬼になっている状況で、他の自治都市と手を組む事の、なんと難しいことか。
そのまま強力なモビルスーツに居座られ、実質支配されるなど日常茶飯事だった。
それに加えて《カテドラル》のアーシアン粛清部隊の跳梁もある。
互いにモビルスーツをセンサーに捉えるや、もはやどちらが先に撃ったのか分からない泥試合の連続で、この地方一帯はみるみる消耗していった。
そんな紛争地域から遠く、地平線も見えそうな平野地帯。快晴の下で、道路を南下する超大型トレーラーがあった。
この地方をも擁する大陸広域輸送網は、宇宙開拓企業のひとつ、エアロスヴィート社が掌握しており、専用道路の敷設からそこを通る運送トレーラーの規格まで統一してこの地方の物流を支配している。
その超大型トレーラーもエアロスヴィート傘下の規格車輌であり、コンテナ側面にも企業ロゴが大きくプリントされている。
そして、そのトレーラーがどのくらい巨大かと言えば、全幅はモビルスーツの肩幅ほどもあり、コンテナの全長は二十メートルを軽く超える。
それを牽引するトラクタヘッドも、鉱山用巨大ダンプカーもかくやという大きさ。乗降用に設置されている階段が、その大きさを物語っている。
『来たぞ』
通信を合図に、輸送道路の左右の森の中から、岩陰から、続々とモビルスーツが立ち上がった。
それら不揃いの改造モビルスーツたちが、次々と銃器を構え、やって来るトレーラーに銃口を向けた。
それの意味するところが分かったのだろう。トレーラーがエアブレーキの圧縮空気を放出する音を立てて、ゆっくりとその速度を減じてゆく。
やがて停車したトレーラーに向かって、先頭のモビルスーツがゆっくりと歩いていった。
『聞こえるか? 分かるだろ。コンテナだけ切り離して置いていきな』
先頭のモビルスーツが外部スピーカーを通して語りかけた。
──ここで彼ら輸送車強盗が問答無用でトレーラーや道路を破壊しないのは、この輸送専用道路は破損すると、破損箇所の位置が有線で管理会社に即座に正確に伝わる仕組みだからだ。銃の一発も撃ち込めば、スペーシアンの警備モビルスーツ部隊が瞬く間もなくこの場に急行してくるだろう。
もちろん妨害電波も展開しているため、運転手は通報する事もできなできないわけだが。
ややあって、トレーラーの運転室のドアが開き、人が出てきた。
それは、小柄な少女に見えた。
何が判断を曖昧にしたかと言えば、体格に合わないロングコートを纏い、不釣り合いな大きなサングラスをかけていたからだ。
その少女は、輸送車強盗のモビルスーツらをゆったりと睥睨すると、運転室の奥へ引っ込んでいった。
──この御時世、少年が重機を運転するなど珍しい事ではない。
やがて、コンテナの天板がゆっくりと展開し出した。
コンテナだけ切り離して逃げればいいものを、先の運転手の少女もそれきり出てこなければ、天板のみ開いたコンテナも、それ以上の変化もない。
『……なんだあ?』
モビルスーツのパイロットは訝しみながら、コンテナの側面に回り込み、中身を覗き込んだ。
『……おい、空っぽだぞコイツ!』
『おい⁉︎ 後ろ!』
その時、コンテナを覗き込んでいたモビルスーツの背後に、突如虚空からまるでインクが溢れ、滲みが広がるようにして、何か小山のような鉄塊が出現した。
いや、それは片膝をついたモビルスーツだ。
白いボディーに、背中から突起を生やし、腰からは尻尾を伸ばしている。
『……なっ⁉︎ 』
輸送車強盗のパイロットには意味が分からなかっただろう。足音も無ければ、姿も駆動音も熱源も、パーメットリンク反応も突然出現したのだから。
目の前の不条理に驚いている間に、後方に控えていた仲間のモビルスーツ二機が、まとめて頭をブレードに貫かれた。
道路を挟んだ岩場にいたモビルスーツの両腕が、銃撃音と共に千切れ飛ぶ。
どちらも、突如出現した白いモビルスーツによる攻撃だ。空飛ぶブレードはワイヤーでバックパックに繋がっているし、両手にはいつの間にかハンドガンを握っていた。
『こっ、こいつ!』
パイロットがようやく意識を復帰したが、時既に遅く。
目の前の白いモビルスーツが身を翻すと、下方からの衝撃と共に自分のモビルスーツが転倒した。
更に白いモビルスーツが跳び上がると、青く光るチェーンのようなものがモニターでX字に閃いた。
(殺されるッ⁉︎ )
思わずレバーから離した両手で頭を覆う。
だが、衝撃は左右から襲いかかった。
インジケーターによれば、両脚と、両腕を切断されたらしい。
「……な、な……」
恐怖にわななくパイロットにできる事は、仲間のモビルスーツが謎の白いモビルスーツに蹂躙されてバラバラにされるのを眺める事だけだった。
『強盗さーん! 聴こえてるー?』
ややあって喧騒が静まると、通信機から少女の声が聞こえてきた。
『今あんたたちをバラバラにしたモビルスーツのパイロットだけどー。死にたくなかったら、全員そっから降りてどっか行ってくんない?』
否応も無い。
パイロットはハッチを解放して飛び出すと、転がる勢いで逃走していった。
エオルの手でコンテナから取り出したコンバーターと、敵機の腹から抉り出したバッテリーを接続し、エオル自身にエネルギーを補充する。
ガスタンクも同様にひとつ残らず抉り出し、ポンプで繋いでエオルに補給した。
「いやー余りもあるし、また当分は持つねー」
「そうだね。比較的余裕があるし」
片膝立ちで補給を行うエオルを背に、メルデが陽光を浴びて背伸びをする。
シィルが厚着にサングラス姿なのは、長時間運転手役をやるための日射避けだ。
「でも、そろそろ専門家の整備が欲しいかな」
「エネルギーはともかく、部品の劣化が心配だねー」
なお、エオルAIのセルフチェックでは「部品の異常損耗箇所は無し」と出ている。
野戦ゲリラに所属していた頃では考えられない事だ。部品交換無しで一ヶ月も衰えること無く稼働し続けるモビルスーツなど。
「GUND-ARMって、そんなんだっけ?」
「そんな自己修復機能なんて、GUNDの代替スキンじゃあるまいし」
メルデの問いに、シィルが両掌をぐっぱと開閉して見せた。
GUND義肢の人工皮膚部は、多少の裂傷なら勝手に復元する形状記憶プラスチックが使われている。
「GUNDフォーマットが搭載されている以外はただのモビルスーツのはずだけど」
「そのはずなんだよねー。なんか新素材でも使ってんのかな」
ふたりで同時にエオルを見上げた。
「あーあ。隊長の連絡来ないかなー」
「《ドミニコス》の探査網が思ったより広かったのが、隊長の想定外だったのかも」
──着いてくるやつがいなくなったら、何処かに潜伏しろ! 折を見て合流する! わかったな!──
「こっちから隊長に連絡するのは、やっぱムリかなー」
「パーメットリンクを晒してあの地方に戻るのは自殺行為だよ」
「エオルをどっかに隠して探しに行っても意味ないしー」
「こっちから探すには広過ぎるし、アテも無さ過ぎ」
「じゃあやっぱり、この辺で潜伏して待ってるしかないかあ」
そして、定期的に同じ事をぼやいては、同じ結論に落ち着くと言う、詮無いことを繰り返していた。
「それとも、別方面から連絡できる方法を探してみる?」
「んんー。あとで迷惑かけそうな気がするなあ〜」
これも、定期的に繰り返してきた議題だ。
「隊長なら、なんとかしてくれるんじゃない?」
「エオルあっての《フォスフォロス》の存続の危機だしねえ。しょうがないかねえ」
「もう手は打ってるし、時間の問題だよ?」
「一ヶ月も待ったもんねえ。出たとこ勝負かなあ」
なおも歯切れの悪いメルデに、シィルがいきなり身につけていたマントコートを投網のように被せた。
「そんな事よりメルデ。トレーラーの運転代わって」
「えー⁉︎ やだよぉ⁉︎ 」
ぶかぶかのマントコートで簀巻きになりながら逃げるメルデとシィルの追いかけっこが始まった。
「──ダメだな。見つかんねえわ」
拠点に戻ってきたブランドンが、部屋に入るなり椅子の背もたれにジャケットを放り投げてぼやいた。
「お帰りなさい。……やっぱり地方全土を警戒されると難しいわね」
「しかもモビルスーツ同士の小競り合いも増えてやがるから、どれがアイツらの仕業かいちいち確かめきれねえ」
ソファにどっかりと身を投げ出して、サングラスを外して眉間を揉む。
ややあって、ヘレネがトレイにコーヒーを乗せて戻ってきた。
「どうぞ。砂糖も」
「ああ。ありがてえ」
スプーンで二杯ほど砂糖を放り込むと、適当にかき混ぜてカップをぐいと煽った。
ほう、と息を吐く。
「……なあ博士。エオルの寿命はどんくらいだ?」
「あの子達の事だから、燃料とかは適当に奪ってるでしょうけど、問題は関節と駆動系の劣化よね。もし毎日モビルスーツとやり合ってたら、もういつ異常が出てもおかしくない」
「だよなあ。さあてどうすっか」
その時、まるで図ったかのようなタイミングで通信端末が着信のバイブレーションを打った。
懐から引き抜いた端末の表示を見て、ブランドンの口の端が歪む。
「おいおい、コイツが元気でもなあ」
ぼやきつつ、受信操作をした。
『──おう、生きてたかよ』
「おかげさまでな。そっちこそアレの真下にいて無事だったのかよ」
通信相手は《バノヴィナ》のボス、ハイルブロンだった。
『なんの事やら。俺はただ戦争特需のワタリをつけてやっただけだぜ』
「いちいち小芝居打たないとハナシもできねえってのは大変だよなあ」
『なあに。これも仕事ってやつだ。労働は尊いぜ』
「はっは。それで、俺にも景気の良いハナシでも聞かせてくれんのかい」
『そうだな。是非ともお宅のおチカラを借りたいと思ってな』
「ほう? うちの取り扱い品目に、そんなイイモノあったかな」
『お宅の《魔女》の知恵を借りてえ』
遠慮して退出しようとしたヘレネを、即座に突き出した手のひらで制して止める。
そっと、端末をスピーカーモードに切り替える。
「……なんだと?」
『ああ、早合点すんなよ。なにも先生を寄越せってんじゃあねえ。データを送るから、そっちの魔女博士にイイ感じにスクラッチして欲しいんだ。前金はデータと一緒に送る。残りは仕上げと引き換えに資材物資の座標でどうだ』
ブランドンは、ヘレネの顔を見上げた。
ヘレネは気の強い質ではない。その瞳は、未だ困惑している様子だった。
「──少しだけ、時間をくれねえか。《魔女》さまは繊細なモンでよ」
『構わねえ。でも二、三日には返事をくれよ』
通信が切れた。
端末を懐にしまって、ブランドンは立ち尽くしているヘレネに、向かいのソファを手振りで勧めた。
おずおずとソファに腰掛けるのを待って、ブランドンは口を開いた。
「率直なとこ、どう思う?」
「……内容次第、としか。それに……」
言い淀んだヘレネに代わってブランドンが先回りに告げた。
「データストームを完全回避しろとか言う類いの無茶振りはしてこねえと思う」
「……本当に?」
「双子の事は誰も漏らしてねえ。周りは全員、ウチが兵か子供を消費してエオルを動かしてると思っているはずだ」
俯いたヘレネが悲壮に眉をひそめるが、今は無視した。
「それと、バックに《カテドラル》がついてるハイルブロンのヘソはなるべく曲げたくねえ。博士に無理な内容だったら交渉するから、受けさせてくれないか」
それでもヘレネは煩悶としていたが、ブランドンは辛抱強く待った。
──やがて、残りのコーヒーの湯気も立たなくなった頃。
「──分かった。受けます」
「ありがとう」
ブランドンが巨軀を折り曲げて頭を下げた。
夕暮れに塗れた半壊した街の中を、人々が影を伸ばして往来する中を、クレーンがついた中型トラックが走り抜けてゆく。
運転席でハンドルを握るのはメルデ。
シィルは助手席でタブレットを見つめていた。
着ている衣服は、古着屋で見つけた揃いの作業服っぽいもの。
ただしロゴマークの刺繍は細切れにして消していた。
いちばん小さいサイズでも、幾重もの袖捲りが必要だった。
「──あそこを左」
「はいよー」
シィルのナビゲートでトラックを走らせ、やがてたどり着いたのは、スクラップの山の麓だった。
「おっちゃん持ってきたよー!」
メルデがクラクションを鳴らすと、敷地の工房で作業していた老爺が振り向いて手を上げた。
「おーうガキども! 今度は何を拾ってきやがった!」
禿頭に巻き付けていたタオルを引き剥がし、筋骨逞しい肩にかけ直してのしのしと歩いてくる。
トラックを降りた双子と共に、荷台を覗き込んだ。
そこには、様々な機械部品がごちゃまんと積み上げられていた。
それらはモビルスーツの部品の数々である。
損傷の少ないモニターやコンソール、CPU基盤の束など、あるいはこの荷台一杯でコクピットのインテリアが一基組めそうなラインナップだ。
「なんか輸送道路の方で相討ちしたっぽい残骸があったからさ」
──もちろん、先日、二人が誘き出して返り討ちにした輸送車強盗のモビルスーツの残骸から拝借したものである。
「とりあえず、すぐにお金になる分だけ貰えます?」
「あいよ! 残りの見積もりは……明日にゃ出るからよ」
シィルに応えて老爺は荷台からモニターとCPU基盤数枚を担ぎ上げると、工房に運んでいった。
やがて、紙幣と貨幣を数えながら戻ってくる。
「ほらよ! いいトコ持ってくるじゃねえか! 残りも期待してな!」
「やった! ありがとーおっちゃん!」
「それじゃ。よろしくお願いしますね」
紙幣の束を握ってはしゃぐメルデと入れ替わりに、シィルがトラックのキーを老爺に渡した。
これがここ最近のふたりのシノギであった。
いくつかの条件が必要だが、スペーシアンが管理する輸送道路の近くにも自治都市は残りやすい。
スペーシアンの搾取は忌々しいが、輸送道路付近では道路の損壊を忌避して大規模戦争が起こりにくいからだ。
──だが、もちろん街が発展すれば、様々な種類の人間が集まってくる。
「よう」
人気の少ない路地に入ったところで、大柄なチンピラ三人がふたりの行く手を立ち塞いだ。
と同時に背後から忍び寄った別の少年がシィルの片腕と口を押さえ。
──後ろも見ずに振るったメルデの手刀が、指先の爪が、シィルを押さえた少年の片目を引き裂き、同じタイミングでしゃがんだシィルが、自らを押さえていた少年の背後に回り込み、手首をくるりと返して関節を締め上げ、空いた手で少年の口元を鷲掴みにした。
手刀を振るったメルデは止まらずその場で身を翻し──周囲の敵がこの場の四人である事を確認して──ポケットから小型拳銃を抜き出して、正面に立つ三人のうち右側の男の胸を撃ち抜いた。
銃声が、夕暮れにこだまする。
「な、……なっ……⁉︎ 」
最初に声をかけてきた男が狼狽する。
血塗れの胸を押さえて苦悶に倒れる仲間とこちらとを見返して。
「……な、なにもいきなり殺すなんてよ」
「死んでない」
薄笑いを浮かべるメルデは男の言い訳を一刀に斬り捨てた。
「……まだ、ね。すぐに医者に連れてけば、なんとかなるんじゃない? それに、本来死体になるのはわたしたちだった。違う?」
「ち、ちが」
ぼきん。と、鈍い破砕音が聞こえた。
「〜〜〜ッッ⁉︎ 〜〜〜ッ⁉︎ 」
見れば、シィルが捕らえていた少年の、握られていた手首が、これ見よがしに前に出されて、あり得ない角度に垂れ下がって揺れていた。
シィルがGUND義手の握力で握りへし折ったのだ。
手首を握り潰された少年は、シィルの片手で口を鷲掴みに塞がれたまま苦悶に呻き、指の隙間から唾と泡をこぼしていた。
この間、シィルは全くの無表情だった。
「あと、そっちの子は全身GUNDだから。──で。何が違うって?」
「ゆ、許してくれ⁉︎ このまま解散する!こいつを医者に連れて行かせてくれ!」
最初に声をかけてきた男は、完全に戦意を喪失したようで、しゃがみ込んで胸を撃たれた仲間の背に手を遣り、懇願してきた。
「そんなの、付き添いはひとりいれば充分でしょ」
メルデの目配せを受けて、シィルが押さえていた少年を男たちの方に突き飛ばした。
「……ひ、ひとり、って……?」
「あんたが怪我人二人を連れていきなさい。そいつらも、歩くくらいはできるでしょ」
残った左側の男に銃口を向けてから怪我人を示して、シッシと振った。
「さっさと行って! ……あんたは動くな」
無傷の男が怪我人二人に肩を貸して立ち去っていく中、最初に声をかけた男だけがその場に残された。
そいつは、完全に腰を抜かしていた。
「……ぉおぉ、おれ、俺は」
「聞きたい事があるんだよ。あんたたちみたいなのに」
そのために、ふたりはこの街で、ここしばらくわざと目立つように「仕事」をして稼いでいたのだ
「《バノヴィナ》にハナシを繋いでくれるひと、知り合いにいないかなあ?」