『AGP換装した金剛改二と長門型艤装を身に着けた戦艦・加賀がハチャメチャに暴れる話』泉浜鎮守府航海日誌 ダイヤモンド・フォートレス 作:沖野潤一
一.
静かすぎた。
提督の執務を終えて部屋の明かりを落とす。腹の底に溜まった妙な違和感が拭えない。端的に言ってしまえば、なにも無くて気持ち悪いと言っていい。
金剛が襲撃されてから、瀬戸内海は平和そのもの。他の地域にある鎮守府でも、敵との哨戒遭遇が増えたという話はない。大規模な戦闘も発生せず、海はずっと静かだった。
艦娘は変わらず海へ出て、そして
「不知火、このままでは哨戒任務のプロになりそうです。いえ、いっそなって見せます」
「やっぱり、気合い! 入れて! 見張っているから敵も動きにくいのでは!」
そんな声が出るくらいには、モチベーションを保ったまま活動できている。
士気は高いが、成果は上がらず。正確には成果が出ないこと自体が成果と言えるのだが肩すかし感が無いとは言えない。
なにしろ大規模な軍事的決起を想定して動いていたのだ。味方に砲口を向ける覚悟すら持って挑んでおきながら、特になにも起こる気配がない。だが、相手は確実にいる。
廊下を足音もさせずに、気配だけ歩いて来るような、そんな感覚。
本日の釣果、秋刀魚三尾、カツオが四尾。イワシ大漁。
天龍たちから上がってきた報告だ。毎日送られてくるこれを読んで落ち込むぐらいにはオレも疲れている。がっかりすると言えば一番しっくり来るか。
一応符丁にはしてあって、漢字が深海棲艦を示し、カタカナが普通の漁獲を表している。この場合、秋刀魚はただの駆逐イ級だ。組織的な動きをしていない
数字を見る限り、どうやら漁業のほうは順調らしい。
(あと二日……48時間と少しか)
八月十二日が終わろうとしている。夜が明けて、十三日、十四日が終わってしまえば、システム更改作業が開始される。つまり、決起を実行に移すと考えれば残り時間はもっと限られてしまうことになるだろう。順調に、期限が迫っている。
先日以来ずっと、腹の底にちくちく来る違和感は消えない。その違和感は、自分たちの見立てが果たして間違ってはいないかという疑問に帰する。
連中は、本当にこの二日で決起するのだろうか。或いは、起こすつもりだったのか。
なんらかの破壊的手段を用いて混乱を招くとして、それは艦娘が関与するのか。
なにかを――
あちこちから入ってくる情報は『いくつかの部隊が軍事的な決起を目論んで深海棲艦と接触し、その軍事力を決起に利用しようとしている』ことを示している。
陸上自衛隊時代の伝手――海自の一部部隊における不審な動きを掴んだ節がある。もう情報部が動いて基地に張り付いているらしい。
鎮守府出入り業者の元提督――艦娘用装備の流通網で通常はない妙な流れを見かける。あまりいい噂のない基地向けの燃料・弾薬の注文数が変に多い。
腐れ縁の提督――呉鎮守府に
そして、加賀。
金剛が襲われた夜、護衛も付けずに呉の港を出て、戻ってきた警備艇がいる。前後して呉鎮守府管内の海に深海棲艦どもが姿を見せなくなった。他の基地・鎮守府でもいくつか深海棲艦との交戦はあったが、泉浜の襲撃があったのと同時期に沈静化していると。
各地で深海棲艦が静かになった意味とはなんだ。そして、泉浜が襲われた意味は。
第一艦隊が戻ってきた朝、金剛は自分たちが囮ではないのかと心配した。しかし、今にして思えば――
(護衛棲水鬼の艦隊こそ囮で、反乱分子との接触を妨害させないための陽動だった……?)
事態を引っかき回すだけ引っかき回し、ついでのように金剛を痛めつけて去って行く。あとはだんまり。こんな情勢でなければ草の根分けて探し出しボコボコにしてやりたい。
或いは、この考えすら敵の思うつぼだったとしたら。
そこまで考えて、背筋を寒くした。
(もう、三ヶ月か……)
冷えた体を抱えて部屋に戻っても、心身共に温め合う相手はいま居ない。
任務のためとは言え、一番信頼できる相手を手元から動かすのはもうごめんだ。なにも無くても不安になる自分が嫌になる。そのうえ普通に寂しくて死にそうだ。
(――今日は寝よう。あと二日を乗り切るまで、こっちが参ったら負けだ)
廊下に差し込む月明かりと寄せる波音を身に纏って、居住棟の自室を目指す。
あと二日。
加賀が帰って来たら、最初になにをしようか。脳裏に浮かんだ加賀は、ほんの少しだけ不安そうな顔をしていた。
二.
くしゅん、と金剛が可愛らしく
「べぇっしょい!」
これはオレのくしゃみ。
「――ずび、テートク。
「お前こそな」
「
「ほれ、箱ティッシュ渡しとくよ。そろそろ、新しいの用意しないと……」
昨日、護衛艦の点検に立ち会っていたら急な雨でずぶ濡れになった。慌ててシャワーも浴びたし服を着替えもしたのだが、一気に体が冷えたのは良くなかったらしい。誰がどう見ても完全に風邪だ。幸いにも熱はないし、暖かくして栄養を取って耐えるしかない。
昼は食欲が無かったが、偶然手の空いていた龍驤がチーズリゾットを作ってくれた。
龍驤は一時期呉鎮守府からの潜入工作員として泉浜で給養員をやっていたことがあり、その時期に培った調理技術が遺憾なく発揮されている。公私ともに面倒を見てくれていた加賀がいない今、貴重なサポート要員だ。
夜は榛名が作ってくれた、たまごうどん。横に置いてあった謎の粉末入り瓶は捨てた。媚薬って貼ってあったし。一応入れるかどうか選ばせてくれるのが榛名のいいところだ。
というか、媚薬ってなんだ。オレを性的に興奮させてどうするつもりだ。
「ねぇ、テートク」
「なんだ」
「私が知らないだけで、ひょっとしてなにか動きがあったりしないのデスか」
「残念というか喜ぶべきというか、なにも動きはない」
「そーデスか……っくしゅ」
昨日も、そして今日も。海は平和だった。艦娘は思い詰めた顔で出撃していき、そして困惑とともに戻ってくる。その繰り返し。
本来なら望んだ状態だというのに、やはり心は晴れない。何ごともなく終わるのなら、それに越したことはない――元々自分たちは、そのために戦っているのだから、と納得をしようともしてみた。
それでも、自分のどこかが警告を発している。
(まだ、終わりじゃない)
日付が変わるまで残り一時間ある。
港に待機させた護衛艦『よいまちづき』はいつでも出航可能だ。艦娘たちも戦闘配備。あちこちで警戒に当たっている仲間たちも、刻一刻と迫るタイムリミットを待っている。
正直な話、落ち着かない。
こういう時に、提督はままならないと感じる。待つことも仕事のうちとはいえ、本来は体を動かしているほうが気も紛れるタイプの人種だ。かと言って、執務室でスクワットを始めでもしたら、それはそれで異様だろう。ままならない。そう考えると執務室で燻っているよりは、外へ出たほうがまだ良さそうだった。
「――金剛。少し鎮守府を見回りしてくる」
「外っていうか、海の近くはノーだからネ。また敵に襲われても知りまセンから」
「ああ、施設内にしておくよ。いつかのようにボコボコ殴られるのはゴメンだ」
出撃時と同じ通信用インカムを身につけて、執務室を後にする。建屋内は不要な照明が落とされているが、静かなのにざわついているような不思議な雰囲気だった。
恐らく、一番張り詰めているであろう格納庫に向かうことにした。
■ ■ ■
鎮守府建屋の一階、海に面した格納庫は熱気に溢れていた。
慌ただしく走る整備員。艤装の動作チェックをする艦娘。補給に走る隊員。そこにいた全員が目的のために全力を尽くしている。
泉浜は、
ここは、いい鎮守府になった。
思わず緩みそうになった頬を引き締めて見回していると、近くから物音がした。
正確にはくしゃみだ。
「うん?」
見れば、金剛の主砲で働いている妖精だった。壁のラックに掛かる金剛の艤装。通常は待機状態なら火を落としている主機が稼働している。いつでも出撃できるようボイラーも炊いて、臨戦態勢にしてあるらしかった。
忙しく働く妖精たちの中で、ひとりの妖精が何度かくしゃみをしている。
「――なんだ、お前もか」
風邪引きの自分と同じく、体調不良を押して頑張る姿に申し訳なさを抱く。
そもそも、妖精が風邪を引くことも知らなかった。艦娘は建造から時間が経って、経口摂取した有機物で肉体が再構成され始めると、人間と同じような体調不良を起こす。
金剛も、もうそんな時期になったのか、と感慨深い。
お大事に、と妖精に声を掛けて顔を上げると、見慣れた戦艦姉妹が準備していた。
「霧島。これから出撃か」
「あ、真田司令――お疲れ様です。これから私と榛名で出てきます。これで最後の出撃になるといいんですけど」
今日何度目かになる出撃になる霧島たちは、服もじっとりと湿っている。
「榛名、頑張ります。だから提督、お布団を暖めて待っていて下さいね」
「なんて言ったのか、ちょっと聞こえなかったなぁ?」
「夜の海で冷えた乙女の体を暖めるのは、愛する殿方の人肌と決まっています」
「入渠ドック焚いて待ってるよ、バケツも用意して」
「えっ!? そんな、一緒に!? 嬉しいです、でも、そんないきなり……積極的に……榛名、困ってしまいます。でも、真田提督となら……どこまででも……」
「霧島、変な精力剤とか盛ろうとしてるの見たら教えてくれな」
「は……はい……。あの、なんというか……申し訳ありません」
榛名の平常運転に、悪くもないのに責任を感じる霧島。いつもの光景だ。
(ああ、いつもの――)
(いつもなら――ふつう何をする?)
艦娘の日常。隊員の日常。そして、提督の日常。
艤装を身につけて出撃し、海を回り、そして帰投。
帰って来た艦娘たちは艤装を下ろす。決まったラックに懸架。同時に戦闘記録など各種データをケーブルから鎮守府側の管理システムに転送。連続出撃でもなければ、未使用の弾薬を取り外して記録と照合、格納する。そして、艦娘は必要なら入渠ドックへ。
艦娘を出迎えた隊員は、艤装の損傷状況、燃料弾薬の消費状況、その他もろもろ確認し整備作業に入る。接続した管理システムと艤装の管制システムとでバージョンチェックを行い、必要ならファームのアップデートを行う。
艦隊帰投の報告を受けた提督は、まず艦娘から直接受ける報告の前に、管理システムへアップロードされた記録を参照。システムに記録された戦闘記録との突合を行い、当該の出撃で取れたデータとして鎮守府の運営に生かしていく。
今回のシステム更改は、これら全ての効率化・最新化を目的としている。
鎮守府の運営のみならず、艤装の制御にも関係するシステムの更改。これが完了すれば本営は艦娘や鎮守府が不穏な動きをした際、頭越しに止めることができるようになる。
裏を返せば。
(システム更改の完了と共に、システムは本営が掌握できる――)
今回の騒動、キーはそこだけではないはずだ。現体制、あるいは世界のルールに不満を持つ人間と、艦娘の反乱。それを止めようとする呉本部、オレや他の提督。
(――待て。大事な、大事な要素が抜けている)
深海棲艦は、いったいどうやって攻撃してくる?
それを意識した瞬間、オレは夕張を呼び出していた。コール音がもどかしい。出た。
『はい、夕張です』
加賀用装備の最終調整をやっていたのだろう、夕張がやや張り詰めた声で応える。
この数日の弛緩した状況は、たぶん罠だ。根拠はなにもないが、勝手にそう確信した。
「夕張。泉浜の管理システム、先週のバックアップに戻せるか」
『え!?』
「できるのか、できないのか」
『――仮想化してますから、スナップショットが無事ならいけます。ただ、処理の負荷も凄いですし、データベースで不整合が出るかも……改装向けの情報や、開発中装備の試験データなんかも飛んじゃいますよ』
「データはローカルに落としていったん隔離。あとからデータ確認のうえで復旧させる。それと、陸との専用線接続って遮断できるか」
『――い、一応は。管理者権限でいけますけど、バックアップ回線は陸からも制御できるので完全には切れません。ねぇ提督、コレなんの話です?』
「よし、物理的に遮断だ。ケーブル切ると復旧が面倒だから、スイッチ強制的に落とせ」
『はぁ!?』
「説明する時間が惜しい。あと35分しかない――命令だ、落とせ。復唱」
『り、了解。夕張、バックアップ戻しと基幹スイッチのシャットダウンに入ります』
やることは山ほどある。
「――まずはこいつをなんとかしなきゃ、だな」
ウェポンラックに架かったままの金剛の艤装。繋がった通信用ケーブルを引き抜いた。ついでに近くの隊員を呼びつけて隔離するよう指示しつつ、執務室の金剛を呼び出す。
『お疲れ様デス、テートク。
「金剛。こちら真田。これから全体アナウンスするが、恐らく敵の狙いが判明した」
『
「部屋から出るな」
『て、テートク、ひどいデース』
「理由は後で話す。お前はとにかく、執務室から出ないで全館への指示出しを頼む」
『りょ、了解デース。くすん』
「泉浜鎮守府、各員に達する。当鎮守府はこれより特海のシステム網から一時的に離脱、管理システムの強制巻き戻し作業に入る」
時間がない。現時点での
それでも、ことが起こる前に気付けたことは大きい。これでなにもなければ、明らかに提督の領分をはみ出した行為の責を問われる可能性が高い。
だが、なにかあったとしたら――
(今の判断が、作戦の成否を分けるかも知れない)
それにしても、だ。
(もし読み通りの展開を深海棲艦側が狙っていたとしたら)
そんな
反乱のため深海棲艦と手を結ぼうとしていた連中なんて、完全に手玉に取られている。軍事力を借りるどころか、深海棲艦は最初から人間の内輪もめを利用するつもりだ。
(間に合うか……?)
間に合わせなくてはいけない。もしかしたら、泉浜は最後の砦になるかも知れないのだ。
この国の人間が、これからも深海棲艦と戦うための。そのために必要なことは――
「金剛。天龍たちに連絡。しばらくは別命あるまで島外で待機しろと伝えてくれ。それに摩耶と鳥海の改装は進めていい。いま夕張に優先してシステムの巻き戻しをさせる」
一気に言ってから、オレは最後の札を切ることにした。
「それと――習志野の『隼』に連絡を取ってくれ」
泣いても笑っても、その時はやってくる。
そうして、ついに泉浜鎮守府は、8月15日――0時を迎えた。
三.
とある南方の海のとある海域で、日付が変わった。
変わってから数十分経ったように感じる。手元の時計を見ると、だいたい合ってた。
あれこれ変なウワサは流れていたけど、結局特になにも起こらず。まぁ、なにもないに越したことないんだけども。連続出撃手当てくらいは、提督に出してもらいたいねぇ。
「ねぇ大井っちぃ。あたし、ちょっち主機の音が怪しいんだわ。整備員に見てもらいたいから、ちょーっと哨戒変わってくれない?」
「はいっ! 喜んで! ちょっと待って下さいね!」
船で休んでた大井っちが、慌てて駆けつけてくる影が見える。月明かりと警備艇の照明だけだと、やっぱり夜は暗くて好きになれない。
週末はせっかくの非番だし、大井っちとウインドウショッピングでもいこう。
「お待たせ、しましたっ! 北上さぁん!」
「おー。早いね」
海水面アプローチ前の確認行動もそこそこに、甲板で蠢く大井っちが。魚雷を手すりに当てやしないかこっちがヒヤヒヤする。
「慌てないでゆっくりやんなー。海もあたしも逃げないからさぁ」
「海はどうでもいいですけど、北上さんはふらっと逃げちゃうじゃないですか!」
「あっはっは」
「笑いごとじゃありません! いま、そっちにいきまがふぁおッ……!」
「大井っち!?」
私のほうへ向けて海面へ飛んだ大井っちが、
「え、ちょっと」
ばしゃばしゃと大井っちが消えた付近に近付くと、水面下でうごめく
大井っちが必死の形相でもがいている。
「な、なんで」
慌てて水面へと手を突っ込んだ。動揺している大井っちの腕を取るのに相当苦労して、あたしはようやく彼女を掴むことができた。腕を支えに大井っちが海面に顔を出す。
「ぶはぁ! っげほ、げほ……!」
「大井っちどうしたの。艤装でも付け忘れた?」
「げほっ、ちが……」
「ああ、いいよいいよ、まずは落ち着いて――おおい、船務長ぉ、いる~?」
このままでは引き上げられない。様子を見ていた船上の隊員に声を掛けて助けを呼ぶ。
通常、艦娘が海面に浮いていられるのは艤装のおかげ。まぁふつうは靴とかに相当する部分に問題なければ、主機なんかが生きてなくても立っていられる。
沈むのは艤装と艦娘の両方にダメージを受けて、浮力が無くなった時。だから戦闘で、艤装が大破した上にあたしたちが傷付いた時が一番危ない。意外と根性で生き残れたりもするんだけど。
じゃなくて。
じゃあ、傷付いても艤装がぶっ壊れてもいない大井っちが沈みかけたのはどうして?
「そこのちっこいの、大井っちを支えんの手伝ってくんない? 腕が攣りそうなんだわ」
どのみち、艦娘ふたりがかりでないと大井っちの救助は無理そうだと判断。船上にいた駆逐艦を呼びつけた。
と、その子が海面に下りた瞬間、派手な水音がした。
「……嘘でしょ?」
誰だか分からない駆逐艦が、大井っちと同じ状態になった。
あたしは激しく混乱した。
「なんで? これ、どうなってんの?」
無傷の艦娘が浮けずに沈む。悪い冗談だ。
「ちょっと阿武隈、戻ってきてくれない? 緊急事態。そう、すぐ」
みんな混乱している。メンテナンスもそこそこに、慌てて駆けつけた阿武隈が高周波と共に海面へ飛び、そして水中に落ち、見えなくなった。
「もうアンタら下りて来ちゃダメ! 助けなきゃいけない子が増えるだけだよ、これ!」
船にいる艦娘たちへ叫び、なんとか駆逐艦の手を掴む。文字通り手が足りない。
異様な通信内容に哨戒から戻ってくれた加古っち、古鷹っち。これまた、異様な光景を目にして絶句する。そりゃあそうだ。艦娘が溺れるところなんて普通見ることはない。
「お願い、溺れてる連中をなんとかしたげて」
大井っちをなんとか舷側の回収用ワイヤーに引っ掛ける。
「げほ、えほッ……きたかみ、さん、あたし」
「もう大丈夫だよ、大井っち。すぐ引き上げたげるかんね」
気丈に微笑むところを見ると、取りあえずは大丈夫そうだ。彼女の救出は隊員に任せていまどうなっているかを確かめないと。
マズい予感がしてきた。
船に駆け上がり、混乱しているブリッジへと飛び込んだ。
――待った。なんで
見回して気付いた。普段いろいろ点いてるモニターがなんにも映していない。通信士が戸惑いの顔で呼びかけ、観測員がレーダーをいじくっている。
あたしは、唯一生きていた直通回線を繋いだ。近くの護衛艦で指揮をとってる提督に。
「提督? あたし、北上。これ、どうなってんの」
呼びかけに返ってきたのは、同じような戸惑いの声だった。
「
通信は不通。観測機器類は死に、動力系にも異状が見られるらしい。
「ひょっとしてさぁ」
そう言えば今日は、各種システムの更改だった。いろんなとこで動いてるプログラムを一斉に入れ替えるなんて、不用心っていうか大胆っていうか、なんて思っていた。
なにか、失敗したんではなかろーか。
「ほら、プログラムの入れ替えするって言ってたじゃん。あれで
そうだとしたら大ごとだ。確か艦娘の艤装にも使われている。さっき海に沈んだ艦娘は整備のときにプログラムが入れ替わってしまったのではないか?
だとしたら、いまうっかりシステム更新してしまったら、あたしたちは戦えなくなる。
「でもさ提督、プログラムの入れ替えなんて母港戻ってからやるじゃん? いま護衛艦で動いてるやつとか、あたしらの使ってるやつがおかしくなるの、変だよね」
ちょっとしたモジュールの入れ替えなんかならまだしも、動いているプログラム自体をどうこうするなんて、普通――まして、軍事システムの更新でやると思えない。
「だって、そんなんさ」
動いてるプログラムがおかしくなるなんて、まるで――
そう言おうとして、いちばん考えたくない可能性を思いついてしまう。
その時。
「お?」
ふと、ひとつだけまだ生きている機器があるのに気付いた。
「遠隔偵察カメラ、動いてるじゃん」
艦娘の水上偵察機に小型カメラを載せて、護衛艦側から目視で確認するシステムだ。
艦娘の視覚共有は多くの情報が得られるけど、本人以外には見えないし不便。こっちは距離に制限があるけど汎用的に使えるので、割と最近テスト的に使い始めたものだ。
「やっぱ、管理システムに繋いでるとダメなんだねぇ」
阿武隈が飛ばした水偵は、少し遠く、あたしたちの部隊がいる海域より先を見ている。夜の暗闇は白黒でしか見えないが、これも後々、技術が発展すればカラーになったりするのだろうか。
ふと、黒々としたなにか――塊が映ったように見えて、あたしは目を凝らした。
「――ちょっ」
水偵に乗せたカメラから見える、リアルタイムの映像。敵勢力下に入ったせいで通信が妨害され、映像が乱れる。そして、消えた。
いま最後に映っていた
「ねぇ……提督、ちょーっとヤバくない、これ……?」
提督の答えはない。
「コンピュータウイルスで鎮守府全滅なんて、シャレになんないから、やめてよね」
動いてるコンピュータシステムが動かなくなる原因なんて、まさにそれじゃないか。
いつの間にか静まりかえっていたブリッジで、あたしの震える声だけがこだました。