『AGP換装した金剛改二と長門型艤装を身に着けた戦艦・加賀がハチャメチャに暴れる話』泉浜鎮守府航海日誌 ダイヤモンド・フォートレス 作:沖野潤一
一.
「て、テートク。私、最期に言っておきたいことがありマース……」
執務室横の休憩室、仮眠用のベッドで弱弱しく金剛が
「なんだ、聞いてやる」
手元のタブレット端末で執務をこなす。デジタル化の恩恵は場所を選ばず仕事ができるようになったことだが、果たして良いことなのか悪いことなのかは判断しにくい。
ともあれ、おかげで金剛の看病をしつつ事態に立ち向かうこともできる。良いことだ。
「正直に言うと……一年前に加賀がいなくてテートクが弱ってた時……既成事実を作っておけば良かったと後悔してるデース……あの時もっと押しておけば……」
「よし、冗談を言う気力はあるな」
「
よよよ、と鳴き真似をする金剛をベッドに戻して、通信機に呼びかけた。
「検査のほうは結果でたか、夕張」
『いちおう出てます。現段階では――艦娘が罹患する、人間で言うところの――』
「ところの?」
『風邪です』
夕張の溜めた答えに、思わず肩を落とした。ようは、体内に入ってきた異物を排出する
「細菌とかウイルス性なのか」
『そこまでは、なんとも。人間だって、風邪の諸症状だけなら大した検査結果は出ないでお薬出しておきますねー、お大事にで終わりますよね』
確かに、風邪で病院に行っても大抵はそうだ。喉の腫れを見られて聴診器で心音呼吸を聞かれて、自覚症状を確認されたらおしまい。あとは薬局で薬の処方。言い換えれば――
「少なくとも、
『そうです』
「――ふむ」
となると、ただの風邪と片付けるのは早計と言える。対処方針は風邪と変わらないが。
ようは、隔離と養生だ。
「艤装のほうは明石が見てくれてんのか。なんて言ってた?」
『ちょっと隔離が遅かったみたいです。一部を除いてほとんどやられてるって』
8月15日。いわゆる終戦記念日に日付が変わった直後だった。
まず、防衛隊の基幹システムと繋がっている機器に異常が出始めた。システムの更改が始まったのもつかの間、それらは全てプログラムが書き換えられた後――沈黙した。
続いて、整備のため鎮守府の管理システムに繋がっている艤装が動作異常を起こした。火器管制システムは動かず、主機は止まり、艦娘が海に浮く能力さえ奪ってしまった。
最後に、通信網にも影響が出た。これは通常通信が混乱したものの、複数の手段が用意されているので程なく収まった。おかげで、これらの事態が全鎮守府・全基地で起こっていることが分かった。
事前に気付いて回避を試みた泉浜鎮守府のシステムは、幸いにも鎮守府としての機能に影響は少ない。ほかの鎮守府でも同様に
問題は、今の金剛――そして、彼女の
「まさか、艦娘どころか
『妖精は別に
ここ数週間、敵と接触した一部の艦娘と艤装の妖精に、風邪のような症状が出ている。ちょうど、金剛のように。
艦娘はただの体調不良程度だが、艤装のほうは動作不良を起こし――システムの更改で動かなくなった艤装と同じような状態になっている。
加えて、この症状は感染性――つまり、鎮守府全体に広がっているらしい。泉浜も例外ではなく、管理システムだけがほぼ無事という悲しい状態だ。
つまり今、この国にまともな戦いが出来る艦娘も、鎮守府も殆ど
「金剛の面倒はオレが見るから、お前と明石で陣頭指揮を執ってくれ」
『明石さんにやらせちゃっていいんですか』
「今いちばん確実なのは、技術屋が復旧できる最大範囲に合わせて動くことだろ。上手く回さないと一発でお釈迦になる。そうなったらアウトだ」
『――はい』
改装のために隔離していた摩耶、鳥海とその艤装。
別働隊として動かしていて無事だった天龍、龍田、電。
そして――加賀。
「揃えたカードは少ないが、なんとか勝負できるところまで持って行ってくれ。頼む」
『了解しました。それじゃ、頑張ってきます!』
通信を切ったオレの横顔を、金剛がのぞき込む。
「ねぇテートク」
どうした、と言う代わりに首を傾げてみた。ノドが痛いのであまり喋りたくないのだ。
「どうしてテートクはここにいるデス? 私のこと、看病してくれるのはとっても嬉しいデス。でも、これからきっと大変なことになりマス。ちゃんと今から準備しないと――」
なんだ、そんなことか。くすりと笑ったのが気に入らないのか、金剛が膨れた。
「もう! あなたは泉浜の提督デス、お仕事サボっちゃ
真面目に怒っているらしい金剛の布団を、なるべく優しく叩く。
「お前、オレに
「――え?」
提督は、正確にはもう
「なんだ、知らなかったのか。提督の身体は艦娘と同じようなもんだから、お前の風邪をもらったんだよ。ここ数日、ずっと執務室で秘書艦してくれてただろ」
くしゃみをしながら。
「そんな――それじゃあこの風邪、護衛棲水鬼から……?」
「多分、お前の艤装をぶっ壊した時だろうな。艤装経由で感染したんだろう」
「――最ッ低デス。次に会ったら、やっぱり思いっきり殴ってやりマス」
そう言って拳を鳴らす金剛。こっそり武闘派なあたりは、さすが霧島の姉という感じがする。ちなみに霧島たち本人に風邪症状は出ていないが、やはり艤装が駄目だった。
戦力は半減以下。状況もどうなるか不明。提督は病気。それでも――希望はある。
「電は早めに天龍たちと合流させたし、摩耶や鳥海も今のところ症状は出てないそうだ」
だから心配するな、と言おうとしたときだった。
「テートク、ケータイに
発信元の表示を見る――御影提督だ。
彼とは防大時代からの同期で、一年前までは比較的よく
そんな彼がこんなタイミングで直接掛けてくるのだから、まず良いニュースではない。
大人しく携帯を手に取り、開口一番。
「ささやかな希望をぶっ潰すために、わざわざ連絡寄越したんじゃないだろうな」
スピーカーからの返事を待つ。
『久しぶり。いや、誤解だよ真田クン。少々重い話をすることに変わりはないけどね』
相変わらずの調子に、こちらは苦笑することしかできない。
「手短に頼む。こっちは時間も人手も、資材も足りないと来てる」
『了解。取りあえず、今送った動画を見てくれ』
手元の端末に転送されてきたのは、再生時間にしてわずか一分程度の動画ファイルだ。簡単なチェックのあと、再生をしてみる。
「これは?」
『つい小一時間ほど前、パラオ泊地北方の海域で撮影されたものだ。システム更改ならぬウイルス感染で大騒動になっている真っ最中、水偵に取り付けたカメラが捉えた映像さ』
「ああ、南方でテスト中とかいう」
なんの変哲もない夜の海の映像が数十秒続いた。ただ波打つ平和な海が――と、動画の残り時間が十秒を切ろうかという時、異変が起こった。鮮明だった映像が乱れ始める。
『深海雲の影響下に入ったのか、それとも通信妨害か――いずれにせよ、そのすぐあとに映像は途切れてしまう。見て欲しいのは、途切れる寸前――ほら、ここだ』
御影が言った瞬間の映像を見て、オレは眉をひそめるしか出来なかった。
黒々とした塊が海の向こうに見える。次の瞬間、画像が乱れ、動画は終わって――
「――なるほどな、悪い冗談だ」
『だろう?』
「これが『少々重い話』だって? これで
映っていたのは深海棲艦の大艦隊だろう。なんの目的もなく、ヤツらが集団で行動することはない。人類側に艦娘という戦力がある以上、それがほぼ無力化に近い状態とあれば攻めない道理はない。これは絶好のチャンスだ。
だが、ヤツらはあまり陸を攻めない。島を占拠するケースは多々あるが、島国とは言え日本を丸ごと占拠するとは考えにくい。
だから、こっちにやってくるのなら、必ずターゲットが決まっているはずだ。
「やつらの――深海棲艦の狙いは
思わず頭を抱えるが、意外にも御影はあっさりと予想を披露した。
『予想されている標的は、豊後水道を抜けて呉、回り込んで佐世保ってところかな』
「分かりやすいって言えば分かりやすいが――」
御影の口にした地名はあまりに明白。つまり狙いは、旧帝国海軍鎮守府ということだ。
「根拠は?」
『その動画の水偵が捉えた艦隊、位置からの予測進路がだいたいその辺り。それに――』
「それに?」
『
父島と言えば小笠原方面。こちらが中国・四国・九州ならば、そちらは――
「
呉、佐世保に向かう西寄りの艦隊と、横須賀を狙う艦隊の二手に分かれたと考えるのが自然だろう。下手をしたら舞鶴も危ないかも知れない。
『そうだろうね。今のところ日本海や東北方面に向かう敵艦隊は目撃されていないけど、歴史的経緯や戦力を考えると……彼らが狙うのは横須賀、呉、佐世保だろうね』
正直に言って、状況は絶望的だ。拠点を狙ってくる大艦隊に対して、武器も装備も兵站すらもボロボロ、動ける艦隊が果たしてどれほどいるかも分からない。
「復旧作業はどうなってる。呉から出せる艦隊はないのか」
『今は配下の鎮守府から、生きてる艦娘と装備をかき集めてる。ちなみにウイルスは対応方針も決まって、技研でワクチンを生成してる……全鎮守府へ行き渡る量は無理だけど』
「ワクチンが出来たとして、出撃できるようになるまではどれぐらい掛かるんだ」
『いま集めようとしてる艦隊分ぐらいなら、18時間ぐらいでなんとかなる――かな」
「深海棲艦が近海に到達するまでは、甘く見積もって一日……ワクチンを待ってる余裕はないな。近海まで攻めてこられたら本土決戦だ。十年前の再来ってわけだ」
『そうだね』
数秒の沈黙が流れる。
『行くのかい』
さして気まずくもない沈黙を破ったのは、御影のそんな言葉だった。一年前、出撃するオレに掛けたのと同じなのに、まるで違う言葉。
あの時の、止めたい思いと諦めの混じった複雑な声ではない。前を向いた、それでいてこちらを気遣う暖かさに満ちている。
「泉浜が出撃して、北大東島から北東の海域に布陣。絶対防衛ラインを設定する。あとは可能な限り時間を稼いで、迎撃態勢が整うまで戦線を維持……ま、こんなとこか」
『僕の艦隊は適当に陸自へ見張りと対処を引き継いで、呉と佐世保に回しておくよ』
御影の艦隊は陸軍艦娘をメインに構成されているが、彼のパートナーであるあきつ丸を含めて、決起の見張り役に回されている。
各地に散った彼の艦隊が戻れば、泉浜が壊滅したとしても最後の一押しを防ぐぐらいはできるだろう。ひとつ懸念事項が消えて、オレは胸をなで下ろした。
「横須賀はどうせ自分たちでなんとかするんだろう?」
『あのひとたちなら、やるさ。
以前会ったことがあるが、底が見えない人だった。まぁ、それはいい。
「取りあえず後ろから刺されないように、呉と松山はきっちり押さえといてくれ。特に、松山は死守して欲しい」
『了解。頼んだよ。スパルタここにあり、ってところを見せてくれ』
「オレはレオニダス王じゃないし、死ぬつもりもないよ。加賀のサポート、よろしく」
話し声と波音だけが聞こえていた執務室に、再びの静寂が訪れた。
「ん」
ふと、袖を掴まれる。金剛だった。いつの間にかベッドから起きたらしい。
「テートク」
横で聞いていた金剛にも、だいたいの事情は伝わっただろう。もとから予想されていたこととは言え、司令官というのはなかなかに辛い。時にはこうして、残酷で厳しいことを言わなくてはいけなくなるのだから。
しかし、こちらが口を開く前に、金剛が先に動いた。
「私、第二次改装……受けられるのデス?」
「ああ――」
本来、今回は彼女を含めて金剛型四姉妹を全員改装する予定だった。
しかし問題があった。改装用艤装フレームの在庫が無いことだ。システム更改の関係で出荷が差し止められていたところに、この騒ぎ。正規品で全員の改装をするには、必要となる資材がない……金剛を中心とした艦隊編成を考えていたオレたちにとって、あまりに痛すぎる問題だった。
元々使っていた艤装が生きていれば使えたのだが、ウイルスの感染源となっている以上むやみに使うことは出来ない。妖精が動いてくれなければ艤装の能力は半減以下だ。
だが、希望はある。
「――一年前の作戦、覚えてるな」
「はい。あの時は大変だったデス」
「あの作戦で使った、
「それって……」
つまり、金剛型ひとりだけ、改二艦娘として出撃させることができる。
「今お前に出てる風邪の症状は、改装した時点で十中八九治癒することが判明している。他の鎮守府で試験的に実施した結果、ほぼ問題ない状態に持って行けている」
金剛か、榛名か。オレの中では、とうの昔にどちらを出撃させるか答えが出ていたし、金剛もそれを受け入れてくれるだろう。
だから、その言葉はまっすぐに伝えることにした。
「金剛。これからオレは、お前に命令をしなきゃいけない」
「――テートク」
「はっきり言って、これは無茶な命令だ。それでもオレが提督で、お前が艦娘である以上……オレには、こうすることしか出来ない」
泉浜第一艦隊は、これから数十、或いは数百の深海棲艦を食い止めるため出撃する。
そして、艦娘である彼女たちがそれを受け入れてくれることも分かっていた。
「テートク。私、あなたの艦娘デス。だから、あなたの命令ならなんでも聞きマス」
ほら、彼女たちはこう言う。心から。それが使命だと信じているから。
正直な話、オレは彼女たち艦娘のこういうところが大好きで、
さっきまで
泉浜鎮守府は、はぐれ者だ。
出世コースどころか、厄介ごとを詰め込んだ箱の守人を買って出るしか、生き残る道のなかった提督、そしてそのパートナー。そんな提督だと分かって付き従い、一緒に戦ってくれている艦娘たち。そんな鎮守府だと知りながら、それでも
その全てが愛おしい。その全てを失いたくない。もう、何も失いたくはない。
だから、オレは、泉浜鎮守府の提督として金剛に命令する。
「絶対に生きて帰れ」
「
当たり前の話だ。人間は、オレたちは――そして、対特殊海棲生物海上防衛隊は、まだ誰も諦めていない。御影も桂も、呉本部の連中も、そして佐世保も横須賀も。
戦って、護りきる。
「沈むことは許さん。作戦を完遂し、その上で必ず戻って来るんだ」
諦めない人間のしぶとさを見せる時だ。
「――でも」
「お前らしくもない。右ストレートでぶっ飛ばす、それが金剛型だろ」
「……! ハイ!」
比叡も、榛名も、霧島も。それぞれ違う姉妹だというのに、根底にはしっかりと通った芯がある。金剛型戦艦という誇り。国を長きに渡って、最後の最後まで支えた彼女たち。
ひとの身を得ても変わらない強さ。オレは、それに賭けることにした。
「金剛。今回の出撃、旗艦はお前だ。第一艦隊を率いて防衛ラインを死守。そして――」
「――必ず帰る。デスね?」
仕方ない、という顔の金剛。
と、その顔が急に思案顔になったかと思えば。
「テートク。ひとつお願いがありマース」
「……なんだ。なんでもする、とは言わないぞ」
「この出撃、とっても大変な戦いになるデス。だから、みんなにご褒美が必要ネ。それもうんと
「お、おう」
「嫌とは言わせないデス」
ここまで言ってくるとは考えておらず、詰め寄る金剛に壁際まで追い詰められた。
背水の陣ならぬ壁際袋のネズミ。
上目遣いの金剛に、思わず口走ってしまう。
「ね……粘膜接触を伴わないことなら、可能な限り希望に添うよう努力しよう」
そんなオレの言葉を聞いた金剛、にぃと笑って身を引いた。
その手には携帯端末。
「言質取ったデース」
「あ! お前!」
「フフン。テートクは結構こういう押しに弱いの、もう私も知ってマース」
まさかそう来るとは思っていなかった。既に加賀というパートナーがいる身としては、先ほどの発言は非常にまずい。キスだのなんだのを封じる意味で敢えて言った言葉だが、裏を返せばそれ以外なら
「これ、とっても大変なことを許可したみたいに聞こえるデス」
「やめろォ!」
「音声加工するのも面白そうデスネ」
「あああ……」
思わず天井を仰いだオレの胸に、軽い衝撃が走る。金剛が不意を突いて飛び込んで来たのだ。
これも予想外の行動だったが――
「――約束ネ、テートク。だから、あなたも無事でいて下さいネ」
金剛が口にした言葉は優しく、そして同時に、呪いにも似ていた。
「あなたがとっても素敵で、そして――艦娘のために死ねるひとなコト、知ってマス」
こうしてオレは、自分の命令を自分で守らざるを得なくなった。
生きて帰る。
果たしてそれが叶うだろうか。その道のりは、あまりにも険しく立ちはだかっていた。