『AGP換装した金剛改二と長門型艤装を身に着けた戦艦・加賀がハチャメチャに暴れる話』泉浜鎮守府航海日誌 ダイヤモンド・フォートレス   作:沖野潤一

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『ダイヤモンド・フォートレス』

一.

 

 護衛艦『よいまちづき』の機関が唸る。いつ聞いても頼もしいガスタービンエンジンの咆吼は、オレを含めて乗り込んだ全員を勇気づけた。

 よいまちづきは、艦娘への戦闘支援目的でおおすみ型輸送艦に()()()()戦闘支援能力を持たせたような『ゆめみづき』型の護衛艦。元々揚陸艇(LCAC)向けに使われていた艦尾門扉からの艦娘の出撃・回収が可能で、多くの鎮守府において主力として運用されている。

 金剛たちが出撃した今、艦に出来ることはひとつ。

「艦長、金剛は予定通り一旦反転させる。敵艦の布陣は?」

「目視によれば、輪形陣は崩れてません――指揮所より格納庫、作戦第一段階の準備状況知らせ! 送れ」

『格納庫より指揮所。作戦第一段階、第二段階ともに準備完了。第三段階は最終調整中』

「了解。指示あるまで待機」

 人間の手で、深海棲艦に直接傷を付けることはできない。あくまで艦娘や、艦娘が運用する兵器群にしか攻撃能力はないからだ。

 しかし、対特殊海棲生物海上防衛隊には設立当初から行われている訓示がある。

 提督は、艦娘を知り、敵を知り、そして人間の限界を知れ。知った上で、その範囲内で死力を尽くせ、と。

 敵の息の根を止めるだけが戦闘ではない。この十年で数多の提督たちが尽くした手が、艦娘を支援する方法が、自分たちにはいくらでもある。

 モニタ上では光点でしかない艦娘たちが今、戦闘に入った。

「よし、艦長。第一段階から順次始めてくれ」

 作戦は支援スピードがものを言う。元々たった六隻しかいない艦娘に持久戦をさせるのだから。無理を承知と言っても、そのツケは払う必要がある。

「了解。艦長より『よいまちづき』全乗組員へ達する――真田提督の許可が出た、今年度予算を使い潰すつもりでやれ!」

『了解!』

「第一段階、煙幕撒布開始! 第二段階は効果測定後に開始を予定!」

 スピーカーから背後の歓声まで聞こえる。隊員もよほど鬱憤が溜まっているらしいが、気持ちは分かる。よく分かるだけに、この防衛作戦の重要性と()()()()の鎮守府運営とを天秤に掛けてしまい、苦笑する。

 そう、この戦いは、『これから』を護るためのものなのだから。

 第一艦隊の編成は、旗艦金剛。対空と砲雷戦闘要員として摩耶、鳥海。近接戦闘要員の龍田と天龍。各艦娘の支援と対潜要員の電。頼もしく、そして心もとない六隻。

 金剛、摩耶、鳥海の三隻はいわゆる改二改装を施してある。加えて、金剛は強化型装備である特殊仕様艤装(Advance Garment-Perfection)――通称『インドラ・改』を搭載した決戦仕様だ。特殊な可動式の防楯型バルジが取り付けてあり、艦隊を護る盾として機能する。

 その他、艦娘たちには載せられるだけの装備を載せてあるが、結局のところ数の論理に対抗できるほどの戦力は持ち合わせていない。

 故に、人間側でどれだけ戦場をかき回せるかが勝負になるだろう。

『第一艦隊、反転デース! 目標(Target)を十時方向の戦艦棲姫に! 以後目標(Target)(Alpha)と呼称!』

 金剛の通信が飛び込んできた。同時に、彼女の示した(Alpha)がモニタに図示される。

 周囲と比べると若干、護衛役の艦が()()。取りあえずの狙いとしてはいいだろう。

 とにかく敵の艦隊行動を乱して、進行を少しでも遅らせる。深海棲艦が同士討ち上等で攻撃してくるかどうかは定かではないが、敵を盾にできるぐらいの乱戦が理想だ。

「艦長、第二段階はこのAを起点として、反転する金剛たちの進路上を主目標に設定を。以後、次発以降は金剛の進行に従って順次発射を頼む」

「了解。発射準備に入ります」

「金剛、こちら真田! 確認済みの姫級には(Bravo)から(Mike)までこちらで設定した。なお、護衛棲水鬼は(Yankee)とする!」

 ターゲットの呼称をそう伝えると、金剛から苦笑いの声が返ってきた。

『Hey、テートク……ちょっとお行儀が悪いんじゃナイ? ――了解デス!』

 恐らくこの戦闘、遊撃隊として動いているであろう護衛棲水鬼。彼女は必ず、もう一度金剛を狙ってくる。作戦を妨害しようとする意図と、それに――。

 そして、第一段階の仕掛けが発動した。

「第一段階、無人揚陸艇の現場海域到着を確認! 発煙弾、発射開始!」

 遠隔操縦の小型艇にスモークディスチャージャーを搭載し、敵艦隊に突っ込ませる。

 無論多くは撃破されるだろう。だが全てではないし、沈められたと言ってもしばらくは現場で煙を吐き続けてくれる。相手の注意を分散し、そして視界を遮る。

 煙幕は、第一段階だけではない。

「第二段階、誘導弾発射! 1番から20番まで一斉発射、急げ!」

 よいまちづき装備の垂直発射装置(VLS)から放つ誘導弾――本来はこのような使用を想定したものではないが、既存兵装の利活用法として緊急避難的に編み出された、()()()()()だ。当然、護衛艦のセル数しか発射もできない。40セルのうち、いま半分を使い切った。

 はっきり言って、敵の動きは鈍い。

 完全にこちらを()()()いるのか。

(それならまだ、こっちに勝ち目もあるが――それは絶対に違う)

 今は()()()()。だからこそ、()()()()()()()動かなくてはいけない。

 ――敵は泉浜――或いはどこかの艦隊が来ることを読んでいた。これが足止めを狙ったものであることも分かっている。単なる牽制は無視される可能性が高い。これだけの数が揃っているのだから、多少の損害など放っておいて進むほうを選ぶだろう。

 ――敵に一度交戦した護衛棲水鬼がいて、すでに金剛たちの性能は押さえられている。編成も、長距離砲撃できる戦艦が金剛ひとりで火力に難があることもバレバレ。

 ――敵は空母を温存しているらしいが、いつ頭上を敵機が埋めてきてもおかしくない。こちらには航空戦力のひとつも持ち合わせておらず、敵の飽和攻撃に晒されたら終わり。

 せめて赤城がいたら、という思考は捨てなくては。こちらは、彼女を含めて今戦えない艦娘たちが来るまで、なんとしても防衛ラインを維持しなくてはいけない。

 この防衛ラインにはもう一つ、死守しなくてはいけない理由がある。

 ――戦艦大和の沈んだ海域だ。

 理由は今もって不明なものの、坊ノ岬沖は一種の聖地のような状態になっている。

 ごく一部の人間と艦娘だけがアクセスできる場所。敵も隙あらば狙ってくるその海域に行かせないことも、今回の出撃目標に掛かっている。

 いずれにせよ、オレたちの任務が達成困難なものであることに変わりはない。

 だが、やりようはある。

「艦長、第三段階のほうはもう向かって来てると思うが、司令部に催促を」

「了解。こっちで標的指示ができるようにはしてますが、もう一度確認します」

 戦闘はまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

二.

 

『着弾まで30秒。あとは3分おきに追加を発射していく。必要な場合は逐一報告しろ』

「了解デース!」

 作戦通り、海域への煙幕投下が始まった。既に突っ込んできた艦艇からの煙幕で、やや視界が悪くなってきている。風に乗って散りきる前に、敵の足を止めなくては。

「ヘイ、摩耶、鳥海! 敵機への対応は基本摩耶に一任、鳥海は遭遇(Approach)する敵艦への対処をお願いするデース」

「任せとけェ!」

「了解。鳥海、近接格闘戦に入ります」

 取舵一杯。すぐにこちらへと向かう深海棲艦の一団が目に入る。憎らしい顔に向けて、主砲を斉射してやった。命中、次弾装填。

撃て(Fire)! ――摩耶、7時方向に魚雷を! 頭を押さえて!」

「おう!」

 あまり魚雷は使いたくないが、敵の進行を止めるのが主目的。ぜいたくは言っていられない。魚雷を警戒して船足を落とした敵艦が下がり、替わって前に出た艦が被雷。よし。

 その時、盛大に張られた煙幕に突入した。

「オッケー、今デス! 各艦、二人ひと組(ツーマンセル)で行動、追って指示を出しマース!」

 同時に、『よいまちづき』へ支援要請。この煙幕を長続きさせるよう、次の発射装置をこちらに回してもらう。これは高度なネズミ()りだ。

 ふと、視界の隅をなにかが横切った気がして、私は反射的に身を捻った。

「金剛さんっ」

「く――」

 電の声と同時に、派手な金属音。

 電が振り下ろしたアンカーに食い付いていたのは、護衛棲水鬼の持つ自律艤装の大口。「ハハッ」

 無言で主砲を指向しつつ、即座に食い付いた艤装へ蹴りをたたき込む。頭上へ飛ばしたそれには目もくれず、最大戦速。後退し始めた護衛棲水鬼へと迫る。

 仰角調整の暇はない。主砲一番二番、発射――待て!

「っ!」

 咄嗟に、私は左舷バルジを頭上に向けた。金属音が示すのは、上空からの発砲だった。空中から放たれた弾は、先ほど飛ばした例の艤装から狙ったらしい。

 なるほど、やってくれる。

 考えてみればあれは自律型だ。ある程度勝手に動いていることがすっかり抜けていた。目線を戻せば、もう護衛棲水鬼は目前にいた。

「ホラァ、ソンナノジャ」

「っ!」

「……沈ンジャウヨォ?」

 咄嗟に殴ろうとした途端、私の艤装を踏み台に空中へ。落下してきた武器を捕まえて、一瞬で姿を消す護衛棲水鬼。まったく、呆れるほどの素早さだ。

「金剛さん、今は目の前の敵を! 私が周囲警戒するのです!」

「っ――オッケイ、お願いするデース。ありがとう(Thanks)、電」

 正直あれに構っている時間が惜しい。私は連装砲の全てを、目前に現れた戦艦棲姫――目標(Bravo)へと向けた。

「全砲門、撃てェ(Fire)!」

 堅牢な艤装と違い、ひとの形を保っている本体は存外に()()。主砲の斉射で生まれた、一瞬の隙――怒りに燃える彼女の首を、組み付いた私は、思いきり捻ってやった。

 嫌な音と感触。恐らく本能で動いているだろう彼女の体を蹴りつけて、トドメの主砲。

「――うん(Huh)?」

 何故だろうか。さっき護衛棲水鬼に襲われてから数分も経っていないが、妙に体が軽い気がする。体に違和感があるというか、熱を持っているというか……。

 まさか『風邪』がぶり返したわけではないだろう。さあ、次だ。

 背後に爆発を置き去りに、私と電は次の獲物を探して煙へと身を隠した。

 

    ■    ■    ■

 

 天龍の刀が重巡の首を飛ばし、龍田の槍が駆逐イ級の頭を割った。

 二人はここまで、ほとんど主砲を使っていない。魚雷も温存して、己の腕だけで敵艦を沈めていっている。そもそも、彼女らの主砲は敵大型艦相手にはやや火力不足だ。正確に狙ってようやく威力を発揮できる。

 だが、それがなんだ。

 天龍はまるで煙を切り裂くように海面を滑る。すれ違いざまに二体の重巡・軽巡を斬りつけて、気付いた敵を後続の龍田が刺し貫く。仕留め切れなければ主砲を見舞う。

 そろそろ煙が晴れてきそうだ。あまり引き延ばしても脱出ができなくなる――と。

「よぉ、龍田」

「なぁに、天龍ちゃん」

「目標(Delta)だ」

「はぁい」

 二人の間に、それ以上の言葉は要らなかった。

 目前に現れたのは装甲空母姫。姫級としてはメジャーだが、特徴として航空戦力を保持している。つまり、敵機を潰したい泉浜艦隊にとっては、願ってもない標的だ。

 敵が天龍に気付く。砲を指向し、狙おうとする。

 龍田の槍が放たれた。

「少ぉし、黙っていてね?」

 肩に突き刺さった槍に手を掛けて、装甲空母姫は龍田を睨み付けた。そして――天龍がいないことに遅れて気付く。

 彼女の行動は素早かった。咄嗟に艤装を振り上げ、回り込んでいた天龍をかち上げる。刀で受けた天龍にダメージは無いが、奇襲を防がれたことに舌打ちをする。

 その隙に龍田が肉薄する。空母姫は読んでいたのか、振り上げた艤装を力任せに龍田へ振り下ろした。

 派手に海面が波打ち、飛沫が打ち付ける。空母姫がわずかに艤装を持ち上げたそこに、龍田はもういなかった。

「ほらぁ、狙ってるわよ、あっち」

 空母姫が気付いた時には、龍田が背後を取っていた。龍田の言葉に横目を向ける。

 まさに目標(Charlie)が、主砲を空母姫に向けたところだった。

 容赦なく装甲空母姫に降り注ぐ主砲弾。うめき声、悲鳴、そして弾着の煙を切り裂き、天龍が(Charlie)へと斬り掛かった。

「お前ら、容赦ねぇな……!」

 誤射すら気にせず攻撃してくる。予想していたこととは言え、それがはっきりしただけでも収穫だった。

 同士討ちも覚悟の上なのか、それともなにも考えていないのか。

 いずれにせよ、やることは変わりはしない。

 天龍の主砲が、目標Cの顔面を捉える。弱らせていない鬼・姫級は特殊な防壁で攻撃を無効化してくるが、天龍もそれは織り込み済み。欲しいのは隙と目くらましだ。

 まるで滑り込むように身を低く、天龍は戦艦棲姫の懐へ飛び込んだ。

「必殺ッ……孤月斬!」

 体を一回転させた天龍、その勢いのまま飛び上がり、斬り付ける。防壁ごと戦艦棲姫の胴体を切り裂く対艦刀が、まるで月の弧を描くように。

「天龍ちゃん、その技名大丈夫~?」

「え、誰かと被ってんのかよ。新しいの考えねぇとな」

 二人の軽口は、やや離脱の遅れた自分たちを鼓舞するためでもあった。

 前方には既に敵が展開を始め、囲まれつつある。煙幕も風に煽られ晴れてきた。

「龍田、あそこ! 摩耶と鳥海だ!」

「摩耶ちゃん、重巡をどつき回してるわねぇ」

 天龍の目線の先、わずかに煙の切れ目から摩耶の電探が顔を出した。敵駆逐艦を足蹴にしながら、重巡ネ級数隻と超近距離砲撃戦――そして、殴り合いをしていた。

「うわ、鳥海のハイキックだ……アレえげつねぇ威力あんだよな」

「援護しましょう――ちょっと配置が良くないわ」

 龍田の言葉通り、先ほどよりも敵の包囲が狭まっている。幸い待避ルートには未だ煙が立ちこめており、急げば身を隠しながら逃げおおせる。

 逆に言えば、タイミングを逃せば即・囲まれて終了。常に綱渡りの戦い。そして、敵を押さえ切れているのかも定かではない、先の見えない勝負。

 負けなければ勝つ。単純で、しかしハードルの高い目標だった。

「天龍ちゃん、私たちも煙幕を。少しでも時間を稼がないと」

「おう!」

 戦闘は、始まったばかり。戦力比は、6対280――。

 

    ■    ■    ■

 

撃てェ(Fire)!」

 命中、命中、命中。

 至近から放った主砲弾が目標(Golf)に突き刺さる。これで姫級は四隻を沈めた計算になる。しかし、圧倒的にその他の数が多すぎる。ピンポイントで姫級を落としても、戦力的には大したダメージはなく、そして敵の侵攻は止まらない。

 やはり直接こちらが攻撃した相手は反撃してくるものの、全体としては侵攻を優先して艦隊は動いているようだった。

 ざぁ、と波がうねる。――瞬間、私は右舷バルジを稼働させた。横薙ぎに払い、装甲で殴りつけるように。

「そこデェス!」

 まるで煙を叩き付けた形になるも、そこから聞こえてきたのは不快な金属音。

「――ハハッ」

 護衛棲水鬼が、笑った。

「だんだん、あなたの動き(Move)が読めて来たデース……!」

「ソウ来ナクッチャ……!」

 そう言った時にはもう煙の合間に姿を消している。すばしっこい。

 少しずつ、少しずつ――体が馴染んできている。

 金剛型改二は、ピーキーな性能は持っていないという。速力が劇的に上がるでもなく、大火力の砲を標準搭載するわけでもない。魚雷発射能力が備わるでもない。

 ただ、あらゆる基本的な性能が大幅に底上げされ、あらゆる戦場に対応できる――そう言われている。

 だが、この湧き上がってくる力はなんだろう。

 以前改装を受けた時は、それなりに体が軽くなった気がしただけ。どの艦に聞いても、どの艦種に聞いても同じ。その程度という認識だった。

 改二改装とは、ここまで強くなるものなのか。

 艤装がまるで羽のようだ。一年前に特殊仕様艤装(Advance Garment-Perfection)を使った時のような、重みがない。以前より装甲板が厚くなっているのに。そして、それを手足のように扱える。

 艤装に宿る妖精たちとの連携能力も飛躍的に向上している。主砲、副砲、そして機銃。火器管制システムを調整(Tune)したお陰か、考えた時にはもう砲の指向が終わっている。

「さあ電、正面のル級に行くデース!」

「了解なのです……!」

 主砲の口径も変わっていない。使い慣れた35.6(センチ)砲。なのにまるで、大和型の46(センチ)砲もかなわないと感じるほどの威力、全能感に溢れている。果たして、これで狙って倒せない敵艦などいるのだろうか。

 徹甲弾装填、発砲――待て。

 ル級の主砲発射が早い。砲身を見て、おおよその射線を予測。回避している暇はない。

『インドラ・改』防楯効果(Shield-Effect)発動――。

「今の私に、そんなものじゃ……傷ひとつ付けられないデェェス!」

 防楯モード解除と同時に発砲。命中。

 左舷8時方向、バルジ展開。同時に右舷一番主砲を指向。()()()()()

「ッ、チ……!」

 金属音と同時に一番主砲発射。

「クソッ、危ナイナ!」

 外した。波の動揺が影響したか、それとも感覚にズレがあるのか。いずれにせよ、まだ私は、私の体は――改二に()()()()()()。改二を()()()()()()()()()

 それさえ分かってしまえば、私はなんだってやれる。

 ()()を、倒すことさえ。

「ヘイ、電! 護衛棲水鬼が次に攻撃(Attack)してきたら、勝負を掛けるデース」

「! ――でも、目標Yは放置の方針なのです」

分かってます(I know)。今の私なら、きっと――一撃で無力化してみせるネ」

 正直、その自信があった。ただし、恐らく狙えるのは一度きり。

 艤装の動作を確かめて、深呼吸ひとつ。

「次の攻撃で仕掛けマース。電は支援可能な配置で魚雷を準備しておいてネ……ここで、沈めマス」

「了解なのです!」

 決意と共に次の目標を探そうとした、その時だった。

「っあ……金剛さんっ! 敵機が……!」

 腹の奥に響く不快な音。それが指し示すものに、私と電は、心臓を直接掴まれたように動けなくなった。ちくしょう(Shit)、のひと言すら出ない。

 よいまちづき(テートク)が、危ない。

 

    ■    ■    ■

 

「敵空母より艦載機の発艦を確認ッ!」

 観測員の第一声に、指揮所は一瞬の静寂に包まれた。

 もっとも恐れていた、敵機の襲撃がついに来る。ここまで深海棲艦が艦載機隊を出してこなかったこと自体が幸運だったとも言えるが、第一艦隊の妨害に痺れを切らしたというところか。

「両舷、最大戦速! 乗組員は衝撃に備えろ!」

 その言葉と同時に、ど、と全員が動き出した。

 艦長からの通達が気休めにすらならないことは、よいまちづきのクルーにとって衆知の事実だった。既に幾度も実戦を乗り越えてきている彼らには、この状況がどれほど絶望的なのか肌身に染みて分かっている。

 到着まで5分。襲撃が始まったら15分。この艦は、あと30分も持たずに沈む。

「艦長、第三段階は――」

「まだです。到着予定も不明。それに直掩に零戦ぐらいは付けてるでしょうが、こっちの面倒まで見ていられんでしょう。耐えるしかありません」

「そうか……」

 その時、観測員が声を上げた。

「第一艦隊との通信途絶! 本艦含め、深海雲の範囲に入った模様。レーダー、計器類、感無くなります!」

「クソ、こんな時にか!」

 深海棲艦の勢力圏内では、レーダー等を無効化してしまう現象が発生する。まるで雲に覆われるように計器の表示が死ぬことから、深海雲と呼称されている。

 対抗手段はない。敵を排除するか、範囲内から離脱するかの二択だ。

「艦長。第一艦隊の予測位置に煙幕を撃ち込みつつ、深海雲の切れ目を探せないか」

「運と勘頼りになります。敵の航空部隊に追われてる以上、ルートも限られますが――」

「判断は任せる。オレたちの命運は、最初から艦長に預けてあるしな」

「殺し文句は止めて頂きたい。……了解しました。ルート策定に入ります」

 さて、いよいよ提督にやれることは無くなってきた。

「真田より格納庫。天龍と龍田の対艦兵装、残り数知らせ!」

『格納庫より真田提督。天龍の対艦刀、残り三本。龍田の対艦薙刀、残り二本』

「主砲弾の在庫はどうなってる」

『金剛向けのは在庫ありません。巡洋艦向けはカートリッジ十本程度ならあります!』

 二人の武器は、直接攻撃時に折れたりロストしやすい。予備として持って来ていた刀や薙刀が格納庫で腐っているが、取りに戻ってこられない現状を考えれば仕方ない。

 だが、このあとよいまちづきは生存に全力を注がなくてはいけなくなる。

 それはつまり、艦娘たちに支援する余裕すら無くなる可能性があるということだ。今のうちに打てる手は打っておかなくては。

「真田より格納庫。対艦刀、薙刀を第一艦隊に届ける。上部甲板まで上げてくれ。この後本艦は回避行動を優先するため、これが最後の補給となる可能性が高い。準備を急げ」

『格納庫より真田提督! 搬入数を指定願います!』

「各二本……それに20.3センチ砲の換装用カートリッジを積めるだけ頼む。輸送用弾頭への積み込みは二分で完了させろ」

『了解! 投射用()()()()()発射シークエンス開始します!』

「始めてくれ。指定座標は予定通り、発射はそちらの判断でやっていい」

 上部甲板のレールガンは、一次試験用からやや小型化されて二次試験が行われている。

 レールガンは元々実体弾を投射して攻撃するために実験されていたが、特海では現状、離れた艦隊に補給物資を届けるという想定外の利用方法で活用している。

 たまに受け取る側の艦娘へ突っ込むなどの事故もある――あるが、支援として即時性があることの恩恵は大きい。よって、試験導入した艦隊ではおおむね好評のようだ。

 よいまちづきの本分はこうした支援行動であり、敵機の来襲でそれが満足に果たせなくなってしまうことは避けたい事態なのだが――。

 最後に検知した敵機の位置を考慮すると、いつ空襲が始まってもおかしくはない。

「艦長」

「なんです、真田提督」

「ひとつ面白い話を聞いてくれないか」

 望遠カメラが接近する敵機を捉えたと、観測員が叫ぶ。海が荒れてきたのか、それとも操艦が荒っぽくなったのか、艦の動揺が激しくなった。

 そんな状況でも冷静な艦長に、オレはいたずらを仕掛けたくなった。

「――いきなりですな」

「実は先月、宝くじを買ったんだ。いままで一度も300円以外当たったことがないんだが、なんだか今回は妙に当たるような気がして。いや、買ったくじ自体は加賀に預けててね」

「ちょっと」

「数日前に当選発表があったんだが、事前に見たくじ番号と当選番号と似ている気が」

「それ以上しゃべったら発狂して海に飛び込んだことにしますからね」

「それは困る」

 わざと積み上げた死亡フラグ。こんな時に話した理由は、自分ひとりで抱えているのがちょっとばかり辛かったこともある。しかし、それよりも――。

「――帰ったらおごって下さいよ、クルー全員に」

 艦長の声に、指揮所のクルーが皆無言で親指を立てる。

 ああ、これは、実に困った。

 是非とも()()()()()()()()()()()()()理由が、またひとつ出来てしまった。

 

 

三.

 

 飛び立った敵艦載機を見送る余裕すらなく、私と電は敵の群れと格闘していた。

 数を頼みに押し寄せてくる敵艦たち。そして、私と電だけでは火力が足りない。せめて姉妹たちのうち、あと一人だけでもいてくれたら。赤城が、龍驤が、そして加賀が。

 無駄と分かっている思いを横に投げ捨てて、私は装填の終わった徹甲弾を撃ち出した。

「電!」

 沈む敵艦に目もくれず、私は恐らく数秒後に訪れる瞬間に向けて、心を落ち着けた。

 私は金剛。

 泉浜鎮守府の第一艦隊、その旗艦。

 私の背には、五人の仲間。護衛艦の乗組員160名。提督一名。そして、国に暮らす無数の人々の命運が掛かっている。私が負けることは、すなわち、多くの人々の命を危険に晒すことと同じ。

 それと同時に、私には守らなくてはいけない約束がある。

「だから――」

 だから、ここで決めなくてはいけない。

 敵は損傷軽微。私たちも戦闘に支障はないが、彼女を片付けたら終わりではない。敵の艦隊を押しとどめ、そして――

 よいまちづきに戻らなくては。

 私たちがたどり着くまで、護衛艦(よいまちづき)は無事でいてくれるだろうか。飛び立った敵艦載機はかなりの数だった。彼らに深海棲艦との戦闘経験があっても、ものには限度というものがある。もって、30分、いや20分――。

「金剛さん、来るのです」

「!」

 鋭敏に敵の気配を察知した電の声で我に返る。

 主砲弾装填。砲門指向。『インドラ・改』、左右のバルジ展開。

「電、9時機銃! 威嚇でいいデス!」

「っはい!」

 瞬間、電の機銃が放たれた。火線は海面へ――いや、狙い通り()()に。

「チィ――」

 護衛棲水鬼の船足が止まった。予め飛ばしていたのだろう、彼女の直掩機が私を狙う。一機の爆撃機が、狙い違わず私へ向けて爆弾を切り離し――

 『インドラ・改』、防楯効果(Shield-Effect)発動――!

 爆撃を盾で受け止めて、私は一気に護衛棲水鬼へ肉薄した。予め装填、指向、発射準備全てを終えていた三番四番主砲を彼女に押し当てる。

 そして、彼女の片腕を取った。

「! シマッ――」

「食らいついたら逃がさないのが、金剛型の流儀デース……!」

 主砲斉射。全弾命中。効果確認――

「っきゃあ……!」

 瞬間、私は強い衝撃によって跳ね飛ばされた。水面で一回、二回、派手にバウンド。

 背中を撃たれては危険だと、咄嗟に防楯で防ぐ。着水、電と共に離脱。

 弾着の煙から、護衛棲水鬼が姿を現した。

「オ、マエェ」

 姿こそ大きく変わっていないが、()()()()()()()()()()

クソ(Shit)っ……!」

 仕留めきれなかった。おかげで強化形態に変化されてしまったらしい。姫・鬼級が一定ダメージを受けた際に発動することがあると聞く。

「金剛さん、離脱を! 囲まれてしまうのです!」

「了解っ……ワオ、いつの間にか……!」

 周囲の煙幕はほとんど晴れて、黒々とした集団が私たちを包囲しようとしていた。回避航行の合間に牽制するが、敵艦からの砲撃は激しい。

 どうやら護衛艦(よいまちづき)からの支援が途絶えたらしい。

「……テートク……!」

 その意味するところを想像して、私は背筋を寒くした。

 

    ■    ■    ■

 

 装甲化した上部甲板が激しく異音を立てた。どうやら対空機関砲(CIWS)が破壊されたようだ。先ほどまでは果敢に敵機に向けて機銃弾をばらまいていたのだが、気休めであっても敵は対空砲を潰しに来るのがセオリーか。

 敵機のサイズは小さい。しかし、懸架した爆弾や魚雷、機銃に至るまで、武器の威力は実艦サイズのものと同等かそれ以上を誇る。見た目通りの豆鉄砲であれば良かったのだがそれは今さらの話だ。

「艦長、非戦闘員の退艦も視野に入れてくれ」

「それは私が判断することです――分かっています。ですが、今はまだ」

 ――まだよいまちづきは、戦闘する力を失ってはいない。

 艦長がそう口にしなかったのは、単純に船の動揺で口を閉じざるを得なかったからか。それとも――。

 よいまちづきは敵機に張り付かれたものの、まだ大きな損傷はなく航行できている。

 構成が艦爆中心だったのか、最初の襲撃を凌いだあとは機銃掃射などの散発的な攻撃が続いている。もっとも、上部甲板には穴が空いて危険な状態らしい。喫水下に魚雷の一発もらいでもしたら、当たり所次第でほとんど持たずに沈むだろう。

 観測員が外部カメラと計器を慎重に読む。通信可能範囲にさえ入れたなら、第一艦隊と連携も再開できる。後ろ向きに言うなら、救難信号だって発信できる。

 いずれにせよ、こちらに出来ることは限られている。今は、逃げる時だ。

「艦長! 間もなく一時的に通信および計器復旧します!」

「了解。およそ何秒持つ?」

「恐らく約二分程度かと思われます。本部と第一艦隊への電文を準備中!」

「電文の発信は第一艦隊を優先。最悪、本部への通信は――この船が()()()の代わりだ」

 通信圏内に入り次第、特海の呉本部でもこちらの位置は掴めるようになる。そうすればあとは、派手に煙でも立っているか、油が浮いている海域がオレたちの()()場所だ。

 そこでようやく、自分の思考がずいぶんと後ろ向きになっていることに気付く。

 敵編隊の第二波がこちらへ向かっていることが分かっている。

 こちらは対空機銃が死に、けん制射撃すらできない状態。以前使っていた対空用ネットでは追いつかない。なにより、艦娘でもなければ空襲のど真ん中で使用はできない。

 第一艦隊は依然として戦闘中――無事でいる保証すらないが、こればかりは信じるしかない。

 揺れる護衛艦、指揮所の中で、その時、観測員が叫んだ。

「報告、レーダー復旧! ……敵第二波、到着まで約三分。それに、これは……」

「どうした、もう第三波が来たのか!」

「新たな編隊を確認! 敵……いや……この識別信号は味方です! まっすぐこちらへ――いいえ、敵第二波のほうへ向かいます! 間もなく接触――早い」

 ざわ、と指令室がうごめいた。

 まだ戦闘が始まって二時間も経ってはいない。本隊の機能が復旧したとして、本土から味方が来るにしても()()()()。それに、通常の艦載機では航続距離が足りない。

 艦長も興奮を押さえ切れていない。観測員と通信士の間で右往左往している。

「北大東島からじゃないのか」

「いいえ、この味方識別は()()()()所属のコードです」

「この距離なら見える、最大望遠で確認。本当に味方か? 敵の欺瞞工作の可能性も――」

 疑心暗鬼の状況は無理もない。編隊を放った味方艦隊の姿はレーダーになく、敵の艦攻部隊が向かっている。それに味方艦隊がきたのなら、通信出来る今を逃したりはしない。

 いや。たったひとつ、そんなことをする可能性に、オレの中で心当たりがあった。

 敵味方問わず索敵から逃れ、敵陣奥深くまで入り込む(ツバサ)――。

「映像出ます。二番モニタ、ズームします」

 モニターに映し出された映像。ごま粒のような被写体にズームインしていく。

 海軍機の暗緑色が見えた瞬間、オレたちはその美しさに釘付けとなった。

 ――紫電改だ。

「艦上戦闘機の編隊です! 紫電改と零戦、航空支援の模様。しかし、まだ味方の艦隊が来たわけではないようですが――これはいったい」

 困惑する観測員。困惑する指揮所。

 その中でたった一人だけ事態を理解していたオレは、モニターを注視した。

 機体に描かれた独特の文様――陰陽道式。それが示すのは、艦載機の繰り手だ。

 唯一この場にやって来る可能性があった彼女。いや、()()()()

「艦長、被害箇所の復旧作業を急ごう。ここが正念場――あと少し耐えれば、オレたちの勝ちに一歩近付ける。なんとか持ち堪えよう」

「しかし、真田提督。状況がはっきりしていない。あの航空支援は誰が」

「ようやく空を思い出した艦娘が、ひとり戦場に戻って来たってだけです」

「抽象的に言わず現状を報告して下さい。ポエムは禁止です!」

「おっとこいつはキツい当たりだ」

 手痛い突っ込みに思わず苦笑で返す。無論、艦長も苦笑していた。これなら乗り切れるだろうという余裕が出てきた証拠だ。

 オレは手元のモニターに予想航路を示した。松山から出て、この海まで一直線――。

 

「『(はやぶさ)』が――()()()()()()が、来る」

 

四.

 

「鳥海! 右、カバー頼むッ」

 摩耶が、傷付いた左腕を庇いながら叫んだ。右舷の艤装は砲身が焼け付く寸前。

「いいけど……! 摩耶、魚雷余ってないかしら!」

 受けた鳥海。主砲を指向し、向かってきた駆逐艦を貫き、波しぶきをかき分けるように進む。四方八方からの攻撃は、容赦なく彼女たちを傷つけていく。

()ぇよ! さっき最後の一本でぶん殴っちまった!」

 言いながらへし折れた魚雷が敵重巡へ投げつけられた。鳥海が無言でそれを打ち抜き、爆発にひるんだ重巡の腹へ摩耶の蹴りが入る。

「もう! そういう()()()なところ、いい加減直したら!?」

「うっせぇ! 左の艤装、いきなりボコボコに凹ませたヤツが言うかよ! 新品だぞ!?」

 互いに罵り合う二人を先導するのは、龍田と天龍。最小限の発砲で最大効果を得るよう狙いをすまし、道を()()()()()()()

「龍田、弾くれ弾! お前余ってんだろ、主砲片方だけだし!」

「あら残念。さっき最後のカートリッジ使っちゃったとこ。無駄撃ちはダメよ?」

「マジかよ……しゃあねぇな」

 天龍がもう一振りの対艦刀を抜いた。少し前に護衛艦(よいまちづき)から届けられた最後の補給。あれ以降援護が止んでいることを、第一艦隊は意識しないようにしている。

 大丈夫。あの提督と仲間たちなら、と。

「――龍田、ちと前へ出るぜ」

「はぁい」

 現れた目標(Mike)に躍りかかる天龍。行き交う砲撃。天龍の振るう対艦刀が飛来した砲弾を切り落とす。飛び散る破片をものともせず、天龍は目標Mを()()に捉えた。

 目標Mは控えた艦載機を天龍へと繰り出した。対空に余力を割けない天龍へ、敵艦爆が殺到する。

 しかし、天龍は構わず全開戦闘機動。最大戦速。

 形振り構わない吶喊に、目標Mは戦慄した。その恐怖は、早く目の前から敵を消し去りたい一心へと集約する。主砲を放つが斬り払われる。ナゼ止マラナイ。ナゼ。

 その隙を、龍田は見逃さない。

 空中へ放られた魚雷を、龍田の対空機銃が貫いた。爆発、閃光。いくつかの敵機が巻き込まれて爆散する。そして、そちらに気を取られた目標M。

 次の瞬間、目標Mの両腕は対艦刀に切り落とされていた。すかさず、背後に()()()()の摩耶へと天龍が叫ぶ。

「――摩耶ッ! 撃てェ!」

「荒いんだよッ、人使いがァ! クソッ!」

 艦載機がまだある。戦闘能力を喪失していない目標Mはこの場で沈めておかなくては。摩耶の主砲斉射。命中――撃破を確認。さあ、次。

「天龍ちゃん。二時方向、戦列乱れてる――行くわよ」

「おう!」

 夥しい敵艦の合間を縫うように。張り巡らされた砲撃の網を抜けるように。敵の進行を止めるという本来の目的よりも、今は生き残りを優先せざるを得ない。

 負けたら、沈んだら終わりなのだから。

「――ッ、クソ」

 まるで立ち塞がるように、戦艦棲鬼(目標L)が立って――いや、目標(Fox)が、(Juliett)が、(Kilo)が――。それら全艦が、()()()()()()とばかりに笑う。

「どォけえええええええ!」

 天龍が、吠えた。

    ■    ■    ■

 

 目標(Echo)、沈黙。至近で放たれた電の主砲に首から上を持っていかれた彼女は、まるで空を掴むかのように手を伸ばし、動かなくなった。

 感慨を抱いている暇はない。最大戦速、全力航行。まだ燃料は残っているが、限られた砲弾はそうも行かない。徹甲弾の装填を確認しつつ、敵の合間を縫う。

 襲いかかってきた駆逐イ級を踏み台にして、私は電と宙を舞った。

「Hey、電。摩耶たちの場所は分からない?」

 着水、左右に回避行動。狙いを定められた砲弾はバルジで防ぐ。

「っ、さっき敵機が三時方向に飛んだのを見たのです。ひょっとしたら」

「空母タイプを相手にしてるかもデス。行きましょう(Let's Go)

 派手に衝突して以降、護衛棲水鬼は攻撃してこない。彼女のことだ、金剛(わたし)をどうやって沈めてやるか考え抜いて、一番効果的な手段を取ってくるに違いない。それほどの憎悪を私は感じている。

 私たちは(ふね)だ。かつての大戦で炎に照らされた艦の影が焼き付いた、肉を持つ亡霊だ。影は影でしかないし、逆に影以外のものにはなれない。

 だが、かつて抱いた悲しみや怒りは、あの時沈んだ自分たち――そして、私たちと共に戦った乗組員たちのもの。少なくとも今を生きている私たちは、それを必要以上に気負い、背負うことは()()()()

 だから私たちは戦う。水底に漂う思いを日の光の下へ引きずり出すために。

 お前(わたし)たちが戦ったのはなんのためだ、と言ってやるために。

 どうやら今、敵艦たちは個別の意識で動いてはいないらしい。攻撃は散発的で、狙いも甘い。姫級はともかく、その他の深海棲艦たちは集団として動いているように感じる。

 もし姫・鬼級が司令塔のような役割をしていたとしたら、最初に彼女たちを潰したのが功を奏した可能性もある。いずれにせよ、彼女たちは全艦潰さなくてはいけない。

 ふと、黒々とした敵艦の群れの向こう――前方数百メートルで爆発が起きた。

「金剛さん!」

「――火の無いところに煙は立たぬ(There is no smoke without fire.)、デース」

 ことわざだと少しニュアンスが違ってくるが、私と電はどうやら目的地にたどり着いたらしい。うなずき合って船足を上げる。

 その時、正面の敵艦を踏んで飛び上がった天龍と目が合った。

「天龍!」

「遅ぇんだよタコ! こっちは姫級オンパレードで死ぬかと思ったぞ!」

ごめんネ(Sorry)。護衛棲水鬼に手こずったデース」

 目標Mの脳天から刀を引き抜く天龍。間髪入れず足元のMへ砲弾が降り注ぐ。

「クソォ、足を止めたら死ぬなコレ、マジで」

「まったくデース」

「で、Yは仕留めたのか」

「う」

 まさか仕留め損なって、強化形態になられたとも言いにくかった。言い淀んだその反応だけで天龍は察したらしい。小さく吐いたため息が海風に消える。

「とにかく一度離脱しねぇと……!」

「主砲弾、そろそろヤバいデース」

「こっちもだ」

 言わずとも、刃のこぼれた刀で敵艦に斬りかかっている段階で分かる。

 護衛艦(よいまちづき)からの支援は――いや、今はよそう。空襲で支援用設備が死んだ可能性もある。こちらが沈みさえしなければ、勝機はあるのだから。

 特殊仕様艤装(Advance Garment-Perfection)の動作を確かめる。大丈夫、まだ戦える。まだ護れる。

「第一艦隊、陣形変更! 私が最後尾で盾になりマス、天龍と龍田、電で突破口を開いて下サーイ!」

 この場を脱出する。弾丸が無くなったら私たちはただのお荷物だ。ここで無理に戦って消耗するのは避けたい。突破して活路を見いださなくては。

「!――『インドラ・改』、防楯効果(Shield-Effect)発動ッ!」

 咄嗟に発動させた盾が、十数発の砲弾を防いだ。

「ちょっと摩耶たち、何隻に喧嘩売ったデース!?」

 多数の姫級が第一艦隊へと砲を指向中。まだ来る――これ以上は防楯効果(Shield-Effect)がもたない。しかし離脱も困難。耐えるしかない……!

「ぐぅう」

 思わず漏れた苦悶の声に、摩耶が飛び出した。

「こんのォ!」

 回避航行の足元を狙って射線が摩耶に集中する。いけない。『インドラ・改』の片方を伸ばして数発を防いだ。

 第一艦隊は包囲を離脱しようともがく。包囲だけなれば突っ切ればいいが、敵の一部がこちらを捉えようと進路を変えていた。まずい。

「金剛、俺と龍田の煙幕、これで最後だ! 狙い逸らしにしかならねぇけど!」

 ついてこい、と吶喊する天龍、龍田。電がその脇で牽制射撃を始める。

 警戒陣と呼ばれる陣形で敵艦の巣へと突っ込む第一艦隊。追いすがる敵艦からの攻撃が『インドラ・改』の防楯を叩く。私が気を抜いたら一瞬で全滅だ。

 敵からの砲撃。合間にこちらも応射する。圧倒的な手数の差、圧倒的な戦力の差。

 それでも、私たちは歩みを止めるわけにはいかない。

「カートリッジッ!」

 空になった主砲弾の予備弾倉を交換――主砲四基のうち、残弾が底を尽きそうな二基を生き返らせる。今必要なのは手数だ。取り出したカートリッジを放り出し、砲を指向。

 給弾が終わるのを待つ時間すら惜しい。

 既に牽制用の副砲は弾切れで沈黙している。機銃はまだもつが、これ以上頭上を敵機に押さえられたら防楯の維持も怪しいだろう。マイナス要素ばかり目について嫌になる。

 装填完了。調整を終えていた主砲の、全ての力を解き放つ。

「全砲門、撃てェ(Fire)!」

 天龍が、折れた刀の一本を敵に投げつけた。

「道を空けろォ!」

「天龍ちゃん、()()使いましょう」

 ひるんだ敵を、龍田の薙刀が深々と突き刺す。そのまま手放した龍田が横を走り抜け、残った薙刀を天龍が更に押し込んだ。返り血を浴びた天龍が吠える。

「邪魔だっつってんだ、どけええええぇ!」

 主機全開。敵艦を盾に使い、第一艦隊は更に進む。時折襲い来る敵機のすべてを摩耶と鳥海がたたき落とす。

「摩耶、四時低空! 雷撃機よ!」

「おォ――墜ちやがれ、カトンボ!」

 水面に、上空に破裂の花火が咲く。

「金剛さん、そろそろ……二時間経つのです!」

 既に防楯もぼろぼろの電が、先頭で果敢に砲を放つ。至近の敵を錨で殴り倒し、錨鎖で引っかけて転倒させる。使えるものはなんであれ使う、形振り構わない戦い。

「目標まで――あと、二時間デース!」

「楽勝じゃねぇか……なぁ龍田」

「ホントね。インターバルがあればもう少し助かるんだけれど」

 全員が生き残るため。全員で敵を止めるため、泉浜第一艦隊は死力を尽くしていた。

 それでも、いつか限界は来る。

チクショウ(Shit)……!」

 敵、敵、敵。

「金剛ォ! 同航されてんぞ!」

 摩耶の叫び。私は声を返す余裕もなく、ただ左右に主砲を放った。照準の余裕もない、がむしゃらな弾幕が、今の私たちにできる精一杯だった。

「一発撃つ間に、百発飛んでくるのです……!」

 回避航行により陣形は乱れ、それでもただ一方向を目指す。敵の少ないほうへ。

 その()()すら、足の速い敵艦に押さえられようとしている。

 こう囲まれてしまっては奇策に打って出る余裕もない。かといって、このままでは全滅するまで走り続けるしかない。

 まだだ。

「No、なんだから――」

 心が折れたら終わり。立てなくなる。

 顔を上げろ。前を向け。

 そして、皆を護れ。

 至近弾。堅牢な艤装のバルジ部分は、いまだ私と仲間を健気に護ってくれている。それでも衝撃は逃しきれず、航行姿勢が乱れ、ふらついた先でも弾着の水柱が立つ。

 顔に掛かる波しぶきを払うように、私は再び主砲を放った。

 踊れ、天使と。

 軽やかにとはいかない。限界まで酷使している主機は悲鳴を上げ、髪は焦げ、服の端が千切れ飛んだ。

 天龍は半ばで折れた最後の刀を振るって、前へと進む。刀が無ければ鞘で殴る。それが無ければ素手で。この程度でへし折れるほど、彼女の心はヤワではないだろう。

 戦艦棲姫の艤装に掴まれて、龍田の魚雷発射管がねじ切れた。魚雷の尽きた今では只の飾りでしかなかったが、衝撃で龍田がバランスを崩す。

 咄嗟に摩耶が龍田を抱えて横に飛ぶ。足元に着弾した一撃は食らっていたら致命的だ。

薙刀に内蔵された砲弾も残り少ない。それでも、龍田はいつものように微笑んでいた。

 敵艦載機の群れには焦りが見えた。圧倒的な数で押しているのに、摩耶と鳥海の二人を突破できないことが不思議なのだろう。

 摩耶と鳥海も不思議だった。今までこんなに飛ぶ敵機がスローに見えていただろうか。改二改装を受けていたとはいえ、強化された自分たちはここまでやれるのか、と。

「――金剛さん」

 電はうすうす気付いていた。湧いて出るこの力の源は、きっと金剛(わたし)だと。

 きっと()()には、周囲を鼓舞し、実力以上の力を奮わせるなにかがあるのだ。圧倒的な危機。絶望的な状況。それでも自分たちが戦えているのは、金剛(わたし)の力だと。

 金剛型戦艦。かつての大戦で最後まで戦った戦艦のひとつ。ひとりひとり水底に消えていく中、彼女(こんごう)の血統は最後の最後まで全力を尽くした。

 その力を、私は生まれ変わった今も振るっている。

泉浜第一艦隊(みなさん)

 私は決意した。正確には、()()()()()()()()

「絶対……絶対に!」

 私がここで沈んだら、みんな沈む。街も鎮守府も、近くで戦う護衛艦も襲われる。

 ――提督(テートク)が死ぬ。

 そんなのはごめんだ。戦艦金剛がかつて抱いた絶望を、私は拒絶する。

 私は金剛。もっとも硬質な石の名を持つ、泉浜鎮守府の守り神だ。

 荒ぶる女神、加賀の分まで。例えどんなに格好悪くとも、どんなに傷付こうとも、私は自分の護るべきものを――護りたいものを、絶対に護りきってやる。

 あの人(テートク)との約束を破るわけにはいかない。

 だから、私は――

「みんなで、テートクのところに、帰るデェェェエエス!」

 その決意を、この海域にいる全員に、大声で宣言してやった。

 私の声は、戦場を駆け抜けて、そして――

 

『よく言ったわ。金剛』

 

 ――そして、遙か上空から、青き女神の声が、戦場を満たした。

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