仕事と別趣味の関係で投稿頻度が激落ち君になる可能性大。
新潟にある廃病院───。
鬱蒼と茂る森の中に建てられたその病院には今も尚天涯を全う出来なかった亡霊達が住み着いているらしい。
事実面白半分で乗り込もうとする若者共は皆揃って行方不明になっており、その頃から度々市内では問題視する声があった。
さらに2009年には老朽化による崩壊が危険視され、ついに
2011年夏頃───支柱が崩れ瓦礫と化した廃病院は、人々の記憶から薄れ、ついには2012年の地図からはその姿を消したのであった。
一台の車が林の中を駆ける。
数年間マトモに整備されていない道路は真っ直ぐに走らせることすら難しく、悪戦苦闘しながらもなんとか無事目的地に着くことが出来た。
車から降りたのは黒いマントを着た二人組。
後ろの座席から薬で寝かせた恵を肩に担ぐと、目の前に広がる瓦礫の山を見渡した。
「いつ見ても、これが幻には見えねぇな…」
「総帥の御力だ。あの御方は結界術においては、現呪術界においても右に出る者はいないと聞き及んでいる」
「総帥ねぇ…Q設立当初から居る身からすると、後からしゃしゃり出た奴にいきなり頭領面されんのは、なんというかな…」
「…それが現実だ。我々が散り散りになろうとした、その窮地を救ってくれた恩人とも呼べる御方。感謝の念は
あいあいと適当な返事をすると、早速廃病院跡の敷地へと足を踏み入れる。
その瞬間───脳が揺れるような感覚。視界に映っていた瓦礫の山は何処へ消え、目の前に崩れたはずの廃病院が現れた。
術師、非術師に幻影を見せる結界。外部からは瓦礫の山にしか見えないが、中に入れば真の姿を見せる。写像や映像にも幻影は反映されるので、中に入るか、組み込まれた術式そのものが見える六眼を持たなければ、その存在を認識することは出来ない。
わかりやすく言えば術師にも感知できない高性能版帳といえば良いだろうか。
「…やはり総帥は世界を統べるに相応しい御方だ」
「縛りを幾重にも重ねることで再現しているんだっけか。頭の良い奴が考えることは凄ェな」
そんな会話をしながら玄関から中へ入る。二階──監禁室へ続く階段に足をかけると、担いでいた恵の頭が大きく揺れた。
「気を付けろ。起きると面倒だ」
「わーってるよ。揺らさないようにな。…しかし、今まで東京にはさんざ行くなと言われてたのに、今回はなんで東京で攫えって命令されたんだろうな?」
揺れる恵の頭を見ながら不思議そうに言う。
これまでは術師、特に高専との接触を避け東京、京都での活動は控えてきた。
攫う方法も半径一km以内に鴉がいないことを確認し、残穢を残さないよう呪力の使用は控え、アジトへ戻るルートも毎回変え、海外へ売り飛ばすルートも安全なものを選び痕跡が残らないよう努め、細心以上の注意を払っていた。
だが今回は何故か東京に赴くよう通達を受けた。
これまでの働きが水の泡になるかもしれないというのにだ。
一体何故…?
「それは特級術師を誘き寄せるためさ」
その質問に対し答えを出したのは、どちらでもない第三者からだった。
声の方向──頭上を向けば、傘を差した女が宙に浮いていた。
何かに吊るされるわけでもない。ガラスの上に立っているわけでもない。まさに無重力を彷彿とさせるその姿は幻想的で優雅に見える。
「トロイ様」
総帥を除くXの最高戦力、その九柱が一人『無重力のトロイ』。
如何なる術か宙に浮き、頭上から相手へ一方的に攻撃を仕掛けることを得意としている。
術式は不明。一説ではその二つ名の通り無重力を操ることができると言われている。
「特級術師…まさか五条悟を!?」
「そんなわけないじゃない。呼ぶのは夏油傑の方よ」
「そ、そうでしたか…」
旧組織の頃からいる身からすれば五条は最大の敵にして諸悪の根源である。トラウマになった者もいるレベルで、現に二人もその名を聞くだけで寒気がする。
「我々に特級術師をも殺せる力があることを証明し、世に散る呪詛師達を味方に付ける──って算段らしいわ。私も仲間から聞いただけだけど」
「成程、確かに総統の御力さえあれば夏油傑も…ですが、そこまで上手く行くものなのでしょうか?」
トロイは、チッチッチと指を動かし不敵に笑う。
「私達を今追っているのは一級術師の冥冥。彼女の術式は半年もあれば、日本の隅々まで調べ上げることができる。…けど、あの結界がある限り彼女には到底見つけることは出来ないわ。一級の彼女が半年もかけたのに見つからない…となれば、その呪霊操術を持つ彼が出てくるのも時間の問題、そしてそんな折に東京で一回でも事件を起こせば、彼らも出さざるをえないとして夏油傑の投入をしてくる───そういう寸法よ」
確かにその作戦であれば夏油を誘き寄せること自体はできそうだ。
だがいくつか疑問も残る。
「…その言い方ですと、夏油傑は総帥の結界を破ることが出来る、ということですか?」
「なんでも、結界には構成する上で幾つもの縛りを設けているらしくてね。その中に『結界の半径五百メートル圏内に二級相当の呪力量を持つ呪霊が外部から侵入した場合自壊する』縛りを設けているらしいの」
「…近隣の呪霊を毎日必ず祓うよう伝令を受けていたのは、そのためでしたか…」
あの結界が張られてからというもの、構成員の皆には毎日四時間、代わり番で呪霊を祓うよう言われていた。疑問ではあったが、まさかこのためだったのか。
結界を成り立たせるための縛りとして、夏油に結界の存在を気付いてもらうための布石として。どちらも両立させるとは、やはりあの御方は凄まじい。
「そして、特級術師は基本、味方への被害を考慮して仲間は連れないようにしている。高専学生や術師育成のために連れることはあるけれど、五条が出張ることは殆どない。私たちへは…そうね、冥冥と生徒の一人が上限じゃないかしら?」
「総統が特級術師の相手してくださるのであれば、我々にも勝機はある…!!おお、なんという!」
「フフッ、そういうことよ」
それにしてもX設立の頃から、半年以上も先を見据えて行動するとは…結界術の練度、Xを束ねるカリスマ性、特級術師とやり合える技量、そして何ヶ月、否最早何年という未来を見据えて行動する頭脳。
まさに全てを兼ね備えた人間。術師界───いや世界を統べるに相応しい御方だ。心の底から畏敬の念が込み上げてくる。
潤んだ瞳を天へと向ける中、トロイは懐から懐中時計を取り出すとわっと驚いたような顔を作る。
「談笑もここまでに。私は会議があるから失礼するわ」
そう言うとトロイは一階───会議室のある方へ身体をスイーっと滑らせていく。
何度見ても理解が追い付かない移動方法だ。無重力なのに一体どこから推進力を得ているのやら。
不思議な感覚を抱きながら離れていく背を見送ると、二人は高揚した足取りで二階へと向かった。
Xの明るい未来に胸が高鳴る。
Qの頃には為し得なかった、素晴らしき理想郷が目前にある。
「我々の未来は安寧だ。あの御方がいれば、我々に遂げることのできない野望は無い」
「そうだな。その未来のためにも、俺達も仕事をしないとな!」
彼らはまだ知らない。
彼らが幻想する明るい未来は、その日に潰えるということに───。
新潟県───廃病院跡があるという林道の近くに五条は舞い降りた。
スマホを何度かチラ見しながら、本当にここで合ってる?と確認し、ようやく確証が取れたところで一言。
「と~ちゃあ~く!!」
早速身体に巻き付けた芋虫のような呪霊を叩くと、口からチョウチンアンコウのような見た目の大きな呪霊を吐き出した。
そして吐き出された大きな呪霊を更に叩くと、中からわらわらと人が溢れ出てくる。
「居心地悪いったらありゃしねえな…」
「だよねぇ伏黒先生。傑、コレよりもっと良い方法無かったの?」
「この人数で高速で移動するにはこれしか方法は無かっただけだ。他にアイデアがあるなら聞くけど?」
最初に出てきたのは夏油と甚爾。
夏油は慣れているのか割と平気そうな顔をしているが、他の二人、特に家入はイラついた表情をしている。
「呪霊に食べられるなんて、初めての経験で燃えるね!七海もそうだろ!」
「二度と御免ですね。スーツも汚れましたし、最悪です」
「俺もや。折角甚爾クンにカッコいいとこ見せたる思て下ろした一張羅やのに…」
続いて灰原と七海、直哉の三人。
灰原に関しては興奮しているが、他の二人は興奮どころがテンション激落ち、その上服が汚れたことに結構ショックを受けている。
「甚爾君、そろそろ君のパートナー君について教えてくれないかい?」
「抜け駆けか冥一級術師、この場合俺が先だろう」
最後に冥冥と直毘人。
二人は呪霊云々よりも甚爾の元ビジネスパートナーの方が気になっているようだ。
尚、日下部は任務の都合で来れなかった。本人曰く楽そうな仕事なので滅茶苦茶行きたかった、とのこと。
各々が各々喋り合う中、パンパンと五条が手を叩いた。
「注目注目~。これから恵救出作戦会議に移るよ~」
「いらねぇよ。さっさと行くぞ」
「悪いけどさっさと行かせてくれんか悟クン」
「そんな下らんことをやる暇があるのか?五条家当主よ」
先を急かす禪院家(元も含む)三人組をまぁまぁと宥める。というか最後の一人に関しては恵じゃなくて俺に当たりたいだけだろ。
「焦る気持ちは分かるけどその前に。今さっき君達を出す前に確認しといたんだけど、やっぱあの林の奥に何かあるっぽいね」
「結界か?」
「だろうね。多分僕たちに中が見えないようにしてるんじゃないかな?」
「私の烏でも見えなかったのはそれが原因かな?」
冥冥の言葉に五条が多分と頷く。
結界内に烏が入れば話は変わったのだろうが、他の任務との兼ね合いもあり疎かになっていた部分もあった。上空からだけではなく、もっと細かく調べれば良かったかと冥冥は反省する。
「なんでその話を今更するんだ?」
「実は僕がそこのデカ呪霊を出した時、それに反応して結界が消えたっぽいんだよね」
「結界成立のための縛りに引っ掛った…とか?」
「あり得ますね。冥さんの烏で認識できないレベルの結界となると、それ相応の縛りによる結界の強化が必要になる。特に結界自体の消滅に繋がる縛りは恩恵も大きい」
「だがこれが鳴子代わりとなり、我々の侵入が感付かれたと。ハッ中々やり手だな」
事実、この林に甚爾達が降りてからというのも、林中心から多くの人間が忙しなく動いている気配を感じる。警戒態勢でも張っているのだろう。
「というわけで待ち伏せされてる可能性が高いわけなんだけど…」
わざわざ罠が張っていると言うことが分かっているのに、それを承知で突っ込むかどうかを聞いているのだろう。流石に死人が出るようなことはないだろうが、自ら危険地帯に乗り込む以上トラブルが起きる可能性はある。
策もなく一斉突撃よりも、偵察し情報を収集してからの方が賢明だ。
「どうする?」
五条が八人に選択を委ねる。
五条であればどっちにしろトラブルやリスクを抱えることなく突貫できる。無下限による攻撃の無効、それを突破されたところで反転術式による治癒もある。呪力も尽きることはないので、相手が籠城戦に持ち込もうと確実に勝てる。
それよりも他の八人、特に七海や家入のように重傷を負うリスクのある者らに判断を委ねたいのだ。
といっても結果は当然───
「待ち伏せ?無視して踏み越えればいい話だろ」
「何よ悟。今更ビビってんの?」
「この面子で猛進しない手はないよね」
「夏油さんの言う通り、僕達であれば問題なんかありませんよ!」
「バカっぽいので言いたくはありませんが、策など無視して正面突破すべきだと私は思いますね」
「俺もあのアホ共が何考えてるか知らんけど、はよ恵クン助けるべきやと思うな」
「特級術師相当が四人もいるのに、向かわない手はないだろうね」
「カッカ!無論正面突破よなぁ?」
「俺モ仕事ハ早ク終ワッタ方ガ嬉シイゼ」
答えなぞ聞く必要もなく。
どうやら全員正面突破がお望みのようだ。
…………ん?
「え?最後の誰?」
人数もおかしいが、何より一人だけ喋り方がおかしい。
心当たりもないし…本当に誰?
恐る恐る五条は声の主へと振り向く。
そこにいたのは白い帽子に白い服、サングラスを掛けた黒人の男だった。
「……マジで誰?」
男は五条の質問を無視し、その足を甚爾の方へと運ぶ。
そして近くに寄ると正面から品定めをするように観察をし始め、何かブツブツと言い出した。
「………オマエガ伏黒甚爾ダナ?」
「そうだが…アンタは?」
「孔カラオマエノ言ウコトに従ウヨウ依頼ヲ受ケタ、シガナイ仕事人ダ。名前ハミゲルダ、ヨロシクタノム」
ミゲルと名乗った男は早速握手を求めてくる。
周りが今の状況を全く把握できていないが、実際甚爾もあまり理解できていない。
「………よく分からんが、アイツが寄越したってことはそれなりに信用できる奴ってことだろ」
唯一分かるのは、ミゲルは敵ではないと言うことだけだ。
出された手を一瞬だけ握り返すと、甚爾はマトモに整備されていない林道へと視線を向ける。
「報酬ハ孔カラ支払ワレル。命ニ関ワルコト以外ナラ、遠慮ナクコキ使ウトイイ」
「あっそ。…ならさっさと行くぞ」
誰も反応できず、誰も何も言えず。
とんでもなく気まずい空気が流れる中、甚爾達は廃病院へと進み始めた。
「あぁ、アンタか。久々だな。…依頼?…そうだな、総帥話してみないことにはなんとも…え?アンタ結婚したのか!?そうなのか…いやだから任務は俺一人じゃ判断できないって。…何?アジトの場所?新潟の廃病院だが……ん?あぁそうか。それじゃ」
「……相手は誰だ?」
「昔仕事くれてた仲介人の方だ。デカい仕事があるから受けてほしいんだと」
「そうか。………………ん?…………あー………まぁいいか」
誤字報告ありがとうございます。