閑話。
文字数的にも入らなかったので次話も閑話。
甚爾達が去った二時間後───更地になった廃病院跡にて。
若干鉄臭い砂の山を必死こいて掘り起こす影が二つ。
その一つは虎杖香織───Xでは総帥と呼ばれていた女であった。
「本当面倒くさいことしてくれるよ…ねぇ裏梅?」
「うるさい。黙ってさっさと掘り起こせ」
裏梅と呼ばれた白髪の呪詛師は憎憎しい目線を彼女に送る。そんな反応に虎杖香織はしゅんとした顔でスコップを地面に突き立てた。
彼女達がここに来た目的はウェクスの亡骸、その回収だった。
全能神ウェクス
彼の術式は「
術式だけみてもトップクラス、腕っぷしもそれなりに強いのだが、実は彼にはある欠点があった。
それが総呪力量の低さと、模倣という術式の呪力効率の悪さである。
そもそも模倣は、「相手の術式をコピーする」術式。つまり「術式をコピーした時」と、「コピーした術式を行使した時」でそれぞれ呪力を消費する。
乙骨のように呪力量が化け物クラスであれば問題無いが、ウェクスレベルの呪力量では一部省略したとしても一度コピーしただけで呪力を結構持っていかれてしまう。
一応、ウェクスがコピーした術式はストックされるためいつでもどこでも使用することは可能だが、ストックしすぎると脳が焼き切れる可能性がある。
かといって一々術式をコピーしていては呪力が持たない。
結果としてウェクスはストックしてある二つの術式以外、使うことも模倣することも無く、まさに宝の持ち腐れと化していた。
だが、彼女であればその欠点は帳消しになる。
「私の呪力量は過去の呪術師、呪詛師を含めても上位に入る──と思っている。流石に宿儺や五条悟には勝てないが、それでも自慢できる程度には───」
「二度も言わせるな。さっさと手を動かせ」
「……はーい…」
それから三十分程掘っていると、ようやくそれらしい死体が出てきた。ズタズタに崩れているものの、丈や顔立ちはウェクスとほんのり似ている。
死体を修繕するのは一人だと難しいが、この場には裏梅もいる。土下座する勢いで頼み込むと、渋々裏梅も手伝ってくれることになった。
「反転術式を流し込んで…形を整えて…脳を完全に摘出して……………………よしよし、これでなんとか入れそうかな?」
彼女は額の縫糸を取ると、裏梅に頼んで自分の脳をウェクスの肉体へと移し替えてもらう。
後は彼女の根性次第。全身に反転術式を回しながら、肉体を再構築していく。
数時間後─────
朝日が昇り始めた頃、地べたで横になっていた彼女───改め彼は、ビクンと脈打ち身体を持ち上げる。
顔には生気が宿っており、白かった肌には血が通い始めている。
「………フゥ、なんとか動いたね」
「…腐敗臭が凄いが、まさかそのまま過ごすつもりか?」
「一月ぐらい反転術式を回してれば大丈夫。まぁそれまではこの臭いのままだけど。…それよりも気になるのは───」
ウェクスの肉体が呪霊操術を覚えているか否か、である。
そもそも夏油と当たるよう指名したのも、呪霊操術をコピーする可能性を信じてのことだ。これで覚えていなかったら全ての努力が水の泡───にはならないが、色々と面倒くさい手順を踏まなければならない。
「本当は夏油傑の肉体が欲しかったんだけど。術式も強いし、五条悟を封印できる可能性が四割から九割まで近づけれるし」
「なら今にでも高専に行けばいいだろう」
「そんなに言うなら一緒に行ってくれる?」
「富士の火口に頭蓋を埋められたいか?」
「冗談通じないなー」
そんなことを話しつつ、早速術式に呪力を回す。
かれこれ千年は続けているためか随分と慣れたもので、今肉体にどのような術式が刻まれているのかが呪力を回すだけでも手に取るように分かってしまう。
「さてさて呪霊操術は─────お?……ん?え?」
何度か首を傾げると、腕を組んで頭を悩ませる。
その様子に心配している素振りも毛頭なく、無表情で問う。
「どうした?」
「いやね……呪霊操術はあるっぽいんだけど……えー……?」
なんとも腑に落ちない様子でまた首を傾げる。
───面倒くせぇなコイツ。
ずっとそんな様子なので流石に苛ついてきた。
「……まあ、取り敢えず確認…」
懐から鎖で縛った蝿頭を一体取り出し、手を翳す。
すると蝿頭は絵の具を引き伸ばすように翳した手へと集まり、一つの球体へと姿を変えた。
「成功したな。…なんだ?何か問題でもあるのか?」
不服そうに顔を歪ませる彼女に首を傾げる。
「いやさぁ……ちょっと裏梅の手触らしてくんない?」
「は?死ね変態」
「確認したいことがあるだけだって!頼むって!現代に蘇らせた私へ恩返しすると思ってさ?ほんのちょっと!先っぽだけ!!」
「…………チッ、分かった」
渋々手を差し出す裏梅。
白魚のように細く美しい手。それをパン!と勢い良く叩くと、額に皺を寄せ集中し始める。
流石に強く叩きすぎたのか裏梅の手の平は茹でダコのように赤く染まっており、より強い憎しみを浮かべた視線で睨みつける。
「…やっぱり。術式のコピーができない」
「?呪霊操術は使えるのだろう?」
「そうなんだよ。呪霊操術は使えるのに、他の術式───それこそ元々覚えてたヤツとか裏梅の術式とか使えなくなってる」
本当に不思議そうな顔で天を仰ぐ。
これまでそんなことは一度たりとも無かったのだが…。
「模倣の条件は?」
「相手に触れること。本人に聞いたことあるしそれは変わらないハズ…なんだけど…」
彼等は知らないが、実はその原因となるコトが数時間前に起きていた───
ウェクスのストックしている術式は二つ。
一つはバイエルの持つ「懐納呪法」。
もう一つはトルバチとトルネアが持つ「倍力呪法」。
基本的な戦い方としては「倍力呪法」で身体能力を向上させ近接戦闘。そして隙を見て「懐納呪法」で仕舞っていた投擲武器を取り出し投げつける。
姑息、卑怯な戦い方と揶揄されることはあるが、実際この戦法はかなり強力。
そもそも倍力呪法での近接すら強いのに、隙を見せる、または少しでも距離を取ればその膂力による投擲がほぼ無制限に行われる。
また当然だが、近接戦闘においても武器を持ち出してくるため近接にも隙はない。
また更に、ピンチに陥った場合は相手の術式をコピーすることも出来るため、一発逆転を狙うこともできる。
まさに全能の名を関するに相応しい呪詛師だろう。
だが────
倍力呪法を用いたとしても、呪霊のバフにより身体能力の差は埋められ、かつ呼び出す呪霊により多対個を強いられるため劣勢。
懐納呪法を用いたとしても、遠距離攻撃手段は夏油にもあり、その上呪霊を盾にすることもできるので劣勢。
どちらにせよウェクスは劣勢であり、このまま戦っても負けは確実。
そこでウェクスが取った手段は────
「クッククク…成る程な。どうやら遂に、奥の手を使う時が来たという訳か…!!」
予め夏油に触れていたウェクスは、本来の術式を行使する。
模倣───それにより呪霊操術を自身の手中に収める。
だが、これだけでは当然勝つことなど到底出来はしない。
所持している呪霊が0であること、残りの呪力が少ないこと──理由は多々あるが、しかしウェクスにはそれらを解決する秘策がある。
それこそが「縛り」。
ウェクスは自身の術式である「模倣」のコピー能力と呪霊操術以外の術式ストックを
具体的な効果は二つ。
一つは呪霊召喚時の呪力消費量を7割減にすること。
そしてもう一つは、調伏無しで強制的に取り込める呪霊の階級を二級までから一級までへと昇級させること。
ウェクスの算段としては、この二つ目の効果を利用し夏油の呪霊を横から掠め取る腹だった。
実際、夏油が現在自身のバフ役として呼び出している特級呪霊以外は全て一級以下。万が一特級が祓われる可能性を危惧してのことだったが、それが裏目に出たというわけだ。
そうとも知らず、夏油は三級呪霊のタコを複数召喚。
それをウェクス目掛けて突進させる。
───バカめ!敵に塩を送るとは!!
ウェクスは笑みをギリギリまで押し殺しながら、呪霊へと手を翳し────
───そして、呪霊に鳩尾をぶん殴られた。
「オゴォッ!?!?」
夏油もウェクスが何をしようとしたのか分からないようで、若干困惑した表情を浮かべた。
一応解説しておくと、主従関係のある呪霊を取り込むには、その主である夏油を倒さなければならない。このルールは呪霊操術───というよりは操術系の呪術の基礎なのだが、当然ウェクスはそのルールを知らない。
よってウェクスの計画は失敗に終わり、夏油からしてみれば「なんか手を翳した人」という認識で終わったわけだ。
夏油は大の字で気絶するウェクスを見下ろしながら、「なんだったんだコイツ……」と呟きながら去った。
その後、廃病院の崩壊と共に生き埋めになり、更にそこに現れた甚爾と直哉によってウェクスは惨殺。
自身に課した「生涯に渡り模倣を消す」という縛りはそこで破棄される────ハズだったのだが、その直前に虎杖香織がその肉体を復元。そして縛りも継続された結果、今に至る。というわけだ。
一応、縛りは天与呪縛のような特殊なものを除き本人の意思で解除できるようにはなっているのだが、精神体がすり替わった影響からか解くことはできなくなっており、また模倣自体が消えているので無理矢理縛りを破ることもできない。
無論そんなことは知る由もない彼は、今現在とんでもなく苦悩していた。
「呪霊操術以外使えない…いやほんと…なんで……?」
「知るわけがなかろう。…というより、呪霊操術が使えるのだからそれで満足ではないのか?」
「いやいや、だって呪霊操術以外も使えるようになるんだよ?将来的に色々役に立つかもでしょ?」
それはそうだが…と裏梅は呟くが、それと同時に私に言ったってしょうがないだろ…と至極真っ当な正論パンチが脳裏に過る。
とはいえ言ったら言ったで面倒な女ムーブをカマしてきそうなので脳内に留めておく程度で我慢する。
「はぁ……まぁ、裏梅の言う通り使えるだけありがたく思うべきなんだろうけどさ……それにしても、これは酷くない……?」
頭を押さえて呻く。
正直な話、呪霊操術が無くても模倣があればそれでも良かったかな、と思っていた節があった。
ストックしすぎると脳が焼き切れる危険性こそあれど、有力な術式を複数個所持できるのが模倣の最大の魅力。極論ではあるが、呪霊操術が無くても似たような術式を数個用意して併用すれば擬似呪霊操術を再現することだってできる。
だが現実は真逆。呪霊操術が手に入った代わりに模倣が消えた。
宝くじで一等と二等が当たったと思ったら、何故か二等の方しか当たっていなかった───という嬉しいのと虚しいのと悲しいのがごっちゃになった、複雑な心境である。
「ハァ…………ほんと、ついてないなぁ……」
更地の上で木霊する程重い溜息が落ちる。
流石の裏梅もそれには同情したようで、気まずそうな表情でそっぽを向いた。
「ところでこの女の死体はどうするんだ?」
「埋めていい…いや待って。そういえば模倣があると思って術式貰うの忘れてた」
「…埋めていいんだな?」
「ちょっとは良心無いの?また脳移植手伝ってよー」
「二度は手伝わん」
「そう言わないでよー頼むからさー」
誤字報告あざます。